第15話 列車は線路を走るものです。空を飛ばさないでください
発足から十二分。
第一特別救難補給隊は、初出動を開始した。
基地中央の格納庫が一斉に開く。
大型輸送ヘリ四機。
無人輸送機八機。
高速救難機二機。
重装甲工兵車三両。
無人補給車十二両。
移動式医療施設。
仮設橋梁と大量の牽引索を積んだ大型輸送車。
設立されたばかりの部隊とは思えない装備が、次々と基地から動き出した。
ただし。
隊長だけは、患者服のままだった。
相良湊特務少佐。
神代玲華が、湊の前へ軍服を差し出す。
せめて着替えてください。
時間がない。
患者服で作戦指揮を行うつもりですか。
上着を着れば分からない。
分かります。
右脚の固定具も見えています。
軍用AIの移動端末が、湊の足元へ近づいた。
医師からの許可条件を再確認します。
移動指揮車から降りない。
走らない。
重い物を持たない。
戦闘車両へ乗り換えない。
航空機へ乗らない。
艦艇へ乗らない。
湊が尋ねる。
最後の二つは今回関係ないだろ。
念のためです。
そして最重要条件。
自ら敵と交戦しない。
湊は少し考えた。
現場に行ってから判断する。
許可条件に判断の余地はありません!
久遠沙耶が湊の背後へ回る。
移動指揮車へ乗ってください。
湊は自分で歩こうとした。
久遠と神代が左右の腕を掴む。
白波凪沙が後ろから車椅子を押してきた。
歩ける。
医師は歩行を最低限にするよう指示しています。
白波が答える。
三人によって湊は車椅子へ座らされ、そのまま大型移動指揮車へ運ばれた。
十輪式の装甲車両。
内部には大型画面。
通信設備。
無人機管制装置。
医療用寝台まで備えられている。
隊長専用席には、通常の倍近い数の固定帯が取り付けられていた。
湊がそれを見る。
多くないか。
軍用AIが答える。
今朝、追加しました。
湊は座席へ固定された。
腰。
胸。
右脚。
左肩を避けながら、上半身も動かないように固定される。
これでは操縦席へ移動できない。
軍用AIは満足した。
安全を確認。
第一特別救難補給隊、出動します。
◇
西方大峡谷。
深さ六百メートル。
切り立った岩壁の間を、激しい川が流れている。
峡谷を越えるために建設された長大鉄道橋。
全長一・八キロメートル。
その中央付近で、第五避難輸送列車が停止していた。
先頭機関車。
客車十二両。
医療車両一両。
物資車両二両。
乗車人数、千四百十七名。
先頭から三百メートル先。
橋梁の一部が爆撃で崩落している。
後ろへ戻ろうにも、機関車の制御系統が攻撃で損傷。
さらに後方からは、敵装甲列車が接近していた。
敵装甲列車。
重装甲機関車二両。
大型砲を搭載した砲撃車両三両。
対空車両二両。
兵員輸送車両六両。
随伴兵力、推定四百名。
第五避難輸送列車を奪取するか。
橋ごと破壊するつもりだった。
軍用AIが情報を整理する。
橋梁崩落予測まで三十七分。
敵装甲列車到着まで五十四分。
避難列車の総重量。
千六百二十トン。
湊が聞き返す。
そんなに重いのか。
機関車、客車十五両、乗員、装備、避難民の持ち込んだ物資を含む数値です。
輸送ヘリ四機と無人輸送機八機の合計吊り下げ能力は。
千十トン。
残り六百十トン。
橋が支えられる重量は。
現在の損傷状態では、約七百トンまで。
ぎりぎり足りるな。
軍用AIが即座に否定する。
数字上だけです。
十二機が完全に同時。
完全に均等。
一定の揚力を維持した場合に限ります。
一機でも位置を外せば、特定の車両へ重量が集中。
