第3話 敵の装甲車で滑走路を作る補給兵
あなたは自分の葬儀に途中参加するつもりですかああああああああああああああああ!
大型輸送機の機内に、軍用AIの絶叫が響き渡った。
貨物室にいた兵士たちが、一斉に操縦席の方向を見る。
負傷者の手当てをしていた衛生兵まで、思わず動きを止めていた。
相良湊は、正面の画面から目を離さなかった。
敵の捕虜収容施設が、山間の平地に広がっている。
施設の中央には灰色の建物が六棟。
周囲を高い金網と監視塔が囲んでいる。
南側は地雷原。
西側には対戦車壕。
北側の道路には、捕虜を移送するための大型トラックが並んでいた。
敵兵は約百八十名。
装甲車七両。
固定機関銃陣地四か所。
こちらは大型輸送機一機。
しかも二百七十三名を乗せ、最大搭載重量を大幅に超えている。
軍用AIが再び問いかけた。
葬儀に間に合わせるという発言を撤回してください。
なぜだ。
通常、人間は自分の葬儀へ出席しません。
でも俺の葬儀なんだろ。
そうです。
なら出てもいいんじゃないか。
よくありません。
両親もいるのか。
いらっしゃいます。
湊は少しだけ考えた。
母さん、泣いてるだろうな。
泣いています。
それは悪いことをした。
反省する部分が、そこだけなのですか。
軍用AIは、自分の通信が葬儀場へ転送されていることを理解していた。
現在、全軍司令部だけではない。
葬儀場にいる陸海空の将官たちも、相良湊と軍用AIの通信を聞いている。
そして何より、相良湊の両親が聞いている。
その事実を本人へ伝えれば、少しは慎重になるかもしれない。
軍用AIはそう判断した。
なお、この通信は葬儀場でも受信されています。
湊の手が止まった。
母さんたちにも聞こえているのか。
はい。
そういうことは早く言ってくれ。
現在、当機は敵地へ無断侵入中です。
聞かせて安全な会話がほとんどありませんでした。
湊は通信装置へ顔を近づけた。
父さん。母さん。
葬儀場では、明里が両手で口元を押さえた。
修一は画面の前から動けない。
激しい雑音の向こうから、死んだはずの息子の声が聞こえる。
心配かけて悪い。
俺は生きてる。
明里の膝から力が抜けた。
黒崎海将が、倒れそうになった明里の身体を支える。
修一は震える声で通信装置へ叫んだ。
湊。
帰ってこい。
すぐ帰ってこい。
敵地にいる湊にも、その声は届いた。
湊は目を閉じた。
帰るよ。
ただ、まだ九十六人残ってる。
修一は言葉を失った。
分かっていた。
息子は昔からそうだった。
怪我をして帰ってきても、困っている人がいたからとしか言わなかった。
自分が危険な目に遭ったことより、助けられなかった人間がいることを気にする子だった。
それでも、今は言わずにはいられない。
軍に任せろ。
お前一人で行く必要はない。
救援は二時間以上かかる。
二時間後には、捕虜は移送されてる。
湊は静かに答えた。
大丈夫。
一人じゃない。
操縦してくれる、すごく便利なAIがいる。
便利という評価を訂正してください。
軍用AIの声が即座に割り込んだ。
それから、私はあなたの作戦に賛同していません。
でも東へ飛んでくれた。
あなたが飛び降りて単独で向かう可能性が九十四パーセントだったためです。
よく分かってるな。
理解させられました。
葬儀場にいた何人かの軍人が、思わず笑いを漏らした。
だが明里は笑えなかった。
息子が生きている。
その喜びよりも、今まさに敵地へ向かっている恐怖のほうが大きい。
お願い。
もう危ないことはしないで。
母親の声を聞き、湊は少しだけ黙った。
分かった。
