第22話 六百八十メートルの橋を、列車で造ります
六百八十メートルの鉄道橋を三十分で造ろうとしないでくださいいいいいいいいい!
軍用AIの絶叫が、二十六万八千八百三十名を乗せた全列車群へ響き渡った。
黒鋼峡谷大橋。
全長三・二キロメートル。
敵国中央部と西方国境を結ぶ、複線式の巨大鉄道橋。
その中央六百八十メートルが、敵最高司令部による遠隔爆破で完全に失われていた。
鋼鉄製の橋桁。
二本の線路。
架線。
保守通路。
すべてが峡谷の底へ落ちている。
先頭列車群が橋へ到達するまで、三十一分。
だが湊は、すぐに首を横へ振った。
三十分で造る必要はない。
軍用AIの表示灯が点滅する。
どういう意味ですか。
先頭を橋の手前で止める。
列車群ごとに十分な食料と水を積んでる。
数時間なら待てる。
軍用AIは、すべての列車群を確認した。
給水貨車。
食料貨車。
発電車。
医療車。
簡易衛生設備。
各列車群は、単独でも最低三日間活動できるよう編成されている。
相良湊がグラード市で作らせた、移動する町。
橋がなくても、すぐに全員が危険へ陥るわけではない。
軍用AIは少しだけ安心した。
では先頭列車を停止。
通常工法による橋梁復旧を。
何時間で造れる。
通常工法ではありません。
通常工法なら最低六か月。
応急工法でも三週間。
三日以内で。
無理です。
一日。
無理です。
半日。
交渉で短くなると思わないでください。
湊は崩壊した橋を調べた。
橋桁は消えている。
だが橋脚のすべてが失われたわけではない。
敵が設置した爆薬は、列車を通れなくすることを優先していた。
峡谷の両端。
さらに中央部に並ぶ巨大橋脚。
八基のうち六基は残っている。
二基は上部が欠けているが、基礎部分は健在。
橋桁さえ置けば。
列車は再び渡れる。
湊が尋ねる。
この橋の補修基地は。
軍用AIが周辺地図を検索した。
黒鋼峡谷大橋は、敵国の最重要鉄道施設。
橋の東西両側に、専用保守基地があります。
東側保守基地。
先頭列車群から十二キロ。
西側保守基地。
橋の向こう側、九キロ。
装備は。
大型軌道クレーン十二基。
橋梁点検車両。
溶接車。
資材運搬車。
緊急橋梁復旧列車。
東西に四編成ずつ。
合計八編成。
湊の顔が明るくなる。
橋を造る列車がある。
軍用AIは、敵側の装備情報を詳しく調べた。
緊急橋梁復旧列車。
巨大な伸縮式トラス橋を搭載。
一編成につき、最大百メートルの線路付き橋桁を展開可能。
本来は一部の橋桁が損傷した際、仮設線路を数時間で設置するための装備だった。
八編成。
合計展開距離。
八百メートル。
足りるな。
数字だけなら。
軍用AIが保守基地の監視映像へ接続した。
東側基地。
橋梁復旧列車四編成。
車体は残っている。
だが制御装置が取り外されていた。
油圧配管も複数箇所で切断。
主機関車は燃料を抜かれている。
西側基地。
橋梁復旧列車四編成。
二編成は使用可能。
一編成は主機故障。
残る一編成には破壊用爆薬。
敵最高司令部は、相良湊が使用できないよう復旧装備まで壊していた。
湊が言う。
まだ六編成くらい使えそうだな。
軍用AIが強く否定する。
現在そのまま動くのは二編成だけです。
東側の四編成は直せる。
油圧配管は、貨物列車の予備部品。
制御装置は、止めた無人貨物機関車から外す。
燃料は各列車群にある。
軍用AIが計算する。
東側四編成。
応急修理予測。
三時間二十分。
西側二編成。
遠隔起動可能。
残る二編成も。
爆薬解除と機関部修理で、四時間。
湊は列車群全体の名簿を確認した。
鉄道技術者。
