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風の宿り

 雨が降り、水が溜まり、また晴れる。

 涼多(りょうた)たちが薔薇(そうび)の住む森へと行ってから、半月ほど経った日の朝。


 「……視界の高さが懐かしいですね」

 青年の姿になったルテはそう言うと、この村で作った服を身に纏った。


 烏の濡れ羽のような髪をルーズサイドテールにし、適当な紐で結ぶ。

 眼鏡こそないが、身知ったルテがそこにいた。


 「こうしてお会いするのは、本当に久しぶりですね」

 「は、はい、ぞうですね……」


 ルテの笑みを受け、涼多は何度も目元を拭う。

 彼の頭を占めるのは、『良かった』という言葉だけだ。


 ルテは表情を引き締めると、丸窓から外を見下ろした。

 晴れ渡った空の下に、水に浸かった堀や田畑が見える。


 「……兎にも角にも、朝食の準備ですね」

 ルテは、名月から貰った服を丁寧に風呂敷に包み立ち上がった。


 涼多も急いで服を着替え、二人して一階へと降りる。

 既に緑泥(りょくでい)は起きていて、「おはようさん」と手を振った。


 が、いつもと違う光景に、ピタリと固まった。

 何度も首を傾げ、ぱちぱち、と眼を瞬かせる。


 「子供の成長は早い()うけど……なんて、冗談言うとる場合やないな」

 ルテに近づき、互いに握手を交わす。


 「てか、成長するならするて言うてくれへんと心臓に悪いわ」

 胸のあたりを押さえ、緑泥は「まぁ、座りぃや」と円座(わろうだ)を指さした。


 「昨日、言うとった場所に行くんやろ?体力を温存させとき」

 「え、あの、そこまで体力を使うようなことは――」


 「な?」

 有無を言わさぬ笑みに、ルテは素直に従った。


 ◇◇◇


 涼多たちが朝食を終えると同時に、シラたちがやって来た。

 三人とも、見慣れないルテの姿に、目を丸くする。


 しかし、直ぐに驚きは祝いの言葉へと変わった。

 ルテはシラたちに取り囲まれ、照れくさそうに笑う。


 「良かった!ぴったりだね!!」

 シャツとズボンを眺めながら、シラは拍手をした。


 「ほんのちょっと前まで、こないに小さかったのに……」

 自身の腰のあたりに手を置き、緑泥は「早いもんや」と溜息を吐く。


 「そこまででしたっけ?」

 「俺的にはこんくらいやった」

 

 緑泥は、首を傾げる涼多の肩を「細かいねん」とつつく。

 全身から、『安堵』がにじみ出ている。


 「そんな、親戚のおじさんみたいに……」

 「まぁ、僕たちには、よく分からない感覚だけど」


 呆れた声を出すダケに、ウダイが笑いかけた。

 次いで、「あ、来たんじゃない?」と入口の方へ視線を向ける。

 

 「おはようございます」

 ぬるり、ずるり、と屈曲(まがり)が暖簾を潜り入って来た。


 「ふふふ、初めまして」

 にこり、と微笑む屈曲に、ルテは改めて挨拶をする。


 「用意が済んでいるのなら、さっそく参ると致しましょう」

 先程とは打って変わり、真剣な眼差しでルテの手元を見た。


 堀に舟を下ろし、涼多は(かい)を手に取った。

 ルテたちが乗り込んだことを確認すると、ゆっくりと舟を漕いでゆく。


 (……屈曲さんの()()は、何か言った方がいいのかな)