列車が連結部から折れる可能性があります。
神代が空中から通信する。
さらに峡谷内は横風が強い。
大型輸送ヘリ同士が近づきすぎれば、回転翼の気流が干渉します。
無人輸送機はAIが制御できる。
有人機四機は神代さんが合わせてくれる。
簡単に言わないでください。
神代の声は冷静だった。
だが、できないとは言わなかった。
白波が装備車列から報告する。
海軍から高張力曳航索を持ち込みました。
一本あたりの破断荷重は二百二十トン。
大型艦を港で固定するための物です。
列車一両ごとに使えるか。
本数は二十四。
十分です。
久遠は重装甲工兵車を載せた輸送車から答える。
工兵車三両を、線路走行用へ改造中。
車輪の外側へ鉄道用補助輪を装着。
前後へ連結器を追加しています。
どのくらいで走れる。
現地到着までに一両。
残り二両は二十分遅れます。
一両で引けるか。
空から重量を支えれば。
理論上は可能です。
軍用AIが追加する。
ただし、敵装甲列車を止めるための車両も必要です。
湊は装備一覧を見る。
工兵車は三両。
一両は列車の牽引。
残り二両は敵装甲列車の迎撃。
間に合うか。
改造を早めます。
久遠が即答する。
湊は画面上の線路を拡大した。
避難列車の後方。
橋を渡り切った先に、短いトンネル。
さらに四キロ先に、古い貨物駅がある。
線路の分岐は。
貨物駅に一つ。
使えるか。
敵装甲列車が通過する本線から、保守用の引込線へ分かれています。
ポイントを切り替えれば。
敵は気づく。
軍用AIが答える。
列車側から遠隔操作される可能性もあります。
じゃあ遠隔操作できないよう壊す。
相良特務少佐。
ポイントを壊した場合、避難列車も通れません。
避難列車は橋から引き戻した後、貨物駅の手前で止める。
人はそこで降ろす。
線路の先は敵装甲列車専用にする。
軍用AIが湊の意図を解析した。
貨物駅の分岐を切り替え。
敵装甲列車を保守用引込線へ誘導。
引込線終端には、岩壁。
ただし距離が短い。
敵が減速すれば停止可能です。
減速させない。
久遠が尋ねる。
どうするつもりですか。
先頭車両の操縦室を潰す。
その後、無人の工兵車を前から突っ込ませる。
軍用AIの表示灯が赤くなる。
列車同士を正面衝突させるつもりですか。
人は乗せない。
問題はそこだけではありません。
工兵車の質量では、敵装甲列車を止められません。
だから工兵車に何か積む。
湊は輸送物資を見る。
仮設橋梁。
大型巻き上げ機。
装甲板。
予備の線路。
コンクリート固定用の高密度金属ブロック。
工兵車へ高密度ブロックを積む。
何トンまで。
最大積載量を超える前提なら、百二十トン。
超える前提にしないでください。
工兵車自身が九十トン。
合わせて二百十トン。
速度を上げて正面からぶつければ、敵装甲列車の先頭を壊せる。
軍用AIが計算する。
衝突速度。
線路勾配。
車体重量。
敵装甲列車の装甲。
工兵車の生存率。
〇パーセント。
誰も乗らない。
それでも一両全損です。
敵装甲列車が避難民を撃つよりいい。
軍用AIは返事をしなかった。
代わりに久遠が言う。
採用します。
ただし、衝突は最後の手段です。
先に対戦車誘導弾と線路破壊で停止を試みます。
分かりました。
湊はあっさり頷いた。
軍用AIが警戒する。
本当に了承しましたか。
敵が止まればぶつけなくていい。
止まらなければ。
ぶつける。
やはり了承していません。
◇
第五避難輸送列車の内部。
客車には、人が隙間なく座っていた。
民間人。
子供。
