第26話 休戦交渉の場所が、なぜか俺の病室になりました
やっと入院患者らしくなったと思ったのに、今度は戦争そのものを止めに行こうとしないでくださいいいいいいいいい!
軍病院の夜。
相良湊は病床へ固定されたまま、統合参謀本部から送られてきた最高機密通信を見ていた。
敵軍より。
正式な休戦交渉の打診。
条件。
交渉代表団の安全保証。
交渉中の双方攻撃停止。
そして。
相良湊特務少佐本人の出席。
湊が尋ねる。
どうして俺なんだ。
軍用AIが即答する。
私も聞きたいです。
黒崎宗一郎海将が通信画面の向こうで腕を組んでいた。
理由は書かれている。
敵軍最高司令部は。
現在。
前線部隊の統制を急速に失っている。
原因は。
相良湊。
また俺。
はい。
軍用AIが敵軍内部の通信を表示した。
各地の部隊から。
最高司令部へ大量の意見具申。
一部は命令拒否。
一部は独自停戦。
一部は。
相良湊が来る前に降伏したい。
という内容だった。
湊が黙る。
軍用AIは続けた。
敵軍兵士の間では。
あなたが現れた戦線で抵抗を続けると。
兵器を破壊され。
装備を借りられ。
最後は自分たちまで救助対象にされる。
という認識が定着しています。
最後のは悪くないだろ。
戦争としては致命的です。
黒崎が言う。
さらに。
第七収容都市。
グラード工業都市。
黒鋼峡谷西部保守隊。
第九超重砲兵大隊。
合わせて二万人以上の敵兵が。
実際に貴官へ降伏し。
全員生きたまま国境を越えた。
敵側の兵士から見れば。
最高司令部へ従って死ぬより。
相良湊へ降伏したほうが帰れる。
そう見える。
湊は少し困った顔をした。
俺は帰しただけです。
それが問題なのです。
軍用AIが答えた。
敵国兵にまで。
あなたなら帰してくれる。
と知られました。
神代玲華から通信。
さらに空軍情報部が確認した敵軍兵士間の非公式呼称があります。
帰還者。
知ってる。
もう一つ増えました。
何。
敵軍側の補給兵や輸送部隊の間で。
帰還保証人。
湊は数秒黙った。
軍用AIの表示灯が赤く点滅する。
何ですかその保険商品みたいな呼称は。
白波凪沙も通信へ加わった。
海軍では、別の噂も広がっています。
相良湊へ降伏する場合。
艦艇を沈めずに済む。
それどころか。
救助へ使える艦なら修理してもらえる可能性がある。
湊の目が少し明るくなる。
使える船なら。
軍用AIが遮る。
そこで評価しないでください。
久遠沙耶も報告する。
陸軍では。
戦車を壊して逃げるより。
燃料を残して相良湊へ渡せ。
そのほうが乗員も助かる。
という冗談が。
冗談では済まない規模で広がっています。
黒崎がため息をつく。
だから敵最高司令部は。
貴官抜きでは。
現場の兵士が休戦条件を信用しないと判断した。
湊が通信文を見る。
でも俺。
入院中です。
軍用AIが強く答える。
そのとおりです。
よって。
出席不能。
交渉終了。
寝てください。
黒崎が静かに言った。
残念だが。
そう簡単にはいかない。
軍用AIの表示灯が止まる。
敵側代表団。
すでに国境へ向かっている。
いつ着く。
明朝。
湊が尋ねる。
交渉場所は。
黒崎が少し言いにくそうに黙る。
軍用AIが察する。
まさか。
統合参謀本部は。
湊の退院を認めなかった。
病院の医師団も。
移動禁止。
神代。
白波。
久遠。
軍用AI。
全員が。
相良湊を病室から動かすことに反対。
結果。
休戦交渉の場所が変更された。
軍用AIが震える声で読み上げる。
第一軍病院。
第三特別病棟。
特別会議室。
病床からの移動距離。
四十二メートル。
湊が言う。
それくらいなら歩ける。
歩きません。
軍用AIが即答した。
病床ごと運びます。
そこまでしなくても。
病床ごとです。
黒崎が小さく笑った。
戦争史上初かもしれんな。
入院患者の病床を中心に。
両国が休戦交渉を行う。
◇
翌朝。
第一軍病院。
通常なら。
負傷兵と医療スタッフが静かに行き交う場所。
その正門前に。
陸軍。
海軍。
空軍。
三軍の儀仗隊が並んでいた。
上空。
戦闘機による警戒。
病院周辺。
対空部隊。
狙撃警戒班。
電子戦車両。
警備兵数千人。
