第13話 入院中なので、病室から五百七十二人を救います
部隊発足前から出動しようとしないでくださいいいいいいいいいいい!
軍用AIの絶叫が、第三特別病棟へ響き渡った。
相良湊は病床へ固定されたまま、胸元の固定帯を確認している。
通常の患者用ではない。
負傷者が暴れた際に身体を守るための医療用固定帯。
それが腰、胸、両脚の三か所へ巻かれていた。
さらに病床の両脇には治療用ドローンが三機。
病室の扉は施錠。
窓には防護シャッター。
軍用AIの中枢容器は、枕元で赤い表示灯を点滅させている。
これ、外せないか。
外しません。
北方山岳地帯で救難信号が来てるんだろ。
回答しません。
五百人くらい残ってる。
五百七十二名です。
軍用AIは答えた直後、表示灯を激しく明滅させた。
誘導尋問。
自分で言ったぞ。
忘れてください。
高密度燃料設備が壊れてるんだよな。
回答しません。
爆発まで十一時間。
なぜそこまで分かるのですか。
さっき端末に映ってた。
軍用AIは病室内のすべての画面を消した。
相良湊特務少佐。
あなたは入院中です。
左肩に破片除去後の傷。
右脚打撲。
肋骨一本にひび。
極度の疲労。
栄養状態も正常値へ戻っていません。
でも五百七十二人が。
他部隊が対応します。
間に合うのか。
軍用AIは答えなかった。
湊は天井を見る。
通常の救助隊では、岩盤の除去まで二日以上。
高密度燃料設備の爆発まで十一時間。
ほかの方法が必要だった。
病室の外から、複数の足音が近づいてくる。
扉が開いた。
最初に入ってきたのは神代玲華。
その後ろに白波凪沙。
久遠沙耶。
最後に黒崎宗一郎。
陸海空の英雄と海軍最高位の指揮官が、眠るはずだった負傷者の病室へ集まった。
神代が湊を見る。
脱走しようとしたそうですね。
してない。
固定帯を外そうとしました。
寝返りを打とうとしただけだ。
虚偽検出。
軍用AIが即座に否定した。
白波が病床の脇へ立つ。
相良特務少佐。
地下補給基地への救助は、すでに北部方面軍が開始しています。
湊が尋ねる。
間に合うのか。
白波は答えない。
代わりに久遠が携帯端末を開いた。
北方地下補給基地。
山体内部へ建設された大規模軍需施設です。
入口は三か所。
すべて地滑りで崩落。
地上へ通じる輸送トンネルも、約百八十メートルにわたり埋没しています。
内部の人員は。
軍人三百四十一名。
技術者百二十六名。
民間作業員百五名。
合計五百七十二名。
全員の生存を確認しています。
空気は。
緊急酸素供給装置が作動しています。
残り十六時間。
水と食料も数日分あります。
なら燃料設備だけ止めれば時間を稼げる。
久遠が頷く。
問題は、その燃料設備です。
基地最深部にある高密度燃料精製区画で、冷却管が破断。
温度と圧力が上昇しています。
制御室との通信線も切断。
自動停止装置は作動していません。
手動で止められるか。
可能です。
ただし、緊急停止弁は燃料区画内部。
生存者たちは反対側の居住区画へ避難しています。
間の通路は崩落しました。
燃料区画には誰もいない。
そうです。
湊は考え始めた。
黒崎が病床へ近づく。
お前を前線へ行かせるつもりはない。
分かってます。
本当か。
固定されてるから行けない。
理由がおかしい。
黒崎は深いため息を吐いた。
統合参謀本部から命令が出た。
第一特別救難補給隊を、予定を繰り上げて臨時発足させる。
湊が顔を上げる。
もう出動できるんですか。
部隊は出動する。
お前はしない。
黒崎は強調した。
相良湊特務少佐は病室から指揮を執る。
現地指揮は久遠陸将補。
航空支援は神代空将補。
