秋風索莫
「……ルテさんって、結構ロマンチストだったりするのか?」
「さぁ、どうだろう」
「でもでも、どちらにせよ素敵じゃない?」
シラの言葉に、ダケとウダイは「素敵……かなぁ」と顔を見合わせた。
彼らの目の前には、勾異紫陽花を手に、祈りを捧げる涼多の姿があった。
堀の縁に立ち、太陽の浮かんでいる方へ体を向けている。
ルテたちが村を出てから、今日で十日目。
起床後と就寝前以外にも、時間を見つけてはこうしているのだ。
背筋はぴしりと伸び、近寄りがたい雰囲気すら感じる。
紐の抜かれた勾異紫陽花のストラップが、日の光を受け光っていた。
ガラス細工のようなそれは、不格好ながらも、息を呑むような美しさがある。
紐がどこにあるのか、三人は涼多本人から、理由とともに聞いていた。
「……俺的には、ちょっと重い気がしないでもないけど」
「同感」
「えぇ、情緒がないなぁ……」
反応の良くない二人に、シラは「まったく」と腰に手を当てた。
「これから先、ルテさんが村を出る度にあの姿が見れそうや」
「えっ、『度に』って?」
ぼそり、と呟かれた緑泥の言葉に、三人はぴくりと反応する。
発言した当の本人は、「だって、せやろ」と床に胡坐をかく。
「一回の旅(しかも二週間)で、目当てのもんが都合よく見つかるわけないやろうし。……よっぽど運が良かったら、それもあるやろうけど」
「確かに……」
「うん。最初からそこにある、と分かっているものじゃないしね」
「不確かなもの……ってやつ?」
頷き合うダケとウダイに、シラはそう言った。
「んで、三人はなに待ちなん?」
「棒術の訓練!やってみると意外と面白くって」
ダケは、手にしていた竹棒を、ひゅんひゅん、と回して見せた。
シラとウダイも、同じように竹棒を振り回す。
「もう少し大きくなったら、旅に出てみたいなぁ」
「大変そうではあるけど、面白そうでもあるよね!」
竹棒を地面に突き立てたウダイに、シラは何度も頷いた。
彼らに重ねるように、ダケも「絶対、行こうな!」と弾んだ声を上げる。
(……『外を知る』て、そういうことやんな)
笑い合う三人を見て、緑泥はこっそりと目を細めた。
今までも、村を訪れる旅人や行商人はいた。
だが、シラたちは当時、そこまで『外』に興味を持たなかった。
(ルテさんと涼多を見て、刺激されるもんがあったんやろか。……確かに、『外』はおもろいけど、同時に、知らんでもええことを知ってまう)
緑泥は、涼多に語った自身の過去を思い出す。
自分は、貧しい村(外)から、寺の世界へと入った。
もし、赤子の時に寺の者に拾われていれば、『あの世界』が当たり前だった。
なんで、どうして、と疑問を持つことなく、日々を過ごしていただろう。
なまじ『外』を知っていただけに、始まった『絶望』に打ちひしがれた。
父と母を憎むと同時に、恋しく思ってしまった。
そして、逃げ出した先で、別の『外』の世界を知った。
自身の苦しみ以外にも、そういったものは溢れているのだということも。
幾つもの国を渡り歩く度、嘘と苦しみが増えていった。
まともな寺があることを知り、どうしようもない怒りに身を震わせたこともる。
どうして、何故だ、と思ったことも、一度や二度ではない。
知らぬが仏である、と思ったことも――。
(なんも知らんからこそ、幸せなこともある。……せやけど、シラたちには、そうなって欲しないて思てまうな。おもろいことも、ぎょうさんあるんやから)
どちらが多いかは別として、と緑泥は心中で呟く。
視線に気がついたシラが「どうしたの?」と首を傾げる。
「この間、屋根の修繕をした疲れが、今頃になってきちゃったとか?」
「ははは、そんなんちゃう」
思いもよらぬ一言に、緑泥は苦笑いとともに、手をひらひらと振った。
その時、祈りを終えた涼多が、台所土間へと入って来た。
「おっ、待ってたぜ!」
「ぜー!!」
シラとダケは、涼多の周りをぐるぐると回る。
ウダイが、「すみません、うるさくて」と保護者のような言葉を発した。
◇◇◇
太陽が、雲間に隠れた。
それを気にすることなく、涼多は、飛んできたお手玉を払い落とす。
かんっ、と竹が石に当たるような音がした。
さっきは砂だったな、と涼多は思う。
『石だけじゃ芸がないからね。バリエーション豊富で面白いでしょ?』
訓練を始める前、シラはそう言って微笑んだ。
松ぼっくりや綿が入っている物もあり、力の加減が難しい。
空振りをしている間に、別のお手玉が飛んでくるからだ。
加えて、堀の外に落下しないよう、注意を払わねばならない。
足場を確認する涼多に、ダケの投げたお手玉が飛んでくる。
その隙を逃さず、シラが突っ込んできた。
涼多は慌てて飛びすさり、竹棒を払いのける。
「お見事」
いつの間にか観戦に来ていた屈曲が、感心したように言った。
「ですが、もう少し持ち手の感覚を開けた方がよろしいかと」
うわぁ、上げて落すスタイルだ、とシラたちは心中で苦笑いを浮かべる。
しかし、雲間に隠れた太陽と同じく、涼多が気にする様子はない。
彼は肩を落とすことなく、「はい」と素直に頷いた。
さぁ、と風が吹き、太陽が顔を覗かせる。
十六時を過ぎたばかりであるというのに、どこか赤みがかって見えた。
「季節が季節だから仕方ないけど、どこか寂しいね」
シラの呟きに、ウダイとダケは「秋だからなぁ」と空を仰ぐ。
「……また、雨が降り出しますな」
同じく空を仰いだ屈曲は、「寒い季節がやってくる」と目を細めた。
「去年は、超巨大なカマクラを作って、そこで寝泊りしたよね」
「それ以外にも、氷の宮殿だって作ったじゃないか」
シラとウダイの会話を聞き、涼多は、雪まつりをした日を懐かしむ。
同時に、このまま、化生界で年を越すことになりそうだ、とも。
(冬が過ぎて、草花が咲き乱れる季節になったら、また、春さんたちと花畑に行けるかな?……その時までに、帰れるかどうかは分からないけど)
涼多は、タンポポの指輪をはめ、頬を赤らめていた春を思い出す。
自然と、視線は己の指に落ちていた。
化生界に来た当初と比べ、手の皮は厚くなり、入る力も強くなった。
手のみならず、腕や脚もそうだ。
(今の僕だったら、音波魚兎の騒動みたいなことがあったとき、春さんを抱えて走ることができるかな?……い、いや、あんな事、金輪際ない方がいいけど)
何て不謹慎なことを、と涼多は自身を叱る。
そんな涼多を見て、屈曲は「ふぉ、ふぉ、ふぉ」と体を震わせた。
「ま、屈曲さん、急にどうしたの?すっごく嬉しそうだけど」
シラの問いに、屈曲は「いやいや」と首を横に振る。
「嬉しいとは、また違いますな」
「じゃあなに?」
「それが分からぬようでは、まだまだ子供と言うもの……」
「えー、なにそれ!?」
温かい目を向けられ、シラは頬を膨らませた。
二人のやり取りを見ていた、ダケとウダイも同様だ。
だが、屈曲はそれに答えることなく、石段を下りて行った。
残された四人の間に、何とも言えない空気が流れる。
「……今日はもう帰ろっか」
釈然としない表情のシラに、涼多たちは頷いた。




