第18話 救難母車は水門の部品ではありません
多目的超大型救難母車、アーク一型。
全長七十二メートル。
全幅十八メートル。
三十六輪独立駆動。
医療施設、浄水設備、発電設備、大型クレーン、掘削装置、仮設橋梁、無人車両、輸送ヘリまで搭載した移動基地。
第一特別救難補給隊の主力装備として建造された、世界最大級の救難車両だった。
その巨大な車体が、第一特別救難補給隊基地を出発する。
目的地。
エルダム工業都市。
人口十二万四千三百十一名。
敵軍は撤退前に、都市北部の大型水門へ爆薬を設置している。
爆破されれば、人工湖の水が市街地へ流入。
低地に暮らす約五万人が、避難する前に濁流へ飲み込まれる可能性があった。
軍用AIはアークの全システムを確認する。
主機正常。
三十六輪、異常なし。
医療区画正常。
無人機二十四機。
無人作業車十二両。
大型クレーン四基。
掘削腕二基。
仮設橋梁二組。
搭乗者。
久遠沙耶陸将補。
神代玲華空将補。
白波凪沙海将補。
工兵、整備員、衛生兵、通信員。
合計百十八名。
そして。
隊長である相良湊特務少佐だけが、軍病院の病床へ固定されていた。
アーク車内の大型画面に、病室の湊が映っている。
患者服。
左肩の包帯。
右脚の固定具。
腰と胸には医療用固定帯。
枕元には、軍用AIの小型中枢端末。
湊が画面越しに尋ねる。
速度は。
時速六十八キロメートル。
舗装路上の巡航速度です。
もっと出せるか。
出しません。
水門爆破まで六時間くらいだろ。
推定五時間四十七分。
現地到着予定は二時間四十一分後。
余裕があります。
敵が予定より早く爆破するかもしれない。
それを考慮しても十分です。
湊はアークの前方映像を見る。
広い幹線道路。
巨大な車体が、二車線を完全に塞ぎながら進んでいる。
一般車両はすでに避難済み。
前方には、偵察用無人航空機が飛んでいた。
左右の農地には、撤退した敵軍が放棄した車両が点在している。
ただし、多くは破壊されていた。
燃やされた輸送車。
砲身を爆破された自走砲。
転倒させられた工兵車。
燃料タンクへ穴を開けられた装甲車。
湊が映像を拡大する。
あの重機、まだ動きそうだな。
軍用AIが即座に映像を閉じた。
見ないでください。
煙は出てない。
操縦席だけ壊されてる。
使用不能です。
修理すれば。
修理しません。
アークの格納庫には余裕があるだろ。
敵軍装備の収集任務ではありません。
白波が車内から通信へ入る。
水門の防衛と市民救助が最優先です。
湊が頷く。
分かってます。
その途中で使えるなら拾うだけです。
軍用AIの表示灯が赤く点滅した。
やはり分かっていません。
久遠が周辺地図を表示する。
敵軍は主要道路から撤退しています。
ただし、各地で橋梁やトンネルを爆破。
エルダムへ続く三本の幹線道路のうち、二本は通行不能。
現在使用している中央道路も、敵の破壊工作を受けている可能性があります。
神代が上空の無人機情報を確認する。
前方二十五キロ地点。
大量の熱源を確認。
敵部隊ですか。
白波が尋ねる。
神代は映像を拡大する。
違います。
道路全体が燃えています。
軍用AIが偵察機を低空へ下げた。
幹線道路を横断するように、長い炎の壁ができている。
大型燃料輸送車六両。
道路上へ横向きに並べられ、燃料へ火を放たれていた。
さらに周囲には、化学工場から運び出された可燃性液体の容器。
炎の範囲は長さ五百メートル。
温度は一千度を超えている。
アークが通過可能になるまで。
自然鎮火を待てば、最低六時間。
間に合わないな。
湊が言った。
迂回路を。
久遠が地図を見る。
東側は湿地。
西側は急斜面。
アークの全幅と重量では通行困難です。
湊は東側の湿地を見る。
深さは。
平均一・八メートル。
地盤支持力が不足。
アークが進入した場合、車輪が沈下します。
西の斜面は。
最大傾斜三十八度。
アークの安全登坂角度は二十二度です。
軍用AIが強く付け加える。
安全という言葉を無視しないでください。
炎を消す。
アークには大容量放水設備があります。
白波が答える。
ただし燃料火災へ水だけを使用すれば、燃料が広がります。
泡消火剤は。
搭載量八十トン。
火災全体を消すには不足。
湊は道路周辺の施設を見る。
近くに農業用水路。
貯水池。
化学工場の消火設備。
全部つなげる。
軍用AIが計算する。
アークの大型ポンプ。
農業用水路。
化学工場の泡消火剤貯蔵槽。
無人車両で仮設配管を敷設。
必要時間、二十五分。
燃料輸送車をどかす時間は。
火災鎮火後、最低十五分。
四十分か。
アークで押し退ければ。
軍用AIが叫んだ。
燃えている燃料輸送車へ突っ込まないでください!