軍用AIが即座に反応する。
虚偽の回答を検出しました。
黙っててくれ。
できません。
湊は通信を切らず、画面へ向き直った。
収容施設まで、あと三分二十秒。
敵は捕虜の移送を開始しています。
北側ゲートから、輸送トラック二台が出発。
装甲車二両が護衛につきました。
湊は施設周辺の地形図を拡大した。
敵に滑走路を作らせると言いましたね。
ああ。
具体的な方法を説明してください。
まず、北へ向かった輸送車列を止める。
その後は。
敵の装甲車を南へ走らせる。
南側は地雷原です。
だから走らせる。
軍用AIの処理が一瞬止まった。
敵車両で地雷を踏ませるつもりですか。
地雷を全部踏ませる必要はない。
通れる道が分かればいい。
車両が破壊された場合、地雷原内部で障害物になります。
誘導して、同じ道を走らせる。
最初の一両が無事なら、後ろも同じ轍を通る。
軍用AIは作戦を計算した。
その方法で確保できる通路幅は、最大でも三・五メートルです。
当機の主脚間隔を満たしません。
二列作らせる。
敵が都合よく二列で走るとは限りません。
走らせればいい。
どのように。
湊は敵施設の北側へ並ぶ燃料タンクを指した。
あれを撃つ。
軍用AIは数秒間、湊の意図を計算した。
燃料タンク爆発後、敵は南側から車両を退避させる。
北側道路は捕虜輸送車列が塞いでいる。
西側には対戦車壕。
東側は崖。
つまり、南側の地雷原へ逃げるしかない。
敵は自分たちの地雷配置を知っている。
安全な通路を通る。
湊は頷いた。
その通路を二本、教えてもらう。
軍用AIは地形図へ予測進路を表示した。
敵車両が二隊に分かれれば、当機の主脚が通過可能な幅を確保できる可能性があります。
成功率は。
十七パーセントです。
低いな。
非常に低いです。
でも、さっきの対空陣地より高い。
比較対象がおかしいのです。
貨物室には、対戦車誘導弾が三発残っていた。
爆薬も少量。
偵察用の小型ドローンは一機。
湊は貨物室へ指示を出した。
対戦車誘導弾を一発、貨物扉へ。
ドローンも準備。
迫撃砲弾を使えるだけ集めてくれ。
貨物室にいた兵士が答える。
迫撃砲はないぞ。
弾だけでいい。
何に使う。
落とす。
軍用AIが通信へ割り込んだ。
再び補給物資を航空爆弾として扱うつもりですね。
信管を調整すれば爆発する。
迫撃砲弾は投下兵器ではありません。
でも爆発はする。
兵器の用途は、爆発するかどうかだけで決まりません。
湊は貨物室へ向かった。
床へ座っていた兵士たちが、通路を開ける。
重傷者の一人が、湊の腕を掴んだ。
俺たちはいい。
これ以上は危険だ。
湊は足を止めた。
お前たちを降ろす場所へ、あの九十六人も連れていくだけだ。
だが、この機体はもう限界だ。
軍用AIが即座に同意する。
その意見は極めて正当です。
相良伍長は、負傷者の意見を尊重してください。
湊は貨物室を見渡した。
二百七十三名。
疲れ果てた兵士たち。
泣く力さえ残っていない者もいる。
この者たちは、湊が飛行場へ到着しなければ死んでいた。
しかし湊一人で助けたわけではない。
動ける者が負傷者を運び、兵士たちが敵を迎え撃ち、軍用AIが輸送機を飛ばした。
だから湊は答えた。
俺一人でやるつもりはない。
まだ動ける奴には、もう少し手伝ってもらう。
それから、この機体にも。
当機の意思を勝手に含めないでください。
嫌なら安全圏へ飛んでくれていい。
軍用AIは黙った。
湊が単独で飛び降りる可能性。
貨物室に残された兵士たちが、別の航空機を探して戻ろうとする可能性。
