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ただの補給兵だった息子の葬儀に、陸海空すべての英雄が集まった ~戦死したはずの息子は、今も敵地で仲間を逃がし続けている~  作者: てへろっぱ


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第40話 十二万人を拾っても、火星への到着は遅らせません



「だから途中で拾うなと言われたばかりでしょうがああああああああ!」


軍用AIの絶叫が、《スウィフト》の艦橋に響いた。


出航から、まだ七時間十四分。


地球は後方にある。


火星までは、あと二十六日。


その予定だった。


大型画面には、航路前方を高速で移動する巨大な物体が一つ。


そして、その後方に散らばる救難ビーコンが百三十七。


推定救難対象者。


十二万三千四百十二人。


湊は表示された数字をしばらく見てから、隣の軍用AI端末へ視線を向けた。


「近い?」


「近いか遠いかで救助を決めないでください!」


「でも近いなら助けられる」


「遠くても助けるでしょう、あなたは!」


それは否定できなかった。


湊が黙る。


軍用AIの表示灯が、さらに赤くなった。


「その沈黙もやめてください!」


神代玲華が苦笑しながら、救難信号の解析結果を別画面へ開いた。


「所属が判明しました。民間惑星間居住船団オデッセイ。十二日前に地球圏を出発しています」


白波凪沙が目を細める。


「《オデッセイ》……火星外縁の新設居住区へ向かっていた船団ですね」


「はい。居住モジュール百三十七基、共通推進母機一基。乗員乗客十二万三千四百十二名」


久遠沙耶が表示を拡大した。


船団は、通常の大型客船とは構造そのものが違った。


巨大な共通推進母機。


その周囲へ複数の居住モジュールを接続し、惑星間を移動する。


目的地へ到着後は居住モジュールを切り離し、そのまま軌道居住区や地上施設として利用する。


つまり。


人を運ぶ船であると同時に。


新しい町そのものを運ぶ船だった。


ところが現在。


その町は宇宙空間で百三十七個に分解されている。


「何があった?」


湊が尋ねる。


軍用AIが、不機嫌そうな声のまま答えた。


「七十一分前、微小隕石群との衝突を確認。共通推進母機の主電力系統で異常が発生しています」


画面上の巨大物体が赤く表示される。


「安全機構が作動し、居住モジュールは自動分離。これは正しい判断です。推進母機側で主機が暴走したため、接続されたままなら全居住区画が危険でした」


「じゃあ分かれたから助かった?」


「現時点では」


軍用AIが一拍置いた。


「ですが、居住モジュールは長期間の単独航行を想定していません」


残存電力。


平均三十一時間。


一部モジュール。


十八時間。


酸素循環。


温度管理。


姿勢制御。


放射線防護。


ほぼすべてを共通推進母機に依存していた。


圧力容器そのものは無事。


人々も生きている。


だが。


このまま漂流すれば。


十二万人以上が、一日ほどで生命維持を失う。


湊が聞いた。


「《スウィフト》に乗せられる?」


「最大三十二人です!」


「やっぱり無理か」


「検討するまでもありません!」


「じゃあ」


湊が百三十七個の光点を見る。


「乗せなきゃいい」


軍用AI。


沈黙。


神代が、ゆっくり湊を見る。


白波も見る。


久遠だけは既に何かを察したらしく、推進母機の構造図を開いていた。


軍用AIが警戒する。


「……何を考えていますか」


「壊れたのは、どっち?」


「はい?」


「人がいる方?」


「居住モジュール自体は、致命的損傷を受けていません」


「じゃあ直すのは前の大きい方だけ?」


全員の視線が。


高速で航路前方へ飛んでいく共通推進母機へ集まった。


軍用AIが答えない。


湊。


「追いつける?」


「…………」


「AI?」


「計算しています!」


大型画面に新しい航路が描かれた。


《スウィフト》が現在の火星遷移軌道から外れ、推進母機を追跡。


最大加速。


接近。


相対速度調整。


到達まで。


三時間四十二分。


軍用AIが言う。


「追いつくこと自体は可能です」


「じゃあ行こう」


「話は最後まで聞いてください!」


表示が切り替わる。


