第23話 二十六万人を連れて帰ったら、味方から撃たれました
敵軍を説得した後で、今度は味方軍を説得させないでくださいいいいいいいいい!
軍用AIの絶叫が、二十一個の列車群へ響き渡った。
西方国境。
故国へ入るための最後の関門。
巨大な国境要塞の主砲と対地ミサイルが、敵国側から接近する列車群へ向けられている。
列車群の総数。
二十一。
車両総数。
千五百両以上。
乗車人員。
二十六万八千八百三十名。
さらに列車には、敵国製の装甲車、戦車、装甲列車、防空ミサイル車両まで含まれていた。
白旗を掲げている。
救難標識も出している。
味方識別信号も送っている。
それでも国境要塞から見れば。
敵国史上最大規模の鉄道軍団が、国境へ押し寄せているようにしか見えなかった。
軍用AIが警告する。
国境要塞。
全主砲装填完了。
対地ミサイル発射準備完了。
射撃開始まで。
二分四十七秒。
相良湊は軍病院の病床へ固定されたまま、国境要塞との通信を開いた。
こちら第一特別救難補給隊。
隊長の相良湊特務少佐です。
列車群は救助した民間人、捕虜、降伏兵です。
攻撃しないでください。
返ってきたのは、低く厳しい男の声だった。
こちら西方国境要塞。
司令官、御厨正臣大将。
貴官の認証信号は受信している。
だが、その通信は敵国鉄道網と敵軍用回線を経由している。
敵による偽装の可能性を排除できない。
湊は病室の画面を見る。
自分の顔。
患者服。
包帯。
医療用固定帯。
敵が偽装するには、あまりにも情けない姿だった。
本人です。
その姿も映像合成の可能性がある。
軍用AIが割り込む。
相良湊特務少佐の生体情報。
軍病院の医療記録。
統合参謀本部の暗号認証。
すべて送信済みです。
御厨大将は答えた。
統合参謀本部との直通回線は、敵の大規模電子妨害によって切断されている。
こちらで確認できるのは、敵国側から送られてくる情報だけだ。
国境要塞の周辺には、強い妨害電波が発生していた。
敵最高司令部が残した最後の妨害。
味方同士を戦わせるため。
国境要塞と統合軍中央部の通信を遮断している。
御厨大将が命じる。
全列車群。
直ちに停止。
すべての武装を放棄。
敵軍将兵を列車から降ろし、線路脇で待機させろ。
確認後、順番に受け入れる。
軍用AIが列車群の状態を確認する。
先頭列車群。
国境まで十二キロ。
速度、時速七十キロ。
後続列車群。
先頭から最後尾まで百八十キロ。
全列車群が完全停止するまで。
最短十四分三十二秒。
射撃開始まで。
二分十二秒。
湊が御厨大将へ答える。
今すぐ全部は止められません。
列車同士が追突します。
なら先頭列車だけでも止めろ。
止めます。
軍用AI。
全列車群へ段階的制動。
先頭は最大。
後ろは間隔を維持。
了解。
二十一個列車群が同時に減速を始めた。
機関車の出力低下。
ブレーキ作動。
一編成数キロメートルにもなる巨大列車が、線路上で金属音を響かせる。
だが。
敵国側から国境へ下る線路は、緩やかな下り勾配。
二十万人以上を乗せた列車は、簡単には止まらない。
先頭列車群。
停止まで予測三分五十秒。
射撃開始まで一分五十一秒。
間に合わない。
神代玲華が上空から国境要塞へ通信する。
こちら統合空軍、神代玲華空将補。
現在、列車群上空で護衛任務中。
相良湊特務少佐本人の指揮で間違いありません。
御厨大将。
射撃を停止してください。
国境要塞から返答。
神代空将補の機体識別も確認した。
だが敵国から帰還した機体であり、管制権を奪われている可能性がある。
神代の声が少し低くなる。
私まで敵だと。
可能性を排除できないと言っている。
白波凪沙も第一主力艦隊から通信を送る。
御厨大将。
海軍旗艦からも、相良特務少佐の作戦であることを保証します。
海軍との直接通信も妨害されています。
受信している信号の発信位置を特定できない。
久遠沙耶も続く。
では私が地上から国境要塞へ向かいます。
到着まで。
最短二十五分。
間に合いません。
軍用AIが答えた。
黒崎宗一郎海将からも通信が入る。