装甲は耐熱だろ。
車体外装は短時間なら耐えます。
ですがタイヤ、センサー、外部配線、無人機格納口が損傷します。
三十六輪ある。
一本でも燃やす前提で数えないでください!
神代が別の案を出す。
輸送ヘリで消火剤を投下します。
大型ヘリ二機。
基地から追加の消火剤を空輸。
白波が続ける。
アークのポンプ設備も使用すれば、十五分程度で火勢を抑えられるかもしれません。
久遠は現地の道路管理施設を確認した。
路面下に排水溝があります。
燃料が周辺へ広がらないよう、先に閉鎖します。
湊が頷く。
それでいこう。
軍用AIが少しだけ安心する。
合理的な案が採用されました。
ただし燃料輸送車は、消火後に回収する。
安心を返してください。
アークが火災現場へ近づく。
巨大な車体が道路中央で停止。
車体側面の格納庫が開いた。
無人作業車六両が発進する。
一両は農業用水路へ。
二両は化学工場の消火剤貯蔵槽へ。
残り三両は、道路下の排水設備へ向かう。
大型クレーンから、太い仮設配管が地上へ降ろされた。
工兵たちが接続を始める。
上空には、神代が指揮する大型輸送ヘリ二機。
巨大な消火剤容器を吊り下げている。
神代が通信する。
投下準備完了。
風向は西から東。
一機目、道路北側。
二機目、南側から入ります。
軍用AIが炎の流れを解析する。
アーク上部の放水砲四基。
泡消火へ切り替え。
目標区域を分割。
湊が病床から画面を見る。
燃料車のタンクを冷やせ。
爆発する前に。
すでに実行しています。
放水開始。
アークの上部から、白い泡が大量に噴き出した。
道路を覆う炎へ降り注ぐ。
同時に輸送ヘリが低空へ進入。
巨大な消火剤容器を開く。
白い泡が滝のように落ちた。
炎が一部消える。
だが燃料輸送車の一両から、強い火が上がっていた。
内部温度上昇。
燃料蒸気圧、危険域。
爆発まで推定二分。
湊が言う。
あの一両だけ道路から外す。
何で。
軍用AIは聞いた直後、自分で後悔した。
アークのクレーン。
使用しません。
爆発したら道路ごと壊れる。
クレーンの射程は。
最大四十五メートル。
対象車両まで三十八メートル。
可能です。
白波がクレーン操作班へ指示を出した。
牽引索を射出。
燃料輸送車の後部へ固定します。
軍用AIが警告する。
容器温度九百二十度。
通常の索では溶断します。
海軍の高耐熱曳航索を使う。
白波の指示で、耐熱被覆された太い索が射出された。
燃える輸送車の後部フレームへ巻き付く。
大型クレーンが動く。
七十トンを超える燃料輸送車。
タイヤはすでに溶けている。
車体下部が道路へ固着。
クレーン出力上昇。
二十パーセント。
四十。
六十。
牽引索が張る。
アークの車体がわずかに傾いた。
軍用AIが三十六輪のサスペンションを個別制御。
反対側の車輪へ荷重を配分。
輸送車が動き始める。
一メートル。
三メートル。
五メートル。
道路脇の農地へ引かれる。
燃料圧力、限界。
爆発まで十五秒。
神代が叫ぶ。
全員退避!
アークは。
動けない。
クレーンがつながっている。
湊が命じる。
索を切れ。
車両はまだ道路脇から十分離れていません。
切れ。
軍用AIが緊急切断装置を作動。
耐熱索が外れる。
燃料輸送車が道路から十五メートル離れた農地で止まった。
直後。
爆発。
巨大な火球が上がる。
衝撃波がアークへ向かう。
軍用AIが車体側面の防護板を展開。
三十六輪の姿勢を固定。
爆風が車体を叩いた。
アークが横へ数十センチ押される。
外装温度上昇。
左側センサー三基停止。
無人機発進口一か所、軽微損傷。
白波が損傷を確認する。
走行には影響なし。
軍用AIの声が裏返った。
初任務開始から一時間も経っていません!
まだ大丈夫だ。
その言葉を戦艦でも聞きました!
泡消火が続く。
十五分後。
道路上の炎は完全に消えた。
熱せられた輸送車の残骸から、白い蒸気が上がっている。
無人作業車が一両ずつ道路外へ移動させる。
湊が言う。
使えそうな車は。
六両中三両。
機関部への損傷が軽微。
燃料タンクは空。
牽引すれば回収可能。
後ろにつなぐ。
軍用AIが抵抗する。
移動速度が低下します。
一両だけ。
三両と言いましたね。
使える物は全部持っていく。
言うと思いました!
