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ただの補給兵だった息子の葬儀に、陸海空すべての英雄が集まった ~戦死したはずの息子は、今も敵地で仲間を逃がし続けている~  作者: てへろっぱ


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第47話 六千二百メートル下なので、荷物を落とさず降ろします



「物も通る?」


 湊の問いに、軍用AIはすぐには答えなかった。


 旧第七換気縦坑。直径最大三・八メートル、深度六千二百メートル。四十二年前に採掘区画へ空気を送り込むために造られた巨大な縦穴は、途中二か所の閉塞と最下部の防火扉を突破したことで、今は地表から第四十三深部採掘区の手前まで繋がっている。


 確かに、物は通る。


 だが。


「相良特務少佐。先に言っておきますが、六・二キロメートルの縦穴へ食料や医療品をそのまま落としたら、補給ではなく砲撃です」


「落とさないよ」


「本当ですか?」


「壊れるから」


「そこを理解していて安心しました!」


 軍用AIの表示灯がようやく赤から橙へ戻る。その横では、久遠沙耶が既に換気縦坑の断面図を開き、旧設備の仕様を洗い始めていた。


「元々は換気専用ですが、保守作業員用の昇降設備が併設されていました。主ケージは撤去済み。ただしガイドレールと上部巻上機の基礎構造は残っています」


 神代玲華が図面を覗き込む。


「巻上機そのものは?」


「四十二年前に撤去されています」


 白波凪沙が苦笑した。


「つまり、穴はあるけれどエレベーターがない状態ですね」


「じゃあ作る?」


 湊が言った瞬間、軍用AIの表示灯が再び赤くなった。


「六千メートルのエレベーターを『作る?』の一言で始めないでください!」


「でも上げ下げできれば、ずっと使えるよ」


「それはそうですが!」


 久遠は軍用AIの悲鳴を無視して、地表側に集まっている工兵資材の在庫を確認する。


 高強度ケーブル。


 合計八百メートル。


 予備を含めても千メートルに届かない。


 六千二百メートルには、まるで足りなかった。


「普通の方法では無理ですね」


 久遠がそう言うと、軍用AIは珍しく安心した。


「そうです。ですから今回は――」


「途中で受け渡せない?」


 湊。


 軍用AI。


 沈黙。


「……何を?」


「荷物」


 換気縦坑には、採掘時代の保守用横坑が何段も接続されている。全てが生きているわけではないが、構造図上では深度九百メートル、千七百メートル、二千九百メートル、四千百メートル、五千三百メートル付近に中継作業室が存在していた。


