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ただの補給兵だった息子の葬儀に、陸海空すべての英雄が集まった ~戦死したはずの息子は、今も敵地で仲間を逃がし続けている~  作者: てへろっぱ


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第1話 ただの補給兵の葬儀に、戦闘機が来た


第1話 ただの補給兵の葬儀に、陸海空すべての英雄が集まった


息子の葬儀に、戦闘機が来た。


相良修一は、葬儀場の前で空を見上げたまま動けなかった。


雲一つない青空を、三機の戦闘機が低い高度で通過していく。


耳の奥まで震わせる轟音。


先頭を飛んでいた一機だけが、左右の二機から離れた。


帰還する隊列から抜け、天へ向かって急上昇していく。


戦死した操縦士へ捧げられる、ミッシングマン・フォーメーション。


軍人ではない修一でも、その意味くらいは知っていた。


隣に立っていた妻の明里が、修一の袖を強く掴んだ。


あれ、本当に湊のためなの?


分からない。


修一には、そう答えることしかできなかった。


二人の一人息子である相良湊は、戦闘機乗りではない。


特殊部隊でも、名の知られた英雄でもなかった。


第三統合補給大隊所属。


階級は伍長。


任務は食料、弾薬、燃料、医薬品の輸送。


軍から渡された説明書類にも、特別な経歴は記されていない。


敵支配地域で補給車列が攻撃を受け、部隊から離脱。


その後、通信途絶。


長期間の捜索によっても発見できず、生存の可能性なし。


戦死認定。


遺体は回収されていなかった。


軍の担当者へ、息子はどのような戦いをしたのかと尋ねても、困った顔をされただけだった。


相良伍長は補給兵です。


前線へ物資を届ける任務に従事していました。


戦闘記録については、確認できるものがほとんどありません。


修一たちも、それ以上は聞かなかった。


湊は子供の頃から、目立つことを好まなかった。


困っている人間を見つければ手を貸すが、家へ帰ってきても何も話さない。


誰かを助けて怪我をしても、転んだだけだと笑って済ませるような子だった。


軍に入ると言ったときも、明里は泣いて反対した。


そのとき、湊は困ったように頭を掻いていた。


俺は戦う兵士じゃないよ。


腹を空かせている人に飯を運んで、弾が切れた人に弾薬を届けるだけだ。


誰かを撃つより、そっちのほうが向いてる。


あの言葉を信じていた。


ただの補給兵。


だから葬儀も、家族と親戚、同じ部隊の兵士が数人来るだけだと思っていた。


だが葬儀場の駐車場は、夜明け前から軍用車両で埋め尽くされた。


入口には陸軍の儀仗兵が整列している。


道路の反対側には、純白の礼装を着た海軍兵が一列に並んでいた。


上空を飛んだ三機は、国内最精鋭の空軍飛行隊に所属する戦闘機だと聞かされた。


なぜ、ただの補給兵の葬儀に。


誰に尋ねても、明確な答えは返ってこなかった。


葬儀場の中央には、湊の写真が飾られている。


軍服姿ではない。


帰省したとき、庭でバーベキューをしていた写真だった。


煙が目に入ったと笑っている。


その下に置かれた棺の中には、何も入っていない。


湊が最後に身に着けていたものと同じ軍服と、複製された認識票だけが納められている。


遺体のない葬儀。


修一には、息子が死んだという実感がなかった。


今にも入口から現れて、


参ったな。俺の葬式なのに遅刻した。


そんなことを言い出すのではないかと思ってしまう。


だが、参列者だけは増え続けていた。


胸いっぱいに勲章を付けた将官。


義足で歩く陸軍兵。


車椅子を押されて入ってくる海軍士官。


飛行服を着たまま駆け込んできた空軍兵。


外国軍の制服を着た者までいる。


運び込まれる花輪には、修一でも知っている国々の国旗が付いていた。


統合参謀本部。


北部方面軍。


第一遠征艦隊。


第七航空団。


特殊作戦群。