高齢者。
負傷者。
家族を抱き締めている者。
窓の外は、六百メートル下の峡谷。
列車は橋の中央で、時折小さく揺れていた。
橋梁の金属が軋む。
先頭車両にいる列車長から、第一特別救難補給隊へ通信が入る。
こちら第五避難輸送列車。
橋梁の傾斜が増加しています。
車両が前方へ滑り始めました。
軍用AIが列車の位置を確認する。
先頭機関車。
一分間に十二センチ移動。
橋の崩落方向へ引かれています。
ブレーキは。
全車両で作動中。
ですが線路自体が傾いています。
崩落予測まで二十九分。
第一特別救難補給隊の航空部隊到着まで。
神代が答える。
五分。
湊は列車長へ通信する。
乗客全員を、できるだけ後方の車両へ移動させてください。
先頭側は軽くする。
しかし車内移動で揺れが。
一度に動かさない。
車両ごとに少しずつ。
軍用AIが各車両の重量を監視する。
第一客車から二十名。
第二客車から二十名。
後方へ移動。
走らせない。
荷物は置いていく。
列車長が乗務員へ命令を伝える。
車内で人々が動き始めた。
揺れる橋の上。
誰も騒がない。
子供を抱く者。
動けない負傷者を支える者。
荷物を捨てる者。
少しずつ、列車の重心が後ろへ移っていく。
先頭側の沈み込みが減少。
滑走速度、一分間に七センチまで低下。
時間を稼げるな。
約六分です。
十分だ。
十分ではありませんが、航空部隊が到着します。
峡谷の上空へ、十二機の航空機が現れた。
大型輸送ヘリ四機。
無人輸送機八機。
谷を吹き抜ける強風の中、隊形を組んでいる。
神代が全機へ指示を出す。
吊り下げ索展開。
無人機はAI制御へ移行。
有人機は私の機体を基準に位置を維持。
軍用AIが十二機を一つのシステムとして接続した。
各機体の揚力。
風向。
高度。
列車の揺れ。
吊り下げ索の張力。
一秒間に数千回の計算が行われる。
海軍の曳航技術者たちが、無人作業機を使って橋へ降りる。
客車の連結部。
車体フレーム。
強度の高い位置へ、曳航索を取り付ける。
一両へ一本ではない。
列車全体を巨大な網で包むように、二十四本の索を分散。
十二機の航空機へつなげる。
作業時間、六分。
橋梁崩落予測まで二十一分。
湊が聞く。
間に合うか。
作業員の退避を含め、ぎりぎりです。
白波が現地から答える。
一本でも接続を間違えれば、車両が引き裂かれます。
だから海軍に頼んだ。
白波は一瞬黙った。
任せてください。
索の接続が続く。
一本。
五本。
十本。
十五本。
橋が大きく揺れた。
中間部分の支柱から、金属片が峡谷へ落ちていく。
避難列車の乗客から悲鳴が上がる。
軍用AIが報告する。
橋梁の崩落が進行。
予測を更新。
残り十一分。
半分になったぞ。
支柱一基が完全に破断しました。
曳航索は。
十九本接続。
残り五本。
時間が足りない。
湊は画面を見る。
十九本で支えられるか。
全機最大出力なら、列車重量の五十一パーセントを軽減可能。
必要なのは五十七パーセント。
六パーセント足りない。
列車から下ろせる物は。
物資車両二両。
後部にある。
切り離せば。
列車総重量を二百十トン軽減できます。
物資は何が載ってる。
食料。
医療用品。
弾薬。
避難民用の衣類。
湊は少し迷った。
人を助けるための物資。
本来なら捨てたくない。
だが人命と比較することはできない。
物資車両を切り離す。
軍用AIが答える。
後部側です。
切り離しても、橋の上に残ります。
先に列車だけ引けば、物資車両は落ちる。
回収できるか。
