第24話 二十六万人の町を、八時間で造ります
国へ帰った直後に、二十六万人の街まで急いで造らないでくださいいいいいいいいい!
西方国境要塞。
敵国側から到着した二十一個の列車群が、巨大操車場へ次々と入ってくる。
救助者。
二十六万八千八百三十名。
解放された捕虜。
敵国の民間人。
武装解除して降伏した兵士。
負傷者。
子供。
高齢者。
そして、貨車へ乗せられた家畜までいる。
この人数を一晩でも無計画に降ろせば。
食料配給。
飲料水。
医療。
衛生。
治安。
どれか一つが崩れただけで、大混乱が起きる。
相良湊は軍病院の病床へ固定されたまま、国境要塞周辺の地図を見ていた。
旧軍用操車場。
補給倉庫。
閉鎖された西方第三飛行場。
演習場。
空になった車両整備区画。
広さだけなら十分。
だが人が暮らす設備はない。
軍用AIが告げる。
正式な受け入れ施設が整うまで、最低一週間。
現在の列車内で生活を続ける場合。
三日目から衛生環境が急速に悪化します。
だから今日中に町へする。
八時間で。
目標時間を勝手に二時間縮めないでください。
日が暮れる前に形だけでも作ったほうがいい。
現在時刻は午前九時十二分。
八時間後は午後五時十二分。
日没前です。
軍用AIは、湊が本気で八時間を基準にしていることを理解した。
作る順番は。
住居ではありません。
湊が答える。
最初は水。
次にトイレ。
医療。
火事が起きたときの道。
食事。
寝る場所は列車の中にある。
軍用AIの表示灯が、わずかに青くなった。
合理的です。
珍しく褒めたな。
橋や戦艦を部品にしようとしていないためです。
まだ始まったばかりだぞ。
始まったばかりだから不安なのです。
◇
第一特別救難補給隊。
西方国境仮設鉄道都市建設作戦。
作戦開始。
二十一個の列車群を、そのまま一か所へ詰め込むことはしない。
湊は巨大操車場と周辺施設を、九つの区域へ分けた。
第一区域。
重傷者と医療関係者。
国境要塞の軍病院に最も近い線路へ、医療列車を集める。
第二区域。
乳幼児を含む家族。
給水設備と暖房車両を優先。
第三区域。
高齢者と歩行困難者。
駅舎や倉庫を改修し、段差の少ない区画へ。
第四、第五区域。
一般避難民。
第六区域。
解放捕虜。
第七区域。
単身者と都市運営へ参加する作業員。
第八区域。
家畜と農業関係者。
そして第九区域。
降伏した敵軍将兵。
軍用AIが区画表を確認する。
敵軍将兵を完全に分離しますか。
同じ場所に入れたら、元捕虜の人たちが休めない。
湊は答えた。
今すぐ仲良くしろなんて無理だ。
敵兵が全員、捕虜へ酷いことをしたわけではない。
でも捕まっていた人には区別できない。
第九区域へ武装解除済みの兵士を集める。
周囲には国境要塞兵と第一特別救難補給隊の警備隊。
食料と医療は、ほかの区域と同じ量。
ただし移動には許可が必要。
ハインツ少将が通信へ入る。
妥当な措置だ。
我々は降伏兵だ。
元捕虜たちと同じ区域へ置かれるほうが、双方に危険がある。
レオンハルト中将も続ける。
第九区域の運営は、我々が責任を持つ。
規則へ違反した兵は、こちらで拘束する。
湊は頷いた。
警備は味方側にも入ってもらいます。
任せきりにはしません。
当然だ。
軍用AIが九区域を鉄道網へ重ねる。
列車を並べ替えるには、二百両以上の移動が必要。
通常なら丸一日。
だが操車場には、敵国から連れてきた機関車。
国境要塞の入換機関車。
無人牽引車。
合わせて百両以上ある。
軍用AIはすべての進路を計算した。
一号機関車。
医療車両十二両を第一区域へ。