国際救難部隊。


そのどれも、伍長一人の葬儀に名を連ねるような組織ではない。


やがて、濃紺の礼装を着た男が進み出た。


修一はニュースで何度も顔を見たことがあった。


東方海域で包囲された八千名以上の将兵を生還させ、海軍最高の英雄と呼ばれている現役の艦隊司令。


海将、黒崎宗一郎。


その黒崎が、湊の空の棺の前で深く頭を下げた。


一般兵の棺に対する礼ではなかった。


自分より遥かに上の者へ捧げるような、長い敬礼だった。


修一は我慢できず、黒崎へ近づいた。


あの。


黒崎が振り返る。


相良湊の父です。


存じております。


黒崎は背筋を伸ばし、修一へ正面から向き直った。


お会いできたことを光栄に思います。


光栄。


その言葉が、修一には理解できなかった。


息子は、ただの補給兵だったはずです。


黒崎の目が、わずかに見開かれた。


ただの補給兵。


その言葉を、確かめるように繰り返す。


三年前、私の艦隊は敵艦隊の包囲を受けました。


燃料も迎撃弾も尽きかけ、負傷者は増え続けていた。


補給艦はすべて撃沈され、司令部は艦隊の放棄を決定しました。


修一は黙って聞いていた。


救援艦隊さえ突破できなかった海域へ、一隻の高速補給艇が入ってきたのです。


黒崎の視線が、湊の写真へ向けられる。


敵艦の間を抜け、低空を飛ぶ攻撃機から逃れ、燃料と医薬品を運んできた。


操船していたのが、相良伍長でした。


修一は息を止めた。


聞いたことがなかった。


湊は海の話など、一度もしていない。


彼は補給物資を渡すと、すぐに戻っていきました。


まだ取り残されている艦があると言って。


一度ではありません。


三度、敵の包囲を突破しました。


なぜ、そんなことを。


修一の問いに、黒崎は静かに答えた。


最後の一隻まで、燃料を届けていなかったからです。


三度目の帰路で、敵の高速艇二隻に発見されました。


私は援護を出そうとしましたが、彼は必要ないと拒否した。


補給艇には、まともな武装がなかったはずです。


黒崎は、そこで初めて薄く笑った。


まともな武装は、ありませんでした。


代わりに彼は、輸送中だった対艦誘導弾のコンテナを甲板へ固定し、整備端末を使って直接発射した。


敵艇二隻を沈め、そのまま帰っていきました。


修一の思考が止まった。


物資を運ぶだけの補給兵。


そのはずだった。


黒崎は再び棺へ敬礼した。


私と、私の部下八千四百名は、相良伍長に生きて帰してもらいました。


広い葬儀場が静まり返った。


明里が修一の腕にしがみつく。


八千四百人。


自分たちの息子が。


黒崎が下がると、今度は杖を突いた老人が現れた。


かつて大陸方面軍を指揮した陸将だった。


老人は湊の棺へ向かって頭を下げた。


私は、あの男に二度助けられた。


一度目は、敵軍に包囲されたときだ。


補給車を運転して、砲撃の中へ突っ込んできた。


二度目は、私があの男を救出しようとしたときだ。


救出部隊のほうが包囲され、結局また相良伍長に連れ出された。


老人は苦笑した。


あの男は、助けに来た人間までまとめて助ける。


敵はどうしたんですか。


修一が尋ねると、老人は当然のことのように答えた。


全滅させた。


補給車に積んでいた煙幕弾で視界を奪い、燃料輸送用の小型無人車を敵陣へ突入させた。


敵が混乱したところへ、我々が持っていた砲弾を手作業で迫撃砲に装填した。


誰より正確に撃っていたのは、あの男だ。


ただの補給兵なのにな。


老人の声には、誇らしささえ含まれていた。


次に棺の前へ立ったのは、空軍の女性将校だった。


胸元には、撃墜数を示す金色の徽章が並んでいる。


先ほど上空を飛んだ戦闘機を率いていた、空軍最高の撃墜王。


神代玲華空将補。


彼女は湊の写真を見た瞬間、唇を強く噛んだ。


相良伍長は、どこですか。


明里が、震える声で答えた。


遺体は、見つかっていません。


そうですか。


神代は目を閉じた。