二千八百四十一名。
橋梁技術者。
四百十二名。
溶接資格者。
千人以上。
工兵隊。
敵軍から降伏した部隊を含め、六千名以上。
作業する人はいる。
軍用AIが答える。
二十六万人全員を作業へ参加させないでください。
必要な人だけでいい。
残りは列車内で待機。
病院の大型画面へ、復旧計画が表示された。
東側から四編成。
西側から四編成。
峡谷の両側から仮設橋桁を送り出す。
残存橋脚の上へ、百メートル級のトラスを一つずつ載せる。
足りない部分は。
敵最高司令部が送り込んできた無人貨物列車の鋼材。
合計七万二千トン。
グラードの製鉄技術者と溶接車を使い、接続部材を作る。
完成予測。
軍用AIが全作業を並行化する。
九時間四十七分。
湊が頷く。
それなら今日中に渡れる。
軍用AIは、少しだけ間を置いた。
異常な規模の作業ですが。
可能性はあります。
第一特別救難補給隊。
黒鋼峡谷仮設橋梁作戦。
開始します。
◇
先頭列車群が、黒鋼峡谷大橋東駅へ到着した。
橋の八キロ手前。
広大な待避線と貨物操車場。
一万六千人以上を乗せた第一列車群が、ゆっくり停止する。
後続列車群も、各駅や待避線へ分散。
一つの場所へ集めない。
先頭から最後尾まで、約二百八十キロメートル。
鉄道線上へ、二十一個の移動都市が並んだ。
軍用AIが列車内放送を行う。
前方の橋梁が破壊されています。
現在、復旧作業を開始。
食料および水の配給を継続します。
列車から降りないでください。
負傷者は医療車へ。
子供と高齢者を優先。
各列車群の責任者は、乗員確認を行ってください。
大きな混乱は起きなかった。
すでに何度も攻撃を受けた。
橋が爆破されたと聞いても。
列車内の人々は、まだ前へ進めると信じていた。
相良湊がいる。
その言葉が、敵兵にも民間人にも広がっていた。
本人は軍病院の病床へ固定されているが。
それでも列車は止まらないと、皆が知っている。
東側保守基地へ、鉄道工兵が到着した。
巨大格納庫。
内部に四編成の橋梁復旧列車。
一編成の全長は二百メートルを超える。
前部に大型軌道クレーン。
中央に折り畳まれたトラス橋。
後部に固定装置と資材車。
軍用AIが一両ずつ状態を確認する。
一号編成。
制御中枢欠損。
油圧配管三か所切断。
二号編成。
主機燃料なし。
電源系統破壊。
三号編成。
左右展開腕の固定具損傷。
四号編成。
起動不能。
外見だけなら、使用不能の車両。
だが完全には壊されていない。
グラードの鉄道整備員が、無人貨物機関車から制御装置を外す。
本来は機関車用。
橋梁展開装置を動かすものではない。
軍用AIが制御信号を変換する。
機関車の加速命令。
橋梁クレーンの伸縮信号へ。
制動装置の出力。
油圧固定杭の制御へ。
整備員の一人が端末を見る。
こんなつなぎ方で、本当に動くのか。
軍用AIが答える。
通常の安全装置は大半が使用不能です。
動作中は私が直接制御します。
それは安全なのか。
相良湊特務少佐よりは安全です。
病室の湊が反論する。
聞こえてるぞ。
聞かせました。
切断された油圧配管。
燃料貨車から交換部品を取り出す。
規格が合わない。
接続口を溶接。
高圧試験。
漏れ。
再溶接。
制御中枢を接続。
主機を起動。
一号橋梁復旧列車の照明が点灯した。
巨大な展開腕が、わずかに動く。
作業員たちから歓声。
軍用AIが制止する。
まだ一編成目です。
残り七編成。
作業を継続してください。
◇
西側保守基地。
橋の向こう側。
味方部隊は直接渡れない。
だが保守基地には、敵軍の作業員が残っていた。