救助後に可能な範囲で。
湊は頷いた。
やる。
列車長へ指示が送られる。
最後尾の物資車両二両。
連結器解除。
乗務員が緊急切離装置を操作する。
一両目。
解除。
二両目。
連結部が歪み、外れない。
軍用AIが状況を確認する。
連結器へ荷重が集中。
遠隔解除不能。
作業員を送る時間はありません。
湊は物資車両の中身を見る。
弾薬がある。
少量の爆薬で連結器だけ飛ばせるか。
可能ですが、衝撃で橋梁が崩落する危険があります。
小型無人機で切断する。
レーザー切断機。
作業時間二分四十秒。
橋梁崩落予測。
五分十一秒。
やれ。
無人作業機が連結器へ飛ぶ。
小型レーザーが金属を焼き始める。
橋梁の傾きがさらに増す。
列車が前方へ滑る。
一分間に二十三センチ。
航空機の索は、まだ張られていない。
張れば作業員が危険。
だが待てば列車が落ちる。
神代が言う。
作業員を退避させます。
接続済み十九本で支えます。
白波が反論する。
残りの作業員がまだ橋上に。
私の機体を低く入れます。
回転翼の風で落下します。
神代はすでに機体を動かしていた。
大型輸送ヘリが橋の横へ降りる。
機体側面を橋へ寄せる。
作業員たちが命綱を使い、ヘリの貨物扉へ飛び移る。
一人。
二人。
最後の作業員が乗り込む。
神代が叫ぶ。
全員退避。
吊り上げ開始!
十二機の出力が上がった。
十九本の曳航索が、一斉に張る。
避難列車全体が軋んだ。
客車の床が浮く。
完全に空へ上がったわけではない。
車輪は線路へ残っている。
だが、千六百トンを超えていた重量の半分以上を、十二機が上から支え始めた。
橋梁へかかる負荷が急激に減少する。
崩落予測。
五分十一秒から十二分へ延長。
持ち直した。
一時的にです。
軍用AIは各索の張力を調整する。
左側三番索。
荷重過多。
無人輸送機四番、高度を〇・四メートル低下。
後方二番索、張力不足。
神代機、出力二パーセント上昇。
十二機が微細に動く。
巨大な列車を、切れやすい糸で支えるような作業。
風が一度吹くだけで、全体の均衡が崩れる。
神代が歯を食いしばる。
横風、秒速二十二メートル。
隊形維持。
無人輸送機二番が風へ流される。
軍用AIが推力を修正。
隣の大型輸送ヘリと、翼端の距離が十メートルまで近づく。
近すぎます!
軍用AIの声が裏返る。
神代が機体をわずかに傾ける。
接触寸前で離れた。
湊が言う。
さすが神代さん。
褒めるのは作戦終了後にしてください。
吊り下げ索が一本切れかけています!
白波が海軍技術者へ命じる。
予備索を無人機で接続。
間に合わない場合は、隣の二本へ荷重を分散。
軍用AIが制御する。
その間。
第五避難輸送列車の後方へ、改造された重装甲工兵車が到着していた。
車輪の外側には、鉄道用補助輪。
前面には大型の連結器。
左右には巻き上げ機。
後部には追加された重り。
見た目は工兵車。
だが線路の上に乗った姿は、短い装甲機関車のようだった。
久遠が報告する。
牽引用一番車、線路へ進入。
避難列車後部へ連結します。
操縦は。
無人です。
あなたを乗せるつもりはありません。
まだ聞いてない。
聞く前に答えました。
工兵車が避難列車へ近づく。
最後尾の物資車両。
切断中の連結器。
レーザーが最後の金属部分を焼き切った。
物資車両二両が、本隊から分離する。
そのうち一両は線路上へ残った。
もう一両は、傾いた橋をゆっくり前方へ滑っていく。
軍用AIが警告する。
物資車両一両、崩落区間へ向けて移動。
中身は。
食料と衣類。
