第21話 二十万人を追加しても、列車はまだ走れます
救助する人数を、一度に二十万人も増やさないでくださいいいいいいいいい!
軍用AIの絶叫が、敵国を西へ横断する三つの脱出列車群へ響き渡った。
第一列車群。
一万六千四百名。
第二列車群。
一万五千九百名。
第三列車群。
砲兵隊を含む二万百十三名。
合計五万二千四百十三名。
これだけでも、通常なら一つの都市を丸ごと移動させているような規模だった。
そこへさらに。
次の都市から、二十一万六千名を超える救助要請が届いた。
軍病院の病床へ固定された相良湊は、送られてきた都市情報を見ている。
敵軍中部最大の補給中枢。
グラード工業都市。
平時人口十八万人。
だが現在は、周辺地域から逃れてきた避難民と、撤退中の敵軍部隊まで集まっていた。
軍用AIが最新の集計結果を表示する。
都市住民。
十七万九千八百四十二名。
周辺地域からの避難民。
一万二千六百四名。
降伏を希望する敵兵。
二万三千九百七十一名。
合計。
二十一万六千四百十七名。
先行する脱出列車群と合わせた場合。
救助対象総数。
二十六万八千八百三十名。
湊が数字を見る。
列車は足りるんだろ。
車両だけなら足ります。
グラード市内には、旅客車両、貨車、軍用車両を合わせて千二百四十七両。
機関車八十二両。
ただし、問題は列車の数だけではありません。
食料。
水。
衛生設備。
医療。
燃料。
列車同士の間隔。
途中の駅での補給。
二十六万人を国境まで安全に運ぶには、鉄道網全体を管理する必要があります。
湊は地図を拡大した。
グラードから国境までは。
鉄道距離四百三十一キロメートル。
現在の列車群より、少し国境に近い位置です。
だったら、先に出して合流させる。
一列に全部つなぐつもりですか。
長すぎるなら分ける。
軍用AIが列車運行計画を表示する。
一編成へ一万人前後。
二十六万人を運ぶには、既存の三列車群を含め、最低二十一個列車群。
列車群同士の間隔を十分に取った場合。
先頭から最後尾まで、約三百キロメートル。
湊は少し考えた。
一つの列車じゃないな。
当然です。
移動する鉄道国家みたいなものか。
軍用AIは否定しようとして、止まった。
人口二十六万八千人。
病院。
発電設備。
浄水車両。
食堂車。
家畜車両。
軍用警備車両。
多数の駅と線路を使いながら移動する集団。
都市よりも人口が多い。
確かに、小規模な国家に近かった。
軍用AIが答える。
表現としては、否定できません。
なら、列車ごとに町を作る。
軍用AIの表示灯が点滅する。
どういう意味ですか。
一列車群だけで、しばらく生活できるようにする。
水。
食料。
医療。
発電。
修理。
全部を一つの列車群へ入れる。
軍用AIが湊の考えを理解した。
列車群を単なる輸送手段ではなく、自立した避難拠点へする。
一つの列車群が停止しても、ほかの列車群へ影響を出さない。
攻撃を受けても、医療と修理をその場で行える。
湊はグラード市内の貨車一覧を見る。
冷蔵貨車。
給水貨車。
燃料貨車。
移動発電車。
野戦病院車。
工兵車両。
食料調理用車両。
工業都市だけあって、必要な物は揃っている。
各列車群へ同じように分ける。
医療車一両。
水を三両。
食料二両。
発電車。
整備車。
簡易便所を積んだ車両。
軍用AIが編成案を作る。
子供、高齢者、重傷者は旅客車両。
歩行可能者は、改装した貨車。
守備隊は最後尾側。
武器と弾薬は封印した別編成。
湊が頷く。
それでいい。
グラード市司令官へ通信をつないでくれ。
軍用AIが敵軍回線へ接続する。
大型画面へ、工業都市の中央指令所が映った。
敵軍の中将。
五十代後半の大柄な男。
背後には、都市行政官、鉄道責任者、工場管理者、軍参謀が並んでいる。
男は病床の湊を見ると、深く頭を下げた。
グラード防衛司令官。
グスタフ・レオンハルト中将だ。
都市守備隊を代表し、正式に降伏する。
捕虜は。
この都市にはいない。
周辺の収容所から移送される予定だった者たちは、命令を拒否して事前に解放した。