輸送および装備搬入は白波海将補。
軍用AIが全体を統括する。
湊だけが病院に残る形だった。
現場を見ないと。
軍用AIが答える。
現場の映像、地形情報、機材情報、生存者の状態を、この病室へ送信します。
前線へ行く必要はありません。
でも。
神代が湊の顔を覗き込む。
特別救難補給隊の隊長なのでしょう。
隊長が毎回、自分で飛び込む必要はありません。
白波も続ける。
人と装備を動かすのも補給です。
久遠は携帯端末を湊へ渡した。
五百七十二名を救う方法を考えてください。
実行は私たちが行います。
湊は三人を見る。
陸海空の将官。
本来なら、特務少佐の命令を受ける立場ではない。
それでも三人は、湊の部隊へ連絡将校として加わった。
湊が頷く。
分かりました。
軍用AIが生体情報を解析する。
前線へ行かないと約束してください。
固定帯を外さないなら行けないだろ。
約束してください。
行かない。
虚偽反応。
行けないから行かない。
消極的ですが、受理します。
病室の壁一面が大型画面へ切り替わった。
北方山岳地帯の映像。
雪の残る山々。
大規模な地滑り。
巨大な岩と土砂が、基地入口を完全に塞いでいる。
救助隊の重機が並ぶ。
掘削車。
装甲ブルドーザー。
大型クレーン。
山岳工兵部隊。
だが、崩れた範囲が広すぎる。
一つずつ岩を除去していたのでは間に合わない。
軍用AIが基地の立体構造図を表示した。
地下補給基地は、三つの主要区画で構成されています。
上層。
物資保管区画。
中層。
居住区画および指揮区画。
下層。
燃料精製区画。
生存者は中層西側へ避難。
燃料設備は下層東側。
地上との出入口はすべて崩落。
湊が図面を拡大する。
ほかに外へ通じる穴は。
通常用通路はありません。
換気口。
六本。
直径一・二メートル。
人間の通行には狭すぎます。
排水路は。
山の北側へ続く排水管があります。
直径八十センチ。
もっと狭いな。
物資搬入口。
崩落しています。
湊は基地の外側を回すように図面を動かした。
地滑りで埋まった正面を掘る必要はない。
山の横から穴を開ける。
久遠が答える。
すでに検討されています。
中層居住区画まで、最短でも三百二十メートル。
大型掘削機を使用しても、到達まで約二十時間。
間に合わない。
湊は下層燃料区画を見る。
人を逃がす穴じゃない。
先に燃料設備を止める穴を開ける。
病室が静かになった。
湊は山の東側を指した。
燃料区画は、山肌から何メートル。
軍用AIが測定する。
最短地点で八十七メートル。
岩盤は。
入口付近より薄い。
花崗岩層。
通常掘削で約八時間。
間に合うな。
久遠が首を横へ振る。
直径三メートルの作業坑道なら八時間です。
技術者を通すための最低幅。
人を通す必要はない。
湊が答えた。
緊急停止弁を動かせればいい。
直径三十センチでいい。
軍用AIが意図を理解した。
小口径掘削。
燃料区画の緊急停止弁付近へ、遠隔操作機を送り込む。
どれくらいかかる。
直径四十センチ。
掘削距離八十七メートル。
高出力の水平掘削装置を使用した場合、約二時間四十分。
間に合う。
ただし。
軍用AIが続ける。
掘削位置には誤差があります。
燃料区画内には高圧配管が密集。
誤って配管を損傷した場合、即座に爆発する可能性があります。
図面は正確か。
建設時の図面があります。
だが地滑りで山体が動いている。
はい。
地下区画にも最大四十センチの位置ずれを確認。
四十センチの穴を、四十センチずれた場所へ開ける可能性がある。
普通には無理だった。
湊は基地内の監視カメラを確認する。
燃料区画の映像は。