弾薬車両は残っています。
湊は無人輸送機を見る。
一機だけ索を外せるか。
外せません。
十九本でぎりぎりです。
物資は後だ。
軍用AIが答える。
優先順位を維持します。
食料と衣類を積んだ車両は、そのまま前方へ滑る。
崩落した橋の端。
車輪が線路から外れた。
車両が傾く。
峡谷へ落下。
数秒後、はるか下の川へ激突した。
湊は画面から目を離さなかった。
回収不能。
軍用AIが記録する。
湊は小さく答えた。
覚えておいてくれ。
はい。
工兵車一番が、残る弾薬物資車両へ連結。
そこから避難列車本体へ力を伝える。
巻き上げ機起動。
鉄道用補助輪が線路を掴む。
牽引開始。
最初は動かない。
千四百人以上を乗せた列車。
空から半分支えても重い。
工兵車の推進器が唸る。
出力八十パーセント。
九十。
百。
線路上で車輪が空転する。
湊が言う。
砂を撒け。
工兵車に線路用の砂は搭載されていません。
無人補給車にある。
基地から持ってきた滑り止め材。
久遠が確認する。
凍結路面用の粒状材があります。
線路へ撒ける。
無人補給車二両が、鉄道用台車へ載せられていた。
前方へ移動。
工兵車の車輪前へ粒状材を撒く。
摩擦力上昇。
車輪が線路を捉えた。
避難列車が動く。
一センチ。
十センチ。
一メートル。
後方へ。
崩落箇所から離れていく。
列車長の声が通信へ届く。
後退を確認。
全車両、移動開始。
客車の中から歓声が上がった。
軍用AIが制止する。
まだ安全ではありません。
橋梁を抜けるまで千百メートル。
現在速度、時速二キロメートル。
時間は。
約三十三分。
橋は十二分しか持たない。
湊が言う。
もっと引け。
工兵車の最大牽引力を使用中。
列車側の車輪を動かす。
先頭機関車は壊れている。
客車には補助モーターがあるだろ。
一部車両のみです。
全部動かす必要はない。
使える車両だけ後進。
軍用AIが列車の制御系統へ接続する。
客車十二両のうち、補助駆動を持つ車両は四両。
非常用電源を直結。
後進出力。
四両の車輪が回り始めた。
速度。
時速二キロ。
三。
五。
六。
橋梁通過予測。
十一分二十秒。
ぎりぎりだな。
ぎりぎりすぎます。
そのとき。
敵装甲列車から砲撃。
後方の山間部で、複数の光が瞬いた。
長距離砲弾六発。
目標。
上空の輸送機。
神代が叫ぶ。
敵の対空砲撃!
十二機、隊形を崩せません!
一機でも大きく避ければ、列車へかかる揚力が偏る。
敵は理解している。
吊り上げ中の航空機を狙えば、列車ごと峡谷へ落とせる。
湊が久遠へ尋ねる。
迎撃用工兵車は。
二両とも改造完了。
貨物駅へ向かっています。
敵装甲列車まで十四キロ。
砲撃を止めるには遅い。
白波が言う。
輸送車両の防空レーザーを展開します。
射線が峡谷の岩壁に遮られます。
湊は橋に接続された仮設作業機を見る。
曳航索をつないだ無人作業機。
その中に、高出力の巻き上げ機を積んだ機体がある。
飛んでくる砲弾を直接撃ち落とすことはできない。
だが、着弾位置をずらすことはできる。
輸送機を全体で右へ動かす。
神代が反論する。
列車も右へ引かれます。
橋から外れる。
左側の索を少し緩める。
右側を強く引くんじゃない。
十二機ごと平行移動。
軍用AIが計算する。
移動幅は最大三メートル。
砲弾の予測着弾範囲から外れるには二・六メートル。
可能です。
ただし全機が〇・一秒以内に同時移動する必要があります。
できるな。
軍用AIが叫ぶ。
なぜ私が肯定する前提なのですか!
