巡礼禁止令(二) 教会をやめて、社の子になればいい。——氏子(うじこ)
考えているうちに。
ふと遠い記憶が胸の底から浮かんできた。
前世。日本の、山あいの小さな神社。氏子が減って、社の屋根はいつも雨漏りしていた。それでも氏子総代のおじいさんたちが、しめ縄をない、祭りの日にはのぼりを立ててくれた。あの人たちは教会でいう「信徒」とは、少しちがった。神様を拝みにくる客、というより——社の、身内。社を自分たちのものとして、支えてくれる人たち。
……あ。
私はぽろりと口に出していた。
「……それなら。氏子さんになってもらえばいいんじゃ」
「うじこ?」
縁台じゅうの声が、そろって裏返った。
「なんだいそのうじこってのは」マーサさんが、身を乗り出す。
「ええと」私は、慌てて言葉を探した。「私の故郷の遠い国の言い方なんですけど……氏子っていうのは、お社に属している人、のことです。お社の、身内。お客さんじゃなくて——お社の、仲間」
「仲間……」
「はい。あのですね。みなさんが破門をこわがるのは、教会に籍があるからです。教会の輪の中にいるから、そこから外されるのが、こわい。——だったら」
私は両手をぽん、と合わせた。
「はじめから教会じゃなくてこっちの鈴の社の氏子になってもらえば、いいんです。教会をやめてうちの社の子になる。そうしたら教会に破門されたって——もう、痛くもかゆくもありません。だってその人の帰る場所は、もうこっちにあるんですから」
縁台がしん、とした。
みんながぽかんと口を開けて、私を見ている。マーサさんがゆっくりとガンツさんを見た。ガンツさんがゆっくりとロッコさんを見た。ロッコさんがゆっくりと私を見た。
そして。
「「「——それだーっ!」」」
参道が割れんばかりの声で、沸いた。
「そうだよ! 教会をやめりゃいいんだ! こっちに入りゃいいんだ!」
「破門される前に、こっちから縁を切ってやりゃあいい!」
「うちの村のやつらにも教えてやる! 帰る場所なら、ここにあるってな!」
わあわあと、みんなが口々にしゃべりだす。ロッコさんなんてもう荷をほどいて「氏子帳を作ろう、名前を書きつける台帳がいる!」と、帳面をどこからか引っぱり出している。
私はその熱気にちょっと気圧されながら、目をぱちぱちさせていた。
……あれ。私そんなにすごいことを言った?
故郷では、あたりまえのことだったのに。
ふと視線を感じて横を見ると、ガンツさんとヨルダさんが、なにやら顔を寄せて、ひそひそと話し込んでいる。「なあ、やっぱりよう……」「ああ。ただの聖女さまじゃ、ないねえ……」——聞き取れなくて、私は首をかしげた。
「? どうかしましたか」
「いんや!」ガンツさんが、ぱっと顔を上げて大声を出した。「なんでもねえ! 台帳だ、台帳! おれが板で立派なのを作ってやる!」
なぜだかみんなやたらと元気だった。
* * *
氏子帳を作ろう、という話はあっというまに大きくなった。
ところが盛り上がるほどに、みんな腕を組んでうなりはじめた。
「けどよう……」ガンツさんが、眉を寄せる。「氏子が増えるのは、ありがてえ。ありがてえけどよ。門前町だけじゃ収まらねえぞこりゃ。エルデの街からもその先の村からも、どんどん入りてえって出てくる」
「そうなんだよねえ」マーサさんも、頬に手を当てた。「辺境伯領は、だだっ広い。北の端から南の端まで、馬車で何日もかかる。氏子が方々に散らばったら、だれがどこのだれの面倒を見るんだい。台帳ひとつじゃ、目が届きゃしないよ」
うーん、うーん、とみんなでうなる。
私もうーん、と一緒にうなって——それから、またぽろりと口をすべらせた。
「あ。それなら……氏子総代さんも、いりますね」
「「「——それだーっ!」」」
二度目である。もう参道は様式美みたいに、そろって叫んでいた。
私はふと我にかえった。……みんな、あんまり勢いよく叫ぶものだから。