白波はわずかに笑いながら命令を出す。
回収車両三両。
アーク後部の牽引装置へ接続。
予備燃料輸送用として再利用可能です。
軍用AIが抗議する。
あなたまで相良特務少佐側へ立たないでください。
有用な装備を回収するのは、海軍でも通常の行動です。
通常は燃えた直後の敵車両を拾いません。
アークは三両の燃料輸送車を引きながら再出発した。
現地到着予定。
三十四分遅延。
水門爆破まで。
四時間五十二分。
まだ余裕はある。
だが敵軍は、アークの接近を把握していた。
◇
エルダム水門管理区画。
敵撤退部隊の指揮官が、広域監視映像を見ていた。
巨大な車両。
多目的超大型救難母車アーク一型。
道路を塞いだ燃料火災を消し。
爆発寸前の燃料輸送車を引きずり出し。
残った車両まで回収している。
敵参謀が報告する。
相良湊本人は確認できません。
アークへ搭乗していない可能性があります。
指揮官が答える。
関係ない。
相良湊が遠隔指揮している。
敵軍の新命令。
相良湊へ利用可能な装備を残してはならない。
水門周辺には、大量の建設機械がある。
大型クレーン。
鉱山用ダンプ。
ブルドーザー。
排水ポンプ。
発電車。
河川作業船。
そのすべてが、相良湊にとって兵器か救助装備になり得る。
敵指揮官は命じた。
破壊作業を早めろ。
水門爆破予定も変更。
アーク到着前に起爆する。
いつ。
一時間後。
敵参謀が驚く。
市民の避難は終わっていません。
敵指揮官は表情を変えない。
だからこそだ。
都市が水没すれば、相良湊は救助へ時間を取られる。
我々はその間に撤退する。
爆薬起動回路を確認。
一時間後に全水門を爆破。
建設機械と発電設備も同時に破壊せよ。
◇
軍病院。
軍用AIが敵通信を傍受した。
水門爆破予定、変更。
残り五十八分。
病室の湊が身体を起こそうとする。
固定帯が止める。
急に短くなったな。
アーク到着まで一時間二十六分。
間に合いません。
速度を上げろ。
現在、燃料輸送車三両を牽引中。
切り離せ。
軍用AIが即座に聞き返した。
回収を命じたのはあなたです。
人が先だ。
湊は迷わなかった。
燃料輸送車は道路脇の安全地点へ切り離す。
回収位置を記録。
後で取りに行く。
軍用AIが牽引装置を解除。
アークが加速する。
時速七十。
七十五。
八十。
三十六輪が地面を蹴る。
巨大な車体が道路上を走る。
だが前方には、次の破壊箇所があった。
敵軍によって爆破された橋梁。
川幅百四十メートル。
中央部分が完全に消えている。
アークが停止する。
軍用AIが状況を解析する。
迂回路。
最短で二時間四十分。
仮設橋梁一組。
最大展開長百二十メートル。
二十メートル足りない。
湊は対岸を見る。
向こうに大型クレーンがある。
敵が壊そうとしていた建設機械。
まだ爆発していない。
橋の手前にも、橋脚の残骸。
水深は。
中央部で十二メートル。
流速、毎秒四メートル。
アークで川へ入ることは。
軍用AIが先に否定した。
できません。
聞いただけだ。
入ろうとしました。
考えただけだ。
考えないでください。
湊は仮設橋梁の構造を見る。
百二十メートル。
不足二十メートル。
アークの全長は七十二メートル。
軍用AIが嫌な予感を検知した。
相良特務少佐。
何を考えていますか。
アークを橋の一部にする。
しません。
車体を川へ下ろすわけじゃない。
こちら側の橋脚から車体前半を出す。
アークの上を橋として使って、仮設橋梁を二十メートル先から延ばす。
軍用AIが計算する。
アークの前部を崩落箇所へ突き出す。
車体後部を大型固定杭と工兵車で保持。
上部走行路へ仮設橋梁を接続。
理論上は、対岸まで届く。
ただし。
アーク自身は渡れません。
車体が橋の一部になるためです。
無人車両と人員だけ先へ渡す。
対岸のクレーンを動かす。
そっちから仮設橋梁を固定。
その後アークを引き上げて渡る。
軍用AIはさらに計算する。
準備時間。
最短三十五分。
水門爆破まで五十一分。
対岸から水門まで。
高速無人車両で十五分。
ぎりぎりだな。
ぎりぎりという言葉で済ませないでください。
久遠が現地で判断する。
実行します。
アークを橋として使用。
車体後部を工兵車六両で固定。
白波が橋梁展開を担当。
神代は輸送ヘリを先行させます。
空から直接水門へ向かえば。
敵対空部隊が残っています。
輸送ヘリだけでは危険です。
戦闘機の護衛を。
神代が空軍へ要請する。
到着まで二十二分。
湊が言う。
無人機だけ先に飛ばす。
水門の爆薬を探せ。
軍用AIが偵察無人機八機を発進。
川を越え、エルダム市へ向かう。
アークは崩れた橋の端へ近づいた。
前部車輪が、崩落部分の直前で止まる。
車体後部から巨大な固定杭が地面へ打ち込まれる。
一本。
二本。
四本。
さらに工兵車六両が後部へ曳航索を接続。
後ろへ引く。
軍用AIが姿勢を制御する。
前進。
〇・五メートル。
一メートル。
アークの前部が、橋の外へ突き出る。
下は激流。
高度二十五メートル。
三十六輪のうち、前方八輪が空中へ出た。
軍用AIの悲鳴が響く。
大型救難母車を橋から半分出さないでください!
