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ただの補給兵だった息子の葬儀に、陸海空すべての英雄が集まった ~戦死したはずの息子は、今も敵地で仲間を逃がし続けている~  作者: てへろっぱ


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第45話 六十八キロ先まで、四十二万人分の呼吸を運びます



 砂嵐の中を、二台の旧式鉱石運搬車が並んで走っていた。


 四十年前に火星の鉱山で使われていた大型車両である。どちらも塗装はほとんど剥がれ、車体のあちこちに補修跡が残っている。その二台を仮設フレームで繋ぎ、中央には地球から届いた生命維持設備の貨物カプセルが固定されていた。


 見栄えだけなら、最新鋭の惑星救難輸送車とは到底呼べない。


 それでも。


 四十二万人分の呼吸を載せていた。


 旧第三資源採掘盆地から、《アレス・プライム》まで六十八キロ。


 その最初の一キロを、即席輸送車は時速十八キロで進んでいく。


 前方では新型掘削無人機が砂に埋もれた路面を確認し、後方には四十年前の作業機が続いていた。


 最新型も、旧式も関係ない。


 今は全機が同じ輸送隊だった。


     ◇


「第一輸送隊、旧採掘盆地を出ました」


 《スウィフト》艦内で白波凪沙が報告すると、湊は大型画面へ視線を向けた。


 火星から届く映像には数分の遅延があるが、それでも道路を進む輸送隊の姿ははっきり見える。


「ちゃんと走れてる」


「今のところは、です」


 軍用AIがすぐに釘を刺した。


「相良特務少佐。六十八キロすべてが完成した道路ではありません。当初は緊急輸送路を先に完成させる予定でしたが、生命維持設備が予定より早く降下できたため、道路工事と輸送を並行している状態です」