御厨。
撃つな。
相良が連れて帰ってきた人間だ。
相手は二十六万人だぞ。
列車群には装甲列車と戦車もある。
万が一、敵軍の偽装だった場合。
国境要塞を抜かれれば、後方都市まで止められない。
御厨大将の判断も間違ってはいなかった。
敵国側から。
敵国の列車。
敵国の兵器。
敵国軍服の兵士二万人以上。
それが数百キロメートルにわたって接近している。
通信妨害。
認証不能。
停止命令にも、すぐには従わない。
国境を守る司令官なら。
攻撃準備を行うのは当然だった。
湊が尋ねる。
どうすれば信じてもらえますか。
御厨大将が答える。
武装を完全停止。
列車群を国境から十キロ地点で止めろ。
敵兵を全員降車。
それを確認するまで、国境へ近づけない。
軍用AIが言う。
先頭列車群は、すでに国境から九・八キロ。
停止予測地点。
七・二キロ。
条件を満たせません。
射撃開始まで一分十七秒。
湊は列車群の武装状況を確認した。
装甲列車。
三編成。
移動防空列車。
六編成。
戦車と装甲車を積んだ貨車。
多数。
ただし敵兵の個人武器は。
都市を出る前に、すでに大半が封印されている。
残っている武装は。
列車群を敵最高司令部の攻撃から守るための装備だけ。
湊が言った。
全部の武器を、国境要塞へ渡す。
御厨大将が聞き返す。
どういう意味だ。
装甲列車。
防空ミサイル。
戦車。
全部の管制権を、そちらへ移す。
御厨大将は数秒間黙った。
敵国製兵器の制御信号を受け入れろと。
受け入れた瞬間、要塞へ侵入される可能性がある。
軍用AIが答える。
直接接続は行いません。
すべての兵器へ、外部から操作不能となる物理停止命令を送ります。
砲身固定。
弾薬供給装置分離。
ミサイル発射回路切断。
戦車主機停止。
その状態を、国境要塞の光学監視で確認してください。
どれくらいかかる。
全兵器同時なら。
三十秒。
やれ。
湊が命じた。
軍用AIは列車群全体へ接続する。
敵国製装甲列車三編成。
砲塔を左右へ向ける。
国境要塞から外れた方向。
主砲の閉鎖器を開放。
砲弾を装填装置から排出。
貨車内部の装甲容器へ封印。
移動防空列車。
ミサイル発射機を水平状態へ。
起動回路を物理切断。
整備用無人機が、管制装置を車体から抜き取る。
戦車。
装甲車。
すべて主機停止。
砲身を真上へ。
撃針と射撃制御部品を、貨車中央へ集める。
敵軍将兵が手作業で協力する。
かつて自分たちが使っていた兵器。
それを一つずつ。
撃てない状態へ変えていく。
軍用AIが報告する。
列車群内の重火器。
九十七パーセント停止。
残り。
装甲列車二号の近接防御砲一基。
制御回路が故障。
物理停止不能。
壊せ。
湊は即答した。
軍用AIが一瞬止まる。
再利用不能になります。
今は信じてもらうほうが先だ。
了解。
装甲列車二号。
近接防御砲一基。
整備用小型爆薬を設置。
起爆。
砲身基部が破壊される。
全重火器。
使用不能状態。
御厨大将。
光学確認してください。
国境要塞の監視カメラが、望遠映像を拡大する。
装甲列車の砲塔。
すべて要塞から逸らされている。
戦車の砲身。
空を向いている。
ミサイル発射機。
電源が落ちている。
敵兵たちは武器を持たず、貨車の床へ座っている。
だが。
国境要塞の自動防衛システムは。
敵兵器の熱源と数だけで脅威を判定していた。
兵器が撃てるかどうかまでは判断できない。
軍用AIが警告する。
国境要塞自動防衛システム。
脅威判定を維持。
射撃開始まで三十二秒。
御厨大将が言う。
手動停止命令を入力している。
受け付けない。
中央認証が必要だ。
敵の電子妨害で中央との接続が切れている。
国境要塞は。
大規模侵攻を探知した場合。
司令官一人の判断で射撃を止められない構造になっていた。
過去。
敵の工作員に司令官を拘束され。
要塞を無力化された事件があったため。
手動停止には。
要塞司令官。
統合参謀本部。
二つの認証が必要。
だが今は。
中央との通信がない。
御厨大将が叫ぶ。
全砲門へ物理停止をかけろ!