《スウィフト》がそこまで大きく航路変更すれば。


火星到着。


三日と九時間遅延。


湊は黙った。


アレス・プライム。


四十二万人。


生命維持設備損傷。


既に自分より先行して、八百七十二トンの救難物資を飛ばしている。


だが。


現場で補給をまとめるために。


湊本人も必要とされている。


三日。


救難現場では。


長すぎる。


軍用AIが静かに言った。


「相良特務少佐。十二万人を見捨てろとは言いません」


少しだけ。


声が柔らかくなる。


「ですが、あなた一人で救助対象を増やし続ければ、いつか先に助けるはずだった人々へ手が届かなくなります」


湊は画面を見た。


十二万人。


四十二万人。


どちらが多いか。


そんなことは。


関係ない。


一人でも。


救助を待っているなら。


救いたい。


けれど。


そのために。


別の誰かを遅らせるのも違う。


しばらくして。


湊が尋ねた。


「三日遅れるのって」


「はい」


「追いついて、止まって、そこから火星へ戻るから?」


「……そうですが」


「止まらなければ?」


軍用AIの表示灯が明滅した。


「どういう意味ですか」


湊は推進母機を見る。


「あれ、速いんだよね?」


「現在も主機が断続的に暴走しているため、非常に危険な速度です」


「火星方向?」


「……概ね」


「じゃあ」


湊が言う。


「直したあと、押してもらえばいい」


艦橋。


静寂。


軍用AI。


「誰を」


「俺たち」


「何に」


「あれに」


軍用AI。


「……」


「駄目?」


「大型惑星間推進母機を救助した直後に、救助艇を押させる人を私は初めて見ました」


久遠が小さく口を開く。


「でも……可能です」


軍用AI。


「久遠技術大佐!?」


「推進母機は居住モジュール百三十七基を運ぶ設計です。《スウィフト》の質量は、その一基にも届きません」


久遠は計算結果を送る。


「主機を正常化できれば、《スウィフト》の航路修正に必要な速度を補填できます」


神代も計算結果を見る。


「救助に使った時間を、推進母機の加速で取り戻す?」


白波が続ける。


「理論上、火星到着時刻は……」


数字。


更新。


二十六日。


十四時間。


元の予定より。


十時間早い。


軍用AI。


「どうして早くなるんですかああああああああ!」


湊。


「じゃあ行ける」


「納得していません!」


「でも十二万人も助かる」


「それを言われると反対できないんです!」


《スウィフト》。


針路変更。



三時間後。


巨大な共通推進母機が、《スウィフト》の前方いっぱいに広がっていた。


全長。


二千百四十メートル。


本来なら、その周囲へ百三十七の居住モジュールを接続するため、骨格のような巨大な係留構造が左右へ伸びている。


だが今は。


誰もいない。


無人。


主機だけが断続的に噴射を続け。


宇宙空間を暴走していた。


軍用AIが解析する。


「主制御系、応答なし。副制御系、応答なし。緊急停止系も故障しています」


神代が尋ねた。


「外部から停止できますか?」


「正規手順なら不可能です」


湊。


「正規じゃなければ?」


軍用AI。


「どうして毎回そこを聞くんですか」


「ある?」


数秒。


「……あります」


軍用AIの声が。


露骨に嫌そうになる。


「推進母機には整備用の独立制御端末があります。外部作業員が主制御系と切り離して点検するためのものです」


湊。


「入れる?」


「船外作業が必要です」


「行ってくる」


「軽い!」



十分後。


湊は宇宙服を着ていた。


腰には命綱。


背面には小型推進装置。


その前方。


二千メートルを超える無人推進母機が、巨大な壁のように見える。


通信越しに。


軍用AI。


「いいですか。対象は現在も加速中です。相対速度はこちらで極限まで合わせていますが、急激な主機噴射が発生した場合――」


「離れればいい?」


「簡単に言わないでください!」


「分かった」


「絶対分かっていません!」


湊が船外へ出る。


宇宙。


音はない。


地球も。


火星も。


ここから見れば。


ただの光だ。


なのに。


その間には。


助けを待つ人がいる。


十二万人。


さらに先には。


四十二万人。


湊は、小型推進装置を吹かした。