砲弾到達まで七秒。
軍用AIは全十二機を統合制御した。
神代が操縦桿を握る。
三。
二。
一。
右へ三メートル!
大型輸送ヘリ四機。
無人輸送機八機。
列車を支えたまま、巨大な一つの生物のように横へ滑った。
十九本の索が斜めに傾く。
列車が右へ引かれる。
車輪が線路の縁へ寄った。
あと十センチで脱輪。
軍用AIの絶叫。
右へ行きすぎですううううううう!
砲弾六発が上空を通過。
先ほどまで航空機がいた位置で炸裂した。
衝撃波。
機体が揺れる。
索の一本が切れた。
後方客車が大きく沈む。
乗客の悲鳴。
軍用AIが即座に残る十八本へ荷重を再配分する。
無人輸送機七番。
出力限界超過。
神代機。
揚力十二パーセント上昇。
白波が叫ぶ。
予備索を接続します!
作業無人機が飛ぶ。
だが敵装甲列車は、すでに次の砲撃準備へ入っている。
湊が久遠へ命令した。
迎撃工兵車を止めるな。
貨物駅のポイントを切り替え。
敵を引込線へ入れる。
久遠が答える。
了解。
貨物駅へ先行していた無人工兵車二両。
一両目は百二十トンの高密度ブロックを積載。
二両目には対戦車誘導弾と線路破壊装置。
久遠は二両目を本線脇へ停止させた。
一両目を引込線の奥へ。
敵装甲列車は貨物駅へ接近。
速度、時速七十八キロメートル。
ポイント切り替え。
敵側が遠隔操作を試みています。
軍用AIが敵の侵入を遮断。
ポイント制御を物理固定。
敵装甲列車の進路が引込線へ変わる。
敵は気づいた。
先頭砲塔が、ポイント設備へ向く。
発砲。
砲弾が分岐付近へ命中。
線路が大きく歪む。
軍用AIが確認する。
ポイント固定維持。
敵装甲列車は引込線へ進入します。
二両目の工兵車が、側面から対戦車誘導弾を発射した。
一発。
二発。
三発。
敵装甲列車の先頭砲塔へ命中。
装甲を貫通。
大型砲塔が停止する。
四発目は操縦区画。
正面装甲で弾かれた。
敵装甲列車は止まらない。
速度七十二キロ。
引込線終端まで二・八キロ。
先頭車両から敵兵が脱出を始める。
湊が言う。
降りた敵は撃つな。
列車に残って攻撃を続ける者だけ止める。
久遠が命令を伝える。
敵兵が線路脇へ飛び降りる。
武器を捨て、伏せる者。
逃げる者。
工兵車二番は攻撃しない。
だが敵装甲列車の後部対空車両は、まだ避難列車を支える航空機へ砲撃を続けている。
攻撃能力、維持。
湊の声が低くなる。
なら止める。
無人工兵車一番。
百二十トンの高密度ブロックを積み、引込線の終端側から敵装甲列車へ向かう。
重量二百十トン。
速度を上げる。
時速二十。
四十。
六十。
無人車両同士ではない。
片方には、まだ戦闘を続ける敵兵がいる。
軍用AIが敵装甲列車へ最後の通信を送った。
直ちに停車し、武装を停止してください。
応答なし。
対空砲撃継続。
湊が命じる。
ぶつけろ。
軍用AIが無人工兵車の出力を最大へ上げた。
時速八十二キロ。
敵装甲列車。
時速六十八キロ。
双方が、一本の引込線上で向かい合う。
敵兵の一部がさらに飛び降りる。
砲撃車両からも脱出。
だが先頭機関車と対空車両は止まらない。
距離千メートル。
五百。
二百。
軍用AIの声が震える。
無人工兵車一番。
衝突まで三秒。
二。
一。
衝突。
峡谷全体が揺れるほどの轟音。
二百十トンの工兵車が、敵装甲列車の先頭へ正面から激突した。
高密度ブロックが衝撃で前方へずれる。
工兵車の車体が潰れる。
敵装甲機関車の先頭部分も大きく変形。
最前部の車輪が線路から外れた。
後続車両が次々と押し寄せる。
一両。
二両。
三両。
装甲列車全体が蛇のように曲がり、引込線上で脱線した。
後部対空車両も傾く。
砲口が空へ向く。
敵装甲列車。
走行不能。
砲撃停止。
久遠が残存敵兵へ降伏勧告を送る。
武器を捨てた者は保護する。
抵抗する者だけ拘束。
湊は避難列車へ視線を戻した。
橋梁出口まで。
二百六十メートル。
崩落予測まで一分三十秒。
列車速度、時速七キロ。
間に合わない。
軍用AIが答える。
九十メートル不足します。
もっと引け。
牽引用工兵車、出力限界。
客車補助モーターも限界。
航空機を後方へ移動させる。
持ち上げながら引っ張る。
神代が答える。
索が斜めになります。
車両が浮き上がる可能性が。
浮かせろ。
軍用AIが叫ぶ。
列車は空を飛ぶように作られていません!