民間人への攻撃は。
行わない。
すべての武器は、すでに集積を開始している。
湊は確認を続ける。
都市を出なければならない理由は。
レオンハルト中将が工業都市の地下構造を表示する。
グラード地下には、敵国中央部へ燃料を送る巨大な備蓄施設がある。
最高司令部は、我々の降伏を察知。
地下燃料庫と化学原料区画へ、遠隔自爆命令を送った。
こちらで通信は遮断した。
だが完全には止められない。
自爆装置は複数。
解除まで、最低二日。
最高司令部の攻撃部隊は、いつ来る。
長距離爆撃機は二時間以内。
機甲部隊は四時間。
都市を守りながら解除することは困難だ。
湊が尋ねる。
列車の出発準備は。
軍用AIから計画を受け取れば、すぐ始める。
鉄道員は全員残っている。
住民の避難区分も作成済み。
レオンハルトは短く息を吐いた。
ただし、一つ問題がある。
最高司令部は、国家鉄道管制網を掌握している。
機関車。
信号。
分岐器。
架線電力。
すべて遠隔で停止させられる可能性がある。
軍用AIが敵鉄道網へ接続する。
中央鉄道統制局。
敵最高司令部直轄。
グラード市内の機関車八十二両へ、起動禁止命令が送られていた。
電気機関車。
制御系統封鎖。
ディーゼル機関車。
燃料噴射装置停止。
自動運転車両。
認証失効。
鉄道信号。
全区間赤。
軍用AIが報告する。
現時点で、グラード市内の全機関車が起動不能。
レオンハルト中将が顔をしかめる。
予想より早い。
湊が軍用AIを見る。
解除できるか。
できます。
敵側が再封鎖する可能性もあります。
通信を切れば。
機関車ごとに制御装置を独立化。
中央管制網から物理的に切断。
ただし、八十二両すべての改造には時間が必要です。
何人いれば。
鉄道整備員三百名。
一両あたり二十分。
同時作業なら一時間以内。
やれ。
レオンハルト中将が鉄道責任者へ命令する。
全整備員を車両基地へ。
機関車を中央管制網から切り離せ。
軍用AIが改造手順を全端末へ送る。
制御装置の封印を解除。
中央通信機器を外す。
機関車ごとに独立制御端末を取り付ける。
列車群の信号は。
湊が尋ねる。
中央信号網も使用できません。
なら列車同士で見る。
各列車群の前後へレーダー車。
線路点検用無人車。
位置情報を共有。
軍用AIが新しい運行方式を作成する。
中央管制局を使わない。
各列車群が、自分の前後だけを監視。
安全距離を維持しながら進む。
分岐器は、先行する無人作業車が現地で切り替え。
通過後は物理的に固定。
敵側が遠隔操作できないよう、制御線を切断する。
敵国全体の鉄道網から。
二十六万人を運ぶ列車群だけを、独立した一つの鉄道へ変える。
軍用AIが呟く。
国家鉄道網の中へ、別の鉄道国家を作るつもりですか。
使わせてくれないなら仕方ない。
あなたは敵国の鉄道網まで借りるのですね。
人を運ぶためだ。
言い切れば何でも許されると思わないでください。
◇
グラード工業都市。
中央駅。
北貨物駅。
南操車場。
東工業駅。
四つの鉄道拠点で、同時に避難準備が始まった。
旅客列車へ、子供と高齢者。
野戦病院車へ、重傷者。
貨車の内部には、工場から運ばれた断熱材と木製床。
壁へ手すり。
簡易照明。
換気扇。
給水容器。
人を運ぶことを想定していない車両が、次々と臨時客車へ変わっていく。
冷蔵貨車には食料。
家畜車には、都市周辺の農家から連れてこられた動物。
燃料貨車は、列車群ごとに分散。
発電車と浄水車も、すべての列車群へ一両ずつ配置。
湊は大型画面を切り替えながら、編成を確認する。
第一グラード列車群。
一万二千名。
医療車二両。
第二。
一万一千八百名。
水が一両少ない。
給水貨車を追加。
第三。
乳幼児が多い。
暖房用発電車を二両にする。
第四。
歩けない人が多い。
貨車じゃなく旅客車を回す。
軍用AIが指示を各駅へ送る。
列車編成は十八群。
それぞれが一万人から一万三千人。
列車群一つだけでも、通常の避難列車数十本分。
だが整然と準備が進んでいた。