少しずつ。


推進母機へ近づく。


外壁。


接触。


磁気ブーツ固定。


「着いた」


『早いです!』


「近かったから」


『宇宙空間でその感想を使わないでください!』


湊は整備用ハッチを探す。


表示。


EMERGENCY MAINTENANCE。


あった。


「これ?」


『はい。そこから外部制御端末へ――』


湊が開ける。


『まだ説明中です!』


内部。


非常用端末。


生きている。


湊。


「借りるね」


『誰に許可を取っているんですか!?』


「持ち主」


『聞こえていません!』


軍用AIが接続。


一秒。


二秒。


三秒。


「……侵入成功」


湊。


「止められる?」


「待ってください。主機暴走原因を特定しています」


画面上。


大量の警告。


主冷却路。


正常。


燃料供給。


正常。


炉心。


正常。


推力制御。


異常。


姿勢演算。


異常。


軍用AI。


「原因判明。微小隕石衝突による物理損傷ではありません。姿勢センサー群の断線です」


「それで?」


「自分がどちらを向いているのか分からなくなっています」


湊。


「ああ」


「分かりますか?」


「目を閉じて走ってる」


軍用AI。


沈黙。


「……珍しく非常に分かりやすいです」


「目を開ければいい?」


「交換用姿勢センサーが必要です」


湊が、自分の宇宙服を見る。


そして。


《スウィフト》を見る。


軍用AI。


「嫌な予感がします」


湊。


「《スウィフト》の予備ある?」


「ありますけど駄目です!」


「同じ?」


「規格は違います!」


「使えない?」


軍用AI。


「…………変換すれば」


「使える」


「最後まで聞いてください!」



二十二分後。


次世代超高速惑星間救難艇スウィフト


予備姿勢センサー。


一基。


減少。


軍用AIの機嫌。


大幅悪化。


久遠が遠隔で変換回路を組み。


湊が推進母機の整備端末へ接続。


軍用AIが補正プログラムを投入する。


三。


二。


一。


再起動。


巨大な推進母機の噴射が。


止まった。


静かになった。


湊。


「直った」


軍用AI。


「直りました」


「じゃあ十二万人」


「これからです」


百三十七基の居住モジュール。


最も近いものまで。


十一万キロメートル。


最も遠いものは。


三十八万キロメートル。


宇宙空間に散らばっている。


一基ずつ拾えば。


間に合わない。


湊が推進母機の仕様を見る。


「これ」


「何ですか」


「百三十七個、自分で迎えに行かなくてもいいんだ」


軍用AI。


止まる。


本来。


居住モジュールが接続する際。


推進母機側から。


無人係留艇を飛ばす。


全部で。


百六十機。


それぞれが居住モジュールへ接近。


誘導ビーコンを接続。


姿勢を同期。


推進母機まで曳航する。


つまり。


最初から。


散らばったモジュールを集められる。


軍用AI。


「……できます」


湊。


「じゃあ全部出そう」


「百六十機全部ですか?」


「百三十七個あるから」


「予備を残してください!」


「じゃあ百四十」


「なぜ三機しか残さないんですか!」


最終的に。


百四十八機。


発進した。


軍用AIは。


諦めた。



それから。


九時間。


一基目。


接続。


二基目。


接続。


三基目。


接続。


電力。


復旧。


酸素循環。


再起動。


温度。


安定。


一つ接続されるたび。


救難ビーコンが消える。


十二万人の中から。


声が届き始める。


『こちら居住モジュール七。酸素循環復旧!』


『十三、電力戻りました!』


『二十一、負傷者の治療を再開します!』


『四十八、こちらも大丈夫です!』


そして。


百三十七基目。


接続。


残存救難ビーコン。


ゼロ。


民間惑星間居住船団オデッセイ


再結合。


乗員乗客。


十二万三千四百十二名。


生存。


十二万三千四百十二名。


死者。


ゼロ。


艦橋で。


神代が、静かに息を吐いた。


白波は椅子の背へ身体を預けた。


久遠も珍しく、端末から手を離す。


そして。


軍用AI。