捕虜九十六名が移送され、その後に処刑される可能性。
軍用AIは、すべてを計算した。
輸送機が収容施設の北西へ回り込む。
軍用AIの声が機内へ響く。
作戦を支援します。
ただし、当機の指示に従ってください。
助かる。
これは賛同ではありません。
被害を最小化するための介入です。
分かってる。
分かっていません。
輸送機は高度を落とした。
北側道路を走る捕虜輸送車列が見える。
大型トラック二台。
前後を装甲車が護衛している。
トラックの荷台には、手を縛られた捕虜たちが詰め込まれていた。
軍用AIが敵車列を解析する。
先頭装甲車に重機関銃。
後方装甲車に短距離対空ミサイルを確認。
先に後ろを潰す。
通常は先頭車両を攻撃し、進路を塞ぎます。
後ろに対空ミサイルがある。
残したら撃たれる。
正しい判断です。
敵後方装甲車が輸送機を発見した。
砲塔が旋回する。
貨物扉へ立った湊が、対戦車誘導弾を構えた。
射撃可能時間は四秒。
軍用AIが照準補正を送る。
風速。
機体速度。
敵車両の進行方向。
すべてが照準器へ重なる。
三。
二。
一。
湊が発射した。
誘導弾が低空を飛び、後方装甲車の砲塔へ命中する。
爆発。
対空ミサイルごと車体が炎に包まれた。
敵の先頭装甲車が急停止する。
輸送トラック二台も止まった。
湊は二発目を構えた。
先頭車両を破壊しますか。
いや。
前輪の前を撃つ。
敵車両ではなく道路を。
通れなくするだけでいい。
湊が二発目を発射する。
誘導弾は先頭装甲車の直前へ着弾した。
道路が大きく抉れ、土砂と岩が吹き上がる。
装甲車は急停止。
後ろの輸送トラックが追突しかける。
敵兵たちが車外へ飛び出した。
捕虜を盾にして、道路脇へ展開しようとする。
軍用AIが敵兵の位置を表示する。
敵兵二十七名。
捕虜の近くにいるため、爆発物の使用は推奨できません。
湊は貨物室に残っていた小型ドローンを手に取った。
機関銃は積めるか。
小銃一丁なら搭載可能です。
軍用AI、照準を任せる。
無人航空機からの自動射撃には、権限が必要です。
今取れないか。
取得済みです。
早いな。
あなたが自分で撃つより、誤射率が低いためです。
小型ドローンが貨物扉から放たれた。
敵兵の頭上へ急降下する。
搭載した小銃が短く火を噴いた。
捕虜へ銃口を向けていた兵士。
無線機を持った指揮官。
装甲車へ戻ろうとした操縦手。
軍用AIは一発ずつ正確に撃ち抜いた。
敵兵たちが空へ向けて銃撃する。
ドローンは激しく左右へ動き、弾丸を避ける。
その間に、輸送車列の前方へ輸送機が低空で進入した。
軍用AI。
なんですか。
あの装甲車、動かせるか。
敵車両へ遠隔接続を試みます。
旧型の電子制御系を確認。
操縦補助装置へ侵入可能です。
できるんだな。
可能ですが、通常は許可されません。
許可は。
取得済みです。
本当に早いな。
あなたと行動すると、事前申請が間に合いません。
道路を塞いでいた敵装甲車が、突然動き始めた。
車外へ出ていた敵兵が振り返る。
無人の装甲車は大きく旋回し、道路脇の斜面へ突っ込んだ。
進路が開く。
湊は貨物室の兵士へ指示した。
降下できる者は。
十四人。
トラックを奪って捕虜を連れ戻す。
俺も行く。
軍用AIが叫ぶ。
行きません。
あなたは当機の操縦席へ戻ってください。
操縦は任せる。
任されません。
湊は降下用のロープを取り付けた。
輸送機が道路の上を低速で飛ぶ。
地面まで十五メートル。
湊と十四名の兵士が、次々とロープを滑り降りた。
敵兵が射撃を始める。
上空のドローンが応射。