私は四年前、敵地で撃墜されました。


救難部隊は、敵の防空網を突破できなかった。


軍は私を戦死扱いにする準備を始めていました。


彼だけが来ました。


補給用の輸送ヘリで。


武装も、護衛もなく。


修一は写真の中の息子を見た。


神代は続ける。


私を回収した直後、敵の攻撃ヘリ二機に追いつかれました。


輸送ヘリでは逃げ切れません。


相良伍長は、積んでいた対空ミサイルを貨物扉から肩撃ちしました。


一機目を撃墜し、二機目は山肌へ誘導して衝突させた。


そんなことが。


彼は言っていました。


補給品を使っただけだと。


神代の声が震える。


私は、彼に救われたのではありません。


彼が敵を倒してくれたから、生きて帰ることができたのです。


修一は何も言えなくなった。


息子は人を助けていた。


だが、ただ優しいだけではなかった。


守るべき者を生きて帰すためなら、敵へ銃口を向けることをためらわない。


物資を届けるために必要なら、敵陣を排除する。


退路を塞ぐ敵がいれば、倒して道を開ける。


それを誇ることも、自慢することもなく、ただ補給任務の一部として片付けていた。


葬儀場の外から、低く長い汽笛が響いた。


港に停泊した海軍艦艇が、弔意を示している。


陸軍の儀仗兵が銃を構えた。


海軍兵が一斉に敬礼する。


上空では、戦闘機がもう一度旋回していた。


陸海空すべての軍人が、ただの補給兵を見送ろうとしている。


修一は棺の前へ立った。


お前は、いったい何をしていたんだ。


答えはない。


空の棺が静かに横たわっているだけだった。


葬儀開始を告げる音が鳴ろうとした、そのとき。


参列席の後方から、短い電子音が聞こえた。


一つではない。


陸軍、海軍、空軍。


複数の将官が、ほぼ同時に携帯端末を確認した。


空気が変わった。


黒崎海将が立ち上がる。


神代空将補が画面を凝視する。


杖を持っていた老人の手が震えた。


何があったんですか。


修一の問いに、誰も答えなかった。


やがて黒崎が顔を上げる。


通信記録が届きました。


誰からですか。


黒崎の口が動く。


だが、声にならない。


代わりに神代が、震える手で端末を差し出した。


画面には、敵支配地域から受信した音声記録が表示されている。


受信時刻は三時間前。


雑音。


爆発音。


連続する銃声。


そして、修一が二度と聞けないと思っていた声が流れた。


こちら相良湊。


生存者二百七十三名を確保。


敵機甲部隊が接近中。


これより敵部隊を排除し、全員を航空輸送する。


俺は最後に乗る。


明里が、その場に崩れ落ちた。


修一は端末を握ったまま動けなかった。


死んだはずの息子の声。


間違えるはずがない。


湊は、生きている。



敵支配地域。


放棄された軍用飛行場では、黒煙が空を覆っていた。


相良湊は、肩に担いでいた負傷兵を地面へ下ろした。


滑走路の端では、救助した兵士たちが土嚢を積み上げている。


動ける者は二百名ほど。


重傷者は七十三名。


残された弾薬は少ない。


敵の機甲部隊が接近していた。


装甲車八両。


歩兵戦闘車三両。


戦車一両。


随伴する兵士は、およそ百二十名。


まともに正面から戦えば、こちらが負ける。


湊は周囲を見渡した。


格納庫の前には、破壊された航空機が並んでいる。


輸送ヘリはローターが折れている。


小型輸送機は胴体に大穴が開いていた。


滑走路の奥に、一機だけ原形を保った大型輸送機がある。


灰色に塗装されたA400M。


湊は機体の周囲を一周した。


目立つ損傷はない。


燃料も残っている。


後部貨物扉の横にある整備用パネルを開く。


これ、ちょっと貸してくれ。


当然、返事はない。


湊は非常電源を接続した。


直後、機体内部の照明が一斉に点灯する。


搭乗者の生体情報を確認。


機内に女性の声が響いた。


所属、第三統合補給大隊。


階級、伍長。


当機の使用権限はありません。


