金風
「……で、どやったん?」
夕刻、シラたちを見送った後、緑泥はルテに問うた。
「穢れの濃度、気の流れ、そして、屈曲さんの仰ったことも合わせると『望み濃』ですね。……中心に、私の服も置いてきましたし」
「それは、なんか意味があるんか?まぁ、意味あるから置いてきたんやろうけど。俺には良ぉ分からへんわ」
「僕も、知りたいです」
緑泥に合わせるように、涼多も挙手をした。
「夕飯食べてからでもええで。時間はたっぷりあるんやから」
「ふふ、では、そうしましょうか」
ルテは小さく頷くと、「……食べる前に聞いてしまうと、食欲が失せてしまうかもしれませんし」と呟き、包丁を手に取った。
「あ、なんやグロい感じなん?」
「……捉えようによっては」
視線を逸らすルテを見て、緑泥と涼多は顔を見合わせる。
同時に、昨日までのルテがいないことに、ほんの少しの寂しさを感じた。
◇◇◇
夕食を終え、涼多たちは舟に乗った。
満天の星の下、適当な場所で舟を止め、話を始める。
「りくたっぼさんという、『化生界の何でも屋』のようなことをされている方がいるのですが、その方も、私たちの捜索に加わってくれているそうなのです」
「ぼったくりを逆から読んどるってことは、めっちゃ依頼料安いんか?」
「いえ、普通に高いです。……いや、高いというより特殊です」
(鵙さん、どんな占いをしたんだろう)
二人の会話を聞きながら、涼多は疑問符を浮かべた。
「りくたっぼさんは、……その、ワープやテレポートとでも申しましょうか、ご自身を瞬間的に遠く離れた場所へと転移させる力をお持ちなのです」
「ほぉ、便利な力やな」
感心したように頷く緑泥に、ルテは「はい」と頷いた。
「ただ、転移ができるとはいえ、何百キロも一気に移動できるわけではなく、小分けに移動を繰り返すのだ、と以前、伺ったことがあります」
「仮にやけど、一キロ移動したら、出た場所でまた転移の力を発動させて、また一キロ移動するみたいなもんか。飛石を飛んどる感じやな」
「そうです。そして、町や村に立ち寄った際には、そこに住まう方々に、お守りを渡すのだそうです(売りつけることの方が多い)。自身の気配が宿ったお守りの近くを経由すれば、体にかかる負担が少ないらしくて……」
「もしかして、あのドリームキャッチャーみたいなやつですか?」
頷くルテに、涼多は「でも――」と首を傾げた。
「前に、りくたっぼさんが僕らの目の前に現れたとき、誰もお守りを持ってはいませんでしたよ?部屋の壁にかけたままで……」
「白蛇様の町には、りくたっぼさんからお守りをもらったり、購入された方が多くおられますから。言ってしまえば、気配が充満しているのです」
(そ、そういうものなのか。……それでも、結界の中から空を見ると、赤みがかって見えるんなんて、なんだか不思議だなぁ)
ままならない、という言葉が涼多の頭をよぎる。
緑泥は「で、タツノオトシゴ(仮)さんと何の関係があるんや?」と問う。
「タツノオトシゴ(仮)さんの町に住まう方々も、例外ではありません。加えて、穢れの濃い場所を求め、絶えず移動しています」
「なるほど、町ん中に宿でも取って、昼は捜索、夜は宿に帰るを繰り返しながらアンタらを探しとる、と。……じゃあ、血濡れの服はなんやったんや?」
「りくたっぼさんもタツノオトシゴ(仮)さんも、何かと縁のある方々です。穢れの中にある、知った気配を嗅ぎ取ってくださるのでは、と思いまして」
「ふむ、かなりギャンブルの入った考えやな。……せやけど、化生界やとそうなってまうか。それに、『望み濃』なんやろ?」
「はい。……この場には、私以上に縁の濃い方の気配が多くありますから」