要塞内部の兵士たちが走る。
主砲電源。
ミサイル管制。
弾薬供給。
一つずつ切断しようとする。
だが自動防衛システムが、それを敵による妨害と判定。
予備系統へ切り替える。
射撃開始まで。
十秒。
軍用AIが列車群へ警報を出す。
国境要塞から攻撃。
全列車群。
防御準備。
湊が言う。
反撃はするな。
ですが。
撃たれても要塞へ撃ち返すな。
味方だ。
軍用AIは短く答えた。
了解。
五。
四。
国境要塞。
対地ミサイル発射口が開く。
三。
二。
御厨大将の声。
止まれ!
一。
発射。
国境要塞から、四十八発の対地ミサイルが一斉に飛び出した。
目標。
先頭三列車群。
装甲列車。
防空列車。
機関車。
攻撃能力と移動能力を優先的に奪う設定。
湊が命じる。
撃ち落とせ。
要塞には撃つな。
軍用AIが停止させたばかりの防空列車を見る。
発射回路は切断済み。
ミサイルは水平。
再起動には時間がかかる。
間に合わない。
神代の戦闘機隊が動く。
空対空ミサイル発射。
十二発。
白波の第一主力艦隊も。
長距離迎撃ミサイル。
射程の端。
十六発。
久遠の地上部隊。
国境側から防空レーザーを照射。
だが。
合計しても四十八発すべては止められない。
軍用AIが列車群の装備を検索する。
使用不能にした敵兵器。
砲身。
戦車。
装甲列車。
防空列車。
再起動すれば。
国境要塞はさらに敵対行動と判断する。
しかし撃たなければ。
列車へ直撃。
数千人が死ぬ。
湊は迷わなかった。
防空列車を戻せ。
敵へ向けるな。
飛んでくるミサイルだけ。
軍用AIが切断した管制装置を、整備用無人機に再接続させる。
通常の固定ではない。
ケーブルを直接差し込む。
発射機を空へ向ける。
ミサイル発射回路。
応急接続。
六編成。
起動。
敵国製防空列車が。
故国の国境要塞から飛んできたミサイルを迎撃する。
発射。
四十発。
空へ上がる。
二つの国のミサイルが、国境上空で交差する。
軍用AIが一発ずつ割り当てる。
神代隊。
十二発迎撃。
海軍。
十四発。
防空列車。
十八発。
残り四発。
二発は近接防御砲。
一発は無人機。
最後の一発。
目標。
第一列車群の医療車両。
近接防御圏を突破。
到達まで四秒。
軍用AIが使える装備を探す。
防空ミサイルなし。
砲塔停止。
航空機は間に合わない。
医療車両の前に。
空の貨車が一両。
湊が言う。
切り離せ。
前へ押し出す。
第一列車群の機関車が制動。
医療車両直前の空貨車。
連結器解除。
後方の機関車が一瞬だけ加速。
空貨車を前方へ押す。
切り離し。
一両だけが、線路上を先へ走る。
軍用AIが敵ミサイルの誘導信号へ妨害。
目標の熱源を。
医療車両から空貨車へ移す。
空貨車には、移動発電機を投げ込む。
強い熱源。
ミサイルの照準がずれる。
医療車両ではなく。
前方の無人貨車へ。
直撃。
爆発。
貨車が線路から跳ね上がる。
車体が砕ける。
破片が周囲へ飛ぶ。
後方の医療列車が急制動。
先頭車両へ細かな破片。
窓に亀裂。
だが。
脱線しない。
軍用AIが全列車群を確認する。
国境要塞第一斉射。
迎撃完了。
列車群への直撃。
無人貨車一両。
人的被害。
軽傷者六名。
死亡者。
ゼロ。
湊が息を吐く。
よかった。
よくありません!
軍用AIは叫びながら、国境要塞の次弾装填を確認した。
第二斉射準備。
主砲十二門。
対地ミサイル三十二発。
自動防衛システムは。
敵国製防空列車が迎撃を行ったことで。
脅威判定をさらに上げている。
射撃まで一分。
御厨大将が要塞内部から叫ぶ。
相良!
次は主砲だ!
俺たちでは止められない!
主砲弾を列車群の防空装備で止めるのは難しい。
大口径電磁砲。
一発で複数車両を貫通する。
湊は国境要塞の構造を見る。
自動防衛システム。
中央通信が切れているから止まらない。
通信を戻せば。
統合参謀本部の認証で停止できる。
敵の妨害源は。
軍用AIが分析する。
国境周辺。
複数の無人電子戦車両。
敵国側の山中に十二両。
要塞を囲むように配置。
列車群が接近する前から潜伏していた。
壊せるか。
神代隊が位置を確認。
山中。
偽装。
同時に全部止めなければ、通信は戻りません。
列車群に装甲列車砲がある。
要塞へ撃てないと言いました。
山の妨害車両を撃つ。
軍用AIが射線を計算する。
装甲列車三編成。
主砲合計九門。
戦車搭載貨車。
使用可能戦車三十六両。
すべての管制を再起動すれば。
十二か所へ同時攻撃可能。
射撃準備。
四十八秒。
国境要塞主砲発射まで。
五十四秒。
ぎりぎりです。
今回は言っていい。
軍用AIは装甲列車の砲塔を動かした。
国境要塞ではない。
左右の山岳地帯。
敵電子戦車両の潜伏位置。
御厨大将から通信。
敵装甲列車が砲塔を動かしている!