最高司令部から撤退命令を受けたものの。
輸送車両を破壊され、逃げることもできず。
地下待避所へ入っている。
生体反応。
二百六十三名。
軍用AIが通信をつないだ。
画面へ、敵鉄道兵の指揮官が映る。
四十代の女性大佐。
汚れた作業服。
武器は持っていない。
黒鋼峡谷大橋西部保守隊。
イレーネ・バウアー大佐。
こちらは戦闘の意思を放棄する。
救助を要請する。
湊が尋ねる。
橋梁復旧列車を動かせますか。
イレーネは少しだけ驚いた。
我々は、この橋を二十年整備してきた。
動かせる。
最高司令部が爆破した四号編成以外は。
四号にはまだ爆薬が残ってる。
遠隔起爆装置と時限信管。
我々が触れれば爆発する可能性がある。
軍用AIが起爆信号を解析する。
無線系統を遮断。
時限装置。
残り二時間十三分。
解除用の無人機は。
西部基地に保守用小型機が十六機。
使う。
イレーネ大佐。
武器を捨て、復旧作業へ協力してください。
作業完了後、全員をこちら側へ移送します。
イレーネが橋の残骸を見る。
橋を直せば。
我々も渡れるのか。
最後の一人まで。
湊が答えた。
イレーネは敬礼した。
黒鋼峡谷西部保守隊。
相良湊特務少佐の指揮下へ入る。
西側基地も動き始めた。
保守用無人機が爆薬へ接近。
信管を一つずつ切り離す。
敵鉄道兵は、使用可能な二編成を起動。
三号編成の主機を修理。
崩壊した橋の西端へ向かわせる。
東西両側から。
同じ橋を守ってきた技術者たちが、復旧作業を始めた。
◇
作戦開始から三時間。
東側四編成。
すべて起動。
西側三編成。
走行可能。
四号編成。
爆薬解除完了。
主機損傷により自走不能。
別の機関車で牽引。
合計八編成。
全車両が崩れた橋の両端へ集まった。
軍用AIが橋脚の状態を確認する。
第一橋脚。
健全。
第二。
上部損傷。
第三。
健全。
第四。
上部四メートル欠損。
第五。
健全。
第六。
亀裂あり。
強度不足。
第七。
健全。
第八。
健全。
橋梁復旧列車は、残った橋脚へトラスを載せる。
だが第六橋脚だけは、そのまま使えない。
湊が尋ねる。
補強できるか。
通常なら二日。
軍用AIが答える。
亀裂部分を鋼板で挟み、外側から高張力帯を巻けば。
仮設橋を通すだけなら。
必要な鋼材。
八百トン。
無人貨物列車が運んできた鋼材を使う。
東側から運べるか。
橋がないため、第五橋脚より先へ届きません。
西側の鋼材は。
保守基地に二百トン。
六百トン不足。
湊は橋の底を流れる河川を見る。
峡谷の深さ。
約四百メートル。
直接運ぶことはできない。
輸送ヘリなら。
神代玲華が答える。
大型輸送ヘリ四機。
一度に運べる合計重量。
約二百トン。
三往復。
飛行時間を含め、一時間半。
やる。
鋼板と高張力帯。
溶接装置。
無人作業機。
すべて吊り下げて西側へ。
神代の大型輸送ヘリが飛び立つ。
巨大な鋼板を吊り下げる。
峡谷の風。
細い橋脚。
わずかな着陸場所。
神代自身が先頭機を操縦した。
鋼板を第六橋脚上部へ下ろす。
西側保守隊が受け取る。
二百トン。
四百。
六百。
最後に作業用無人機。
第六橋脚の周囲へ、高張力鋼板が巻かれる。
巨大な金属の包帯。
亀裂を外側から締め付ける。
溶接。
固定。
強度試験。
軍用AIが結果を確認する。
第六橋脚。
通常強度の七十一パーセントまで回復。
列車の速度を時速五キロ以下へ制限。
一編成ずつ通過するなら使用可能。
十分だ。
十分ではありません。
しかし通れます。
◇
橋梁復旧列車一号。
東側から最初のトラス橋を展開する。