ルテの視線を受け、涼多は反射的に、己の手首へと視線を落とした。
「……薄氷さん、ですか?」
「そうです。そして、依頼料はいつも決まっている」
涼多は黄金色の眼を細めたルテを見て、ごくり、と息を呑む。
ルテは、自身の人差し指を胸元へと持ってゆく。
「心臓です」
緑泥が「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げ、眼を瞬かせる。
「薄氷さんの心臓の食感がお好きらしくて……」
「いや、そういうことちゃう。……まぁ、それは置いとくわ」
頭が痛いとばかりに、緑泥は額に手を当てた。
涼多は、神妙な面持ちでルテの言葉を待つ。
「兎火さんは薄氷さんと『契約』をされています。そして、私が置いてきた服には、感情を食らう蚕の糸が使われている」
幸か不幸か、薄氷の感情を食らった蚕の糸だ。
少なからず薄氷の気配が宿っている、とルテは語る。
「タツノオトシゴ(仮)さんもりくたっぼさんも、こういったことに対する嗅覚はかなり鋭い。……それに、この間払った靄も深く関わっています」
薄氷と縁のある靄たちいる場所へ出た。
その話は、白蛇を通し、薄氷からりくたっぼへ伝わった事だろう。
「その『薄氷さん』っちゅう人の気配が、探索の鍵になっとるんやな?」
「はい。加えて、靄を払ったことにより、気の流れが僅かに変わった」
ルテは、微妙な変化を察知してくれるかもしれない、と空を仰ぐ。
感情の読み取れない横顔を見つめながら、涼多は自身の手首を撫でた。
「色々と聞けておもろかったわ。……帰ろか」
緑泥は欠伸まじりにそう言うと、櫂に手を伸ばした。
◇◇◇
「……はぁ」
布団にくるまったまま、涼多は溜息を吐く。
先程の話の所為か、どうにも寝付けないのだ。
どうしたものかと思っていると、「兎火さん」と声をかけられた。
「眠れないのですか?」
「……はい、なんか、色々と考えちゃって」
「なら、秋の夜長に質疑応答でも」
涼多が意味を問うよりも早く、ルテは廊下へと続く襖を開けた。
そして、目の前にあるガラス窓をそっと開ける。
開け放たれた窓から、ひんやりとした風が入ってきた。
「兎火さん、窓の傍まで来てください」
ルテに言われるがまま、涼多は、羽織を片手に立ち上がる。
涼多が隣に来たことを確認すると、ルテは窓枠に手をかけた。
そして、一息で屋根の上へと上がる。
「今、上げますね」
「え?」
首を傾げると同時に、涼多の体はふわりと浮き上がった。
声を出す間もなく、そのまま屋根の上へと下ろされる。
「ひ、一言くらい言ってくださいよ……!」
五月蠅く脈打つ心臓を押さえ、涼多はじとりとルテを見た。
「ふふ、すみません」
涼多は、悪戯小僧めいた顔を向けられ、自然と肩の力を抜いた。
そして、ゆっくりと屋根の上に腰を下ろす。
月明りの中を光鈴が舞っていることもあり、周囲は明るい。
「……屋根の修繕をした方がいいかもしれませんね」
こつこつと瓦を軽く叩き、ルテは呟いた。
「明日、緑泥さんに言ってみましょうか」
「そうですね」
ルテは小さく頷くと、涼多と同じように座り込む。
朝からずっと変わらず、青年の姿のままだ。
「あの、ずっとその姿で疲れませんか?」
「はい。もう、以前と変わらないくらいに回復しましたから」
大きく頷いたルテに、涼多はほっと胸を撫で下ろす。
ルテは目を細め、「……ありがとうございます」と礼を言った。
「ええと、質疑応答というのは……」
「そのままの意味です。色々と、聞きたいことがあるのではないですか?」
「……はい」
羽織を肩にかけ、涼多は問いたい言葉を整理する。
「りくたっぼさんは、その、どういった御方なんですか?」