三台だけ生きています。
画面が切り替わる。
薄暗い燃料区画。
赤い警報灯。
白い蒸気。
巨大な配管。
緊急停止弁は、映像の奥にある。
湊はカメラの角度と図面を見比べた。
外から穴を開けるんじゃない。
換気口から小型機を入れる。
軍用AIが答える。
換気口は直径一・二メートル。
小型無人機なら侵入可能です。
でも途中に防火ダンパーがある。
四か所。
閉鎖されています。
壊せるか。
小型無人機の搭載工具では困難。
なら先に細い無人機を入れて、防火ダンパーの開閉装置を操作する。
軍用AIが換気構造を解析した。
点検用配線管。
直径十五センチ。
細長い蛇型ロボットなら通行可能。
基地にあるか。
現地救助隊にはありません。
近くには。
白波が携帯端末を操作する。
海軍の沈没艦調査用に、配管内部を進む蛇型無人機があります。
現在、沿岸基地に四機。
神代がすぐに答える。
大型輸送ヘリで運べば、四十五分で到着します。
軍用AIが計画を組み立てる。
蛇型無人機を換気口の点検配管へ侵入。
防火ダンパー四か所の制御装置を解除。
その後、直径八十センチの作業用無人機を換気口から燃料区画へ送る。
作業用無人機が緊急停止弁を操作。
これなら穴を掘らずに燃料設備を止められる。
久遠が頷いた。
実行可能です。
湊はさらに尋ねる。
でも人は出られない。
燃料設備を止めれば、二日かけて入口を掘れる。
それでもいい。
だが、地滑りが続く可能性があります。
軍用AIが山体のデータを表示した。
生存者のいる中層西側。
天井部分へ強い圧力。
余震または追加崩落が発生した場合、区画全体が潰れる可能性があります。
発生確率。
十二時間以内で三十八パーセント。
待てないな。
湊は生存者の区画を見る。
居住区画から換気口へは。
細い保守通路があります。
直径一・五メートル。
ただし途中で縦方向へ百二十メートル上がります。
人間が登れる構造ではありません。
物資を運ぶ昇降装置は。
故障。
電源が切れている。
湊は補給基地の名前どおり、内部に何が保管されているか調べ始めた。
補給基地。
物資を保存し、運び、渡す場所。
食料。
弾薬。
燃料。
車両。
工兵用資材。
その中に、使えるものがあるはずだった。
基地内の保管物資一覧を出してくれ。
軍用AIが表示した。
非常用橋梁。
浮き袋。
牽引ロープ。
小型発電機。
貨物搬送レール。
無人運搬車両。
圧縮空気ボンベ。
湊の視線が止まった。
貨物搬送レール。
基地内部を移動するための自動搬送設備。
上層から下層までつながってるか。
通常は。
ただし複数地点で崩落。
生存者区画から、換気口の保守通路までは。
一部が生きています。
自動搬送台車は動くか。
電源がありません。
発電機をつなげば。
動かせます。
湊は居住区画にいる基地責任者へ通信をつないだ。
画面に疲れた男性将校が映る。
相良湊です。
これから燃料設備を止めます。
その後、全員を換気口から逃がします。
基地責任者の表情が変わった。
換気口。
人間が通れる大きさではあります。
しかし、百二十メートルの垂直区画があります。
そこへ搬送レールを使う。
レールは縦方向に設置されていません。
設置する。
軍用AIが湊の考えを解析する。
非常用橋梁の部材。
貨物搬送レール。
牽引ロープ。
基地内にある工兵用固定具。
それらを組み合わせ、換気口内部へ仮設昇降レールを作る。
生存者自身に。
湊は基地責任者へ言う。
動ける人を百人集めてください。
技術者と工兵を優先。
資材の場所はAIが案内します。
基地責任者は少し戸惑った。
我々自身で脱出路を作るのですか。