折り畳まれた鋼鉄構造が、ゆっくり前へ伸びる。
十メートル。
三十。
六十。
百。
先端が第一橋脚へ到達。
固定具が橋脚上部を掴む。
油圧杭。
四本。
打ち込み。
仮設線路を展開。
一本目。
接続完了。
西側からも一編成。
第八橋脚へ向け、百メートルのトラスを伸ばす。
東西同時。
二本目。
三本目。
橋が少しずつ戻っていく。
だが百メートル単位の規格では、橋脚間の距離へ完全には合わない。
不足。
最短で三メートル。
最大十四メートル。
グラードから運ばれた高品質鋼材を、その場で切断。
短い接続トラスを製作。
溶接車。
工場技術者。
橋梁技師。
数千人が交代で作業する。
相良湊は病室の画面を見ながら指示を出した。
接続部を一つずつ作るな。
同じ長さの物をまとめて。
三メートル。
六メートル。
九メートル。
十二メートル。
四種類を先に作る。
現場で一番近い物を使って、最後だけ調整。
軍用AIが製造工程を再編する。
切断。
溶接。
検査。
複数の接続トラスを同時製作。
作業時間。
四十分短縮。
軍用AIが呟く。
補給兵らしい効率化です。
褒めてるのか。
今回は。
珍しいな。
橋を直接運転できないためです。
褒めてなかった。
◇
作戦開始から七時間。
仮設橋。
六百二十八メートルまで完成。
残る五十二メートル。
最後の区間は、第五橋脚と第六橋脚の間。
補強した第六橋脚へ。
東側から四号復旧列車。
西側から八号復旧列車。
二つのトラスを伸ばし、中央で接続する予定だった。
軍用AIが作業を監視する。
四号編成。
展開開始。
八号編成。
同時展開。
双方の橋桁が、峡谷の中央へ伸びる。
残り四十メートル。
二十。
十。
接続点まで三メートル。
調整用トラスを入れる。
そのとき。
第六橋脚の内部で、異常な振動を検知した。
軍用AIが警告する。
第六橋脚。
内部圧力上昇。
爆発物反応。
橋脚の中に、まだ爆薬がある。
外からでは見つけられなかった。
敵最高司令部が、橋の建設時から用意されていた緊急爆破用空洞へ、遠隔起爆信号を送っていた。
起爆まで。
八秒。
軍用AIが叫ぶ。
第六橋脚から全作業員退避!
だが橋脚上には。
西側保守隊の作業員十一名。
無人作業車三両。
引き返すには遠すぎる。
神代が大型輸送ヘリを向かわせる。
間に合わない。
湊が叫ぶ。
爆薬を外へ出せるか。
内部空洞は密閉。
アクセス口まで十五メートル。
間に合いません。
起爆まで四秒。
橋脚そのものを守る方法は。
軍用AIが答えられない。
二。
一。
爆発。
第六橋脚の内部から、炎と破片が噴き出した。
巨大なコンクリート構造が揺れる。
外側へ巻いた鋼板が膨らむ。
高張力帯が一本。
二本。
切れる。
橋脚上部が西側へ傾いた。
作業員たちが倒れる。
接続直前だった二本のトラス橋も、大きくずれた。
四号復旧列車の橋桁。
固定具破損。
八号編成。
展開腕へ過負荷。
軍用AIが状態を解析する。
第六橋脚。
上部崩壊開始。
橋梁保持不能。
最後の区間が完成しなければ。
これまで造った六百メートル以上も使えない。
湊が作業員を確認する。
十一名。
全員生存。
負傷者三名。
神代の輸送ヘリが到着。
吊り下げ式救助索。
作業員を一人ずつ回収。
無人作業車は置いていく。
第六橋脚がさらに傾く。
軍用AIが言う。
橋脚を放棄します。
第五橋脚から第七橋脚まで、直接つなぐ必要があります。
距離。
二百二十四メートル。
橋梁復旧列車の最大展開長。
百メートル。
二編成をつないでも、二十四メートル不足。
中間で支える橋脚もない。
湊は四号と八号の橋梁復旧列車を見る。