 殻の中に身を収め、水の上を転がるように進んでいる。


 「アルマジロみたいやろ?」

 胡坐をかき、木のコブを口の中で転がしながら、緑泥は言った。


 涼多は曖昧に頷くと同時に、屈曲の『疾風(はやて)の如く駆けつけましょうぞ』という言葉の意味を理解した。確かに、普段と比べると段違いに速い。


 「あらあら、暫く見ない間に、随分と大きくなったじゃない」

 水面が微かに揺れ、薔薇が顔を覗かせる。


 「…………行くの?穢れの中心へ」

 「はい。可能性の一つではありますが、やってみる価値はあるかと」


 「そう。頑張って」

 薔薇は微笑むと、水の中へと潜って行った。


 「薔薇さん、涼多お兄さんとルテさんが来てから、どことなーく明るくなったね!それまでは、こんな風に話しかけてくる方が稀だったのに」


 「そうだね。緑泥さんの家に行くのだって、滅多になかったのに。大体は、緑泥さんが薬を持って家に向かう感じだったし」


 シラの言葉に、ウダイも同意する。

 たらい舟を漕いでいたダケが、「それに――」と言葉を紡ぐ。


 「花火だって、一緒に見たことなかったしなぁ」

 「こう考えると、薔薇さんて()()()()の気があるんかもしれ――」


 びちゃっ、と緑泥の後頭部に水がかけられた。


 ◇◇◇


 「なんで俺だけかけられなアカンねん」

 「だって、私たちにかけたって意味ないもん」


 シラは、水かきのついた手を、緑泥の目の前でひらひらと振る。

 振られた側は「理不尽や」と苦笑いを浮かべながらも楽しそうだ。


 「兎火(うび)さん、ありがとうございました」

 「帰りも任せてください!……お気をつけて」


 頭を下げるルテに、涼多は祈るように言った。

 不安げに揺れる瞳に、ルテは「はい」と笑顔で返す。


 そして、屈曲と連れ立って、森の奥へと歩いて行った。

 残された涼多たちの間を、冬を孕んだ風が吹き抜けてゆく。


 「ねぇ、どうしてルテさんは、穢れの溜まり場の中心に行きたいの?」

 「なんや、知らんでついてきとったんか」


 「だって、聞いていいのかよく分かんない雰囲気だったんだもん」

 緑泥の言葉に、シラは唇を尖らせる。


 「俺も、詳しいことは知らんけど、『タツノオトシゴ(仮)』てお方を呼ぶためらしいで。……っちゅうわけで、詳しい説明を頼むわ」


 ぽん、と肩に手を置かれ、涼多は「は、はい」と頷いた。

 倒木に腰かけ、「どこから説明したらいいかな」と頭を悩ませる。


 「ええっと、タツノオトシゴ(仮)さんというのは、その地に溜まっている穢れを吸い上げて浄化する力を持っている方で、穢れが酷く溜まっている場所を巡って、旅をしているそうなんです」


 屈曲曰く、「何百年前だったかは忘れたが、一度だけ、それらしい存在が村の近くを通ったことがある」らしい。


 「凄く体の大きな方で、お腹の中に町があるみたいなんです」

 「……想像したらえぐいな」


 腹を押さえた緑泥に、シラたちも「そんなでっかいんだ」と目を瞠った。

 涼多は小さく頷くと、「それで――」と話を続ける。


 「ルテさんは、その、タツノオトシゴ(仮)さんや町の方たちと顔見知りらしくて、白蛇様の町の近くまで送ってもらえないかなって……」


 今日、穢れの溜まり場の中心へ向かったのは、濃度を調べる為らしい。

 タツノオトシゴ(仮)が来るに足る穢れなのか、と。


 「と言っても、穢れの溜まり場は至ることろにあるし、あっちにはあっちの都合があるから、望み薄とは言っていましたけど……」

 

 「あくまで可能性の一つってことだね!」

 シラにグイッと迫られ、涼多は「……う、うん」と頷いた。


 (……風呂敷持って行ったこととか聞きそびれてんで)

 『望み薄』という言葉に(密かに)安堵するシラたちに、緑泥は肩をすくめた。


 (なんだかんだ言うとっても、結局は帰って欲しないんやな。……いや、それは俺も同じか。元気になったんはええことやけど、どっか複雑や)

 

 何度も思った言葉を、心の中で反芻(はんすう)する。

 ()()があるから、自分も根掘り葉掘り聞けなかったのだ、と。


 (まっ、ええ機会や。家に帰ったら、じっくりと聞かなな……)

 質問攻めにあっている涼多に視線を向け、緑泥は微苦笑を浮かべた。



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