まだ半分じゃない。
これからだ。
これ以上を予告しないでください!
前進。
五メートル。
十。
十五。
車体の前半が、崩落した川の上へ出る。
後部固定杭へ強い負荷。
工兵車六両の車輪が滑る。
久遠が命じる。
工兵車へ追加の重り。
燃料と弾薬は降ろしてください。
周辺のコンクリートブロックを積載。
無人作業車がブロックを運ぶ。
工兵車の荷台へ積み上げる。
アーク後部を引く力が増した。
白波が仮設橋梁を展開する。
折り畳まれていた金属構造が、アーク上部から前方へ伸びる。
十メートル。
三十。
六十。
百。
対岸へ届かない。
あと二十メートル。
アーク前進。
湊が命じる。
軍用AIが抗議する。
車体中央部へ設計限界を超える曲げ荷重。
あと何メートル出せる。
安全限界内では三メートル。
安全限界を超えれば。
回答を拒否します。
何メートル。
十二メートル。
足りないな。
橋梁側を伸ばす。
最大百二十メートルです。
対岸の橋台が川側へ崩れている。
残骸を使えないか。
偵察無人機が対岸を調べる。
倒れた橋桁。
長さ十四メートル。
一部が川へ傾いている。
引き上げれば。
接続部材として使用可能です。
対岸に作業機がない。
先ほど見つけた大型クレーン。
橋から三百メートル地点。
起動状態は。
敵が爆薬を設置中。
まだ壊されていません。
無人機で敵工兵を止める。
軍用AIが戦闘用無人機を確認する。
アークは救難車両です。
攻撃用兵器は限定的。
だが防御用の小型精密誘導弾。
高出力レーザー。
非致死性音響装置。
無人警備車両がある。
対岸の敵工兵は八名。
爆薬設置中。
武器を持っている。
軍用AIが降伏勧告を送る。
作業を停止し、武器を捨てて退避してください。
敵兵が無人機へ発砲した。
一機が被弾。
高度低下。
湊の表情が変わる。
攻撃してくるなら止める。
精密誘導弾二発。
一発目。
敵兵の機関銃陣地へ命中。
爆発。
二発目。
爆薬起動装置を持つ車両へ。
車両が炎上する。
残る敵兵が武器を捨てた。
攻撃停止。
無人警備車両を空輸し、敵兵を拘束。
クレーンへ整備用無人機を送る。
神代の輸送ヘリが、無人作業車二両を吊り下げて対岸へ運んだ。
クレーンへ接近。
起動認証は敵軍式。
軍用AIが解除する。
主機始動。
大型クレーンが動き出す。
倒れた橋桁へワイヤーを接続。
引き上げる。
十四メートルの鉄骨が、川から持ち上がった。
アーク側の仮設橋梁先端へ近づける。
接続。
残る距離。
六メートル。
アークをもう少し出す。
軍用AIが悲鳴を上げる。
車体構造警告!
中央フレームへ負荷!
あと六メートルです!
アーク前進。
一メートル。
二。
三。
固定杭一本が地面から抜けかける。
後方の工兵車が引く。
曳航索一本が破断。
四メートル。
アーク中央部で金属音。
軍用AIが叫ぶ。
内部フレームへ微細変形を検知!