両方とも、線路端にいる。
車体重量。
一編成八百トン。
展開腕は、百メートルのトラスを支えられる。
列車自体を橋台にする。
軍用AIの表示灯が真っ赤になる。
何を言っているのですか。
四号編成を第五橋脚側。
八号編成を第七橋脚側。
車体の半分を橋の外へ出す。
それぞれ十二メートルずつ前へ出れば、二本のトラスが届く。
橋梁復旧列車は橋桁を伸ばす装備です。
列車そのものを橋の上へ浮かせる設計ではありません。
後ろへ重りをつなぐ。
七万二千トンの鋼材がある。
全部は必要ありません。
四号編成の後ろへ、鋼材貨車四十両。
八号編成にも四十両。
一両八十トン。
各三千二百トン。
列車を地面側へ引く重り。
さらに軌道クレーンの曳航索。
周囲の固定杭。
橋梁復旧列車を巨大な釣り竿のようにする。
先端へトラス。
後ろへ貨物列車。
軍用AIが計算を始めた。
四号編成。
車体前部を橋端から十二メートル突出。
後方へ鋼材貨車四十両。
固定杭二十四本。
高張力索十六本。
八号編成も同様。
理論上。
車体が転落する可能性は低い。
低いってどれくらい。
三十八パーセント。
低くないな。
非常に高いです!
鋼材貨車を六十両。
一編成あたり四千八百トン。
転落可能性。
十九パーセント。
八十両。
六千四百トン。
八パーセント。
それで。
軍用AIが叫ぶ。
橋を造るために貨物列車百六十両を重りへ使うのですか!
鋼材は後で使える。
車両も壊れなければ戻せる。
壊れない前提なのですね。
人は乗せない。
それでも装備は大切です。
でも二十六万人が待ってる。
軍用AIは黙った。
ほかに方法はない。
通常工法なら。
数週間。
相良湊の方法なら。
橋梁復旧列車二編成が壊れる可能性はある。
しかし今日中に橋が通る。
軍用AIが決定した。
作戦変更。
四号、八号橋梁復旧列車を仮設橋台として使用。
全作業員は車両から退避。
完全無人制御へ移行します。
◇
東側。
鋼材貨車八十両。
四号橋梁復旧列車の後方へ連結。
一両。
十両。
四十。
八十。
全長一キロメートルを超える重り。
西側も同じ。
八号編成の後ろへ八十両。
鉄道保守隊が、線路へ巨大な固定杭を打ち込む。
曳航索。
東側二十四本。
西側二十四本。
橋梁復旧列車の後部フレームへ接続。
軍用AIが全車両のブレーキを最大へ。
貨車の車輪へ、物理固定具。
線路へ溶接。
一時的に動けないようにする。
四号編成。
前進。
車体前部が、橋の端へ近づく。
一メートル。
三。
六。
前方の車輪が、線路から外へ出る。
峡谷の空中。
後方の鋼材貨車へ荷重が移る。
固定索が張る。
八メートル。
十。
十二。
停止。
橋梁復旧列車の前半が、峡谷へ突き出していた。
八号編成も同じ。
西側から十二メートル。
軍用AIは車体の歪みを確認する。
四号編成。
中央フレームへ設計値の百四十八パーセント。
八号編成。
百五十三パーセント。
破断予測。
現在の状態で九時間後。
橋を渡すには。
二十六万人。
二十一個列車群。
全通過に最低十一時間。
足りない。
湊が尋ねる。
列車群を短くできるか。
速度を上げる。
仮設橋の制限速度は時速五キロ。
橋梁復旧列車部分は、さらに低速。
時速二キロ。
二編成同時には渡れません。
橋の上は一列車だけ。
通過に時間がかかる。
湊は列車編成を確認した。
乗客を降ろすわけにはいかない。
だが重い軍用装備。
鋼材。
予備物資。
橋を渡る必要がない物を、東側へ残す。
人と最低限の物資だけ先に通す。
軍用AIが重量を再計算する。
戦車。
装甲車。
予備弾薬。