二号から八号。
給水貨車を各区域へ分散。
九号。
発電車。
十号。
食料冷蔵車。
列車同士を切り離す。
つなぎ直す。
前へ。
後ろへ。
分岐を切り替える。
巨大操車場全体が、一つの機械のように動き始めた。
御厨正臣大将が国境要塞司令室から映像を見ている。
これだけの車両を、同時に動かすのか。
中央管制は使わない。
軍用AIが答えた。
各機関車を個別制御。
衝突予測を常時計算しています。
事故の可能性は。
通常運用より低いです。
御厨大将が感心したように頷く。
湊が尋ねる。
俺が運転するより。
比較対象として不適切です。
即答だった。
◇
最初の問題は、水だった。
二十六万八千人。
一人一日三リットルだけでも。
飲料水だけで八百トン以上。
調理。
手洗い。
医療。
最低限の衛生用水まで含めれば、一日数千トンが必要になる。
列車群には給水貨車がある。
だが合計容量は三日分に満たない。
国境要塞の水道設備だけでは。
二十六万人へ供給する能力がない。
軍用AIが周辺水源を表示する。
北西八キロ地点。
軍用貯水池。
貯水量は十分。
ただし操車場へつながる配管はありません。
南側。
旧飛行場地下に、航空消火用水槽。
容量十五万トン。
長期間未使用。
水質は飲用不可。
浄水車は。
列車群に大型浄水車三十四両。
アーク一型にも高性能浄水設備があります。
湊は基地にいるアークの状態を見る。
中央フレームを修理中。
走行は。
低速なら可能です。
国境まで自走させた場合。
到着に十六時間。
間に合わないな。
浄水装置だけ外して輸送機で運べるか。
軍用AIがアークの構造を確認する。
主浄水装置は車体へ固定。
取り外しには六時間。
装置重量百二十トン。
大型輸送機なら運べる。
基地から飛行場までは。
二時間。
取り外しと同時に輸送機を準備。
夕方には着く。
軍用AIが答える。
実行可能です。
アークの浄水設備を一時移設。
基地整備班へ命令を送ります。
軍用AIは一瞬だけ黙った。
アークから主要設備を外すことに抵抗があります。
返す。
必ずですか。
水が落ち着いたら。
虚偽検出なし。
では許可します。
基地で、アーク一型の側面装甲が開かれる。
大型浄水装置の取り外し作業が始まった。
それまでの水は。
旧飛行場の水槽から汲み上げる。
浄水車三十四両を、九区域へ分ける。
軍用AIが管路を設計。
軍用燃料用の仮設配管を、飲料水用へ転用する。
内部を洗浄。
消毒。
水質検査。
操車場の線路脇へ、青い管が伸びていく。
一キロ。
五キロ。
十二キロ。
各区域へ給水所が作られる。
湊が言う。
人を並ばせすぎるな。
一か所に集まると事故になる。
給水所を増やします。
九区域。
各二十か所。
合計百八十か所。
軍用AIが水量を自動配分。
子供と医療区域を優先。
大きな容器を持てない高齢者には、無人配給車が直接届ける。
作戦開始から一時間三十分。
最初の給水所が稼働した。
◇
二つ目の問題。
衛生設備。
仮設便所。
列車内設備。
国境要塞の施設。
すべて合わせても、二十六万人には足りない。
軍用AIが必要数を出す。
最低でも追加四千基。
現在使用可能。
千百二十基。
三千基近く不足しています。
製造できるか。
グラードから運んだ工業機械。
樹脂板。
金属フレーム。
密閉容器。
製造可能です。
一基ずつ作ると時間がかかる。
同じ物をまとめて。
部品を分ける。
軍用AIが工程を作る。
切断班。
組立班。
密閉容器班。
配管班。
検査班。
閉鎖された飛行場格納庫が、巨大な製造工場へ変わった。