工業都市の巨大なクレーン。
貨物設備。
数万人の作業員。
降伏した守備隊。
すべてが避難のために動いている。
武器を捨てた敵兵は、民間人の荷物を運ぶ。
鉄道兵は線路を点検。
軍医は住民の状態を確認。
装甲車は、武装を外されて牽引車へ使われた。
軍用AIが報告する。
機関車独立化作業。
八十二両中、三十七両完了。
湊が尋ねる。
出せる列車から先に出す。
全員の準備を待たない。
敵航空攻撃まで一時間三十一分。
第一列車群の出発準備完了まで二十七分。
間に合います。
最初は重傷者。
次に子供と高齢者。
了解。
そのとき。
グラード西方の線路監視装置が、異常を検知した。
大型熱源。
十二。
西から高速接近。
軍用AIが偵察無人機を向かわせる。
映像へ現れたのは、貨物列車だった。
一編成。
二編成。
合計十二編成。
無人。
先頭機関車は最大出力。
貨車には高密度の鋼材と鉱石。
一編成あたり、総重量約六千トン。
速度。
時速百二十八キロ。
グラード中央駅へ向けて走っている。
軍用AIの声が低くなる。
敵中央鉄道統制局が、無人貨物列車十二編成を発進。
ブレーキ装置は遠隔で破壊済み。
目標。
グラード市内の鉄道拠点。
到着まで二十三分。
レオンハルト中将が顔色を変えた。
中央駅へ突っ込ませるつもりか。
十二編成が各駅へ分岐。
中央駅へ四。
北貨物駅へ三。
南操車場へ三。
東工業駅へ二。
すべての避難拠点を同時に潰す計画だった。
湊が尋ねる。
途中で脱線させられるか。
可能です。
しかし主要線路が破壊されます。
避難列車が出られなくなる。
軍用AIが答える。
はい。
破壊せずに止める。
一編成六千トン。
速度百二十八キロ。
通常の制動距離では間に合いません。
グラードの鉄道施設を出してくれ。
工業都市全体の線路図が表示される。
旅客線。
貨物線。
製鉄所専用線。
鉱山から鉱石を運ぶ環状線。
操車場。
車両試験線。
大量の線路が都市を網のように覆っている。
湊の視線が、製鉄所の西側で止まった。
鉱石環状線。
全長三十四キロメートル。
製鉄所周辺を一周する貨物専用線。
最大勾配。
上り三・二パーセント。
線路上には、鉱石貨車を減速させる電磁式制動装置が十六基。
湊が指した。
全部、環状線へ入れる。
軍用AIが計算する。
十二編成を三本の環状線へ四編成ずつ。
ただし後続列車が追突します。
間隔は。
各編成、二分前後。
一周する時間は。
現在速度で十六分。
何周か回してる間に減速させる。
軍用AIがさらに計算する。
電磁式制動装置を最大出力。
上り勾配。
線路へ滑り止め材。
一周ごとに、速度を約三十キロ低下可能。
三周で停止。
ただし。
敵中央管制局が分岐器を操作すれば、市街地方面へ戻されます。
制御線を切る。
現地で固定。
作業時間は。
最短十二分。
無人列車到着まで二十一分。
やれ。
グラード鉄道員と無人作業車が、環状線の分岐へ走る。
中央管制網から切断。
分岐器を環状線側へ切り替える。
巨大な固定具を取り付ける。
遠隔では動かせない。
電磁制動装置へ、製鉄所の発電設備を接続。
通常出力の二倍。
冷却設備も最大。
線路へ大量の滑り止め用鉱砂を撒く。
軍用AIが十二編成の進路を再設定する。
敵中央統制局は異変に気づいた。
分岐器へ操作命令。
応答なし。
鉄道信号を赤へ。
無人貨物列車は信号を無視するよう設定済み。
非常停止命令。
ブレーキが壊されている。
自ら送り込んだ列車を、敵側も止められない。
軍用AIが言う。
第一無人貨物列車。
環状線分岐まで三キロ。
速度百三十一キロ。
湊が画面を見る。
少し速くなってるぞ。
下り勾配です。
分岐を通れるか。
安全通過速度は時速六十キロ。
倍以上。
脱線する可能性。
四十四パーセント。
分岐の外側を支える。
何で。
湊は付近の大型鉱山車両を見る。
鉄道保守用の重量作業車。
車体側面に油圧式の支持脚。
線路の外側へ並べる。
脱線しかけた列車を、押し戻す。
軍用AIが叫ぶ。
六千トンの列車を保守車両で押し戻せると思わないでください!