病院とは思えない。
軍用AIが警備状況を確認する。
周辺三十キロ。
飛行禁止。
地下通路封鎖。
病棟内部。
生体認証。
敵代表団の移動経路。
完全分離。
そして相良湊特務少佐。
病床固定。
湊が言う。
最後だけいらないだろ。
最重要項目です。
午前九時。
敵国側代表団を乗せた航空機が。
軍用飛行場へ着陸。
そこから。
武装を外された外交用装甲車列が、病院へ向かう。
代表。
敵軍統合最高司令部。
副総司令。
オスカー・ヴァルター元帥。
敵国政府。
臨時外交全権代表。
エレナ・フォン・クラウゼン。
陸軍参謀。
海軍提督。
空軍大将。
さらに。
相良湊へすでに降伏した敵側の証人として。
ハインツ少将。
レオンハルト中将。
エルザ大佐。
イレーネ大佐。
彼らも西方帰還都市から移送されてきた。
味方側代表。
統合参謀総長。
陸海空各軍総司令。
黒崎宗一郎海将。
御厨正臣大将。
そして。
神代玲華。
白波凪沙。
久遠沙耶。
会議室へ。
陸海空すべての英雄。
両国の最高幹部。
将官。
外交官。
軍人。
数十名が集まった。
中央には。
白い病床。
その上へ相良湊。
患者服。
左肩へ包帯。
右脚へ固定具。
胸と腰へ固定帯。
軍用AIの端末が枕元。
湊が周囲を見る。
俺だけ格好がおかしくないですか。
軍用AIが答える。
入院患者としては最も正しい格好です。
統合参謀総長が額を押さえる。
普通は。
休戦交渉へ入院患者を呼ばない。
敵が要求した。
ヴァルター元帥が湊を見る。
本当に病人だったのだな。
敵側にも疑われてたのか。
映像では見ていた。
だが。
我が国では。
相良湊は負傷していても戦線へ出る。
という情報になっている。
出てません。
軍用AIが大きく訂正する。
病床から戦線へ介入しています。
それも十分おかしい。
敵空軍大将が小さく呟いた。
会議室。
ほんの少しだけ空気が緩む。
だが。
テーブルへ休戦協定案が置かれると。
空気は変わった。
統合参謀総長が口を開く。
では。
正式に始めよう。
両軍。
本日午前十時をもって。
全戦域での攻撃停止。
領空侵犯。
砲撃。
航空攻撃。
艦艇間戦闘。
すべて停止。
敵側外交代表エレナが頷く。
我々も同意する。
ただし。
前線すべてへ命令が届く保証はない。
一部部隊は最高司令部との連絡を失っている。
味方陸軍総司令が答える。
こちらも同様だ。
誤認交戦を防ぐため。
双方が部隊位置を共有する必要がある。
そこで最初の議題。
停戦線。
領土。
部隊後退距離。
監視区域。
統合参謀総長が地図を開こうとした。
湊が手を少し上げる。
あの。
全員が見る。
先に確認したいことがあります。
ヴァルター元帥が尋ねる。
何だ。
まだ帰れてない人。
何人いるんですか。
会議室が静かになった。
湊は続ける。
捕虜。
孤立部隊。
避難民。
敵地に残ってる人。
動けなくなった兵士。
全部。
軍用AIが両軍資料を統合する。
味方側。
行方確認済み捕虜。
一万八千四百二十二名。
孤立部隊。
推定六千七百名。
占領地域に残る民間人。
約三十二万人。
敵側。
こちら側にいる捕虜および拘束兵。
二万一千名以上。
戦線分断により帰還不能。
約一万二千名。
避難民。
約四十五万人。
正確な数は。
戦闘終了前のため変動。
湊が言う。
先にその人たちを帰す道を作りませんか。
敵外交代表が少し驚く。
停戦線より先に。
はい。
領土の話は。
俺には分かりません。
偉い人たちで決めてください。
軍用AIが小さく。
正しい自己認識です。
湊は続けた。
でも。
停戦が決まっても。
食べ物がなくて死ぬ人。
怪我で死ぬ人。
帰る道がなくて残される人がいたら。
戦争が止まった意味がない。
ヴァルター元帥が湊を見る。
貴官は。
敵兵も帰すのか。
武器を置くなら。
帰せる人は帰したほうがいい。
また戦う可能性がある。
休戦するんですよね。
ヴァルター元帥は黙った。
湊は地図を見る。
前線。
道路。
鉄道。
港。
飛行場。
これまで。
すべて戦うために使われていたもの。
同じ道を。
人を帰すために使う。
軍用AI。
一番大きな輸送路は。