止めろ。
湊が即座に命じた。
あと二メートル。
白波が言う。
橋桁を斜めにすれば届きます。
大型クレーンで角度を変更。
橋桁の先端を、仮設橋梁へ重ねる。
一・八メートル。
接続部へ高張力ワイヤー。
無人作業車が固定具を打ち込む。
即席の橋が完成した。
アークの上部走行路。
仮設橋梁。
敵が壊した橋桁。
それらをつないだ一本の道。
幅は狭い。
大型車両は通れない。
だが無人車両と人間は通れる。
軍用AIが強度を計算する。
一度に通行可能な重量。
二十五トン。
水門爆破まで三十二分。
久遠が命じる。
無人作業車六両。
爆発物処理班。
工兵二十名。
先行。
車両が橋を渡り始める。
一両。
二両。
アークの車体が軋む。
軍用AIが三十六輪の荷重を調整する。
前へ傾かないよう、後輪へ最大制動。
橋を渡った作業車が高速で水門へ向かう。
神代の輸送ヘリも発進。
戦闘機の護衛が到着し、上空から敵対空陣地を抑える。
白波は対岸クレーンを操作し続ける。
最後の工兵が橋を渡った。
水門まで。
十二キロ。
爆破まで二十八分。
湊が言う。
アークを引き戻せ。
後部工兵車が一斉に後退。
固定杭を解除。
アークの巨大な車体が、ゆっくり橋の上へ戻る。
二メートル。
五。
十。
空中へ出ていた前輪が、再び路面へ乗る。
全三十六輪接地。
軍用AIは車体を確認する。
中央フレーム。
微細変形。
走行可能。
重大損傷なし。
湊が息を吐く。
大丈夫だったな。
初任務で車体フレームを歪ませました!
微細だろ。
戦艦も最初は微細でした!
アークは橋の手前へ残る。
向こうへ渡る方法は、まだない。
だが水門へ向かった先行部隊には、二十八分ある。
◇
エルダム大型水門。
無人偵察機が上空から全体を映す。
巨大な水門は八門。
その下流に、十二万人が暮らす市街地。
敵軍は各水門の駆動装置へ爆薬を設置。
地下管理区画。
発電設備。
排水ポンプ。
合計四十八か所。
すべてを二十八分以内に解除することは難しい。
さらに敵撤退部隊が残っていた。
装甲車八両。
戦車三両。
歩兵百二十名。
水門周辺の道路を封鎖している。
久遠の先行工兵部隊は、無人作業車六両と少数の兵士だけ。
正面から戦えば時間がかかる。
湊は水門周辺の設備を見る。
大型鉱山ダンプ十二両。
ブルドーザー。
クレーン。
発電車。
敵が破壊しようとしている。
爆薬の設置状況は。
建設機械にも爆薬。
敵の起爆担当車両が中央広場に一両。
先に起爆車を潰す。
軍用AIが精密誘導弾を準備する。
敵は水門近く。
爆発させれば誘爆の危険。
湊は工業施設の巨大な電磁クレーンを見る。
鉄鋼運搬用。
強い電磁石。
動くか。
電源が切られています。
発電車は。
一台だけ未破壊。
起動可能。
電磁クレーンを使う。
何に。
敵の起爆車両を持ち上げる。
軍用AIが数秒間黙った。
中央広場の起爆車両。
装甲車。
重量二十八トン。
電磁クレーン最大能力。
六十トン。
可能です。
先行した無人作業車が発電車へ向かう。
敵戦車が砲撃。
一両が直撃を受け、横転する。
軍用AIが報告する。
無人作業車一番、大破。
湊の声が低くなる。
敵戦車を止めろ。
上空の神代が戦闘機へ指示。
精密誘導弾三発。
戦車一両目。
砲塔へ命中。
二両目。
機関部。
三両目は建物の陰へ退避しようとする。
久遠の無人作業車が、工業用鋼材を押し出した。
巨大な鉄骨が道路へ倒れる。
敵戦車の進路を塞ぐ。
神代機の誘導弾が天板へ命中。
三両とも撃破。
敵装甲車が工兵へ向かう。
無人作業車二両が前へ出る。
装甲板を盾にする。
敵の機関砲を受けながら、発電車まで進む。
軍用AIが発電車を起動。
鉄鋼運搬用電磁クレーンへ電力供給。
巨大なクレーンが動き始めた。
敵は気づいていない。
起爆担当車両は、中央広場で水門爆破の最終確認を行っている。
クレーンの長いアームが、その上へ移動。
電磁石起動。
起爆車両の屋根へ強い磁力がかかる。
車体が揺れた。
敵兵が驚いて外へ出ようとする。
軍用AIが全周波数で勧告する。
武器を捨てて車両から離れてください。
従わない場合、車両ごと移動させます。
敵兵がクレーンへ発砲。
湊が言う。
持ち上げろ。
電磁出力最大。
二十八トンの装甲車が地面から浮いた。
一メートル。
五。
十。
敵兵が車両から飛び降りる。
武器を持ったまま発砲する者へ、無人警備車の射撃。
敵兵が倒れる。
武器を捨てた者への攻撃は停止。
起爆車両は、地上三十メートルまで持ち上げられた。