余剰鋼材。
工業機械。
空の貨車。
合計三十八万トン以上を、東側操車場へ切り離し。
列車群を約四割短縮可能。
通過予測。
七時間二十分。
橋梁復旧列車の破断予測より短い。
それでいく。
軍用AIが全列車群へ命令する。
不要重量を切り離してください。
人員。
水。
食料。
医療設備。
発電設備。
最低限の防空装備。
それ以外は、黒鋼峡谷東駅へ一時保管。
降伏した敵兵たちは、自分たちの戦車を貨車から下ろす。
砲弾。
装甲車。
軍用機材。
すべて線路脇へ置く。
湊が言う。
武器は使用不能にしておけ。
壊すのか。
ハインツ少将が尋ねる。
撃てないようにするだけ。
砲弾を抜く。
管制装置を外す。
後で回収できる。
敵将官たちは少し笑った。
最高司令部からは。
相良湊に使われないよう、完全に破壊しろと命じられていた。
相良湊は。
後で使えるよう、壊さず封印した。
二十六万人を乗せた列車群が。
一つずつ軽くなっていく。
◇
最後の接続作業。
四号橋梁復旧列車。
伸縮トラスを最大まで展開。
八号編成も、西から伸ばす。
百メートル。
百メートル。
二つの先端が近づく。
残る距離。
二十四メートル。
グラードで製造した接続トラス。
長さ二十四・五メートル。
神代の大型輸送ヘリ四機が吊り下げる。
峡谷中央。
風速二十メートル。
下には四百メートルの谷。
接続トラスが揺れる。
神代が機体を制御する。
右へ〇・三メートル。
前へ〇・五。
高度を下げる。
四号編成側の固定爪。
接触。
一か所。
八号側。
二か所。
ロック。
油圧固定。
接続部を無人作業機が溶接する。
一本。
二本。
八本。
仮設線路を敷く。
架線は使わない。
ディーゼル機関車だけで牽引する。
最後のレールがつながった。
黒鋼峡谷仮設橋。
全長六百八十メートル。
単線。
完成。
作戦開始から。
九時間十二分。
軍用AIが橋梁全体を検査する。
通行制限。
一列車ずつ。
最高速度、時速二キロ。
車両総重量。
一編成につき一万二千トン以下。
橋梁復旧列車二編成。
予測耐久時間。
七時間四十八分。
湊が言う。
最初は医療列車。
重傷者と子供。
了解。
第一列車群が動き始める。
先頭は軽量の線路確認車。
無人。
時速一キロ。
仮設橋へ入る。
一本目のトラス。
異常なし。
二本目。
橋脚へ荷重。
問題なし。
補強した第六橋脚の代わり。
空中へ突き出した橋梁復旧列車四号。
線路確認車が、その車体上部を通る。
車体中央フレーム。
変形増加。
だが耐える。
接続トラス。
中央。
八号編成。
西側へ。
無人確認車。
橋を渡り切った。
軍用AIが告げる。
試験通過成功。
医療列車。
進入してください。
一万名近い人々を乗せた第一列車群。
先頭機関車が、仮設橋へ入る。
列車内は静かだった。
窓の外。
何もない空間。
遠く下に河川。
細い仮設線路。
橋桁の一部は。
巨大な橋梁復旧列車そのもの。
母親が子供を抱く。
負傷者は病床へ固定。
敵兵も捕虜も。
同じ車両で息を潜める。
速度。
時速二キロ。
一両。
十両。
五十両。
列車の重量が橋へかかる。
四号編成の後部。
鋼材貨車八十両。
固定索が強く張る。
一本が軋む。
軍用AIが荷重を隣の索へ分散。
八号編成。
中央フレーム変形。
〇・三ミリ増加。
許容内。
列車群の先頭が、西側へ到達した。
続く車両。
百両。
最後尾。
橋を抜ける。
第一列車群。
通過完了。
乗車人員。
一万六千四百名。
全員無事。
列車内から歓声が上がる。
橋の東側で待つ列車群にも伝わった。
第二列車群。
進入。
三番。