何をするつもりだ!
妨害装置を壊します。
要塞へは撃ちません。
信じてください。
相良。
御厨大将は監視映像を見る。
敵装甲列車の砲口。
確かに国境要塞から外れている。
戦車も貨車上で砲塔を回す。
山へ向く。
だが一門でも角度を変えれば。
要塞へ砲弾が届く距離。
御厨大将は命令した。
全兵員。
相良部隊への攻撃を停止。
主砲電源を手動で切れ。
だが自動防衛システムは従わない。
主砲発射まで三十秒。
軍用AIが射撃諸元を確定する。
電子戦車両十二。
山腹。
岩陰。
森林。
一両ずつ。
砲弾の種類。
榴弾では、周辺被害が大きい。
徹甲弾。
直接命中させる。
湊が言う。
敵兵は。
無人車両です。
なら全部壊せ。
二十四秒。
装甲列車。
戦車。
同時射撃。
発射。
列車群から。
九発の大型砲弾。
三十六発の戦車砲弾。
複数の小型誘導弾。
国境要塞を左右から避け。
山岳地帯へ飛んでいく。
一か所。
二か所。
十二か所。
敵電子戦車両へ命中。
妨害電波が一つずつ消える。
最後の一両。
岩陰。
戦車砲弾が岩へ当たり、角度を変える。
外れた。
軍用AIが叫ぶ。
妨害源一基残存!
主砲発射まで九秒!
神代の戦闘機。
位置が悪い。
白波の艦隊。
射程外。
湊は空へ打ち上げた偵察無人機を見る。
武装なし。
だが。
一機だけ。
大型の通信中継無人機。
重量四トン。
高速飛行可能。
妨害車両へ突っ込ませる。
軍用AIが聞き返す。
無人機を体当たりさせるのですか。
間に合うか。
距離二・八キロ。
最大加速。
到達六秒。
やれ。
通信中継無人機が急降下する。
速度を上げる。
山腹。
最後の電子戦車両。
敵側も無人機を検知。
防御用機関銃が動く。
発砲。
通信無人機の翼へ命中。
一部が欠ける。
それでも落ちない。
軍用AIが姿勢を維持。
残り一キロ。
五百メートル。
国境要塞主砲。
発射まで三秒。
通信無人機が、最後の敵電子戦車両へ激突した。
爆発。
妨害信号消失。
国境要塞と統合参謀本部の通信回線が。
一斉に復旧した。
中央認証。
受信。
自動防衛システム。
緊急停止命令。
主砲発射まで。
一秒未満。
砲身内部では、電磁加速が始まりかけていた。
全主砲。
強制停止。
警告音。
発射装置が遮断される。
国境要塞の巨大な砲塔が。
ゆっくりと動きを止めた。
対地ミサイル発射口も閉じる。
赤く点滅していた警報灯が。
一つずつ消えていく。
軍用AIが確認する。
国境要塞。
全攻撃停止。
敵対判定解除。
統合参謀本部から。
第一特別救難補給隊および全列車群の受け入れ命令。
認証完了。
故国への進入を許可。
二十一個列車群の中で。
歓声が上がった。
最初は小さく。
やがて列車全体へ。
何十キロ。
何百キロと連なる車両から。
人々の声と汽笛が響く。
御厨大将から通信が入った。
相良湊特務少佐。
こちらの判断により。
危うく多くの避難民を攻撃するところだった。
申し訳ない。
湊は答えた。
要塞を守るためだったんですよね。
それでも。
俺たちも敵の兵器を大量に持ってきたので。
軍用AIが補足する。
大量という表現でも不足しています。
御厨大将が少しだけ笑った。
敵国から二十六万人と。
装甲列車と。
戦車と。
防空部隊まで連れて帰る者がいるとは想定していなかった。
次から連絡します。
次があるのか。
湊は何も答えなかった。
軍用AIが代わりに言う。
ありません。
発生させません。
御厨大将は国境要塞の門を開かせた。
巨大な装甲扉。
複数の防壁。
鉄道用の防護門。
一つずつ開いていく。
閉ざされていた国境線の向こうに。
故国の線路が見える。
先頭列車群が、ゆっくり動き始めた。
時速五キロ。
十。
要塞兵たちが線路の両側へ並ぶ。
武器を下げ。
全員が敬礼する。
最初の車両。
線路点検車。
次に装甲列車。
その後ろ。
医療列車。
民間人を乗せた旅客車両。