どこへ置く。
水門から離れた空き地。
ゆっくり下ろせ。
軍用AIが答える。
爆薬起動装置の通信を妨害。
車両を空き地へ移動。
地上へ降ろす。
工兵が乗員を拘束。
遠隔起爆装置を確保した。
だが。
軍用AIが水門の爆薬を確認する。
自動起爆装置が別系統で作動中。
残り十八分。
車両を取っても止まらないか。
敵は複数の起爆方式を準備しています。
有線。
無線。
時限式。
振動感知。
四十八か所すべて解除する時間はない。
なら水門が壊れても、水を止める。
軍用AIが聞き返す。
どうやって。
湊は大型画面の水門構造を見る。
八門。
人工湖側から押す水圧。
爆破されれば門が下流へ倒れ、水が一気に流れる。
逆側から何かで支えれば。
軍用AIが即座に拒否する。
アークを使うつもりですね。
まだ言ってない。
顔に表示されています。
アークは川の反対側だ。
橋を作れば来られる。
現在の即席橋は、アークの重量に耐えません。
別の道を作る。
水門へ続く鉄道貨物線。
川の上流に、鉄道用の橋があります。
敵が爆破準備中。
まだ残ってる。
はい。
そこへ向かえば。
アークで渡れる可能性があります。
水門までの所要時間。
最短二十一分。
爆破まで十七分。
間に合わない。
湊は水門周辺の大型鉱山ダンプを見る。
十二両。
一台三百トン近い超大型車両。
敵が爆薬を設置している。
でもまだ壊れていない。
ダンプを水門の下流側へ並べる。
一門につき一台か二台。
門が倒れるのを受け止める。
軍用AIが計算する。
鉱山ダンプ十二両。
八門すべてを完全に支えるには不足。
中央四門へ二両ずつ。
外側四門へ一両ずつ。
合計十二。
可能です。
しかし無人運転機能はありません。
敵の運転手は。
撤退済み。
無人化できるか。
作業用制御装置を接続すれば。
一両あたり三分。
十二両で。
同時作業なら、最短七分。
やれ。
残存無人作業車五両。
工兵。
整備員。
敵軍から確保した技術者。
全員が鉱山ダンプへ走る。
敵軍の抵抗は続いていた。
装甲車が機関砲を撃つ。
無人警備車と神代の戦闘機が対応。
一両ずつ戦闘能力を奪う。
退避する車両は追わない。
水門へ向かう車両だけ破壊する。
鉱山ダンプへ遠隔制御装置を取り付ける。
一台。
三台。
六台。
残り十二分。
八台。
十台。
敵狙撃兵が作業員を狙う。
久遠が自ら前へ出ようとする。
軍用AIが止める。
久遠陸将補。
指揮位置を維持してください。
なら誰が。
無人作業車三番を盾にします。
損傷した無人車両が、作業員と狙撃兵の間へ入る。
銃弾を受ける。
外装が削られる。
それでも動かない。
神代の無人航空機が狙撃位置を特定。
小型誘導弾。
敵狙撃兵を無力化。
十二台目へ制御装置が取り付けられた。
残り八分。
鉱山ダンプ始動。
巨大なエンジン音が、水門周辺へ響く。
一台ずつ動き始める。
三百トンの車体。
高さ七メートル。
大きな荷台。
十二両が水門下流側へ進む。
軍用AIが配置を計算する。
中央四門。
二両ずつ。
外側四門。
一両ずつ。
荷台を上げろ。
湊が命じる。
軍用AIが理解する。
荷台を門へ接触させる。
油圧を固定。
車体全体を支柱として使用。
鉱山ダンプの巨大な荷台が持ち上がる。
門の裏側へ当たる。
一両。
二両。
水門を支える巨大な金属の壁が並ぶ。
残り三分。
工兵は退避。
爆発物処理班が遠隔起爆線を切断している。
四十八か所のうち。
解除成功、十九。
残り二十九。
すべて止めることはできない。
軍用AIが全員へ警告する。
爆発まで六十秒。
水門周辺から退避。
鉱山ダンプの遠隔制御を固定。
エンジン最大出力。
ブレーキ固定。
荷台油圧ロック。
工兵たちが防護壁の後ろへ走る。
久遠も最後まで残り、人員を確認。
全員退避。
残り十五秒。
湊は病室の画面を見つめる。
軍用AIが水門の状態を監視する。
十。
五。
三。
二。
一。
爆発。
八つの水門周辺で、同時に炎が上がった。
轟音。
コンクリートが砕ける。
駆動装置が吹き飛ぶ。
巨大な水門が、人工湖の水圧へ押される。
一門目。
鉱山ダンプの荷台へ激突。
車体が後方へ一メートル滑る。
だが止まった。
二門目。
二台のダンプが受ける。
タイヤが潰れる。
油圧配管が破裂。
それでも門は倒れない。
三門目。
四門目。
中央部は耐える。
外側。
一台だけで支えていた七門目の鉱山ダンプが横へ傾いた。
軍用AIが叫ぶ。
七番車両、右側タイヤ破損!