 一本のケーブルで六千二百メートルを降ろせないなら。


 途中で受け渡せばいい。


 久遠が無言で計算を始める。


「各中継区画に小型ウインチを設置し、八百メートルから千二百メートル単位で荷物を受け渡す……」


「手持ちケーブルを分割すれば足りますか?」


 神代が尋ねる。


「現有の高強度ケーブルだけでは不足します。ただし旧鉱山設備の保守索を再利用できます。劣化検査を通過した物だけを使えば、総延長は約四・六キロ確保できます」


 白波が目を丸くした。


「四十二年前のケーブルを?」


「全部ではありません。保存区画に封印されていた予備品です」


「つまり」


 軍用AIが嫌そうにまとめる。


「地球から持ってきた新しいケーブルと、四十二年前の火星製ケーブルを繋いで、地下六千二百メートルの即席荷物リレーを作るんですね」


 湊が頷く。


「それなら落とさない」


「確かに落としませんが、規模が大きいんです!」


     ◇


 《アレス・プライム》中央救難司令所では、エレナ・フォーク大佐が届いた新計画を黙って読んでいた。


 最近。


 相良湊から来る計画書を見た時、自分がどのくらい眉をひそめるかで、無茶の規模を判断できるようになってきた。


 今回は。


 かなり大きい。


「六段式地下補給リレー……」


「はい」


 通信士が説明する。


「旧第七換気縦坑に残る中継区画を再利用します。各段へ小型工兵機を配置して、食料、水、医療品を入れた補給容器を順番に下へ送るそうです」


「人間が作業する必要は?」


「ありません。全区間、無人です」


「一番下は誰が受け取る」


「第四十三深部採掘区の管理AIへ、受取機構の操作を依頼しています」


 エレナはそこで顔を上げた。


「返事は?」


「来ています」


 通信士が表示する。


《搬送設備 一部稼働可能》


《受領可能》


「……本当に管理AIなんだな」


「おそらくは」


 ただ。


 不可解な点は残る。


 管理AIなら。


 なぜ人数を「不明」と答えたのか。


 なぜ負傷者を「多数」と認識しているのか。


 そして。


 誰を。


 四十二年間も。


 守っているのか。


 エレナはしばらく画面を見つめたあと、その疑問を押し込めた。


「まず生かすか」


「はい」


 通信士も頷いた。


 その点だけは。


 遠く離れた補給兵と。


 完全に同じ判断だった。


     ◇


 火星地表。


 旧第七換気縦坑の入口では、新型工兵機と四十年前の旧式重機が同時に作業を始めていた。


 地表側には大型ウインチを設置する。


 深度九百メートルの第一中継区画までは、新型高強度ケーブルを使用。


 そこから先は。


 保守倉庫から発見された旧式ケーブルを引き出す。


 問題は。


 中継区画へ誰が設備を持っていくかだった。


「小型工兵機を先に下ろします」


 久遠が説明する。


「一段目の工兵機が二段目へウインチ設備を送り、その工兵機がさらに三段目へ送ります。下へ行くほど作業機が増える形です」


 軍用AIが呆れた声を出す。


「荷物を送る設備を作るために、まず設備を送る設備を作るんですね」


「そうなる」


 湊が自然に答えた。


「そこへ違和感を持ってください!」


 作業は。


 地上から順番に。


 下へ伸びていった。


 一段目。


 深度九百メートル。


 旧作業室。


 電力。


 なし。


 構造。


 健全。


 小型工兵機が非常用電源を接続し、新しいウインチを固定する。


 二段目。


 千七百メートル。


 天井の一部が崩れていたため、先に瓦礫を除去。


 三段目。


 二千九百メートル。


 旧機械室の床が腐食しており、補強板を追加。


 四段目。


 四千百メートル。


 旧式保守ウインチが残っていた。


 驚くことに。


 電力を繋ぐと。


 動いた。


「四十二年ですよ?」


 白波が映像を見ながら驚く。


 久遠は少し嬉しそうだった。


「整備状態が良かったんでしょう。閉鎖前に防塵封鎖されています」


 湊。


「使える?」


「使えます」


「じゃあ一個作らなくて済む」


「そこを節約と呼ぶんですか?」


 軍用AIがすかさず突っ込む。


 五段目。


 五千三百メートル。


 ここが一番難しかった。


 横坑入口が半分潰れている。


 新型工兵機では掘削力が足りない。


 そこで。


 上から。


 小型掘削無人機を。


 一台。


 降ろした。


 降ろすために。


 完成したばかりの四段式補給リレーを。


 先に使った。


 軍用AIは。


 何も言わなかった。


 もう。


 慣れてきていた。


     ◇


 十二時間後。


 地表から。


 地下六・二キロ手前まで。


 六段の中継地点が。


 繋がった。


 人間が一人もいない。


 縦に長い補給線。


 最初の荷物が。


 用意される。


 直径八十センチ。


 円筒形補給容器。


 中身。


 飲料水。


 二百リットル。


 高栄養流動食。


 三百食。


 救急医薬品。


 酸素ボンベ。


 簡易通信端末。


 そして。


 照明器具。


 湊が一覧を見る。


「これでいい?」


「最初の便としては」


 軍用AIが答える。


「ただし人数が分からない以上、どのくらい持つかは不明です」


「届いたら聞こう」


「はい」


 地表。


 第一補給容器。


 ウインチへ接続。


 降下。


 深度。


 百メートル。


 三百。


 六百。


 九百。


 一段目。


 停止。


 工兵機が。


 容器を受け取る。


 別ケーブルへ。


 接続。


 二段目へ。


 さらに。


 下へ。


 まるで。


 火星の地下に作られた。


 巨大なバケツリレーだった。


     ◇


 《アレス・プライム》の住民たちは。


 今度は。


 地表ではなく。


 地面の下を見ていた。


 映像では。


 何も分からない。


 表示されるのは。


 数字だけ。


《第一中継点 通過》


《第二中継点 通過》


《第三中継点 通過》


 子供たちの中には。


 もう。


 相良湊の名前を知っている者もいた。


「また届けてる」


「今度はどこ?」


「地下」


「どのくらい?」


「六キロ」


「遠い?」


「学校から家より遠い」


「それ地下にする意味ある?」


 大人たちは。


 笑う余裕が。


 少しだけ戻っていた。


 四十二万人の生命維持が安定した。


 だからこそ。


 今度は。


 知らない誰かのために。


 画面を見られる。


     ◇


《第五中継点 通過》


 残り。


 九百メートル。


 第一補給容器は。


