聖女の力比べ(一) 「興味ありません」——それでも、聖灯級は引かなかった
しん、と。
私の「お断りします」の一言が、祝いの広場に白い霜のように降りたあと。今度は参道が、べつの意味で静まりかえった。マーサさんが「え」と声をもらし、ガンツさんが「お、おい」とうろたえる。
「だって、力比べだなんて。私、そんなのに興味ないんです」
私は両手をぱたぱたと振った。
「私の祈りは遅いですよ。プリメラさまの光は、まぶしくて速い。でも、それだけじゃないですか。……うちのお守りの効き目が消えるわけじゃないし。勝ったからって、銅貨五枚が六枚になるわけでもありません」
「それに——今日は祝いの日なんです。三つの子と、五つの子と、七つの子の。せっかくのめでたい日に、勝った負けたって。何が楽しいんですか?」
私は背中の子どもたちをそっとなでた。そして心の底から、にっこりと笑う。
「ですから、お断りします。——よろしければ、お帰りに長寿飴を一本。子どもたちには内緒で」
私にしてみれば、せいいっぱいのおもてなしのつもりだった。
けれど。
プリメラさまの、あの、寸分の狂いもなかった完璧な微笑みが——はじめて止まった。
断られる、ということが。この人のきれいに整えられた世界には、きっと、これまでただの一度もなかったのだろう。あわい色の瞳が、じっと私を見ている。なにを考えているのかは、まるで読めない。ただ秋の日ざしのなかで、その人のまわりだけが、しんと、いちだんと冷えていくのが、私には分かった。
やがてプリメラさまは、ゆっくりと口をひらいた。
「お断りは、受けられません」
鈴を転がすような、澄んだ声だった。けれど、そこにはやはり温度がなかった。
「これは、わたくし個人の願いではありません。教会の名において、正式に申し入れたこと。——燭台級を退いたあなたに、それを断る位も資格も、もう、ないはずですよ。スズラン」
従者のひとりが進み出た。手にした巻物を、しずしずと広げる。大司教さまの印が押されていた。
「本日ここで、聖女の力を民の前で明らかにいたします。正しい光がどちらのものか。——さあ。壇を、お組みなさい」
プリメラさまが、白い手袋の手をかるく上げる。うしろにひかえていた従者たちが、いっせいに動きはじめた。
断る自由さえ、この人は私に残してくれなかった。祝いの日を選んで、大司教さまの名を背おって、みんなの見ている前で。この人はたぶん、ひとつも悪びれていない。命じられたことを正しいと信じて、律儀にはたそうとしている。それが——なぜだか、私にはいちばん、悲しく感じた。
子どもたちは、まだ、私の緋袴にしがみついたままだった。
* * *
見物は、ただ。
その一言が、あっというまに広がった。
聖灯級さまと、鈴のお社さまの力比べ。しかも、ただで見られる。——気がつけば参道の広場は、これまで見たこともないほどの人だかりになっていた。門前町から、領都から、噂を聞きつけた人たちが、坂道をぞろぞろとのぼってくる。
そして、そのどまんなかで。
マーサさんの茶屋の屋台が、うなりを上げて飴を売りさばいていた。
「はいよ、長寿飴! 縁起もの、いかがだね!」
鍋の飴が、みるみる減っていく。焼き団子の煙が、もうもうと立つ。マーサさんは汗をぬぐいながら、それでもどこか、ばつのわるそうな顔で、私のほうをちらりと見た。
「……お社さま。こんな日に、こんなに稼いじまって。あたしゃ、不謹慎かねえ」
「ふふっ、いいんじゃないですか」
私は、きっぱりと言い切った。
「稼げるときに稼ぐ。人が集まるところに商いは生まれます。——ぜんぜん不謹慎じゃありません。むしろ、りっぱです」
「あんたにそう言われると、なんだか、地獄で仏だよ」
マーサさんはほっとしたように笑って、また木べらを動かしはじめた。
白い壇が、みるみる組み上がっていく。まっさらな布が張られ、そのまんなかに、大きな大きな珠がうやうやしく据えられた。教会が聖女の位を決めるときにつかう、あの光珠だ。聖力を注ぐと、その光の強さで位が測られる。強く、まぶしく、いっぺんに輝くほど上の位。
光の、強さ。
私はその大きな珠をじっと見つめて、こっそり心のなかでつぶやいた。
(……光の強さ、かあ。そんなに皆さんまぶしいのが好きなのかしら)
まあ、私の祈りは灯すのが遅くて、けれど、いつまでも消えない。まぶしさでいっぺんに人を驚かせるというのは、生まれてこのかた一度もできたことがない。これが勝負だというのなら、はじまるまえから負けだった。私はそれをちゃんと分かったうえで、その白い壇の前に立っていた。
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