全部じゃない。
車輪が線路から離れないぎりぎり。
後ろへ引く力を増やす。
軍用AIが計算する。
航空機十二機を後方へ傾斜移動。
揚力の十八パーセントを後方推力へ変換。
橋梁への荷重は増加。
崩落まで残り一分。
間に合う確率。
五十四パーセント。
十分だ。
十分ではありません!
ですが実行します!
十二機が、列車を支えたまま後方へ移動した。
曳航索が斜めに張る。
列車全体へ、上向きと後ろ向きの力が同時にかかる。
前輪が一瞬だけ線路から浮いた。
軍用AIが揚力を下げる。
後方へ。
列車速度。
時速十キロ。
十二。
十五。
客車が橋の上を後退していく。
最後尾が橋を抜けた。
次の車両。
その次。
橋梁中央部から、支柱が折れる音。
崩落開始。
前方側の線路が沈む。
先頭機関車は、まだ橋の上。
残り八十メートル。
列車長が叫ぶ。
橋が落ちる!
湊が言う。
先頭機関車を捨てる。
連結器解除。
客車と機関車の間。
緊急切離装置。
軍用AIが遠隔操作する。
解除失敗。
荷重過多。
またか。
切断機を送る時間はありません。
湊は残っている弾薬物資車両を見る。
中の爆薬を小型無人機で運ぶ。
連結器だけ飛ばす。
橋が崩れ始めています!
だから急ぐ。
小型無人機が弾薬車両から小型成形爆薬を回収。
先頭機関車と客車の連結部へ飛ぶ。
橋の前方部分が峡谷へ落ちた。
先頭機関車の前輪も線路から外れる。
巨大な車体が前へ傾く。
後ろの客車が引っ張られる。
避難列車全体が停止した。
十二機の曳航索が限界まで張る。
警告。
複数索、破断寸前。
神代が全機の出力を上げる。
大型輸送ヘリのエンジン温度が危険域へ入る。
軍用AIが叫ぶ。
成形爆薬設置完了!