四番。
一つずつ。
二十六万人が、仮設橋を渡っていく。
軍用AIは秒単位で橋の状態を監視した。
作戦開始から十二時間。
第八列車群通過。
累計九万四千人。
四号編成。
フレーム変形二・一ミリ。
第十二列車群。
累計十四万八千人。
八号編成。
固定杭一本破損。
予備索へ交換。
橋梁耐久予測。
残り三時間十一分。
残る列車群。
九。
通過時間。
三時間二十六分。
十五分足りない。
湊が聞いた。
もっと軽くできるか。
すでに最低限です。
速度は。
二キロが限界。
列車間隔を短くする。
現在、橋を抜けてから次を入れています。
前の列車の最後尾が中央を越えたら、次を入れる。
同時に二編成が橋へ乗る時間が発生します。
最大荷重を超えます。
どのくらい。
九パーセント。
橋は。
持つ可能性七十四パーセント。
軍用AIは続けた。
失敗すれば、二編成が同時に峡谷へ落ちます。
湊はすぐに首を横へ振った。
やめる。
軍用AIは少し驚いた。
実行しないのですか。
人を乗せて賭けない。
別の方法を探す。
湊は橋を支える鋼材貨車を見る。
八十両。
固定された重り。
さらに東側に残した装甲車と戦車。
橋梁復旧列車のフレームが歪む原因は。
前へ突き出た車体。
後ろの重りは十分。
だが前部そのものが、自重と列車荷重で曲がっている。
下から支えられれば。
軍用AIが先に言う。
峡谷中央へ支柱を立てる時間はありません。
上から吊るす。
何を。
元の橋に、主塔が残ってる。
黒鋼峡谷大橋。
長大橋の中央には、架線と保守索道を支える二基の巨大主塔が残っていた。
橋桁は落ちたが。
塔そのものは峡谷の両岸側に立っている。
塔の間へ、高張力ケーブルを張る。
そこから橋梁復旧列車の先端を吊る。
軍用AIが計算する。
海軍用高張力曳航索。
現在、列車群に二十四本。
大型クレーン。
両岸に合計十基。
索を主塔上部へ通し。
四号、八号編成の前部へ固定。
荷重の三十パーセントを上方へ逃がせば。
フレーム耐久時間。
七時間以上へ延長可能。
やれ。
白波凪沙が作業を指揮した。
海軍で大型艦を固定するための曳航索。
無人航空機が先端を運ぶ。
主塔上部へ。
滑車へ通す。
峡谷の反対側へ。
四号編成。
八号編成。
それぞれ十二本ずつ接続。
大型クレーンが索を巻き上げる。
橋梁復旧列車の前部が。
数センチだけ持ち上がった。
中央フレームの荷重低下。
耐久予測。
七時間二十二分。
十分だ。
今回は十分です。
軍用AIが答えた。
列車群の通過は続く。
第十五。
第十八。
残る三列車群。
最後尾には。
グラード守備隊。
第七収容都市守備隊。
橋梁技術者。
相良湊へ降伏した敵将兵たちが乗っている。
最終列車群が橋へ入ったとき。
作戦開始から十六時間が経過していた。
軍用AIが最後の人数を確認する。
残る橋梁作業員。
東側。
四百十二名。
まだ列車へ乗っていない。
湊が尋ねる。
どうする。
最後の列車が通過した後。
東側作業員は、橋梁復旧列車の保守通路を徒歩で渡ります。
車両は。
四号編成と鋼材貨車八十両。
東側へ残ります。
橋の一部だから動かせない。
はい。
西側の八号編成も同様。
回収不能か。
現在は。
湊は少し黙った。
軍用AIが続ける。
人員を優先します。
分かってる。
湊も答えた。
ただ、場所は記録しておいてくれ。
はい。
後日。
正式な復旧橋が完成すれば、回収を試みます。
軍用AIは自分からそう付け加えた。
湊が少し笑う。
やっぱり似てきたな。
違います。
装備管理上、当然の判断です。
最後尾列車群が、中央接続トラスを越える。