軍用AIが両国の物流網を解析する。
東西大陸鉄道。
戦争前。
両国間の主要物流幹線。
現在。
戦線によって四か所寸断。
橋梁二か所破壊。
トンネル一か所閉塞。
国境駅は使用可能。
修復できれば。
一日最大。
十二万人規模を輸送可能。
海路は。
沿岸航路。
主要港六か所。
うち四港使用可能。
機雷原あり。
掃海が必要。
空路。
大型飛行場。
両国合わせて二十二。
十六か所使用可能。
湊は頷いた。
鉄道。
船。
飛行機。
三つ同時に使えば。
軍用AIが計算する。
民間人と捕虜を優先。
一日輸送可能人数。
最大約二十万人。
最初の一週間で。
百万人以上の移動も理論上可能。
会議室が静まり返る。
統合参謀総長が言う。
大規模すぎる。
停戦初日から百万人を動かせば。
検問。
身元確認。
治安。
補給。
すべてが追いつかない。
湊は答える。
一度に全部は動かさない。
まず。
危ない人から。
食料がない場所。
怪我人。
子供。
長く捕まってる人。
その後に部隊。
敵外交代表エレナが少し身を乗り出す。
輸送路の途中。
敵味方の兵士が接触する。
小さな事件一つで。
停戦が崩れる可能性がある。
武器を持ち込まない区域を作る。
湊が地図の戦線中央を指した。
道路の両側。
鉄道駅。
港。
飛行場。
救助と帰還の場所だけ。
武器を持ち込まない。
両軍の兵士じゃなく。
医療。
補給。
工兵。
輸送部隊を中心にする。
軍用AIが補足する。
共同人道回廊。
両国混成管理。
武装は外周警備のみ。
内部は非武装。
軍事AIによる位置監視。
輸送車両すべてへ共通識別信号。
攻撃禁止。
神代が言う。
空からも。
救難機へ共通識別灯を設定できます。
白波が続ける。
海上は。
掃海航路を一本。
完全な非戦闘航路として設定。
艦艇は武装封印。
久遠も地図を見る。
陸路。
工兵部隊が道路と橋を復旧。
両軍から同数。
相互監視。
黒崎が少し笑った。
結局。
三軍とも使うことになるな。
湊が答える。
人は。
陸にも。
海にも。
空にもいるので。
ヴァルター元帥が長い間、湊を見ていた。
やがて尋ねる。
相良湊。
貴官は。
勝者として何を要求する。
湊が少し困る。
俺。
勝者なんですか。
敵側の将官たちが。
何とも言えない顔をする。
自軍の装甲列車を奪われ。
戦艦を止められ。
戦略兵器を撃ち落とされ。
都市が次々と降伏。
二十六万人を敵国から連れ出され。
前線兵士の士気まで崩壊。
少なくとも。
敵軍側から見れば。
相良湊は戦局を変えた存在だった。
ヴァルター元帥は繰り返す。
望むものは。
湊は地図を見る。
少し考え。
答えた。
道です。
会議室が静かになる。
道路。
線路。
港。
飛行場。
帰れない人を帰すための道。
そこだけ。
攻撃しないでください。
敵外交代表が尋ねる。
領土ではなく。
はい。
賠償でも。
俺が決める話じゃないです。
捕虜交換比率は。
人数で値段を付けないで。
帰せるなら帰す。
ヴァルター元帥の表情が、わずかに揺れた。
敵軍では。
相良湊は。
兵器を奪う。
艦を奪う。
基地を奪う。
都市を奪う。
そういう人間として恐れられている。
本人が要求したのは。
領土でも。
金でも。
降伏でもない。
帰る道。
それだけだった。
エルザ大佐が小さく笑う。
だから。
兵士がこの男へ降伏するのだ。
ヴァルター元帥がエルザを見る。
元我が軍の大佐が言うことではない。
元ではない。
まだ処遇は決まっていない。
エルザが答えた。
だが。
少なくとも。
相良湊に武器を向ける気はない。
ハインツ少将も。
レオンハルト中将も。
イレーネ大佐も。
同じだった。
敵外交代表エレナが協定書へ新しい項目を書き加える。
第一条。
両国は全戦域で攻撃を停止。
第二条。
捕虜。
民間人。
孤立兵。
負傷者。
すべての帰還を最優先。
第三条。
陸海空に共同人道回廊を設定。
回廊内での武器使用を禁止。
第四条。
輸送。
医療。
補給。
工兵。
救難部隊は。
敵味方を問わず保護対象。
第五条。
回廊維持の共同責任者。
書き込もうとして。
止まる。
相良湊特務少佐。
軍用AIが絶叫した。
入れないでください!
