聖女の力比べ(二) 真昼の太陽の光か、ろうそく一本の灯か
先攻は、プリメラさまだった。
白い手袋を、指先からゆっくりとはずす。細いきれいな指がそっと光珠に添えられた。
そして。
次の瞬間、壇のうえにもうひとつ、太陽がのぼった。
ぶわっ、と。光珠が目のくらむような白い光を放って、真昼の空をいっそう明るく塗りかえた。あまりのまぶしさに、みんながいっせいに顔をそむける。それでもまぶたの裏まで届く、その圧倒的な光に、だれかが悲鳴のような歓声をあげた。
「うわ……」
「なんて、光だ……」
「これが、聖灯級さまか……」
文句の、つけようもなかった。
それはまぎれもなく、うつくしかった。きれいだった。すごかった。私ですらほう、とためいきがもれてしまうくらい。この人の光は本物だ。にせものなんかじゃ、けっしてない。
ただ。
そのまばゆい光を、まっすぐに見つめながら。私の胸の奥で、ふとちいさな声がつぶやいた。
(すごい。……でも、この光を。毎日何回も出させられていたら)
どんなに、疲れるだろう。
なぜだか、そんなことを思ってしまった。プリメラさまのうつくしい微笑みの、そのほんの奥のほうに。私はいちど、王都の夜会で見た、あの丁寧に冷やしたようなつめたい笑みを、また見たような気がした。
* * *
後攻は、私だった。
両手を清め、目を閉じて、いつもの作法でゆっくりと祈る。この山を守ってくださる神様に。この町のみんなに。今日、七つになったあの子に。ひとりひとりの顔を思い浮かべながら。
やがて、光珠が。
ろうそく一本ぶんの、ほんのりとしたあたたかい灯をともした。
……しん、と。
参道が、静まりかえった。気まずい沈黙が、広場に落ちる。プリメラさまのあの太陽のような光のあとでは、それはあまりにもささやかで。教会の従者のひとりがこらえきれずに、ふっ、と鼻で笑った。つづいてあちこちから、気まずい失笑がさざなみのように広がっていく。
勝負は、決まった。だれの目にもあきらかだった。
私はうん、とひとつうなずいた。だってそうなのだ。光の強さでは、私は負ける。それははじめから分かっていたこと。べつに、はずかしくもなんともなかった。
けれど。
「……でも」
人だかりのなかから、ちいさなけれどまっすぐな声がひとつあがった。
ルカだった。さっき、七つの祝いを終えたばかりのあの子。まわりの大人の袖のあいだからひょこりと顔を出して、真顔でそのろうそくの灯を指さしていた。
「でも、あれ。一年、消えないよ」
ことん、と。
その一言が笑いさざめいていた広場に、ちいさなけれどたしかな重さで落ちた。
「……そうだ」
「そうだよ。聖女さんのお守りは、一年切れねえ」
「あの、まぶしいのは。……あれ、いつまでもつんだ?」
ノルデンの領民たちが、ひとり、またひとりと、深くうなずきはじめた。だれに教わったわけでもない、七つの子のなんの気ないひとことが、この勝負のいちばん大事なところを、ぽつん、と突いていた。
プリメラさまのまなざしが、その子の上でいちど、止まった。
* * *
勝ったのは、プリメラさまだった。
だれがどう見ても、光の強さでは聖灯級さまの圧勝だった。それなのに。「一年消えない」というあのちいさな子のつぶやきだけが、なかなか消えなかった。広場のあちこちで、まだこそこそとささやきがつづいている。まぶしいのと、消えないのと。ほんとうにたいせつなのは、どっちなんだろうと。
その、ざわめきを。プリメラさまは消そうとした。
もう一度、光珠に指を添える。そしてさっきよりも、もう一段つよく——まるで、その小さな疑いを、根こそぎ白い光で塗りつぶそうとするみたいに、あらんかぎりの聖力を注ぎこんだ。光珠がふたたび、まばゆく燃え上がる。歓声がわく。
けれど、私だけが見ていた。その光珠に添えられた、白いほっそりとした指先が。こまかく、こまかく——ふるえはじめていることを。王都のあの夜手袋を外したときに見た、あの細っていく指とおなじだった。この人はいままだ足りないと、もっと強くと自分に鞭を打っている。ほんとうはもう、じゅうぶんすぎるほど、しぼり出したあとなのに。
——とそのときだった。
人だかりのいちばん前で。ひとりのおじいさんが、ぐらりとかたむいた。
「じいさん!」
「おい、しっかりしろ!」
まわりが、いっせいにざわめいた。畑仕事ひとすじの、年老いた体だった。きっと遠くの村から、この坂道を無理をして、のぼってきたのだろう。まぶしい光と、人いきれと、興奮のなかで、そのふるびた心の臓がとうとう悲鳴をあげたのだ。おじいさんは胸をおさえて、地面にくずおれた。その唇が、みるみる青ざめていく。
プリメラさまの動きは、はやかった。
つ、と白い壇を下りて。たおれたおじいさんのそばへ、ひざまずく。青ざめた胸のうえに、そっと両手をかざした。
——たすけよう、としたのだ。
この人は。ほんとうにためらいなく、たおれた人を見てまっさきに手をさしのべた。悪気なんて、どこにもなかった。ただいちばん強い、いちばんまぶしい自分の光で。この人をいっぺんに、癒してあげようと。
だから。
プリメラさまの手から、あの真昼の太陽のような光が、おじいさんの胸へどっ、とそそぎこまれた。
その、瞬間。
「——ぐ、う……ッ」
おじいさんが体をびくん、とのけぞらせた。
私の、血の気が引いた。
だめだ。強すぎる。この光はいまのこの人には、強すぎる。——弱りきった体にいっぺんに、あんなにまぶしい力をそそいだら。それはたすけるどころじゃない。ちょうど今にも息の絶えそうな人を、いきなり大きな手術の台にのせるようなものだ。体のほうが、その勢いに耐えられない。
おじいさんの顔が、いっそうゆがんだ。苦しげなうめき声。プリメラさまのうつくしい眉が、はじめて、とまどいにひそめられた。
「なぜ……効かないの。もっと、強く——」
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