敵国の工場労働者。
降伏した工兵。
国境要塞の整備兵。
元捕虜の中にいた技術者。
同じ設計図で作業を始める。
一基。
十基。
百基。
規格を一つへ統一。
壊れた場合は部品だけ交換可能。
排水は、操車場地下に残る旧軍用処理施設へ。
長期間止まっていた設備を、敵国の発電車で起動する。
処理能力は。
一日九万人分。
足りません。
軍用AIが答える。
残りは密閉式回収車両へ一時保管。
三日以内に増設が必要です。
湊は工業用の大型タンク貨車を見る。
中身は空。
洗浄できるか。
できます。
密閉式の回収槽として使用。
必要な場所へ線路で移動可能。
それで。
軍用AIが一瞬止まる。
本来の用途とは異なりますが。
合理的です。
タンク貨車四十八両。
内部洗浄。
消毒。
区域ごとに配置。
仮設衛生設備と接続する。
使い終われば、処理施設へ車両ごと運ぶ。
操車場だからできる方法だった。
配管を固定する必要もない。
必要な場所へ列車を移動させればいい。
作戦開始から三時間。
追加衛生設備。
千八百基完成。
夕方までに三千五百基へ到達予定。
軍用AIが報告する。
最低基準を満たせる見込みです。
湊が頷く。
よかった。
一つの町を作る判断基準が低すぎませんか。
最初は生きられればいい。
快適にするのは後。
軍用AIは反論しなかった。
◇
医療区域。
第一区域には。
医療列車二十七本。
国境要塞軍病院。
移動式手術車。
薬品貨車。
負傷者が次々と運び込まれる。
長い収容生活で衰弱した元捕虜。
撤退中に負傷した敵兵。
病気の子供。
妊婦。
高齢者。
医療AIと軍医が、全員を再検査した。
軍用AIが結果を表示する。
緊急入院が必要。
七百十四名。
二十四時間以内に専門治療が必要。
二千八百六十一名。
継続観察。
一万二千名以上。
国境要塞の病院だけでは足りない。
黒崎海将が後方都市へ医療受け入れを要請する。
空軍基地。
海軍病院。
陸軍中央医療施設。
全国から受け入れ枠が集められる。
だが問題は運ぶ方法。
道路は。
避難車両で混雑。
鉄道は。
二十一個列車群の整理中。
緊急患者七百十四名を、複数の都市へ速やかに送れない。
神代が言う。
大型輸送ヘリを使います。
一度に運べる重傷者は、医療設備を含めて十名前後。
全員では七十往復以上。
通常の輸送機は。
国境第三飛行場の滑走路は使用可能。
ただし医療搬送へ使える大型機が不足しています。
湊は閉鎖された飛行場の格納庫一覧を見る。
第一格納庫。
空。
第二。
旧戦闘機部品。
第三。
消防車両。
第四から第十一。
倉庫。
第十二格納庫。
情報なし。
湊が尋ねる。
十二番は。
軍用AIの表示灯が止まった。
封印施設です。
何がある。
旧式装備です。
何の。
回答する必要はありません。
使える航空機か。
軍用AIは返事をしない。
湊が神代を見る。
知ってますか。
神代は少し迷った。
西方第三飛行場は。
十五年前まで、統合空軍の大型試験基地でした。
第十二格納庫に保管されているのは。
統合大型救難輸送機。
試作一号機。
軍用AIが強く言う。
まだ飛行許可がありません。
湊の目が少し明るくなる。
飛べるのか。
飛行許可がないと言いました。
機体が壊れているわけでは。
ありません。
軍用AIは不本意そうに答えた。
機体名称。
XR-99。
愛称。
蒼天。
全長八十二メートル。
全幅七十六メートル。
折り畳み式翼端。
超大型双発機。
完全無人操縦対応。
通常輸送時。
千二百名。
緊急避難仕様。
最大二千四百名。
医療搬送仕様。
担架四百八十床。