湊は少しだけ目を見開いた。


喋るのか。


当機は次世代統合戦術AI搭載試験機です。


喋るという表現は訂正してください。


便利だな。


便利という評価も訂正してください。


湊は後部貨物室を確認した。


二百七十三名。


詰めれば、どうにか乗せられる。


二百七十三名を安全圏まで運びたい。


定員および最大搭載重量を超過します。


負傷者を床へ寝かせれば入る。


安全基準を超過します。


置いていけば死ぬ。


当機は救難機ではありません。


今日は救難機だ。


軍用AIが、一秒ほど沈黙した。


当機の用途を無断で変更しないでください。


湊は貨物室の奥へ歩き、固定されていたコンテナを調べる。


中には小型偵察ドローン。


対戦車誘導弾。


自動擲弾銃。


補給予定だった兵器が、そのまま積み残されている。


敵部隊の到着まで、何分だ。


機体外部センサーを起動。


敵先頭車両の到着まで、およそ八分四十二秒です。


飛行準備には。


正常な手順では十九分必要です。


八分で終わらせてくれ。


不可能です。


なら俺がやる。


触らないでください。


湊が操縦席へ向かおうとすると、輸送機のエンジン始動準備が自動的に開始された。


軍用AIの声が、わずかに早くなる。


補助動力装置を始動。


燃料系統確認。


油圧正常。


私はあなたに協力しているのではありません。


未経験者に操作されるより被害が少ないと判断しただけです。


助かる。


礼は不要です。


湊は貨物室から対戦車誘導弾を一本取り出した。


何をするつもりですか。


敵を止める。


離陸を優先してください。


滑走路へ入られたら飛べない。


敵戦車のみを行動不能にし、残りは迂回して離陸することを推奨します。


湊は首を振った。


あいつらを残したら、逃げ遅れた仲間が殺される。


敵兵力は百二十名以上です。


こちらの戦闘可能人員は不足しています。


だから、向こうが展開する前に潰す。


湊は生存者の中から、まだ歩ける兵士たちを集めた。


短い指示を出す。


滑走路脇に残された燃料車を移動。


破壊された航空機から、熱源になる部品を回収。


偵察ドローン三機を低空飛行させる。


土嚢陣地には最小限の兵士だけを残す。


他の者は輸送機へ。


敵から見れば、飛行場の正面に防衛線があるように見える。


だが、本当の攻撃地点は反対側だった。


敵部隊が飛行場へ姿を現す。


戦車を先頭に、装甲車が横一列に広がった。


偵察ドローンが上空から位置情報を送る。


軍用AIが解析結果を表示した。


敵戦車、射撃準備。


砲口が土嚢陣地へ向けられる。


その瞬間、湊が対戦車誘導弾を発射した。


誘導弾は低空を走り、戦車の砲塔基部へ命中する。


爆発。


戦車の砲塔が動きを止めた。


同時に、滑走路脇へ移動させていた燃料車が無人走行を開始した。


燃料車は敵の装甲車列へ向かって突進する。


敵兵が一斉に銃撃するが、運転席には誰もいない。


燃料車が車列中央へ入り込んだところで、湊は手元の起爆装置を押した。


巨大な爆発が起きた。


二両の装甲車が横転する。


周囲の兵士が地面へ投げ出された。


生き残った敵部隊が散開しようとする。


その頭上へ、偵察ドローンが急降下した。


ドローンから投下された煙幕弾が炸裂。


敵の視界が白く塗り潰される。


軍用AIが、驚いたように問いかけた。


偵察ドローンを攻撃支援に使用することは、通常想定されていません。


見えればいい。


何がですか。


撃つ場所が。


湊は自動擲弾銃を滑走路脇へ固定した。


軍用AIから送られる敵位置情報に合わせ、短い射撃を繰り返す。


爆発が煙幕の中で連続した。


敵歩兵が次々と倒れる。


煙幕を抜けようとした装甲車には、二発目の対戦車誘導弾が命中した。


敵の通信車両が後退を始める。


湊は逃がさなかった。


逃げれば、援軍を呼ばれる。


三機目のドローンを通信車両の前へ降下させ、強烈な電波妨害を浴びせる。