「……あの。皆さん。氏子総代がなんのことか、分かっておっしゃってます?」
ぴたり、と。参道が、静まりかえった。
わあわあ叫んでいたみんなが、そろって気まずそうに目をおよがせる。やがてガンツさんがぽりぽりと頭をかいた。
「……いや。お社さま。正直、さっぱりだ。——教えてくれ」
私は、がくっとずっこけそうになった。
「氏子総代っていうのは、ですね」気を取り直して、説明する。「その土地その土地の、氏子さんたちのまとめ役です。町ごとに村ごとに代表を一人。その人が、その土地の氏子さんを取りまとめてくれれば、私一人で辺境じゅうを駆け回らなくても、ちゃんとすみずみまで目が届きます」
「なるほどねえ! だれか、しっかりした顔役を、土地ごとに立てるわけだ」
「じゃあ門前町の総代は」ロッコさんが、にやりとして真っ先に指をさした。「そりゃあ、決まりだろ。——マーサさん、あんたしかいねえ」
「そうだそうだ!」「マーサさんだ!」「異議なーし!」
満場一致だった。
マーサさんはまんざらでもなさそうに、たすきをきゅっと締め直した。
「……ふん。あたしがやらいで、だれがやるんだい。いいよ、引き受けた。門前町の氏子は、このマーサがぜーんぶ面倒みてやる。任せときな!」
わあっと、手が鳴った。
「じゃあ領都エルデの総代は、どうする」ガンツさんが、腕を組む。「エルデはでかい。町の顔がきいて教会にもにらみがきいて、いざってときに氏子を守れる、そんな肝の据わった男じゃねえと——」
「——俺がやる」
低い声が、ひとつ。
声のしたほうを、みんながいっせいに振り返った。
縁台の、いちばん端。いつのまに来ていたのか、氷の当主さまが——ジークさまが、腕を組んで静かに座っていた。あの人は、いつもそうだ。音もなく気配もなく気づいたときには、もうそこにいる。いつから話を聞いていたのか、だれも分からなかった。
しん、となった。
それから参道がどよめいた。
「りょ領主さま自ら!?」「エルデの氏子総代を、辺境伯さまが!?」
「文句あるか」ジークさまは、眉ひとつ動かさずに言った。「エルデは俺の街だ。俺の民を、俺が守る。総代の役目にこれ以上の適任がいるなら、言ってみろ」
いない。だれも、いなかった。
かたわらのホルガーさんが、うやうやしく一歩進み出た。「旦那さま。では領内の、あちこちの教会は……いかがいたしましょう」
ジークさまはしばし目を閉じた。それから、静かに言った。
「領民とうまくやっている司祭は、そのまま残ればいい。破門などと振りかざさず、氏子と手を取り合う気があるのなら、こちらは拒まん。——だが王都の顔色ばかりうかがって、うちの民を脅す者は、この領にいる意味はない。信心が厚いというなら、なおさらだ。大聖堂へ帰って、心ゆくまで祈っていればいい。役目は、返上してもらう」
しん、とその一言が参道に落ちた。氷みたいに静かなのに、逆らえない当主の声だった。
「かしこまりました」ホルガーさんは、深々と頭を下げた。「ではそのように手配を」
私は、ぱあっと顔を輝かせた。
「わあ心強いです! 領主さまが総代になってくださるなら、エルデの氏子さんは、安心ですね! ありがとうございます、ジークさま!」
私が、ぺこりと頭を下げると。
ジークさまはふい、と横を向いて口もとを手で覆った。
……あれ? 耳が、ちょっと赤いような。
私がきょとんとしていると、マーサさんとガンツさんが、またなにやら目配せをして、にやにやと笑い合っている。ロッコさんにいたっては、口笛まで吹きそうな顔だ。
「? みなさん、どうしたんですか」
「なーんも」マーサさんが、にんまりした。「総代さまがそりゃあ張り切ってらっしゃるねえ、ってだけさ」
よく分からなかったけれど、みんなが嬉しそうなので、いいことにした。
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