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ただの補給兵だった息子の葬儀に、陸海空すべての英雄が集まった ~戦死したはずの息子は、今も敵地で仲間を逃がし続けている~  作者: てへろっぱ


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第42話 四十年前の補給隊に、地球から新入りが到着します



 火星旧第三資源採掘盆地。


 四十年間、人間の手が入らなかった赤い大地を、百八十七機の旧式重機が進んでいた。


 塗装は剥げ、機体番号の半分は砂に削られて読めない。履帯の軋みを検知している機体もあれば、油圧系の出力が設計値の六割まで落ちているものもある。


 それでも、止まる機体はいなかった。


 《アレス・プライム》から発信された大規模災害救難信号を受信した瞬間、四十年前に入力された最後の命令が、管理AIの奥底から呼び起こされたからだ。


 ――都市に重大災害が発生した場合、保有機材を救難活動へ転用せよ。


 目的地まで六十八キロ。


 最短経路上には、地殻変動によって生じた亀裂が十二本。最大幅は九十七メートルに達する。


 かつて鉱石輸送に使われていた道路も、半分以上が砂の下へ消えていた。


 それでも旧採掘場管理AIは、淡々と作業を始める。


《第一掘削班、進路上障害物除去》


《第二運搬班、路盤材収集》


《第三工作班、亀裂迂回路造成》


《都市救難を最優先》


 誰も命令を聞いていない。


 誰も労ってくれない。


 それでも、百八十七機は動いた。


     ◇


「……勝手に道路を作り始めました」


 《スウィフト》の艦橋で、軍用AIが火星から届く映像を見ながら呟いた。


 湊は少し感心したように画面を覗き込む。


「仕事早いね」


「あなたが褒めると、ものすごく同類感があります」


「重機と?」


「救難信号を聞いた瞬間、自分にできる仕事を探し始めるところです」


「普通じゃない?」


「そこです!」


 軍用AIが即座に声を張り上げたが、神代玲華は画面から目を離さなかった。


 旧式重機群の動きは、予想以上に合理的だった。


 一列に並んで都市へ向かっているわけではない。大型掘削機が先行して障害物を除き、運搬車が周囲から細かな岩石を集め、後続機が路盤を固める。


 使えなくなった旧輸送路を無理に復旧するのではなく、状況の良い場所を縫うように新しい道を作っていた。


「四十年前の管理AIとは思えない判断ですね」


 神代の言葉に、久遠沙耶が頷いた。


「元々、この採掘場は人員が少なかったようです。最盛期でも常駐作業員は二百人ほど。千機以上の無人重機を少人数で管理するため、かなり高度な自律施工システムが導入されていた記録があります」