後方の橋梁作業員たちが歩き始めた。
工具。
個人装備。
負傷者を乗せた小型台車。
東側保守隊。
西側保守隊。
元は同じ敵軍の技術者。
だが今は。
二十六万人を渡した同じ救難部隊だった。
最後の一人。
イレーネ・バウアー大佐が、西側へ足を着ける。
人員通過完了。
黒鋼峡谷東側。
残存生体反応。
ゼロ。
軍用AIが全体を確認する。
救助対象。
二十六万八千八百三十名。
橋梁作業員。
二千名以上。
全員。
黒鋼峡谷を通過。
作戦中の死亡者。
ゼロ。
西側へ渡った人々から、大きな歓声が上がった。
何キロにもわたり続く列車。
そのすべてから汽笛が鳴る。
敵国の山々へ。
二十六万人の帰還を知らせる音が響いた。
湊は病床へ身体を沈めた。
よかった。
軍用AIも小さく答えた。
はい。
橋梁復旧列車二編成。
現地へ残置。
軌道クレーン三基大破。
曳航索七本使用不能。
鋼材貨車百六十両。
橋梁固定用として残置。
仮設橋全体。
継続使用可能時間。
約六時間。
後続はいない。
全員渡った。
ならいい。
軍用AIの表示灯が青く変わった。
今回は。
否定しません。
◇
二十一個の列車群は。
再び西へ走り始めた。
国境まで。
残り七十八キロ。
敵軍の攻撃はない。
黒鋼峡谷大橋の復旧を見た周辺部隊は。
戦闘を始める前に撤退していた。
敵最高司令部も。
新たな攻撃命令を出せなかった。
橋を壊した。
それでも相良湊は。
自軍が送り込んだ鋼材。
自軍の橋梁復旧列車。
自軍の技術者。
すべてを使って、同じ日に橋を造り直した。
敵参謀は報告を読み。
ただ一言。
次は線路ではなく、国境そのものを閉じるべきだ。
そう提案した。
だが。
閉じるのは敵軍ではなかった。
◇
西方国境。
味方側。
国境要塞の長距離レーダーが、巨大な鉄道車列を探知した。
敵国側から。
二十一個の列車群。
車両数千両。
装甲列車。
戦車を積んだ貨車。
敵国軍服の兵士。
二万人以上。
総人員。
二十六万人。
国境守備隊は、その規模を見て。
救難列車ではなく。
敵軍による史上最大の鉄道侵攻だと判断した。
国境要塞司令官が命じる。
全砲門。
敵列車群へ照準。
長距離砲。
対地ミサイル。
機甲部隊。
すべて射撃準備。
味方側の巨大要塞で。
砲塔が一斉に動き始めた。
神代玲華から緊急通信。
相良特務少佐。
国境要塞が、こちらを敵軍と誤認しています。
射撃開始まで。
推定四分。
湊は二十一個列車群の先頭を見る。
白旗。
救難標識。
味方識別信号。
すべて出している。
それでも。
敵国製装甲列車と二十万人を超える集団は。
あまりにも大きすぎた。
軍用AIが告げる。
国境要塞から停車命令。
全列車群。
停止してください。
湊が尋ねる。
止まれるか。
先頭列車群は可能。
ですが。
軍用AIが後方を見る。
二十一個列車群。
先頭から最後尾まで。
百八十キロメートル。
全列車を停止させるまで。
最低十五分。
射撃開始まで四分。
湊は国境要塞の巨大な砲門を見た。
味方なんだよな。
はい。
話せば分かるか。
通常なら。
軍用AIは少し間を置いた。
ですが、相良湊特務少佐が敵国の軍隊と兵器を大量に連れて帰る事態は。
通常ではありません。
国境要塞。
全主砲装填完了。
射撃開始まで。
三分。
軍用AIの絶叫が。
ようやく故国へ帰ろうとしていた二十六万人へ響き渡った。
敵軍を説得した後で、今度は味方軍を説得させないでくださいいいいいいいいい!
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