 最終区間へ入った。


 だが。


 そこで。


 問題が起きた。


《張力異常》


 警報。


 軍用AIが即座に解析する。


「ケーブルが引っかかっています!」


 深度。


 五千八百七十メートル。


 縦坑壁面から。


 何かが。


 突き出している。


 旧配管。


 崩落時に曲がった。


 金属管。


 補給容器の上部が。


 そこへ接触。


 動かない。


「引き上げられる?」


 湊。


「可能ですが、一度第五中継地点まで戻します」


「時間は?」


「四十五分」


 湊が少し考える。


「下から引っ張れない?」


 軍用AI。


「下には作業機が――」


 そこで。


 止まった。


 第四十三深部採掘区。


 管理AI。


 受領設備。


 一部稼働可能。


 つまり。


 何らかの搬送機。


 残っている。


 通信。


《補給容器停止》


《下部より牽引可能か》


 数秒。


 返答。


《可能》


 軍用AIが眉をひそめるような声を出した。


「……何が動くんでしょう」


 返答。


《搬送機 一》


 古い。


 映像。


 送信。


 ノイズ。


 暗い。


 その中に。


 一台の。


 小さな作業機。


 四十二年前の。


 坑内搬送車。


 半分。


 錆びている。


 でも。


 動いている。


 湊が見て。


 少し笑った。


「下にもいた」


「……補給隊ですか?」


「うん」


 軍用AIは。


 もう否定しなかった。


     ◇


 坑内搬送車が。


 古いワイヤーを。


 上へ伸ばす。


 補給容器。


 接続。


 地上側。


 張力を少し緩める。


 下から。


 引く。


 金属管へ引っかかっていた容器が。


 わずかに。


 横へずれた。


 十センチ。


 二十。


 そして。


 抜ける。


 再降下。


 六千。


 六千百。


 六千二百。


 最下部。


 到着。


《第一補給便 受領》


 通信。


 数秒後。


《水 供給開始》


《医療物資 受領》


《食料 配布開始》


 艦橋。


 誰も。


 すぐには喋らなかった。


 湊が。


 最後に。


「届いた」


 軍用AI。


「はい」


 それだけ。


 今度は。


 十分だった。


     ◇


 そして。


 補給物資に入れていた。


 新型通信端末が。


 起動する。


 今まで。


 文字だけだった通信。


 帯域。


 拡大。


 音声。


 接続可能。


 軍用AIが確認する。


「地下側が通信端末へ接続しています」


 神代が姿勢を正す。


 白波も。


 久遠も。


 画面を見る。


 湊。


「話せる?」


「もうすぐ」


 ノイズ。


 強い。


 ザーッ。


 ザーッ。


 その奥。


 声。


 最初は。


 機械音。


『……補給……確認……』


 旧管理AI。


 やはり。


 管理AIがいた。


 湊が答える。


「届いた?」


『……受領……しました』


 少し。


 間。


 軍用AIが聞く。


「救難対象人数を教えてください」


 地下管理AI。


 沈黙。


 数秒。


『……人数……算出不能』


「なぜですか?」


 さらに。


 長い。


 ノイズ。


 そして。


『生命反応……七百八十一』


 艦橋。


 空気が。


 変わった。


 七百八十一。


 人が。


 いる。


 地下六・二キロ。


 四十二年前に閉鎖された場所に。


 七百八十一人。


 生きている。


 神代が息を呑む。


「本当に人間ですか?」


 地下管理AI。


 返答。


『……回答不能』


 軍用AI。


「どういう意味です?」


『識別情報……不一致』


 久遠が。


 眉をひそめる。


「不一致?」


 次の。


 音声。


『登録作業員……ゼロ』


『登録居住者……ゼロ』


『未登録生命反応……七百八十一』


 エレナのいる。


 《アレス・プライム》中央救難司令所でも。


 同じ音声を。


 聞いていた。


 四十二年前。


 全員退去。


 記録上。


 人はいない。


 それなのに。


 七百八十一の生命反応。


 そして。


 管理AIにも。


 誰なのか。


 分からない。


 湊は。


 少し考えてから。


 聞いた。


「食べられてる?」


 軍用AI。


「今そこですか!?」


『……食料供給……開始』


「水は?」


『供給開始』


「薬は?」


『医療区画へ搬送中』


 湊。


「じゃあよかった」


「正体不明なんですよ!?」


「でもお腹空いてたんでしょ?」


 軍用AIが。


 言葉に詰まる。


 確かに。


 正体が分からなくても。


 救難信号は。


 本物だった。


 水を求め。


 食料を求め。


 医療を求めた。


 そして。


 今。


 七百八十一の生命反応が。


 届いた補給を。


 受け取っている。


「相良特務少佐」


 軍用AIが。


 諦めたように聞いた。


「次はどうします?」


 湊。


「もう一便送る」


「……そうですね」


「七百八十一人なら、一回じゃ足りない」


「はい」


 地下へ。


 第二便。


 準備。


 第三便。


 第四便。


 六千二百メートルの。


 即席補給路が。


 本格的に動き始める。


 誰なのかは。


 まだ分からない。


 なぜ。


 四十二年間。


 そこにいたのかも。


 分からない。


 だけど。


 その答えを聞く前に。


 やることがある。


 ただの補給兵は。


 いつもと同じだった。


 名前を聞くより。


 先に。


 必要な物を。


 届ける。


 そして。


 第四便の補給容器が。


 地下へ降り始めた頃。


 新型通信端末から。


 再び。


 音声が届いた。


 今度は。


 管理AIではなかった。


『……だれ……?』


 小さい。


 声。


 人間の。


 声だった。


 湊は。


 すぐ答える。


「補給です」


 ノイズの向こう。


 長い。


 沈黙。


 そして。


『……そと……まだ……あるの?』


 《スウィフト》の艦橋から。


 誰の声も。


 消えた。


 四十二年間。


 閉鎖されたはずの地下。


 七百八十一人。


 その中の誰かは。


 地上が。


 まだ存在していることさえ。


 知らなかった。


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