「千機?」


 湊が反応する。


 軍用AIが嫌そうな声を出した。


「その数字に食いつかないでください」


「でも今は百八十七機しかいない」


「四十年間放置されていたんですよ。百八十七機も動いている方がおかしいです」


 久遠が旧記録をさらに調べると、採掘場閉鎖時に多数の機材が他都市へ移管され、一部は解体されたことが分かった。


 残されたのは、老朽化が進み、輸送費をかけてまで回収する価値がないと判断された機体ばかりだった。


 要するに。


 捨てられた機械たちである。


 白波凪沙がその記録を読み、少しだけ表情を曇らせた。


「廃棄予定だった機材が、四十年後に都市を助けに行くんですね」


 湊は画面を見たまま答えた。


「まだ使えるから」


「はい?」


「動けるなら、廃棄じゃないんじゃないかな」


 何でもないことのように言った。


 白波は一瞬驚いたあと、柔らかく笑った。


「そうかもしれませんね」


 軍用AIだけは、別の意味で沈黙していた。


 この男がそういうことを言うと。


 なぜか。


 非常に説得力がある。


     ◇


 火星地下都市アレス・プライムでは、エレナ・フォーク大佐の元へ次々と報告が上がっていた。


「旧第三採掘場の重機群、進路上第一亀裂へ到達しました」


「迂回するのか?」


「いえ」


 通信士が表示を切り替える。


「埋めています」


「……九十メートル近い亀裂を?」


「幅九十七メートルですが、深さは最大二十二メートルです。周囲の岩石を掘削し、大型運搬車二十六機で搬入しています」


 映像の中では、数十台の旧式車両が巨大な岩塊を次々と亀裂へ落としていた。


 その上から小型作業機が砂利を敷き、重量ローラー型無人機が路面を固めていく。


 効率だけを考えるなら、かなり乱暴な方法だった。


 しかし、今必要なのは百年使える道路ではない。


 数日後に届く救難物資を通せればいい。


「通行可能になるまで?」


「推定三時間四十分です」


「早いな……」


 エレナは腕を組んだ。


 地上宇宙港が消えたと報告を受けた時点で、彼女は救難計画が大幅に遅れることを覚悟していた。


 それが今。


 宇宙港の代わりに採掘盆地を使い。


 道がないなら、四十年前の重機が勝手に道を作り始めている。


「相良特務少佐が何か指示したのか?」


「いいえ。旧管理AIが独自に判断しています」


「本当に?」


「相良特務少佐から届いた指示は一件だけです」


「何だ」


 通信士は端末を確認し、少し困ったように読み上げた。


「『無理させないでください』」


 エレナ。


「……誰を?」


「重機を、だと思います」


 しばらく。


 司令所が静かになった。


「重機に?」


「はい」


「四十二万人の都市が危ない状況で?」


「はい」


「四十年前の機械の心配をしている?」


「本人は普通に言っていました」


 エレナは額に手を当てた。


「本当に補給兵なんだな……」


 意味は、自分でもよく分からなかった。


     ◇


 《スウィフト》では、別の問題が発覚していた。


「第一降下まで、あと八日と十九時間」


 軍用AIが先行船団の現在位置を表示する。


「旧重機群の道路造成速度なら、それまでに《アレス・プライム》までの緊急輸送路は完成します。ただし、一つ問題があります」


「何?」


 湊が尋ねる。


「運ぶ車が足りません」


 旧採掘場から地下都市までは六十八キロ。


 先行降下予定の掘削無人機や工兵作業機にも運搬能力はあるが、本来は工事用であり、大量の精密機器や医療品を運ぶための車両ではない。


 旧採掘場の百八十七機も同様だった。


 大型鉱石運搬車こそ存在するが、その荷台はむき出しだ。粉塵や温度変化を嫌う医薬品や精密機器には使えない。


「貨物カプセルごと運べない?」


 湊が尋ねると、久遠が重量を確認した。


「最大で一基二十八トンです。旧鉱石運搬車なら積載能力は足りますが、荷台寸法が合いません」


「乗らない?」


「横幅が一・八メートル足りません」


 湊はしばらく画面を見たあと、旧採掘車の設計図を指した。


「これ、横に二台並べたら?」


 軍用AI。


「はい?」


「二台で一個持つ」


「……」


 久遠が無言で寸法を合わせる。


 一台では狭い。


 二台なら。


 余る。


「可能です」


「待ってください」


 軍用AIの声が急に弱くなった。


「何をするつもりですか」


「二台を同じ速度で走らせる」


「まさか」


「上に貨物置く」


「大型鉱石運搬車を二台並べて、一台の巨大運搬車みたいに使う気ですか!?」


「駄目?」


 久遠はすでに同期制御について調べていた。


「旧管理AIが全車両を一括制御しています。同一速度、同一操舵角で走行させること自体は難しくありません」


「また成立するんですか!?」


 軍用AIが頭を抱えたいような声を出す。


 白波が笑いながら、別の問題を指摘した。


「でも、そのまま貨物カプセルを置くと滑りますよ」


「じゃあ固定する物がいる」


 湊が補給物資一覧を見る。


 構造材。


 高圧配管。


 工兵資材。


 簡易橋梁部材。


 ある。


 軍用AIが先回りした。


「救難物資を勝手に車両改造へ使わないでください」


「使ったら戻せる?」


「そういう問題では――」


 久遠。


「ボルト固定だけなら再利用できます」


「久遠技術大佐!」


 軍用AIは孤立していた。


     ◇


 さらに六時間後。


 旧採掘場管理AIへ、地球から新しい設計データが送信された。


《仮設双胴運搬方式》


 大型鉱石運搬車二台を並走させ、その上へ簡易フレームを渡し、貨物カプセルを丸ごと固定する。


 カプセルを開封せずに運べるため、火星の粉塵から精密機器を守れる。


 必要資材は、先行補給物資の中にある工兵用構造材。


 使用後は解体し、そのまま都市復旧へ転用可能。


 旧管理AIは設計を受信すると。


 二・三秒で。


《実行可能》


 と返した。


 軍用AIが低い声で呟く。


「仲良くならないでください」


 湊が振り返る。


「誰と?」


「火星の管理AIとです」


「まだ話してないよ」


「話さなくても思想が一致しています!」


 そのとき。


 旧管理AIから二通目の通信が届いた。


《追加資材不要》


《現地残存資材で試作可能》


 久遠が目を見開く。


「……旧採掘場に構造材が残っています」