完全に止めなくていい。
車輪が外へ出るのを少し抑える。
軍用AIが計算する。
保守用重量車両八両。
外側レールへ油圧支持板を展開。
分岐部の横方向強度。
三十一パーセント上昇。
脱線可能性。
二十二パーセント。
やれ。
重量作業車が分岐外側へ並ぶ。
支持脚を地面へ打ち込む。
厚い鋼鉄板を、線路の外側へ押し当てる。
列車通過まで。
十秒。
鉄道員たちは退避。
軍用AIが分岐を確認する。
固定完了。
第一無人貨物列車が現れた。
巨大な機関車。
後ろに連なる鉱石貨車。
時速百三十キロ。
轟音。
地面が揺れる。
分岐へ突入。
車輪が激しく軋む。
貨車が外側へ傾く。
保守車両の鋼鉄板へ接触。
火花。
支持脚一本が地面から抜ける。
二両目の保守車両が押し返す。
貨車の車輪が、一瞬だけレールから浮いた。
落ちる。
戻る。
第一編成は、環状線へ入った。
軍用AIが叫ぶ。
通過成功!
第二編成まで一分四十二秒!
損傷した支持脚を交換。
無人作業車が走る。
予備の固定杭を打ち込む。
二編成目。
三編成目。
一つずつ、環状線へ送り込む。
四編成目で、外側の貨車一両が大きく傾いた。
荷台の鋼材が崩れる。
線路脇へ落下。
だが車両本体は戻った。
五。
六。
十二編成すべてが、三本の環状線へ入った。
第一周。
電磁式制動装置が起動。
線路の間から、強い磁場が発生。
車輪へ抵抗。
列車全体が震える。
速度百二十。
百十。
九十八。
制動装置の一基が過熱停止。
次の装置へ。
上り勾配。
速度八十五。
環状線を一周する。
後続列車との距離が縮まる。
追突予測。
六分後。
もっと減速させろ。
電磁制動装置は限界です。
外から重りを増やす。
軍用AIが聞き返す。
走行中の列車へ何を積むつもりですか。
違う。
線路へ抵抗を増やす。
鉱砂。
消火用泡。
水。
摩擦を増やせる物。
水は摩擦を低下させます。
砂だけ。
製鉄所にある高温炉用の粒状スラグ。
線路へ撒け。
無人保守車が環状線脇を走る。
大量の粒状スラグをレールへ撒く。
車輪が踏む。
火花。
速度がさらに落ちる。
二周目。
第一編成。
時速五十八キロ。
第二。
六十一。
後続編成との間隔も広がり始める。
三周目。
時速二十二。
電磁制動装置。
最後の出力。
列車がゆっくり止まる。
第一編成停止。
第二。
第三。
十二編成すべて。
停止確認。
衝突なし。
脱線なし。
グラード市内の鉄道施設。
被害軽微。
軍用AIが状態を確認する。
無人貨物列車十二編成。
機関車十二両中。
九両、再使用可能。
三両、要修理。
貨車。
合計四百八十八両。
大半が使用可能。
積載物。
高品質鋼材および鉱石。
合計七万二千トン。
湊が少し笑った。
機関車が足りないって言ってたな。
軍用AIの表示灯が赤くなる。
敵は避難駅を破壊するために送り込んだ列車です。
でも止めた。
はい。
使える。
使えますが。
なら避難列車へ回す。
軍用AIは数秒間、反論しなかった。
グラード側の機関車八十二両。
追加九両。
合計九十一両。
予備牽引力が増える。
避難列車群の編成にも余裕が生まれる。
敵最高司令部が送り込んだ攻撃が。
二十万人を逃がすための追加輸送力へ変わった。
レオンハルト中将が、画面の向こうで呆然としている。
我々を潰すために送られた列車まで使うのか。
湊は答えた。
線路を走れるなら使えます。