 湊が地図を見ると、輸送隊の進路上には色分けされた区間が表示されていた。


 緑は通行可能。


 黄色は低速通行。


 赤は未完成。


 そして、およそ十九キロ先には幅六十三メートルの亀裂が残っている。


「そこ、まだ渡れない?」


「大型貨物を載せた状態では不可能です。現在、工兵作業機が簡易橋梁を施工中ですが、完成まで三時間十二分の見込みです」


「輸送隊、着くまでどれくらい?」


「現状の速度なら一時間強です」


 湊が少し考える。


「待つんだ」


「普通は待ちます」


「もったいないね」


 軍用AIの表示灯が赤くなる。


「その言い方をすると思いました」


 久遠沙耶は既に地形図を拡大していた。


「迂回路ならあります」


「久遠技術大佐!」


「ただし、十二キロほど余計に走ります。地盤も悪く、大型輸送車では時速八キロ程度まで落とす必要があります」


 神代玲華が計算する。


「それなら橋の完成を待つ方が早いですね」


「はい」


 久遠も素直に頷く。


 軍用AIが安心したのも束の間。


 湊が別の場所を指した。


「この亀裂、埋められない?」


「橋を作っている横でですか?」


「うん。橋が遅れた時の予備に」


 軍用AI。


「予備の道路を作るんですか?」


「止まったら困るから」


 数秒の沈黙のあと、神代が小さく笑った。


「救難輸送路に冗長性を持たせるという意味では、正しいですね」


「また正論で援護しないでください!」


 結局。


 橋梁施工は継続。


 同時に、旧式運搬車十二台が周囲の岩石を亀裂へ投入し、非常用の埋め立て路も造成することになった。


 軍用AIは最後まで不満そうだった。


「一つの問題に二つ解決策を作る癖がついていませんか?」


 湊は首を傾げる。


「片方壊れても進めるよ?」


「それを正しいと言われると反対しづらいんです!」


     ◇


 《アレス・プライム》中央救難司令所では、第一輸送隊の動きをほぼ全員が見守っていた。


 エレナ・フォーク大佐の前には、旧採掘盆地から都市までを繋ぐ緊急輸送路が表示されている。


「第一輸送隊、第五区間へ進入。貨物状態、正常です」


「第二輸送隊は?」


「積載中です。非常用電源と循環ポンプを優先しています」


「第三は?」


「医療品です。砂塵対策のため貨物カプセルを開けず、そのまま運びます」


 以前までなら、それぞれ別々の専門部隊が必要な作業だった。


 ところが今。


 旧鉱山の管理AIが地上輸送全体を整理し、地球から届いた新型無人機が不足部分を補っている。


 人間が一人もいない地上で。


 補給網だけが。


 勝手に完成していく。


 エレナは何度見ても不思議だった。


「相良特務少佐は本当に、まだ火星へ着いていないんだな?」


「はい。あと十六日以上かかります」


「なのに、もう現地補給司令部があるような状態だ」


 通信士も苦笑した。


「本人に言ったら、『管理AIが仕事してるだけです』と言うと思います」


「言いそうだな」


 その時、別の警報が入った。


 第一輸送隊。


 停止。


 エレナの表情が変わる。


「何があった?」


「前方路面で崩落です!」


 映像が切り替わる。


 砂嵐と継続する小規模地震の影響で、完成済みだった道路の一部が沈下していた。


 幅。


 二十四メートル。


 深さ。


 五メートル。


 貨物を載せた即席輸送車では越えられない。


 しかも。


 積んでいるのは生命維持設備だ。


「迂回は?」


「可能ですが、到着が二時間以上遅れます」


 エレナが即座に指示を出そうとした。


 だが。


 その前に。


 地上側が動いた。


     ◇


 停止した第一輸送隊の前方へ、新型掘削無人機が六機進み出た。


 路面を観測。


 地盤強度を測定。


 そのデータを旧管理AIへ送信する。


 同時に後方から。


 四十年前の大型鉱石運搬車が八台。


 何も積まずに前へ出てきた。


 《スウィフト》の画面を見ていた湊が尋ねる。


「何するの?」


 軍用AIが解析する。


「……埋めます」


「道路?」


「はい。旧管理AIが周囲の岩石を崩落部へ投入する判断をしました」


 湊。


「早いね」


「あなたがさっき別の亀裂に対して言っていたことを、そのまま実行しています」


「聞こえてた?」


「通信していますからね!」


 旧式重機は迷わなかった。


 周囲の岩盤を削り。


 大型運搬車へ積む。


 そのまま沈下部分へ落とす。


 新型機が上から細かい砕石を入れ、路面を固める。


 四十年前の機械が大量に運び。


 最新型が精密に仕上げる。


 一見すれば。


 世代も性能も違いすぎる。


 だが。


 一緒に働くと。


 妙に相性が良かった。


 軍用AIが作業終了予測を更新する。


「二十七分です」


「迂回するより早い」


「はい」


 湊が頷く。


「じゃあ待とう」


「今度は素直なんですね」


「作ってくれてるから」


 軍用AIは。


 少しだけ。


 声を柔らかくした。


「そうですね」


     ◇


 二十九分後。


 第一輸送隊。


 再出発。


 即席輸送車が補修された路面をゆっくり渡る。


 荷台の貨物カプセル。


 傾斜。


 許容範囲。


 振動。


 正常。


 そのまま通過。


 《アレス・プライム》中央救難司令所に、小さな歓声が起こった。


 しかし。


 まだ終わっていない。


 残り四十一キロ。


 地表は悪い。


 砂嵐も続いている。


 そして。


 地下都市側にも。


 最後の問題があった。


「地表搬入口が使えません」


 エレナの副官が報告する。


 《アレス・プライム》の主要貨物搬入口は、宇宙港崩落と同時に破壊された。


 緊急搬入口は残っているが。


 幅が足りない。


 大型貨物カプセルは入らない。


「外で開封するしかないか」


 エレナが呟く。


「砂嵐の中では精密設備を露出させられません」


「なら搬入口を広げる」


「地下構造への影響があります。少なくとも十二時間は必要です」


 また。


 最後の数百メートルで止まる。


 そう思った時。


 通信士が、嫌な予感のする顔をした。


「相良特務少佐から通信です」


 エレナはゆっくり振り向く。


「もう聞こう。今度は何だ」


     ◇


「貨物カプセルが入らないなら」


 湊は地図を見ながら言った。


「カプセルから出さなくていいんじゃない?」


 軍用AIが疲れた声で答える。


「地下搬入口の幅よりカプセルの方が大きいんです」


「だから、入口から入れない」


「はい」


「この縦穴は?」


 湊が指したのは、旧採掘時代に使われていた資材搬送用の垂直シャフトだった。


 地表から地下都市近くまで。


 深さ。


 四百二十メートル。


 現在は閉鎖されている。


 久遠が記録を確認する。