「……終わりました」


湊。


「うん」


「十二万人です」


「うん」


「全員、生きています」


「よかった」


それだけ。


湊は言った。


軍用AIは数秒黙った。


この男は。


いつも。


そうだった。


百人でも。


一万人でも。


十二万人でも。


数字が増えれば、自分の功績が大きくなったとは考えない。


ただ。


帰れる人が増えた。


それだけ。


「相良特務少佐」


「何?」


「あなたは――」


そこで。


軍用AIは言葉を止めた。


湊が不思議そうに見る。


「どうした?」


「……何でもありません」


まだ。


火星が待っている。



《スウィフト》。


推進母機前方。


指定位置へ。


姿勢固定。


軍用AI。


「本当にやるんですか」


「遅れた分、戻すんでしょ?」


「そうですが」


巨大な《オデッセイ》共通推進母機。


その主機が。


ゆっくり。


推力を上げる。


《スウィフト》は直接押されているわけではない。


推進母機の誘導と重力補助。


そして一時的な外部加速支援を受け。


火星遷移軌道へ。


戻る。


速度。


上昇。


予定到着時刻。


二十六日。


二十一時間。


さらに。


二十六日。


十八時間。


最終。


二十六日。


十四時間。


軍用AI。


「十時間早くなりました」


湊。


「よかった」


「よくありません」


「何で?」


「救難活動で寄り道して、予定より早く目的地へ着くという前例を作らないでください!」


湊。


「便利だけど」


「世界中の救難計画担当者が泣きます!」


《オデッセイ》船団から。


通信。


船団長。


声が震えていた。


『相良特務少佐』


湊。


「はい」


『十二万三千四百十二名を代表して……感謝します』


「俺だけじゃないです」


『ですが、あなたが来なければ』


「直ったのは船です」


『……はい?』


「元から拾う機能も付いてました」


軍用AI。


「そこじゃありません!」


通信の向こうで。


笑い声が起こった。


泣きながら。


笑っている。


十二万人。


誰も。


宇宙へ置いていかれなかった。


《スウィフト》は再び。


火星へ向かう。



それから。


四時間後。


軍用AIが。


また。


黙った。


湊。


「今度は何?」


「……火星から緊急通信です」


笑っていた空気が。


消える。


大型画面。


《アレス・プライム》。


地殻変動。


継続。


第二次大規模落盤。


地表側設備。


損傷拡大。


そして。


新しい赤文字。


《地上宇宙港 完全喪失》


神代が顔を上げた。


「完全喪失?」


白波が情報を読む。


「滑走路、着陸設備、貨物搬入口……すべて地下へ崩落」


久遠が続ける。


「代替着陸地点も地盤変動で使用不能です」


軍用AI。


「第一高速補給船団の到着まで、あと九日と十一時間」


八百七十二トン。


酸素。


冷却設備。


電力部品。


医薬品。


掘削機。


火星へは届く。


だが。


受け取る場所が。


なくなった。


湊が画面を見る。


「貨物船、着陸できない?」


「できません」


「空から下ろす?」


「火星大気は薄すぎます。八百七十二トンを通常の降下方式で安全に投下する設備は、現在の《アレス・プライム》にはありません」


「じゃあ」


湊が。


少し考える。


「火星で、落としていい場所は?」


軍用AI。


停止。


神代。


白波。


久遠。


三人とも。


ゆっくり湊を見る。


軍用AIの表示灯が。


赤くなった。


「相良特務少佐」


「何?」


「その質問には答えたくありません」


「でも場所ないと」


「火星は広いです!」


「うん」


「いくらでもあります!」


湊。


「じゃあ大丈夫だ」


軍用AI。


「何が大丈夫なんですかああああああああ!」


火星まで。


あと。


二十六日。


先行する八百七十二トンの救難物資は。


九日後。


宇宙港の消えた火星へ到着する。


そして。


ただの補給兵は。


今度は。


惑星一個を。


荷下ろし場として見始めていた。


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