湊は地面へ着いた瞬間、近くの岩陰へ転がり込んだ。
小銃を構える。
敵兵二名がトラックの後方から現れる。
短い連射。
一人目が倒れる。
二人目が捕虜へ銃を向けるより早く、湊の二発目が胸を撃ち抜いた。
敵を助けるために来たのではない。
仲間を連れて帰るために来た。
邪魔をする敵は倒す。
十四名の兵士が左右へ展開する。
軍用AIが敵の位置情報を、全員の端末へ送った。
右側斜面に敵兵六。
輸送トラック一台目の下に二名。
前方三十メートル、岩陰に軽機関銃。
湊は敵の軽機関銃手が顔を出す直前に撃った。
敵兵が倒れる。
相良伍長。
なんだ。
当機は上空を旋回中です。
施設側から増援車両が接近しています。
何両。
装甲車五。
ちょうどいい。
軍用AIは嫌な予感を覚えた。
何がちょうどいいのですか。
滑走路を作る車両が来た。
違います。
敵の増援です。
湊たちは護衛兵を排除し、トラックへ乗り込んだ。
捕虜の拘束を切る。
九十六人全員が生きていた。
そのうち十二名が負傷。
一人が湊を見て目を見開く。
相良伍長。
どうしてここに。
近くを通った。
近くではありません。
上空から軍用AIが訂正する。
当機は救助のため、進路を百八十度変更しています。
細かいことはいい。
湊は捕虜たちへ武器を渡した。
敵から奪った小銃。
弾倉。
防弾装備。
動ける者は、輸送トラックの周囲へ配置する。
施設側から、五両の装甲車が接近してきた。
湊は先ほど遠隔制御した装甲車へ乗り込む。
運転席に座っていた敵兵の身体を外へ出した。
軍用AI。
接続できるか。
接続中です。
この車両を使い、敵部隊へ偽の命令を送信できます。
命令内容は。
燃料タンクが攻撃を受けた。
全車両は南側避難路から退避。
二列で走行。
軍用AIが沈黙した。
それで地雷原に二本の轍を作らせるつもりですね。
頼む。
敵の暗号通信を解析。
指揮官の音声記録を合成。
偽命令を送信します。
敵の増援装甲車五両が、一度速度を落とした。
その後、施設南側へ向けて進路を変える。
同時に湊たちは、捕虜を乗せた輸送トラックで施設の北門へ突入した。
固定機関銃陣地が火を噴く。
湊の乗る装甲車が前へ出る。
正面装甲で銃弾を受けながら、搭載機関砲を発射した。
一つ目の機関銃陣地が吹き飛ぶ。
二つ目。
三つ目。
敵兵が建物の間から対戦車兵器を構える。
軍用AIが警告する。
左前方、対戦車弾。
湊は装甲車を急旋回させた。
対戦車弾が車体の後方を通過する。
湊は発射地点へ機関砲を向けた。
短い射撃。
建物の壁ごと敵兵を撃ち抜く。
軍用AIが上空から施設全体を走査する。
敵指揮所を確認。
中央建物二階。
敵指揮官および通信要員十三名。
降伏勧告を。
必要ない。
敵指揮官が増援を呼んでいる。
通信を遮断できます。
やってくれ。
敵通信を遮断。
外部への救援要請を妨害します。
湊は装甲車を中央建物へ向けた。
敵兵が窓から射撃する。
機関砲を二度発射。
窓と壁が崩れる。
十四名の兵士と解放された捕虜たちが、建物内へ突入した。
敵指揮官は最後まで抵抗した。
拳銃を構え、捕虜へ射撃しようとする。
湊が先に撃った。
敵指揮官が机の後ろへ倒れる。
残った敵兵の何人かが武器を捨てた。
湊は降伏した者へ銃口を向けなかった。
武器を蹴り、部屋の隅へ移動させる。
抵抗する者は倒す。
武器を捨てた者は撃たない。
それだけだった。
上空の軍用AIが報告する。
南側の敵装甲車が地雷原へ進入。
先頭車両が安全経路を走行中。
二列目も別の通路へ入りました。
表示してくれ。