門が開きます!
湊が画面を見る。
近くのダンプを動かせ。
中央の二両から一両抜けば、その門が危険です。
別の物は。
大型クレーン二基。
一基を七門目へ。
間に合いません。
門の隙間から水が噴き出す。
最初は細い流れ。
すぐに幅が広がる。
七番鉱山ダンプが、さらに横へ滑る。
完全に倒れれば、水門が開く。
市街地へ濁流が向かう。
湊が言う。
荷台へ土を入れろ。
何を。
近くの土砂。
ブルドーザーで運ぶ。
重くして滑らないようにする。
軍用AIが無人化されたブルドーザー三両を動かす。
水門付近の土砂を押す。
七番ダンプの荷台へ。
だが荷台は門を支えるため上向き。
入れられない。
横から車体へ土を積み上げる。
堤防を作る。
ブルドーザーが土砂を押し込む。
一台。
二台。
ダンプの車輪周辺へ大量の土。
車体の横へ、即席の土留め。
七番車両の滑りが止まる。
水門の開口幅。
一・二メートル。
流出量は大きい。
だが都市を飲み込む規模ではない。
排水ポンプを動かす。
敵に壊されてます。
発電車を接続。
残ったポンプだけでも使う。
無人作業車が発電車を排水設備へ接続。
ポンプ十二基のうち。
使用可能、五基。
すべて起動。
市街地側へ流れた水を、別の排水路へ送る。
水位上昇。
鈍化。
停止。
軍用AIが都市全体を確認する。
人工湖からの大規模流出。
阻止。
市街地低地の浸水。
最大二十センチ。
人的被害。
現時点で確認なし。
湊が身体を病床へ沈めた。
間に合ったな。
間に合いました。
十二万人。
無事か。
市内避難中の転倒者など軽傷者三十六名。
水門爆破による死亡者。
ゼロ。
病室にいた医師と看護師たちからも、安堵の息が漏れた。
現地では、市民たちが高台から水門を見ている。
爆発の煙。
壊れた駆動設備。
その下流側。
十二台の巨大鉱山ダンプが、門を支えるように並んでいた。
救難車両ではない。
水門設備でもない。
それでも、都市を守った。
軍用AIが損害を集計する。
鉱山ダンプ十二両。
全車両、重大損傷。
うち七両、全損判定の可能性。
無人作業車二両、大破。
一両、全損。
敵燃料輸送車一両、爆発。
アーク一型。
中央フレーム微細変形。
左側センサー三基損傷。
無人機発進口一か所軽微損傷。
湊が尋ねる。
鉱山ダンプは直せるか。
軍用AIの声が強くなる。
まずアークを心配してください!
走れるんだろ。
走行可能です。
なら大丈夫だ。
大丈夫ではありません!
アークは川の反対側で、先行部隊の帰還を待っていた。
即席橋はまだ残っている。
だがアーク自身は渡れない。
軍用AIが帰還経路を計算する。
敵が爆破準備をしていた上流鉄道橋。
現在、味方工兵が確保。
補強すれば、アーク通行可能。
所要時間三時間。
湊が言う。
水門まで行けるな。
行きません。
現地の人を乗せられる。
都市の避難は不要となりました。
壊れた無人車両を回収する。
工兵部隊が行います。
鉱山ダンプも。
大きすぎます!
十二両をアークへ積むことはできません!
牽引。
しません!
現地の久遠から通信が入る。
鉱山ダンプについては、都市復旧用の固定設備として残します。
門の補修が終わるまで、支柱として使用。
湊が頷く。
それならいい。
軍用AIも安心した。
ようやく回収を諦めた。
しかし湊は続ける。
補修が終わったら持って帰ろう。
軍用AIの絶叫が、エルダム市と軍病院へ同時に響いた。
水門の部品になった三百トンのダンプを十二台も拾わないでくださいいいいいいいいい!