集中治療区画六十床。
手術室四室。
湊が画面を見る。
それなら七百人を二回で運べる。
軍用AIが即座に答える。
計算しないでください。
飛行試験は。
地上試験完了。
高速滑走試験完了。
短距離離陸試験、一回。
完全な長距離飛行は未実施。
なぜ止まった。
神代が説明する。
搭載された安全管理AIが。
試験飛行の条件を厳しく設定しすぎました。
横風。
滑走路の微細な損傷。
予備飛行場までの距離。
搭載重量。
すべてに安全余裕を求めた結果。
実戦運用では離陸許可がほとんど出ない。
機体そのものは優秀です。
しかし救難機は。
損傷した飛行場や悪天候でも飛ぶ必要がある。
そのたびにAIが拒否した。
計画は凍結。
機体は第十二格納庫へ封印された。
湊が軍用AIを見る。
お前なら動かせるか。
軍用AIの表示灯が赤くなる。
なぜ私に聞くのですか。
無人操縦なんだろ。
私は現在。
アーク一型。
第一特別救難補給隊基地。
病室端末。
列車群。
仮設都市。
複数のシステムを同時管理しています。
一機くらい増えても。
一機の規模ではありません。
双発エンジンの直径だけで、小型輸送機の胴体に匹敵します。
湊が笑う。
当たりの機体だな。
軍用AIが絶叫した。
その言い方をした航空機は前回大破しました!
病室に入ってきた明里が、その声を聞いた。
また飛行機に乗るの。
母さん。
湊の声が少し小さくなる。
明里の後ろには父の修一。
二人とも。
二十六万人の仮設都市建設が始まったと聞き。
病院へ来ていた。
明里は病床の湊を見る。
固定帯。
包帯。
右脚の固定具。
その状態で。
橋を造って。
列車を二十一本連れて帰って。
今度は飛行機。
俺は乗らない。
湊が答えた。
本当に。
遠隔で動かす。
明里は軍用AIを見る。
軍用AIが即答する。
今回は事実です。
相良湊特務少佐を病床から出しません。
乗せません。
近づけません。
修一が大型画面を見る。
格納庫の中に。
巨大な航空機の輪郭が映っている。
これを病室から飛ばすのか。
AIが操縦する。
湊は医療区域の患者数を示した。
早く病院へ運ばないといけない人がいる。
七百十四人。
明里は画面を見る。
小さな子供。
酸素吸入を受ける高齢者。
担架で運ばれる元捕虜。
敵国の軍服を着た負傷兵。
誰が敵で。
誰が味方なのか。
医療区域では区別されていない。
重い人から治療されていた。
明里は息を吐く。
絶対に病室から出ないで。
分かった。
軍用AIが確認する。
虚偽検出なし。
修一が言う。
俺たちは何か手伝えるか。
病院にいてくれれば。
湊は少し考える。
町の人たちは不安だと思う。
故国へ着いたのに。
これからどうなるか分からない。
両親へ大型画面の放送設備を示す。
普通の人が話してくれたほうが。
軍人より安心するかもしれない。
修一と明里は顔を見合わせた。
少し前まで。
二人は息子の葬儀を行っていた。
その葬儀へ。
陸海空の英雄が集まった。
今は。
死んだと思っていた息子が連れて帰った二十六万人へ。
両親として言葉を届けようとしている。
明里が頷いた。
分かった。
修一も答える。
何を話せばいい。
ここは安全です。
食事も水もあります。
困ったら周りの兵士に言ってください。
それだけで。
湊が答えた。
十分です。
◇
仮設都市全域へ、放送が流れた。
明里が少し緊張しながら話す。
私は。
相良湊の母です。
息子は今。
軍病院の病室にいます。
怪我はしていますが。
元気です。
列車へ乗っていた人々が、放送へ耳を傾ける。
相良湊。
敵国でも知られていた名前。
