巡礼禁止令(三) 上申の返事の代わりに、関を越えてきた白亜の馬車
そうこうするうちに、話はもうどんどん先へ転がっていく。
「うちの町にも、氏子総代を立ててくれ!」「北の砦のあたりも!」「川向こうの村もだ!」
あっちでもこっちでも、手が挙がる。
「エルデの西のはずれなら、うちの親方が顔役だ。あの人なら、まちがいねえ」
「川向こうは庄屋のじいさましか、おらんべ。……ちいと、頑固だがな」
「頑固なくらいでちょうどいいさ! 教会の連中に、ぺこぺこしない総代がいいんだ!」
「ちげえねえ!」
だれかが「じゃあ、総代さんたちの寄り合いも、いるな」と言い出して、また「それだーっ!」の大合唱になりかけたところで、マーサさんが「気が早いよ、あんたたち!」と一喝した。
ロッコさんの帳面に、次から次へと土地の名前が書き足されていく。門前町ひとつだった鈴の社が、いつのまにか辺境伯領のあちこちに、根を張ろうとしていた。
私はその光景をぽかんと見ていた。
……なんだか。
破門って言われたはずなのに。
うちのお社、逆にどんどん大きくなっていってません?
* * *
その晩。
屋敷へ下りる坂道で、ジークさまが隣を歩きながらぽつりと言った。
「上申する」
「じょうしん、ですか」
「ああ。王に正式な文を出す」ジークさまの声は、いつもより少しだけ硬かった。「教会の、あの布告。あれは、越権だ。破門は本来教会の法廷が、きちんと審理して下すもの。紙を一枚貼り出して、領民を脅すなど筋が通らん」
「はあ」
「王に、はっきり言う。——当領の氏子に教会は手を出すなと」
私はちょっと驚いてジークさまを見上げた。月あかりの下でその横顔はいつもの氷みたいに静かだったけれど、あごのあたりが、きゅっとこわばっていた。
「……教会と、正面から争うことになりませんか」
「もう争っている」ジークさまは、前を見たまま言い切った。「向こうが先にうちの民を脅した。俺の領の者を破門で締め上げると、紙に書いて往来に貼り出した。——それを黙って見ている領主が、どこにいる」
うちの民。
その言い方に、なぜだか胸の奥がことりと鳴った。
「証しならある」ジークさまは、ふところに手を当てた。「先だって王都で手に入れた、あの触書の写しだ。噂を撒いていたのが教会の写字生だという、動かぬ証し。それを添えて、上申する」
「王都は……聞いてくれるでしょうか」
「聞かんだろうな」ジークさまは、あっさり言った。「王都は、おそらく動けん。教会を抑えれば教会と揉め、辺境を抑えれば俺と揉める。——板挟みで、身動きがとれん」
「それじゃあ、意味が」
「いや」ジークさまの口の端が、ほんの少し上がった。「動けぬ相手なら、こちらの好きにできる。王都が迷って手をこまねいているあいだに、氏子を増やせるだけ増やす。根を、張れるだけ張る。——気づいたときには、手が出せなくなっているさ」
私はその静かな不敵さにぽかんとしてそれからなんだかふふ、と笑ってしまった。
この人がいるかぎり。
うちのお社は、だいじょうぶだ。
……なぜだかそう、思えた。
* * *
数日して、王都の妹分から文が届いた。
ミレイユ。教会に残してきた後輩の子だ。几帳面なのに、ところどころ勢いあまって字がはねる、あの子らしい筆跡だった。
——スズ姉さま。こちらはあの布告のせいで、下っ端は毎日聖書の写本ならぬ布告の写しを何百枚も書かされて、うんざりしています。指が真っ黒です。
——でも姉さま。ひとつ聞きたいことがあります。鈴の社には「氏子」っていう仕組みができたって、本当ですか。教会をやめても帰る場所がある、って。——私も鈴の社の氏子になりたい。そう言う子が、このごろ増えているんです。
私は文を胸に当てて、ふふ、と笑った。
教会が破門で人を締め出そうとした、そのすぐ足もとで。教会のいちばん下の、いちばん若い子たちのあいだに「氏子になりたい」の声が、じわじわと広がりはじめている。締め出せば締め出すほど、みんながこっちを向いてしまう。大司教さまも、さぞかし頭が痛いことだろう。
ざまあみろ、とまでは思わない。ただ、いつか。ミレイユもあの子たちも、こわがらずに帰ってこられる場所を——ちゃんと大きく、あたたかく育てておかなくちゃ、と思う。それまで、待っていてね。
文をていねいにたたんで、宝物の箱にしまった。その夜のことだ。
社のほうで、ウンが低くうなった。
狛犬のウンが、鳥居の前から動かない。夜通し坂の下をにらんで、毛を逆立てている。そういえば賽銭箱の錠前に、なにかでこじったような細い傷があった。参道の脇の土には、見慣れない大きな足跡がひとつ。
……気のせい、かな。
私はそう思うことにして、でもなんとなく軒の鈴をいつもより固く結び直した。
——それより、祝いの支度も始めなくちゃ。
逆風だろうとなんだろうと、この秋には領の子どもたちの三つの鈴の祝いがある。病がちだった子が無事に大きくなった、お祝いの日だ。逆風のときこそ、めでたいことは盛大にやる。——それが、うちのお社の流儀なのだから。
* * *
その報せが来たのは、上申の返事を待つ間の、よく晴れた昼下がりだった。
返ってきたのは、王都からの文ではなかった。
坂の下からロッコさんが、またものすごい勢いで駆け上がってくる。けれど今度の顔は昨日までのあのわいわいした熱気とは、まるでちがっていた。
青ざめて。息を切らして。
「聖女さん……! 白い、馬車だ……!」
「白い、馬車?」
「教会の……! 教会の、白亜の馬車が関を越えた……! まっすぐ、こっちへ向かってくる……!」
ロッコさんは、そこで一度ごくりとつばを飲んだ。
「乗ってるのは……聖灯級だとよ」
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