「直径十二メートル。貨物カプセルは通ります」


 軍用AI。


 沈黙。


 神代も気づいた。


「上から降ろす?」


「うん」


 白波が地図を見ながら続ける。


「シャフト下部は旧物流区画へ繋がっています。そこから生命維持設備室まで、およそ一・七キロです」


 軍用AIは必死に欠点を探した。


「閉鎖から三十二年です! 内部状態が確認できません!」


「無人機、入れる?」


「……入れます」


「見てもらおう」


「そうなりますよね!」


 旧採掘場から輸送隊を進めながら。


 都市側では。


 閉鎖された旧物流シャフトの調査が始まった。


 小型無人機。


 投入。


 内部。


 砂塵。


 一部落石。


 だが。


 致命的崩落。


 なし。


 下部搬送設備。


 停止。


 構造体。


 健全。


 久遠が判定する。


「使用できます」


 湊。


「じゃあ上から下ろせる」


「待ってください」


 軍用AIが画面を拡大する。


「四百二十メートルですよ」


「クレーンある?」


「旧設備は故障しています」


「運搬車にワイヤー積んでる?」


「……あります」


「何メートル?」


「工兵用高強度ケーブルなら八百メートル」


「足りるね」


「そういう問題じゃないと言いたいのに、今回は本当に足りています!」


 計画変更。


 第一輸送隊は。


 正面搬入口ではなく。


 旧物流シャフトへ。


 向かう。


     ◇


 《アレス・プライム》の住民たちは。


 その頃には。


 地上の輸送隊を実況のように見守っていた。


『第一輸送隊、都市外縁部へ到達』


 避難所の画面に表示が出る。


 子供たちが歓声を上げる。


 大人たちは。


 まだ笑えない。


 生命維持装置が。


 地下へ入るまでは。


 安心できない。


 第一輸送隊。


 都市まで。


 五キロ。


 三キロ。


 一キロ。


 そして。


 旧物流シャフト前。


 到着。


 四十二万人の呼吸が。


 ついに。


 都市の真上まで来た。


     ◇


 地上。


 即席双胴運搬車から貨物カプセルが降ろされる。


 新型工兵機が。


 高強度ケーブルを接続。


 四点吊り。


 荷重分散。


 旧大型鉱石運搬車四台が。


 即席ウインチ車として配置される。


 古い駆動モーター。


 新しい制御装置。


 組み合わせ。


 正常。


 軍用AIが言う。


「降下開始」


 貨物カプセルが。


 ゆっくり。


 暗い縦穴へ入っていく。


 十メートル。


 五十。


 百。


 二百。


 四百。


 下部。


 新型工兵機が待っている。


 着床。


《貨物状態 正常》


 その瞬間。


 《アレス・プライム》中央救難司令所で。


 誰かが。


 泣いた。


 誰だったのか。


 エレナには分からなかった。


 自分ではない。


 たぶん。


 けれど。


 声を出した人間を咎める者はいなかった。


「生命維持設備、地下搬入完了」


 通信士の声も震えている。


「整備班へ引き渡します」


 エレナは。


 深く。


 息を吐いた。


「……間に合った」


     ◇


 《スウィフト》では。


 報告を聞いた湊が。


 いつものように。


「よかった」


 と言った。


 軍用AIは今回は怒鳴らなかった。


「はい」


 少しだけ間を置き。


「本当に」


 と付け加える。


 しかし。


 湊は次の貨物を見ていた。


「まだある」


「あります」


「何台?」


「第一便だけで、あと二十一カプセルです」


「じゃあ運ぼう」


「そうですね」


 軍用AIも。


 もう止めなかった。


 第二輸送隊。


 第三輸送隊。


 第四。


 旧採掘盆地から。


 次々と出発する。


 四十年前の運搬車が。


 地球から来た新型機と並び。


 砂嵐の中を走る。


 壊れた道路は。


 その場で直す。


 橋が間に合わなければ。


 横で道を作る。


 正面入口が使えなければ。


 昔の縦穴から下ろす。


 ただ。


 必要な物を。


 必要な人のところへ。


 運ぶ。


 それだけだった。


     ◇


 それから十四時間後。


 《アレス・プライム》。


 主要生命維持設備。


 復旧。


 酸素循環能力。


 四十一パーセント。


 六十三。


 七十八。


 最終。


 九十二パーセント。


 安全運用可能時間。


 五日。


 という表示が。


 消えた。


 代わりに。


《継続運用可能》


 へ変わる。


 中央救難司令所で。


 今度こそ。


 大歓声が起こった。


 四十二万人。


 全員。


 生存。


 救難物資。


 到着。


 生命維持危機。


 解除。


 エレナは画面に表示された名前を見る。


 第一特別救難補給隊。


 相良湊特務少佐。


 本人は。


 まだ。


 火星まで十六日も離れている。


「……もう来なくても大丈夫なんじゃないか?」


 通信士が。


 少し考えた。


「そうかもしれません」


 二人は。


 一瞬。


 本気でそう思った。


 その時。


 地下都市深部から。


 新しい警報が入った。


《未確認救難信号 検出》


 エレナの顔から。


 笑みが消える。


 場所。


 《アレス・プライム》地下。


 深度。


 六・二キロ。


 旧採掘層。


 閉鎖区域。


 四十二年前から。


 立入禁止。


 救難信号。


 一つ。


 人数表示。


 なし。


 だが。


 確かに。


 誰かが。


 地下から。


 助けを求めていた。


 通信士が青ざめる。


「こんな場所に、人がいるはずがありません」


 エレナも画面を凝視した。


「……相良特務少佐には?」


「もう転送されています」


 その瞬間。


 二人とも。


 同じことを思った。


 来なくても大丈夫。


 そう思ったばかりなのに。


 たぶん。


 あの補給兵は。


 来る。


 そして。


 《スウィフト》では。


 救難信号を見た湊が。


 もう尋ねていた。


「そこまで行ける?」


 軍用AIの表示灯が。


 ゆっくり。


 赤くなった。


「だから、火星に着く前から次の救助先を増やさないでください……!」


 火星まで。


 あと十六日。


 四十二万人の危機は。


 ひとまず終わった。


 けれど。


 六・二キロ下から届いた。


 たった一つの救難信号が。


 今度は。


 誰も知らなかった火星の地下へ。


 ただの補給兵を。


 呼び始めていた。


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