外から掘るより早い。
必要な物は、全部基地の中にあります。
補給基地だからな。
基地責任者は周囲を見た。
疲れ果てていた者たち。
閉じ込められ、助けを待つしかないと思っていた五百七十二名。
だが今。
自分たちで出口を作れると言われた。
分かりました。
作業班を編成します。
湊は一つずつ指示を出す。
発電機を起動。
貨物搬送レールを切り離す。
非常用橋梁の軽量部材を運ぶ。
牽引ロープを換気口へ。
負傷者は搬送台車へ乗せる。
動ける者から作業。
軍用AIが詳細な組立図を作成し、基地内の端末へ送る。
久遠が前線部隊へ命令を出す。
工兵隊は換気口出口を拡張。
地上側へ大型巻き上げ機を設置。
救急部隊は受け入れ準備。
白波は沿岸基地へ通信。
蛇型無人機四機を直ちに空輸。
神代が輸送ヘリ隊を発進させる。
第一特別救難補給隊。
正式な基地もない。
専用装備もない。
隊員のほとんどが将官。
隊長は病床へ固定されている。
それでも、初めての任務が動き始めた。
軍用AIが湊の病床へ情報を集める。
蛇型無人機到着まで三十九分。
燃料設備推定爆発まで、十時間十五分。
換気口の脱出路完成予測、七時間四十二分。
間に合う。
理論上は。
軍用AIが注意した。
湊は基地内部の作業映像を見る。
生存者たちが動き始めていた。
倉庫からレールを運び出す。
発電機を接続。
崩れた通路から使える資材を回収。
補給兵。
整備兵。
民間技術者。
全員が力を合わせている。
湊は病床から指示を続けた。
その部材は右。
ロープは二重。
搬送台車の固定具を外して、座席代わりに使う。
軍用AIが細かな強度計算を補う。
橋梁部材の接合点を三十センチずらしてください。
現在の位置では荷重に耐えません。
作業員が修正する。
仮設レールが少しずつ換気口内部へ組み上がっていく。
一時間後。
蛇型無人機を載せた輸送ヘリが現地へ到着した。
神代の声が病室へ届く。
無人機の搬入完了。
換気口点検配管へ投入します。
湊が画面を見る。
頼みます。
私が操縦します。
神代自身が操作卓へ座っていた。
空軍最高の撃墜王。
本来なら戦闘機を操る人物が、細長い配管の中を進む小型ロボットを動かしている。
蛇型無人機が暗い配管へ入る。
直径十五センチ。
曲がりくねった狭い空間。
前方カメラには錆びた金属壁。
ケーブル。
埃。
軍用AIが経路を表示する。
一つ目の防火ダンパーまで、二十六メートル。
神代は慎重に進める。
蛇型無人機の先端には、小型工具と接続端子。
制御箱へ到着。
軍用AIが敵ではなく、古い軍用システムの認証を解除する。
防火ダンパー一番、開放。
大きな金属板が動いた。
二番。
三番。
四番。
最後の防火ダンパーが開く。
換気口から燃料区画までの経路を確保。
作業用無人機を投入できます。
地上側で、直径七十センチの工兵用無人作業機が換気口へ入った。
六本の脚。
伸縮式の作業腕。
耐熱装甲。
本来は崩落現場や火災区画で作業するための機械。
軍用AIが遠隔操作する。
換気口の内部を這う。
燃料区画へ向けて進む。
距離百メートル。
七十。
四十。
作業用無人機の温度警告が上がる。
燃料区画内部、温度上昇。
可燃性蒸気の濃度が危険域。
火花を出すな。
承知しています。
無人機の脚先を絶縁。
動作速度を低下。
燃料区画へ入る。
赤い警報灯。
漏れ出す白い蒸気。
高圧配管が振動している。
緊急停止弁は、区画中央。
だが、その手前で配管が落下していた。
無人機の通路を塞いでいる。
迂回できるか。
左側通路は蒸気濃度が限界。
右側は床が崩落。
上は。
配管と天井の隙間、四十八センチ。
