第2話 輸送機で対空陣地へ行く補給兵
世界最高峰の軍用AIは、今すぐ配置転換願を書きたかった。
だが、現在はそれどころではない。
大型輸送機A400Mは、定員と最大搭載重量を大幅に超えた状態で、敵支配地域の奥へ向かっていた。
貨物室には二百七十三名。
そのうち七十三名が重傷者。
床だけでは足りず、兵士たちは壁際や補給物資の隙間にまで身体を押し込んでいる。
本来なら、安全圏へ最短距離で退避しなければならない。
ところが、この輸送機を勝手に借りた補給兵は、操縦席から東の山岳地帯を眺めていた。
東側の捕虜収容施設まで、あとどれくらいだ。
現在の速度を維持した場合、十二分四十一秒です。
その前に対空陣地があるんだよな。
あります。
避けられるか。
大きく北へ迂回すれば可能です。
何分増える。
二十八分です。
相良湊は即座に首を振った。
遅いな。
軍用AIは嫌な予感を覚えた。
迂回を推奨します。
捕虜収容施設の敵部隊は、すでに撤収準備を始めています。
二十八分を追加した場合、捕虜が別の場所へ移送される可能性は六十八パーセントです。
なら、対空陣地を潰してまっすぐ行く。
その結論へ誘導するために情報を提示したのではありません。
でも、ほかに方法がない。
あります。
救難要請を送信し、正規の航空部隊を待ってください。
どれくらいかかる。
最短で二時間十九分です。
間に合わないな。
軍用AIは、自分の回答が相良湊の主張を補強していることに気づいた。
しかし、嘘の情報を伝えることはできない。
相良湊は操縦席の端末を操作した。
輸送機に残っている武装を表示してくれ。
当機は輸送機です。
武装はありません。
さっき対戦車誘導弾があった。
あれは輸送中の補給物資です。
積んでいるなら使えるだろ。
使えません。
なぜ。
航空機から発射するための兵器ではないからです。
相良湊は少し考えた。
なら、空中投下する。
軍用AIは処理を停止しかけた。
何を投下するつもりですか。
対空陣地へ落としたら壊れる物。
説明が大雑把すぎます。
貨物目録を出してくれ。
表示を拒否します。
相良湊は操縦席を立とうとした。
自分で見てくる。
貨物目録を表示します。
軍用AIは一秒で折れた。
操縦席の前方画面に、輸送機へ積載されている物資の一覧が並ぶ。
小銃弾。
迫撃砲弾。
対戦車誘導弾。
食料。
医療資材。
小型無人車両。
予備燃料。
発電機。
爆薬。
相良湊の目が、爆薬の項目で止まった。
これだな。
違います。
まだ何も言っていない。
表情から判断しました。
顔も分かるのか。
操縦席監視カメラがあります。
便利だな。
便利という評価を取り消してください。
相良湊は貨物室へ通信をつないだ。
動ける者の中に、空挺降下の経験者はいるか。
貨物室が静まった。
数秒後、疲れた男性の声が返ってくる。
三人いる。
何をする。
補給物資を落とす。
どこに。
敵の対空陣地。
長い沈黙があった。
その後、男は落ち着いた声で答えた。
了解した。
軍用AIは理解できなかった。
なぜ了解するのですか。
通常、そこで拒否する場面です。
貨物室の男が答える。
相良伍長がやると言ったなら、できる。
根拠になっていません。
前にもやった。
軍用AIは操縦席の監視カメラで相良湊を見た。
前にも。
小型輸送機で一度。
前例を作らないでください。
相良湊は貨物室へ向かった。
床に座り込んでいた兵士たちが、一斉に顔を上げる。
その多くが負傷している。
包帯から血が滲み、顔色も悪い。
それでも相良湊を見る目には、不思議な安心があった。
誰かが小さく笑った。
また始まったな。
別の兵士が答える。
ああ。
相良伍長が何か思いついた顔だ。
安心している場合ではありません。
機内放送から軍用AIの声が響いた。
現在、当機は積載量超過、燃料不足、敵支配地域飛行中という三重の危険状態にあります。