だが、その母親の声を聞くのは誰も初めてだった。
皆さんは。
息子が連れて帰ってきた人たちです。
だから。
誰も追い返しません。
食事も水も。
順番に届きます。
怪我をしている人は。
敵だった人でも。
きちんと治療します。
不安なことがあれば。
近くの人に言ってください。
修一も続けた。
息子は。
できると言ったら。
たぶん本当にやります。
ただ。
本人は自分が無茶をしていることに気づきません。
軍用AIが大きく同意する。
そのとおりです。
仮設都市の各所から。
小さな笑いが起きた。
修一は続ける。
今は病院へ固定されています。
勝手に出ないよう。
皆さんも。
救助要請は必要なときだけにしてください。
湊が病床から抗議する。
必要なら送っていい。
軍用AIが放送を一時的に切った。
口を挟まないでください。
笑いがさらに広がった。
緊張していた人々の表情が。
少しずつ緩む。
敵国兵第九区域でも。
ハインツ少将が放送を聞いていた。
兵士の一人が呟く。
帰還者にも。
母親がいたんだな。
当然だ。
ハインツが答える。
だが敵軍では。
相良湊は人間ではなく。
災害や戦略兵器に近い扱いをされていた。
病床へ固定され。
母親に心配される男だと知っただけで。
兵士たちの中にあった恐怖が、少しだけ薄れた。
◇
作戦開始から五時間。
九区域すべてへ給水開始。
医療区画稼働。
食料配給所。
百八十か所。
仮設衛生設備。
二千八百基完成。
空のコンテナは。
二段まで積み上げ。
簡易住居へ改修。
三段にしないのか。
湊が尋ねる。
軍用AIは答えた。
転倒防止。
火災時避難。
階段不足。
二段が安全限界です。
なら二段で。
軍用AIが少し驚く。
従うのですか。
人が住む場所だからな。
装備だけなら三段にしたのですか。
四段くらい。
聞かなければよかったです。
コンテナの間隔は十二メートル。
列車の空いた線路を、防火帯と緊急道路にする。
消防車両が通れる幅。
区域ごとに貯水車と消火装置。
家畜区域は風下。
医療区域から最も遠い位置。
調理区域も分離。
大量の野戦炊事車が並ぶ。
穀物。
保存食。
野菜。
一度に数万人分を調理する。
解放された捕虜の中には。
料理人。
パン職人。
食品工場の作業員もいた。
敵軍の炊事兵と。
同じ調理場で働くことへ抵抗を示す者もいる。
無理に一緒にはしない。
調理区画を分ける。
完成した食事だけを。
同じ配給基準で各区域へ送る。
軍用AIが配給量を確認する。
子供。
妊婦。
治療中の者。
優先食。
一般成人。
標準食。
作業員。
高エネルギー食。
敵兵区域も。
標準食。
一人の元捕虜が、配給車を止めた。
敵兵にも同じ量を渡すのか。
敵兵は俺たちを閉じ込めていた。
配給担当者は答えられない。
通信が湊へつながる。
湊は少し考えた。
許さなくていいです。
元捕虜は画面を見る。
忘れなくてもいい。
同じ場所で暮らせとも言わない。
でも、ここで食事を減らして。
病気にして。
仕返しを始めたら。
ここは救助された人が生きる場所じゃなくなる。
敵兵区域には警備がいる。
罪を調べる人も来る。
悪いことをした人は。
その手続きで裁かれる。
食事を渡すことと。
許すことは別です。
元捕虜は長い間黙った。
やがて配給車から離れる。
納得したわけじゃない。
湊が答える。
それでいいです。
無理に納得しなくていい。
配給車は第九区域へ向かった。
敵兵たちは。
自分たちの分として運ばれた食事を見ていた。
一部の兵士が受け取りを拒否する。
民間人へ回してくれ。