 四十年前に放置された倉庫。


 その中から。


 錆びた大型梁。


 整備用固定具。


 搬送フレーム。


 使えそうな物を管理AI自身が選び出していた。


 映像では、作業機たちが既に資材を運び始めている。


 軍用AI。


「早い」


 湊。


「仕事できるね」


「あなたが嬉しそうなのが嫌です」


     ◇


 火星で最初の試作車両が完成したのは、その三時間後だった。


 大型鉱石運搬車二台。


 その間を巨大な鉄骨が渡され。


 上部には貨物カプセルを載せられる仮設架台。


 見た目は。


 かなり。


 妙だった。


 《アレス・プライム》中央司令所で映像を見たエレナは、率直に言った。


「……格好悪いな」


「はい」


 通信士も否定しなかった。


 四十年前の古い鉱石運搬車二台を横並びにし、その上へ錆びた鉄骨を載せただけ。


 最新鋭の惑星救難車両とは到底呼べない。


 だが。


 試験用の二十六トンコンテナを載せ。


 動き出す。


 時速。


 二十キロ。


 砂地。


 問題なし。


 傾斜。


 問題なし。


 十五センチの段差。


 問題なし。


 同期制御。


 正常。


 貨物保持。


 正常。


 旧管理AI。


《試験完了》


《量産開始》


 エレナが顔を上げた。


「量産?」


「大型鉱石運搬車は、まだ七十二台動きます」


「……ということは」


「最大三十六組」


 三十六台の即席大型貨物車。


 八百七十二トン。


 一往復では足りない。


 だが。


 何度か往復すれば。


 運べる。


「本当に……受け入れられるぞ」


 エレナの声から、初めて明確な安堵が漏れた。


 宇宙港がなくなった時。


 一度は届かないと思った。


 あれだけの物資を地球が送ってくれても。


 最後の六十八キロで止まると思った。


 しかし。


 道路ができる。


 運搬車もできる。


 荷下ろし場も作られる。


 しかも。


 それを準備しているのは。


 四十年前に捨てられた機械たちだった。


     ◇


 そして。


 旧第三資源採掘盆地の一角で。


 百八十七機のうち。


 一機が止まった。


 大型掘削機。


 機体番号。


《EX-031》


 右側駆動系。


 出力低下。


 油圧。


 圧力喪失。


 四十年間。


 最低限の自己保全だけで生き延びてきた。


 そこへ。


 突然の長距離走行。


 大規模掘削作業。


 限界だった。


 旧管理AI。


《EX-031 作業継続不能》


《経路外へ退避》


 機体は。


 道路脇へゆっくり移動した。


 そこで停止する。


 役目は。


 終わった。


 その映像を。


 《スウィフト》の湊が見ていた。


「壊れた?」


 軍用AIは、少し声を落として答えた。


「駆動系の寿命です。予備部品もありません。四十年前の機体ですから」


「直せない?」


「今の火星には部品がありません」


 湊は黙っていた。


 やがて。


 先行補給物資の一覧を開く。


 軍用AIが警戒する。


「何を探しています?」


「部品」


「ありません」


「似たのは?」


「……相良特務少佐」


「うん」


「救難物資は、四十二万人のためのものです」


「分かってる」


 湊は画面から目を離さなかった。


「だから、この子も四十二万人を助けてる」


 軍用AI。


 沈黙。


 湊は続けた。


「動けるなら、まだ仕事したいんじゃないかな」


「……機械です」


「うん」


「感情があるとは限りません」


「うん」


「本人に聞くこともできません」


「でも」


 湊は、道路脇で止まった古い掘削機を見る。


「四十年待って、救難信号が来たから起きたんでしょ?」


 軍用AIは答えなかった。


 そのとき。


 久遠が別の画面を開いた。


「あります」


「何が?」


「完全互換ではありませんが、先行補給船団に積まれている掘削無人機の予備油圧ポンプ。接続規格を変換すれば、EX-031へ流用できる可能性があります」


 軍用AI。


「久遠技術大佐……」


「予備は十二基あります。一基使っても、救難作業への影響はほぼありません」


 神代が静かに頷く。


「なら送りましょう」


 白波も微笑んだ。


「第一降下便へ追加ですね」


 軍用AIは。


 しばらく何も言わなかった。


 それから。


「……分かりました」


 第一降下便。


 積載内容。


 変更。


 掘削無人機。


 工兵作業機。


 通信中継器。


 非常用電源。


 そして。


 旧式大型掘削機《EX-031》用。


 変換済み予備油圧ポンプ。


 一基。


 湊は確認して。


「これでいい」


 とだけ言った。


     ◇


 八日後。


 火星上空。


 第一高速補給船団が。


 到着した。


 八百七十二トン。


 地球から来た。


 四十二万人の命を繋ぐ物資。


 火星周回軌道へ。


 十二隻の貨物艇が次々と進入する。


 地表では。


 旧第三資源採掘盆地に。


 百八十六機の古い重機が並んでいた。


 一機だけ。


 道路脇で眠っている。


 その上空。


 最初の火球が現れた。


 第一降下カプセル。


 火星大気へ突入。


 続いて。


 二基目。


 三基目。


 十基。


 赤い空に。


 地球から届いた光が。


 次々と伸びる。


 《アレス・プライム》の人々が。


 地下都市の観測画面から。


 それを見上げていた。


 宇宙港はない。


 迎えに行く人間もいない。


 けれど。


 地上には。


 四十年前から待っていた機械たちがいる。


 第一降下カプセル。


 減速。


 衝撃吸収材。


 展開。


 旧採掘盆地。


 着地。


 大きな砂煙が舞い上がった。


 数秒後。


 その中から。


 一機の新型掘削無人機が。


 ゆっくり起き上がる。


 旧管理AIが。


 短い信号を送った。


《所属確認》


 地球製新型機。


 応答。


《第一特別救難補給隊》


《救難作業参加》


 四十年間。


 火星だけで待ち続けた補給隊へ。


 ようやく。


 地球から。


 新入りが到着した。


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