軍用AIが訂正する。
先ほどまでは、まともに止まることもできませんでした。
今は止まってる。
そういう問題ではありません。
◇
敵爆撃機到着まで四十六分。
グラード第一列車群が中央駅を出発した。
先頭には線路点検用無人車。
その後ろへ、防空車両を積んだ貨車。
旅客列車。
医療車。
給水車。
食料車。
発電車。
整備車。
一つの列車群だけで、一つの町として機能する編成。
乗車人員。
一万二千四百名。
十分後。
第二列車群。
その後も、七分から十分間隔で発車。
第三。
第四。
第五。
列車群が西へ向かう。
中央管制網は使用しない。
各列車群が自分の位置を共有。
先行する無人作業車が分岐器を固定。
通過後は、後続列車のために維持する。
敵国の鉄道網を使いながら。
敵最高司令部の指示には一切従わない。
独立した避難鉄道。
湊が作った移動国家が、少しずつ長くなっていく。
軍用AIが人数を確認する。
グラード第十列車群。
発車。
累計避難者。
十二万八千名。
残る八万八千名。
敵航空攻撃まで二十四分。
間に合うか。
最終列車群発車予測。
二十二分後。
ぎりぎりです。
湊が言う。
その言葉、使うようになったな。
あなたのせいです。
第十一。
第十二。
列車群が発車。
都市の人口が減っていく。
住宅区。
工場。
駅。
人の姿が消える。
守備隊は最後まで残り、建物を捜索。
軍用AIも監視カメラと生体反応を調べる。
地下病院。
閉じ込められた患者二名。
救出。
南工場。
整備員七名。
機関車修理中。
そのまま最後尾列車へ乗るよう命令。
西居住区。
避難を拒否する老人一名。
理由。
自宅を離れたくない。
湊が通信をつなぐ。
画面へ、古い家へ座る老人が映った。
行かない。
ここで生まれた。
ここで死ぬ。
湊は少し黙った。
敵の爆撃機が来ます。
分かっている。
家がなくなる。
なら、最後まで見ていたい。
湊は老人の背後を見る。
壁に家族写真。
子供。
孫。
多くの人が写っている。
その人たちは。
先に列車へ乗った。
老人が答える。
家族が待ってるんですね。
老人は返事をしなかった。
湊は続けた。
家は持っていけません。
でも、家族は連れていける。
あなたが残ったら、その人たちは戻ろうとします。
老人の顔がわずかに動いた。
置いていかれた人がいると、戻る人が出る。
だから俺たちは、最後の一人まで確認してます。
あなたを置いていけません。
老人は長い間、画面を見つめた。
やがてゆっくり立ち上がる。
足が悪い。
迎えを。
すでに行ってます。
無人救急車が家の前へ到着した。
老人は小さな鞄と家族写真だけを持って乗り込む。
最終列車群まで。
あと四分。
敵爆撃機到着まで。
六分。
第十八列車群。
最後の乗車を開始。
レオンハルト中将。
鉄道員。
都市守備隊。
捜索班。
最後の住民。
全員が中央駅へ集まる。
巨大な駅は、すでに空に近い。
敵爆撃機の機影が東の空へ現れた。
神代玲華の戦闘機隊は、先行する列車群の護衛中。
グラード上空へ戻るには時間がかかる。
都市防空部隊は。
列車へ搭載済み。
固定式防空砲のみ残存。
軍用AIが起動する。
敵爆撃機。
十八機。
長距離誘導爆弾を投下。
目標。
中央駅。
南操車場。
地下燃料庫。
到達まで三分。
最終列車群。
発車準備。
最後の老人を乗せた救急車が駅へ入る。