軍用AIが一斉放送する。
必要量は確保されています。
自発的な食事制限を禁止。
体調を崩せば医療負担が増加します。
食べてください。
敵兵の一人が呟く。
命令か。
軍用AIが答える。
救難区域内の安全命令です。
兵士たちは。
少し戸惑いながら食事を受け取った。
◇
作戦開始から七時間三十八分。
軍用AIが仮設都市の状態を確認する。
給水。
全区域稼働。
食料配給。
第一回完了。
医療。
緊急患者全員を収容。
電力。
九区域へ供給。
衛生設備。
最低必要数を確保。
消防。
配置完了。
警備。
異常なし。
住居。
列車内およびコンテナ区画。
二十七万人分を確保。
作戦開始から七時間五十一分。
軍用AIが病室の湊を見る。
西方国境仮設鉄道都市。
最低限の都市機能。
稼働を確認。
目標時間。
八時間。
達成です。
湊が時計を見る。
九分余ったな。
余っていません。
今後。
増設。
補修。
住民登録。
家族照合。
身元確認。
司法手続き。
就労支援。
教育。
長期医療。
やることは大量にあります。
今日生きられるようにはなった。
はい。
軍用AIは少しだけ間を置く。
二十六万八千八百三十名。
全員。
水。
食事。
医療。
寝床を確保。
都市建設中の死亡者。
ゼロ。
仮設都市全域で。
一斉に照明が点灯した。
列車の窓。
コンテナ住居。
給水所。
医療区画。
長く伸びる通路。
国境要塞の外に。
一つの巨大な街が現れる。
汽笛が鳴った。
一つ。
二つ。
二十一個列車群のすべてから。
完成を知らせる音が響く。
住民たちが。
線路の間に作られた広場へ出る。
子供たちは。
初めて見る故国側の夜空を見上げる。
捕虜だった人々は。
温かい食事を手にする。
敵国の民間人も。
降伏兵も。
攻撃されることなく。
同じ街の違う区域で夜を迎える。
御厨大将が湊へ尋ねる。
この街の名前は。
湊は少し考えた。
仮設鉄道都市でいいんじゃ。
二十六万人が暮らす場所の名前としては寂しすぎます。
軍用AIが答えた。
住民から公募します。
相良市は。
なし。
帰還者市。
なし。
湊特別区。
絶対なし。
軍用AIの表示灯が青く点滅する。
では仮称。
西方帰還都市。
湊が頷いた。
それで。
正式記録。
西方帰還都市。
人口。
二十六万八千八百三十名。
軍用AIは登録した。
ただの一時避難所ではない。
故国へ帰った者と。
故国を失って逃げた者が。
これから行き先を見つけるまで暮らす街。
◇
都市建設が完了した直後。
医療区域から緊急報告。
重症患者七百十四名。
うち六十八名。
十二時間以内に高度医療施設へ移送が必要。
軍用AIが輸送状況を確認する。
大型輸送ヘリ。
二十四機を確保。
一度に運べる重傷者。
二百十六名。
全員を運ぶには最低四回。
複数都市へ分散するため。
実際には六回以上。
間に合わない患者が出る可能性があります。
湊が第十二格納庫を見る。
開けてくれ。
軍用AIは数秒間答えなかった。
神代が格納庫前へ到着する。
封印解除認証。
統合空軍。
神代玲華空将補。
第一特別救難補給隊。
相良湊特務少佐。
二つの認証を入力。
巨大な扉が。
ゆっくり左右へ開いた。
十五年間。
外の光を受けていなかった格納庫。
内部照明が一列ずつ点灯する。
最初に見えたのは。
巨大な機首。
二階建ての操縦区画。
長い胴体。
人間が立ったまま入れそうなほど大きな双発エンジン。
折り畳まれた翼端。
白い機体側面には。
青い救難標識。
機体名。
XR-99。
蒼天。
湊が小さく言う。
大きいな。
軍用AIが答える。
最大離陸重量。