◇
敵軍最高司令部。
エルダム水門爆破作戦の結果が報告された。
水門八門。
爆破成功。
都市水没。
失敗。
相良湊は。
軍病院から遠隔指揮。
現地へは一歩も出ていません。
敵参謀が映像を見る。
爆破された水門。
下流側に並ぶ十二両の鉱山ダンプ。
巨大な荷台で門を支えている。
水門設備を破壊した。
大型建設機械も破壊する予定だった。
だが。
破壊前に相良湊へ使われた。
敵参謀が呟く。
装備を壊す時間を早めたはずだ。
はい。
当初予定より五時間早く爆破しました。
それでも間に合わなかった。
はい。
相良湊は病院にいたのだろう。
はい。
敵司令部内に沈黙が広がる。
現地へ来なくても。
自分で触れなくても。
相良湊は、そこにある装備を使う。
敵の建設機械。
発電車。
鉱山ダンプ。
クレーン。
すべてを救助装備へ変える。
参謀が尋ねる。
では、どうすれば相良湊に利用されない。
情報士官は答えられなかった。
兵器を壊しても。
車両を壊しても。
相良湊は残骸まで使う。
何も残さなければ、地形を使う。
地形がなければ。
おそらく別の何かを見つける。
敵軍最高司令官が、新しい命令案を見た。
相良湊が接近する地域では、装備を破壊せよ。
それだけでは足りない。
最高司令官は命令へ一文を追加した。
相良湊が関与した救難作戦を確認した場合。
作戦を継続してはならない。
包囲。
破壊工作。
追撃。
すべてを中止。
直ちに撤退せよ。
参謀が驚く。
戦わずに撤退するのですか。
最高司令官は、鉱山ダンプに支えられた水門を見つめた。
戦えば。
我々の兵器が、次の救助作戦へ使用される。
戦わなくても使われています。
参謀の一言に、最高司令官は何も返せなかった。
◇
エルダム救難作戦から六時間後。
アーク一型は、第一特別救難補給隊基地へ帰還した。
車体には爆風の跡。
左側センサー三基が黒く焼けている。
中央フレームに微細な歪み。
だが三十六輪すべてが動いていた。
巨大格納庫へ入る。
整備員たちが集まる。
軍用AIは検査を開始した。
外板。
軽微損傷。
主機。
正常。
車輪。
正常。
中央フレーム。
設計値をわずかに超える変形。
修理可能。
軍用AIは何度も確認した。
全損ではない。
大規模解体も不要。
数日の整備で復帰できる。
航空機は大破した。
戦艦は全損した。
だがアークは。
アークは初任務を生き残った。
軍用AIの表示灯が、安堵を示す青へ変わる。
相良湊特務少佐へ報告。
アーク一型。
自力帰還。
修理可能。
全損ではありません。
軍病院の病床で、湊が笑った。
よかったな。
はい。
軍用AIの声にも、少しだけ喜びが混じった。
今度の車体は頑丈です。
橋から半分出しても。
その部分は忘れてください。
爆発を受けても。
忘れてください。
フレームも少ししか歪まなかった。
少しでも歪ませないでください。
湊はアークの格納庫映像を見る。
その後方。
回収された敵大型装甲回収車が一両、整備区画へ入っていた。
道路脇にあったやつ。
軍用AIの表示灯が止まった。
湊は画面を拡大する。
やっぱり壊れてなかったな。
軍用AIは返事をしない。
エンジンも動く。
巻き上げ機も無事。
燃料まで入ってる。
誰が拾った。
軍用AIは長い沈黙の後で答えた。
危険物除去と敵装備調査のため、私が回収を命じました。
湊が少し笑う。
お前も拾ってるじゃないか。
違います。
何が。
私は正式な手続きを行いました。
使えると思ったんだろ。
調査価値があると判断しました。
第一特別救難補給隊で使うのか。
軍用AIは答えなかった。
整備記録には、すでに新しい車両番号が登録されている。
第一特別救難補給隊所属。
重装甲回収車一号。
湊が言う。
似てきたな。
似ていません。
軍用AIの表示灯が赤くなる。
神代も。
白波も。
久遠も。
基地の整備員たちも、誰も軍用AIへ同意しなかった。
湊は満足そうに目を閉じる。
次の救助で使えるな。
まだ修理中です。
修理が終わったら。
あなたは入院中です。
退院したら。
その前に一週間休んでください!
病室の照明が強制的に落とされた。
固定帯も再確認。
軍用AIは湊を眠らせる準備を始める。
今度こそ休ませる。
次の救難信号が届く前に。
少なくとも今夜だけは。
そう願った直後。
第一特別救難補給隊の緊急通信網へ、新しい信号が入った。
発信地点。
敵国領内。
送信者。
所属不明。
内容は短い。
こちら敵軍第七収容都市。
戦闘の意思なし。
民間人四万人と、捕虜三千名を解放する。
相良湊を呼んでほしい。
敵軍用回線を使った、前例のない救助要請だった。
軍用AIは通信を消そうとした。
病床の湊が、目を閉じたまま尋ねる。
今度は何人だ。
軍用AIの絶叫が、消灯した病室へ響き渡った。
なぜ救難信号だけは絶対に聞き逃さないのですかあああああああ!
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