貨車。
発電車。
給水車。
数え切れないほどの車両が。
国境を越える。
解放された捕虜が。
窓から故国の旗を見る。
泣き崩れる。
家族の名前を呼ぶ。
敵国の民間人も。
降伏した兵士も。
攻撃されないことを知り。
静かに頭を下げる。
ハインツ少将。
レオンハルト中将。
エルザ大佐。
イレーネ大佐。
敵国軍の将校たちは。
自分たちが守ってきた者たちとともに。
武器を持たず国境へ入った。
国境要塞の兵士が一人。
敬礼する。
敵将校も敬礼を返す。
戦争中。
本来ならあり得ない光景だった。
軍用AIが人数を数え続ける。
一万人。
三万人。
十万人。
列車群は長い。
すべてが国境を通過するには。
数時間かかる。
だが今度は。
誰も急かさない。
誰も砲口を向けない。
御厨大将が湊へ尋ねる。
相良特務少佐。
貴官はどの列車に乗っている。
軍用AIが答える。
乗っていません。
御厨大将が黙る。
相良特務少佐は軍病院です。
病床から遠隔指揮しています。
二十六万人を。
入院中に連れて帰ったのか。
はい。
御厨大将は、病室の映像を見る。
患者服。
包帯。
固定帯。
湊は少し気まずそうに頭を下げた。
退院はまだです。
御厨大将は長い沈黙の後。
部下へ命じた。
国境要塞の医療班を最大動員。
食料、飲料水、毛布をすべて線路沿いへ。
周辺都市にも受け入れを要請。
第一特別救難補給隊を支援する。
軍用AIが国境西側の受け入れ能力を確認した。
仮設収容可能人数。
四万二千名。
周辺都市を含めても。
八万五千名。
救助者は。
二十六万八千八百三十名。
十八万人以上の受け入れ場所が足りない。
黒崎海将が言う。
後方都市へ分散輸送する。
だが鉄道と道路の容量を考えれば、一週間以上かかる。
湊が国境周辺の地図を見る。
広大な軍用操車場。
使われていない貨物線。
補給倉庫。
古い飛行場。
閉鎖された演習場。
列車には。
水。
食料。
発電。
医療。
人が暮らすための物が揃っている。
湊が言った。
列車を、そのまま町にする。
軍用AIが聞き返す。
国境に停車したまま。
二十一個列車群を、仮設居住区へ再編。
給水車を水道。
発電車を発電所。
医療車を病院。
食堂車と貨物車を配給所。
空のコンテナを住居。
線路の間へ通路を作る。
湊は操車場全体を指した。
受け入れ先が決まるまで。
ここで暮らせる。
軍用AIが計算する。
二十一個列車群。
自立可能期間。
食料追加補給を受ければ、長期運用可能。
仮設都市化に必要な時間。
約十時間。
黒崎が呟く。
二十六万人規模の街を。
国境へ一晩で作るつもりか。
列車はもうある。
中身も揃ってる。
並べ直すだけです。
軍用AIの表示灯が赤く点滅した。
二十六万人の都市建設を。
並べ直すだけと言わないでください。
御厨大将は、国境要塞の外へ広がる巨大操車場を見る。
これまで。
敵国からの侵攻を止めるために使われていた場所。
そこへ今。
敵国から逃れてきた民間人。
解放捕虜。
降伏兵。
二十六万人が集まろうとしている。
御厨大将は決断した。
西方国境要塞は。
第一特別救難補給隊の仮設都市建設を全面支援する。
要塞の備蓄物資。
工兵。
医療班。
すべて使え。
湊が頭を下げた。
ありがとうございます。
軍用AIは新しい作戦名を登録する。
第一特別救難補給隊。
西方国境仮設鉄道都市建設作戦。
救助者。
二十六万八千八百三十名。
建設目標時間。
十時間。
湊が言う。
八時間でできないか。
軍用AIの絶叫が。
国境を越え始めた二十六万人へ響き渡った。
国へ帰った直後に、二十六万人の街まで急いで造らないでくださいいいいいいいいい!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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