貨車の扉が開く。
家族が待っている。
孫と思われる若者が走り寄る。
老人を抱き締める。
乗車完了。
軍用AIが全市内を確認する。
残存生体反応。
野生動物を除き、ゼロ。
レオンハルト中将が最後に列車へ乗る。
第十八グラード列車群。
発車。
巨大な機関車が動き始めた。
中央駅を離れる。
時速十。
二十。
三十。
誘導爆弾が接近。
固定式防空砲が迎撃する。
一発。
三発。
七発撃墜。
残る爆弾が都市へ落ちる。
中央駅。
爆発。
ホームが砕ける。
線路が持ち上がる。
だが最終列車は、すでに二キロ先。
南操車場。
爆発。
無人となった貨物施設が炎に包まれる。
地下燃料庫。
複数の爆弾が地面へ突入。
地下で巨大な爆発。
都市全体が揺れた。
グラードの空へ、黒い煙が上がる。
列車の窓から、人々が自分たちの町を見る。
泣く者。
敬礼する兵士。
黙って見つめる者。
湊は病室の画面で、最後尾列車を確認する。
全員出たか。
軍用AIが答える。
グラード救助対象。
二十一万六千四百十七名。
全員乗車。
先行列車群を含む総人数。
二十六万八千八百三十名。
爆撃による死亡者。
ゼロ。
病室の湊が、ゆっくり息を吐く。
よかった。
よくありません。
軍用AIの声は強かった。
二十一個列車群。
車両総数。
千五百両以上。
先頭から最後尾まで、現在約二百八十キロメートル。
これを国境まで運ばなければなりません。
列車は走ってる。
今のところは。
軍用AIが前方鉄道網を確認する。
列車群は西へ。
国境へ向かっている。
敵部隊の多くは、相良湊の救難作戦を知って撤退。
攻撃を避けている。
だが敵最高司令部は、諦めていなかった。
西方国境まで、残り二百七十キロ。
その途中。
すべての列車群が必ず渡らなければならない場所がある。
黒鋼峡谷大橋。
全長三・二キロメートル。
複線鉄道橋。
迂回路なし。
軍用AIが橋の監視映像へ接続した。
橋梁上に、人影はない。
だが中央部分へ爆薬が設置されている。
起爆信号。
受信。
軍用AIが警告を出す。
黒鋼峡谷大橋。
敵最高司令部が遠隔起爆。
湊が画面を見る。
巨大な爆発。
橋の中央部が持ち上がる。
鋼鉄の橋桁が折れる。
線路。
支柱。
すべてが峡谷へ落下する。
黒鋼峡谷大橋。
中央部六百八十メートル。
完全崩落。
列車群の先頭。
橋まで四十三キロ。
到着まで三十一分。
軍用AIが迂回路を検索する。
存在しません。
復旧に必要な期間。
通常工法で最低六か月。
二十六万八千人を乗せた二十一個列車群が。
敵国領内で止められた。
軍用AIが病床の湊を見る。
相良特務少佐。
線路がなくなりました。
湊は崩れた橋と。
先ほど回収した無人貨物列車の積載物を見比べた。
高品質鋼材。
七万二千トン。
機関車。
貨車。
製鉄所の大型クレーン。
仮設線路。
鉄道工兵。
必要な物は、列車群の中にある。
湊が答えた。
橋の材料は、敵が届けてくれたな。
軍用AIの絶叫が、二十六万人を乗せたすべての列車へ響き渡った。
六百八十メートルの鉄道橋を三十分で造ろうとしないでくださいいいいいいいいい!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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