湊の端末へ、敵車両の走行軌跡が表示された。
二本の安全な轍。
間隔は輸送機の主脚に近い。
だが完全には一致していない。
幅が足りないな。
不足は一・二メートルです。
敵車両を横へずらせば。
遠隔操縦により調整可能です。
しかし、地雷位置は完全には把握できません。
多少は踏む。
当機の主脚でですか。
違う。
残った装甲車でだ。
敵装甲車五両が、地雷原の中で不自然な動きを始めた。
軍用AIが遠隔制御し、二本の安全な通路を横へ広げていく。
一両目が地雷を踏んだ。
爆発。
車体が宙へ浮き、横転する。
二両目がその横を通り、別の地雷を踏む。
三両目。
四両目。
敵の装甲車が犠牲になりながら、輸送機の主脚が通れる幅を作っていく。
五両目が地雷原を抜けたところで、軍用AIが報告した。
着陸経路を確保しました。
ただし、地面は未舗装です。
機体重量は最大許容値を超過。
着陸成功率、二十六パーセント。
高いな。
高くありません。
湊は装甲車から降りた。
捕虜九十六名を輸送トラックへ乗せ、地雷原の手前へ移動させる。
軍用AIが輸送機を旋回させた。
巨大な機体が施設上空へ戻ってくる。
葬儀場では、誰も言葉を発しなかった。
大型画面には、敵施設を制圧した湊と、その上空を飛ぶ輸送機が映っている。
修一は息子の戦いを初めて見た。
冷酷ではない。
だが甘くもない。
仲間へ銃を向けた敵を、湊は迷わず倒した。
降伏した敵には撃たなかった。
そして今、敵の装甲車で地雷原へ二本の道を作り、そこへ大型輸送機を着陸させようとしている。
黒崎海将が呟いた。
また、あの男らしい作戦だ。
修一が振り返る。
以前にも、こんなことを。
黒崎は複雑な表情を浮かべた。
規模は違いますが。
敵に退路を作らせ、その退路を補給路として使ったことがあります。
神代空将補が画面を見たまま続ける。
敵の戦闘機を撃墜せず、飛行場へ誘導して着陸させ、奪った機体で私を運んだこともあります。
修一は頭を抱えたくなった。
息子が、自分たちへどれだけのことを隠していたのか。
画面の向こうで、輸送機が着陸態勢へ入った。
軍用AIの声が響く。
全員、着陸経路から離れてください。
相良伍長も、直ちに退避してください。
湊たちは輸送トラックを横へ移動させた。
輸送機が地雷原へ向けて降下する。
巨大な主脚が地面へ近づいていく。
高度二十メートル。
十五。
十。
横風を検知。
右へ流されています。
修正。
主脚間隔と安全経路の誤差、〇・三メートル。
許容範囲か。
許容したくありません。
左主脚が地面へ接触。
続いて右主脚。
輸送機が激しく揺れた。
機内から悲鳴が上がる。
地雷原の土が巻き上がる。
軍用AIがスラスターと操縦翼面を全力で制御した。
右へ流れるううううううううううう!
戻しています!
左主脚、安全経路内!
右主脚、外側へ〇・一メートル!
地雷を踏むぞ。
分かっていますうううううううう!
逆噴射最大!
ブレーキは使いすぎると地面へ沈みます!
前方に横転車両!
面舵!
私は航空機です!
舵ではありません!
でも避けろ!
避けていますううううううううううう!
輸送機の機首がわずかに左へ動く。
主翼が横転した装甲車の上を通過した。
巨大な機体は土煙を上げながら地雷原を走り抜ける。
滑走距離が足りない。
施設の金網が迫る。
止まれ。
止めています!
残距離百二十メートル!
九十!
六十!
湊の目の前で、輸送機が金網へ突っ込んだ。
金属製の柵をなぎ倒し、施設内部へ入る。
前方には監視塔。
あたる。
あたりますうううううううううううううう!