これ以上、危険要素を追加しないでください。
相良湊は貨物室の隅に固定された爆薬コンテナを確認した。
小型無人車両を二台使う。
一台に爆薬、もう一台に発煙弾を積む。
空中投下用のパラシュートは。
ありますが、車両投下を行う高度と速度を確保する必要があります。
対空陣地の真上を通るのか。
軍用AIの声が強くなった。
通りません。
相良湊は首を傾げた。
落とすなら上を飛ばないと。
飛びません。
敵の対空陣地は、短距離地対空ミサイル四基と自走対空砲二両で構成されています。
当機が正面から接近した場合、撃墜される可能性は八十七パーセントです。
高いな。
非常に高いです。
でも十三パーセントは残ってる。
そのような考え方を禁止します。
相良湊は床へ広げた地図を見る。
敵陣地の西側に山がある。
標高は。
八百四十六メートルです。
山を盾にして低空で接近。
直前で上昇して投下する。
相良湊は地図を指でなぞった。
発煙弾を積んだ無人車両を先に落とす。
地上へ着いたら、対空陣地へ向けて自動走行。
敵がそっちへ気を取られたところで、爆薬を積んだ二台目を落とす。
軍用AIは即座に計算を始めた。
成功率を表示する。
作戦成功率、二十一パーセント。
低いな。
やめますか。
いや。
もう少し上げる。
相良湊は貨物室の中を見渡した。
積まれていた金属製の物資コンテナ。
断熱用のシート。
空になった弾薬箱。
使えそうな物を次々と確認する。
敵のレーダーは、投下物も追えるか。
一定以上の大きさであれば可能です。
なら、囮を増やそう。
空のコンテナを八個。
熱源になる部品を中に入れる。
発煙弾を積んだ車両と一緒に落とす。
敵から見れば、複数の誘導兵器に見える。
軍用AIは再計算した。
作戦成功率、三十九パーセント。
まだ低い。
十分だ。
十分ではありません。
相良湊は空挺経験者たちと作業を始めた。
爆薬を小型無人車両へ固定する。
起爆装置を接続。
投下用パラシュートを取り付ける。
空のコンテナへ、発熱する予備部品を詰める。
負傷していない兵士たちも手伝った。
誰一人、相良湊の作戦へ疑問を挟まない。
軍用AIには、それが最も理解できなかった。
相良伍長。
なんだ。
なぜ誰も止めないのですか。
前に止めた奴がいた。
その人はどうなりましたか。
今そこで作業してる。
貨物室の奥から声が飛んだ。
止めても行くから、手伝ったほうが生存率が高い。
軍用AIは、その意見だけは正しいと判断した。
敵対空陣地まで、あと六分。
全員、固定具を装着してください。
相良湊は操縦席へ戻った。
山岳地帯が前方へ迫っている。
輸送機は高度を落とし、谷の間へ入った。
両翼のすぐ近くを岩肌が流れていく。
軍用AIが機体を細かく制御する。
積載量超過により、通常より旋回性能が低下しています。
知ってる。
接触まで十七メートル。
大丈夫か。
大丈夫ではありません。
しかし、私が操縦しているため接触しません。
さすが当たりの機体だな。
当たりという表現をやめてください。
輸送機は谷を抜け、巨大な山の裏側へ入った。
山の向こうには敵の対空陣地がある。
敵レーダーからは機体が見えていない。
だが、山頂を越えればすぐに発見される。
貨物扉を開ける準備を。
拒否します。
開けてくれ。
気圧差、機体速度、積載状況、すべてが危険です。
でも開くんだろ。
開きます。
軍用AIは自分の回答を後悔した。
貨物室後部の大型扉が、ゆっくりと開いていく。
激しい風が機内へ吹き込んだ。
兵士たちが固定具へしがみつく。
投下要員が無人車両のロックを解除した。
軍用AIが秒読みを始める。
山頂通過まで十秒。
九。
八。
相良湊は前方を見る。
七。
六。
敵対空陣地の位置が画面へ表示された。
五。
四。
警告。
敵レーダーが当機を探知。
三。
二。