動きを止めた車両へ擲弾を撃ち込む。


通信車両が炎に包まれた。


敵の歩兵戦闘車が、輸送機へ機関砲を向ける。


軍用AIの警報が響いた。


敵車両、当機を照準。


湊は撃つより先に走り出した。


滑走路に放置されていた小型牽引車へ飛び乗る。


牽引車の後部には、未使用の対戦車地雷が積まれていた。


湊は牽引車を敵車両へ向け、アクセルを固定する。


飛び降りた直後、牽引車が歩兵戦闘車の正面へ突っ込んだ。


地雷が起爆する。


歩兵戦闘車の前部が持ち上がり、履帯が千切れた。


軍用AIが数秒間、沈黙した。


補給兵。


そうだ。


あなたは、本当に補給兵ですか。


弾薬も燃料も運んでる。


先ほどから、運んだ物資を爆発させています。


必要な場所へ届けただろ。


敵部隊は統制を失っていた。


生き残った敵兵が森へ逃げ込もうとする。


湊は追撃しなかった。


こちらへ攻撃する意思を失った敵を追い回す時間はない。


だが武器を構え、飛行場へ近づいてくる者には、迷わず射撃を続けた。


守るべき者の前に立つ敵だけは、確実に倒す。


やがて銃声が止んだ。


軍用AIが戦場を走査する。


敵戦車一両、行動不能。


歩兵戦闘車三両、全車両行動不能。


装甲車八両中、六両破壊。


残存敵兵、後退を確認。


滑走路の安全を確保しました。


湊は息を吐いた。


じゃあ、全員乗せる。


積載超過です。


飛べるか。


推奨できません。


飛べるか。


軍用AIは短く沈黙した。


離陸可能です。


後部貨物扉から、負傷者たちが次々と運び込まれる。


最後の一人を乗せたところで、湊は操縦席へ座った。


操縦経験を申告してください。


小型輸送機なら少し。


大型輸送機は。


初めてだ。


直ちに操縦席から離れてください。


任せていいのか。


当機が操縦します。


助かる。


勘違いしないでください。


あなたに操縦させた場合、搭乗者全員の死亡確率が跳ね上がるためです。


輸送機が滑走を開始する。


破壊された敵車両の炎が、左右へ流れていく。


滑走路の先には、まだ黒煙が立ち込めていた。


速度上昇。


機首上げ。


積載量超過を検知。


全エンジン出力を最大まで上昇。


大型輸送機が、滑走路の端ぎりぎりで地面を離れた。


貨物室から歓声が上がる。


湊は窓の外を見た。


敵支配地域の山岳地帯。


そのさらに東側に、収容施設がある。


捕虜になった友軍兵士が、百人近く残されているはずだった。


東へ向かってくれ。


安全圏は西です。


東の収容施設に捕虜がいる。


先ほど、救助対象は二百七十三名だと言いました。


今乗っているのが二百七十三人だ。


質問に答えていません。


あと百人くらいなら乗るだろ。


乗りません。


軍用AIの声が、初めて明確に裏返った。


これ以上は絶対に乗りません。


少し詰めれば。


詰めるという単語で、最大離陸重量は変化しません。


武装した敵もいる。


軍用AIは数秒間、完全に沈黙した。


やがて機体が、ゆっくりと東へ旋回を始める。


なぜ東へ向かっている。


あなたが放置すれば、単独で向かうと判断したためです。


よく分かってるな。


理解したくありませんでした。


敵の対空陣地を二か所確認。


収容施設周辺には、装甲車両も配置されています。


なら、先に対空陣地から潰す。


私は輸送機です。


今日は攻撃機も兼ねてくれ。


用途を増やさないでください。


その日、世界中の英雄が相良湊の死を悼んでいた。


両親は空の棺の前で、息子の帰りを願っていた。


当の本人は、自分の葬儀が始まったことさえ知らない。


偶然引き当てた世界最高峰の軍用AIとともに、敵の対空陣地へ向かっていた。


軍用AIは、配備されてから初めて、自らの配置転換願を書くことを決意した。


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