軍用AIが左側エンジンの推力を上げた。
機体が強引に向きを変える。
右翼が監視塔すれすれを通過。
塔の上部だけが翼端に弾かれ、地面へ落下した。
輸送機は中央広場の直前で、ようやく停止した。
数秒間、誰も動かなかった。
エンジン音だけが響いている。
湊が輸送機へ駆け寄る。
後部貨物扉が開いた。
軍用AIの声が、弱々しく流れる。
着陸を完了しました。
さすが当たりの機体だな。
当機は。
軍用AIは一度言葉を切った。
当機は、あなたを引き当てた大外れです。
解放された捕虜たちが、輸送機へ向けて走り始めた。
九十六名。
全員が乗り込む。
搭乗者は三百六十九名となった。
軍用AIが貨物室を確認する。
搭載定員を大幅に超過。
最大離陸重量を、さらに更新。
当機の運用記録に、存在しないはずの数値が記録されています。
帰れるか。
離陸に必要な距離が不足しています。
湊は地雷原の向こうを見た。
着陸で通った経路は残っている。
だが、その先には山がある。
通常の離陸では越えられない。
軽くできる物は。
残存補給物資を投棄すれば、一定の重量を削減できます。
武器と弾薬は。
すべて投棄を推奨します。
湊は首を振った。
持っていく。
なぜですか。
帰りに敵が来る。
予備燃料は。
必要最低限を残す。
食料と医薬品は。
持っていく。
軍用AIが計算をやり直す。
重量削減になっていません。
不要な物はないからな。
では何を捨てるのですか。
湊は施設に残された敵の設備を見た。
捕虜用の檻。
監視塔。
敵の旗。
輸送トラック。
それから、自分が乗ってきた敵装甲車。
敵の物は全部置いていく。
最初から積んでいません。
軍用AIの声に、疲労のようなものが混じっていた。
そのとき、警報が鳴った。
軍用AIの声が一瞬で変わる。
敵航空機を探知。
方位北東。
数、六。
戦闘機四。
攻撃機二。
到着まで七分二十秒。
湊は空を見上げた。
救援は。
最短でも一時間五十二分です。
間に合わないな。
間に合いません。
輸送機で戦えるか。
当機は輸送機です。
軍用AIは、はっきりと答えた。
そして、現在は離陸すら困難です。
湊は貨物室に残った対戦車誘導弾と迫撃砲弾を確認した。
施設には、敵が残していった短距離対空ミサイルが二基ある。
そのうち一基は損傷。
もう一基は発射可能に見えた。
湊は歩き出した。
軍用AIが問いかける。
どこへ行くつもりですか。
敵の対空ミサイルを借りる。
操作できますか。
初めて見る型だ。
触らないでください。
教えてくれ。
嫌です。
でも使えるんだろ。
使えますが、敵軍の認証が必要です。
さっき敵の通信へ入ってたよな。
軍用AIは沈黙した。
湊は笑った。
やっぱり当たりだな。
訂正してください。
頼む。
軍用AIは三秒間、抵抗した。
敵戦闘機到着まで、六分四十一秒。
対空ミサイルシステムへ侵入を開始します。
葬儀場の大型画面には、敵の戦闘機六機が接近していることが表示されていた。
明里が修一の手を握る。
黒崎海将が救援部隊へ急ぐよう命じる。
神代空将補は、画面に映る敵機の機種を見て顔色を変えた。
最新鋭機が四機。
輸送機一機で対抗できる相手ではない。
そのとき、相良湊の声が葬儀場へ届いた。
母さん。
もう少しだけ待っててくれ。
こいつらを落としたら帰る。
軍用AIが即座に訂正する。
落とした後も、当機は地雷原から離陸しなければなりません。
そうだったな。
忘れないでください。
分かった。
虚偽を検出しました。
敵戦闘機到着まで六分。
相良湊伍長は、自分の葬儀へ帰るため、敵の対空ミサイルを勝手に借りることにした。