山頂を越える。
輸送機が急上昇した。
敵の対空陣地が眼下に現れる。
地対空ミサイル四基。
自走対空砲二両。
周囲には十数台の支援車両。
敵兵が一斉に空を見上げた。
投下。
最初に、八個の空コンテナが貨物室から飛び出した。
続いて発煙弾を積んだ無人車両。
無数のパラシュートが空に開く。
敵のレーダー画面には、熱源を持つ複数の大型物体が映った。
敵対空部隊が混乱する。
地対空ミサイル二基が、囮へ向けて発射された。
ミサイルが空コンテナへ命中。
空中で爆発する。
その炎と破片が、さらに敵のレーダーを乱した。
発煙弾を積んだ無人車両が地面へ着地する。
パラシュートを切り離し、対空陣地へ向けて走り始めた。
敵兵が銃撃を集中させる。
発煙弾が連続して炸裂した。
対空陣地全体が、濃い白煙に包まれる。
今だ。
相良湊の声に合わせ、爆薬を積んだ二台目の無人車両が投下された。
しかし、敵の自走対空砲が白煙の中から砲撃を始めた。
曳光弾が輸送機へ向かって伸びる。
軍用AIの声が裏返った。
対空砲射撃を確認。
回避します。
輸送機が急激に左へ傾く。
貨物室から悲鳴が上がる。
重傷者を守るため、軍用AIは旋回角を限界ぎりぎりに抑えながら機体を滑らせた。
曳光弾が右翼の下を通過する。
第二射、来ます。
もっと下げられるか。
地形衝突の危険があります。
でも下げられる。
下げられますが、推奨しません。
やってくれ。
軍用AIは輸送機を谷へ落とした。
機体が山肌すれすれまで降下する。
地面との距離、二十四メートル。
二十。
十五。
当たる。
当てません。
十。
もう少し左。
分かっています。
軍用AIの声が完全に叫びへ変わる。
操縦へ口を出さないでください。
あなたは大型輸送機の操縦経験がないのでしょう。
曳光弾が輸送機の上を通過した。
直後、爆薬を積んだ無人車両が敵陣地へ着地する。
一台目は横転した。
二台目は正常に着地し、白煙の中へ突入する。
敵の地対空ミサイル車両が、輸送機を追って砲塔を旋回させた。
軍用AIが警告を発する。
敵ミサイル発射準備。
起爆できるか。
一台目は通信不能。
二台目は可能です。
相良湊は起爆装置を握った。
まだだ。
ミサイル車両の発射筒が上を向く。
まだ。
敵の支援車両が無人車両へ近づく。
今。
相良湊が起爆装置を押した。
対空陣地の中央で、巨大な爆発が起きた。
爆薬を積んだ無人車両だけではない。
近くに停車していた地対空ミサイル車両の弾薬まで誘爆する。
爆発が連鎖した。
一基目。
二基目。
三基目。
炎が白煙を内側から吹き飛ばす。
自走対空砲が横転。
支援車両が燃え上がる。
残った一基が後退しようとする。
相良湊は画面を見た。
あれは残せない。
軍用AIも同意した。
残存車両が収容施設へ警報を送信する可能性があります。
攻撃手段は。
ありません。
さっきの対戦車誘導弾は。
貨物室に四発残っています。
落とす。
誘導できません。
相良湊は操縦席を立った。
持って撃つ。
ここは空中です。
貨物扉から狙う。
それを認める軍用航空規則は存在しません。
敵車両が逃げる。
軍用AIは一秒だけ迷った。
輸送機が旋回する。
貨物扉を敵車両へ向けるためだった。
貨物室へ戻った相良湊は、対戦車誘導弾を肩へ担いだ。
空挺経験者の一人が、身体を固定するための帯を相良湊の腰へ巻く。
機体は低空を飛んでいる。
開いた貨物扉の向こうに、炎上する対空陣地が見えた。
残ったミサイル車両が道路を走っている。
軍用AIが相良湊の端末へ照準情報を送る。
風速、方位、機体速度を補正。
射撃可能時間は三秒です。
十分だ。
十分ではありません。
輸送機が残存車両の後方へ回り込む。
貨物室の床が揺れた。
相良湊は膝をつき、照準器を覗く。
射撃可能。
相良湊が引き金を引いた。
対戦車誘導弾が貨物室から飛び出す。