全員が軍用AIを見る。
軍用AIは必死だった。
この人物へ責任を追加すると。
自分で現場へ行こうとします。
現在入院中。
負傷者。
本来は安静。
人道回廊の責任者へ任命することに強く反対します。
統合参謀総長が頷く。
もっともだ。
湊も言う。
俺も補給だけで。
では。
全体責任者。
黒崎宗一郎海将。
黒崎が固まる。
待て。
陸路責任。
久遠沙耶陸将補。
久遠は姿勢を正す。
了解。
海路。
白波凪沙海将補。
白波が微笑む。
承知しました。
空路。
神代玲華空将補。
神代が頷く。
お任せください。
AI統合管制。
軍用AI。
軍用AIの表示灯が赤くなる。
私も入っているのですが。
そして。
総合補給計画。
相良湊特務少佐。
軍用AIが叫んだ。
結局入ったではありませんか!
湊が言う。
補給ならできます。
病室から。
絶対に病室からです。
敵外交代表エレナが。
初めてはっきり笑った。
◇
午前十時四十二分。
休戦協定。
暫定署名。
敵軍。
全戦線へ攻撃停止命令。
味方軍。
同時に停止命令。
世界中の戦場で。
砲撃が止まった。
戦闘機が引き返す。
戦車が砲口を下げる。
艦艇が射撃管制を解除。
潜水艦が魚雷発射管を閉じる。
前線塹壕。
互いに敵を見ていた兵士たちが。
武器から手を離す。
静かだった。
戦争が始まって以来。
聞いたことのないほど。
静かな前線。
軍用AIが状況を確認する。
攻撃停止率。
九十八・七パーセント。
一部部隊。
命令未確認。
通信継続。
湊が尋ねる。
残りは。
攻撃意思ではなく。
通信障害が大半。
共同部隊を派遣します。
湊は息を吐く。
これで。
終わりですか。
統合参謀総長が答える。
戦争そのものが終わったわけではない。
これは休戦だ。
これから。
正式な和平。
国境。
賠償。
戦後処理。
何年もかかる。
でも今日は撃たない。
少なくとも。
今日は。
そうだ。
湊が小さく笑った。
それならいいです。
軍用AIは湊の生体情報を見る。
緊張低下。
心拍安定。
ようやく。
ようやく。
本当に休ませられる。
そう判断した。
◇
午後十二時三分。
休戦成立から。
一時間二十一分。
第一件目の共同人道回廊救難申請。
敵国東部山岳地帯。
孤立した味方捕虜。
八千二百名。
同地域。
敵軍負傷兵。
五千一百名。
民間避難民。
二万四千名。
計。
三万七千三百名。
湊が画面を見る。
軍用AI。
休戦初日から仕事をしないでください。
でも困ってる。
申請は黒崎海将へ送ります。
補給計画だけ。
病室から。
分かってる。
軍用AIは渋々。
資料を表示した。
道路。
崩落。
鉄道。
一部使用可能。
空港。
滑走路損傷。
近くに。
旧敵軍大型輸送基地。
使用可能輸送機。
四十二機。
湊の目が少し明るくなる。
軍用AIが先回りした。
借りません。
休戦協定で共同使用できるだろ。
軍用AIが止まる。
確かに。
共同人道回廊内では。
双方の輸送装備を共有可能。
正式に。
使える。
湊が笑う。
これからは借りても怒られないな。
軍用AIは数秒間。
何も答えなかった。
最大の問題に気づいた。
これまで。
相良湊が敵軍装備を勝手に使うことへ。
無断使用。
という最後の防波堤があった。
だが休戦協定によって。
救難目的なら。
敵軍の車。
列車。
航空機。
艦艇。
補給基地。
すべて正式に共同利用できる。
軍用AIの表示灯が。
ゆっくり。
真っ赤になった。
相良特務少佐。
なんだ。
大変なことに気づきました。
何。
休戦協定により。
あなたが救助目的で他国軍装備を使用する行為が。
正式な制度として認められてしまいました。
湊が少し考える。
便利になったな。
軍用AIは震える声で続ける。
これまでは。
無断使用だったので。
私には止める理由がありました。
これからは。
正式な共同運用です。
止められないな。
止めにくくなりました!
神代が小さく笑う。
空軍機も。
白波が続ける。
艦艇も。
久遠も。
地上車両も。
黒崎が嫌な予感に眉をひそめる。
全部。
相良が正式に使える。
湊は病床の画面へ表示された。
陸。
海。
空。
両軍の膨大な輸送装備を見る。
大型輸送機。
救難ヘリ。
輸送艦。
揚陸艦。
列車。
重機。
装甲回収車。
工兵車。
無人車両。
正式に。
借りられる。
湊が一言。
当たりだな。
軍用AIの絶叫が。
休戦したばかりの両国司令部へ響き渡った。
戦争が終わりかけた瞬間に、世界中の軍用装備を正式に借りられる立場にならないでくださいいいいいいいいい!