五百八十トン。
通常の大型輸送機二機分以上。
機内医療区画。
起動可能。
エンジン。
保存状態良好。
燃料。
満載ではありませんが。
医療拠点三か所を往復可能。
飛ばせるな。
軍用AIは最後の抵抗を試みる。
長距離飛行試験を行っていません。
今日は天候がいい。
滑走路も残ってる。
目的地の飛行場も使用可能。
搭乗者は重傷者です。
安全を最優先する必要があります。
だからお前が飛ばす。
軍用AIは黙った。
神代が機体へ近づく。
蒼天の旧安全管理AIは。
まだ内部に残っています。
既存AIへ命令を出しても。
安全基準を満たさない場合、離陸を拒否する可能性があります。
外せるか。
湊が尋ねる。
完全に外す必要はありません。
軍用AIが答えた。
私が上位制御へ入り。
判断を調整します。
やっぱりできるんだな。
できます。
ですが。
軍用AIの声が低くなる。
私は地上車両を選んだはずです。
アークは修理中だからな。
だから空へ戻るという意味ではありません!
蒼天の機体へ。
軍用AIの中枢接続が始まった。
病室端末。
仮設都市。
第一特別救難補給隊基地。
アーク一型。
そして。
巨大救難機。
複数の制御系統が、一つにつながる。
蒼天の操縦席。
無人。
主電源起動。
機内照明。
医療設備。
酸素供給装置。
四つの手術室。
すべて正常。
左右の巨大エンジンへ燃料が送られる。
一基目。
始動。
低い轟音。
格納庫全体が震える。
二基目。
始動。
蒼天が十五年ぶりに目を覚ました。
軍用AIが機体状況を読み上げる。
XR-99蒼天。
全システム起動。
飛行前点検開始。
搭載予定。
緊急患者四百八十名。
医療関係者は。
神代が答える。
機内へ百二十名。
操縦要員は不要。
ただし緊急時に備え、私も搭乗します。
湊が言う。
お願いします。
軍用AIは飛行計画を作る。
離陸重量。
許容内。
横風。
安全基準内。
滑走路。
全長三千八百メートル。
表面損傷。
軽微。
旧安全管理AIが判定を出した。
安全余裕不足。
離陸不許可。
湊が尋ねる。
どこが。
滑走路中央部に。
深さ一・二センチの舗装剥離。
回避可能です。
横風が規定値の九十二パーセント。
十分内です。
代替飛行場までの距離。
規定を十九キロ超過。
燃料には余裕があります。
旧AIが再び判定する。
離陸不許可。
軍用AIの表示灯が真っ赤に光った。
十五年前。
この判断によって計画は凍結された。
だが今。
機内へ運ばれようとしている患者には。
十二時間の余裕もない。
軍用AIは旧安全管理AIへ上位命令を送る。
安全判定を補助情報へ格下げ。
最終決定権。
第一特別救難補給隊安全監督官へ移行。
旧AIが抵抗する。
規定違反。
軍用AIが答えた。
規定内で死なせるより。
管理可能な危険を選択します。
制御権移行。
完了。
湊が少し笑う。
本当に似てきたな。
似ていません。
軍用AIは蒼天の巨大な翼を展開する。
格納庫の外へ出るため。
折り畳まれていた翼端が、ゆっくり下がる。
固定。
翼幅七十六メートル。
救難機蒼天。
十五年ぶりの初飛行準備。
軍用AIが力強く告げた。
相良湊特務少佐。
私は。
この機体を無事に飛ばし。
患者を全員届け。
一切壊さず帰還します。
湊が答える。
さすが当たりの機体だな。
軍用AIの絶叫が。
完成したばかりの西方帰還都市へ響き渡った。
離陸前から縁起の悪いことを言わないでくださいいいいいいいいい!
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