強風に煽られながらも、誘導弾は軍用AIの補正した経路を進んだ。
敵車両の後部へ直撃。
地対空ミサイル車両が爆発し、道路から転げ落ちた。
敵対空陣地、全機能停止。
軍用AIが報告する。
相良湊は対戦車誘導弾の発射筒を床へ置いた。
これで通れるな。
軍用AIは返事をしなかった。
どうした。
現在、発言内容を整理しています。
何を。
あなたへの苦情です。
輸送機は再び高度を上げ、捕虜収容施設へ向かった。
敵はすでに異変に気づいていた。
収容施設の周囲では、兵士たちが慌ただしく動いている。
装甲車が門の前へ集まり、捕虜を乗せるための輸送トラックが並び始めていた。
軍用AIが施設内部を走査する。
捕虜九十六名を確認。
敵兵力、およそ百八十名。
装甲車七両。
固定機関銃陣地四か所。
敵は捕虜を北へ移送する準備を進めています。
相良湊は画面を見つめた。
着陸できる場所は。
施設南側に旧道路があります。
幅が不足しています。
他には。
ありません。
相良湊は施設の東側を指した。
この平地は。
地雷原です。
西側は。
対戦車壕です。
軍用AIが結論を出す。
当機による着陸は不可能です。
相良湊は少し考えた。
じゃあ、敵に滑走路を作らせよう。
軍用AIが沈黙する。
相良伍長。
なんだ。
忘れ物があります。
何を忘れた。
あなたの常識と良心です。
良心なら、捕虜を助けに行くところだ。
常識は。
軍用AIは問い返した。
相良湊は窓の外を見た。
あとで探す。
その回答を予想していました。
輸送機は捕虜収容施設へ向けて降下を始めた。
敵装甲車が空へ砲口を向ける。
相良湊は貨物室に残された補給物資を確認した。
迫撃砲弾。
対戦車誘導弾。
小型無人車両。
そして、敵が自分たちで退路を開けるために使えそうな物が、まだ十分に残っている。
その頃。
相良湊の葬儀場では、敵支配地域から新たな通信が届いていた。
黒崎海将は、送られてきた映像を見て言葉を失った。
画面には、炎上する対空陣地の上を飛ぶ大型輸送機が映っている。
機体識別番号から、放棄された次世代AI搭載試験機だと判明していた。
神代空将補が映像を拡大する。
開いた貨物扉から、誰かが対戦車誘導弾を発射している。
その横顔が、一瞬だけ映った。
間違いない。
相良湊だった。
修一と明里は、画面の前で息を止めた。
息子は生きている。
それだけではない。
軍が救出不可能と判断した敵地で、二百七十三名を乗せた輸送機を飛ばし、さらに九十六名の捕虜を助けようとしている。
黒崎海将が、すぐに救援を出すよう命じる。
だが、通信担当者は青ざめた顔で答えた。
間に合いません。
相良伍長は、すでに収容施設への攻撃を開始しています。
葬儀場の大型画面が切り替わる。
そこへ、輸送機の軍用AIから発信された緊急通信が表示された。
発信先は全軍司令部。
通信分類は、重大事故報告。
軍用AIの声が流れる。
報告します。
戦死認定されている相良湊伍長が、当機を無断使用しています。
現在までに、搭載定員超過、敵陣地への侵入、物資の無断投下、航空機からの対戦車誘導弾発射を確認。
なお、当該搭乗者は自らの葬儀が本日執り行われている事実を認識していません。
修一は、思わず画面へ身を乗り出した。
機内通信の向こうで、湊の声が聞こえた。
俺の葬儀?
軍用AIが答える。
はい。
現在、陸海空すべての英雄が参列しています。
湊は数秒黙った。
それは困ったな。
明里の目から、涙がこぼれた。
帰ってきて。
その声は、遠い敵地にいる息子には届かない。
画面の向こうで、湊は軍用AIへ尋ねた。
葬儀は、何時までだ。
質問の意図を説明してください。
全員助けてから戻れば、間に合うかもしれない。
軍用AIは、これまでで最も大きな声を上げた。
あなたは自分の葬儀に途中参加するつもりですかああああああああああああああああ!