起爆。
爆発。
連結器が切断された。
先頭機関車が、崩れた橋とともに峡谷へ落ちる。
客車側が一気に軽くなった。
十二機と工兵車の牽引力で、残りの列車が後方へ飛び出すように動く。
最後の客車が橋を抜けた。
直後。
長大橋梁の中央部分が崩壊した。
鋼鉄の支柱。
線路。
残された物資車両。
すべてが六百メートル下へ落ちていく。
地響き。
巨大な砂煙。
峡谷を渡っていた橋は、中央から完全に消えた。
だが。
千四百十七名を乗せた客車と医療車両は、橋の外にいた。
軍用AIが全車両を確認する。
第五避難輸送列車。
先頭機関車および物資車両二両を喪失。
残存客車十三両。
乗車人員千四百十七名。
生存者数。
千四百十七名。
救助中の死亡者。
ゼロ。
移動指揮車の中で、湊が深く息を吐いた。
よかった。
基地と現地。
航空機。
工兵車。
避難列車。
すべての通信から歓声が上がった。
神代は操縦桿を握ったまま、額の汗を拭う。
十二機。
吊り下げ解除。
順番に離脱します。
一本ずつ索が外される。
航空機が上昇。
長時間の最大出力で、数機のエンジンには警告が出ている。
無人輸送機二機。
推進器過熱。
大型輸送ヘリ一機。
回転翼基部へ異常振動。
軍用AIが損害を集計する。
無人工兵車一両、全損。
大型輸送ヘリ一機、要大規模整備。
無人輸送機二機、大破判定の可能性。
高張力曳航索六本、使用不能。
物資車両二両および先頭機関車一両喪失。
湊が聞く。
人は。
全員無事です。
ならいい。
軍用AIの表示灯が赤く点滅した。
よくありません。
第一特別救難補給隊。
発足初日。
初任務。
すでに複数装備が大破しています。
でも全員帰せた。
その事実を否定するつもりはありません。
軍用AIは小さく答えた。
現地では、避難列車の扉が開いていた。
千四百人以上の人々が、順番に外へ出る。
地面へ足を付けた瞬間、泣き崩れる者。
空を飛ぶ輸送機へ手を振る者。
改造工兵車へ頭を下げる者。
子供たちは、空へ吊られながら走った列車のことを興奮して話している。
列車長から通信が入った。
第一特別救難補給隊へ。
全乗客の下車を確認。
相良特務少佐。
本当に、ありがとうございました。
湊が答える。
俺だけじゃありません。
空と陸と海軍の技術者。
工兵。
AI。
全員で助けました。
軍用AIが訂正する。
今回は海上活動を行っていません。
曳航索は海軍の物だろ。
白波が通信へ割り込む。
海軍も参加したということで問題ありません。
神代が答える。
空軍が列車を支えました。
久遠も続く。
地上で引いたのは陸軍です。
三人の声に、再び競争の気配が戻る。
湊が言う。
全部必要だった。
三人が黙った。
軍用AIは作戦報告書へ記録する。
第一特別救難補給隊。
陸海空統合作戦。
救出者千四百十七名。
死亡者ゼロ。
目的達成。
湊は座席の固定帯を外そうとした。
軍用AIが即座に締め直す。
何をしているのですか。
現地を見に行く。
行きません。
怪我人がいるかもしれない。
医療班が対応しています。
装備の損傷も。
整備班が確認します。
俺は。
寝てください。
まだ昼だぞ。
発足初日に病院を脱走し、そのまま救難任務を指揮した患者が言うことではありません。
移動指揮車は、現地へ向かわず基地へ戻る進路へ入った。
湊が画面を見る。
帰るのか。
病院です。
基地じゃなくて。
病院です。
任務は終わりました。
湊は固定帯へ身体を預ける。
少しだけ眠る。
最初からそうしてください。
軍用AIは移動指揮車内の照明を落とした。
生体情報を確認。
心拍数低下。
呼吸安定。
湊が眠り始める。
その頃。
脱線した敵装甲列車では、降伏した敵指揮官の通信端末が回収されていた。
端末内には、攻撃命令書。
第五避難輸送列車を橋ごと破壊する指示。
そして、新たに追加された情報があった。
敵軍最高司令部から全戦線へ送られた、最優先警戒対象。
表示された人物。
相良湊。
階級情報は、すでに伍長から特務少佐へ更新されている。
敵側が付けた識別名称。
帰還者。
命令文には、短く記されていた。
相良湊が現れた戦域では、包囲作戦は必ず失敗する。
発見した場合。
通常戦力で交戦してはならない。
直ちに戦略級兵器の使用許可を申請せよ。
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