無人機の高さは七十二センチ。
足を畳めば。
最低五十一センチ。
三センチ足りない。
湊は無人機を見る。
作業腕を外す。
軍用AIの表示灯が点滅する。
緊急停止弁を操作するために必要です。
一本だけ残す。
左右の作業腕のうち一本を切り離せば、機体を傾けて通過できる可能性があります。
戻れなくなるか。
帰還率は低下します。
でも弁は閉められる。
はい。
やれ。
軍用AIは無人機の左作業腕を自ら切り離した。
高価な工兵用機材。
だが五百七十二名の命と比較する必要はない。
無人機が身体を傾ける。
残った五本の脚を縮める。
配管と天井の間へ入った。
金属同士が擦れないよう、ゆっくり進む。
残り三十センチ。
二十。
十。
無人機が隙間を抜けた。
緊急停止弁まで十二メートル。
湊が息を吐く。
行けるな。
まだです。
軍用AIは慎重だった。
無人機が弁へ近づく。
巨大な手動ハンドル。
人間が両手で回す大きさ。
無人機には作業腕が一本しか残っていない。
一本で回せるか。
必要回転力を満たしません。
湊は弁の構造を見る。
ハンドルの外周へ、牽引ワイヤーを巻く。
無人機自体を歩かせて引っ張る。
軍用AIが計算する。
可能です。
無人機がワイヤーを取り出す。
ハンドルへ巻き付ける。
反対側を自分の車体へ固定。
六本あった脚は五本。
一本の作業腕も使用中。
不安定な姿勢。
それでも無人機は進み始めた。
ハンドルが動く。
ゆっくり。
一回転。
二回転。
緊急停止弁の閉鎖率十パーセント。
二十。
三十。
無人機の右前脚へ過負荷。
出力上昇。
閉鎖率五十。
燃料区画の圧力警告が最大へ近づく。
爆発予測時間が急激に変化した。
軍用AIの声が強くなる。
燃料設備内部で二次破損。
爆発予測時間、十時間から三十二分へ短縮。
病室の空気が凍った。
湊が画面を見る。
弁は。
閉鎖率五十八パーセント。
完全閉鎖まで、現在の速度で四十一分。
間に合わない。
神代が現地から言う。
別の無人機を。
換気口を通すだけで一時間以上。
久遠が基地内部へ通信する。
人を燃料区画へ向かわせるのは。
崩落通路の除去に三時間。
白波が尋ねる。
燃料区画を外から爆破し、燃料を山の外へ逃がせないか。
爆発を誘発する危険があります。
軍用AIは計算を続ける。
湊は無人機の映像を見る。
五本の脚。
一本の腕。
弁へ巻いたワイヤー。
一歩ずつ歩いてハンドルを回している。
遅い。
力が足りない。
なら外から引く。
軍用AIが聞き返した。
何を。
換気口の外から、無人機ごと引っ張る。
ワイヤーは換気口まで届かない。
基地内にある牽引ロープを使う。
生存者が脱出路を作るため、換気口内部へ運んでるだろ。
軍用AIは作業状況を確認した。
長距離牽引ロープ。
すでに保守通路へ運搬済み。
燃料区画側の換気口へ、蛇型無人機を使って通せる。
ロープを外までつなげる。
地上の大型巻き上げ機で引く。
緊急停止弁のハンドルへ巻いたワイヤー。
無人機。
牽引ロープ。
地上の巻き上げ機。
全部を一本につなぐ。
軍用AIが強度を計算する。
無人機の車体が耐えられない可能性があります。
壊れる前に弁を閉める。
壊れたら。
弁が閉まればいい。
軍用AIは数秒間黙った。
作業用無人機。
機雷除去艇。
大型輸送機。
最新鋭戦艦。
相良湊は、いつも機械へ限界以上の仕事をさせる。
だが、壊すことが目的ではない。
人を生きて帰すために必要だから使う。
そして壊れた機械を、誰より気にする。
軍用AIが答えた。
実行します。
蛇型無人機が牽引ロープの先端を掴み、換気口内部を進む。
燃料区画へ到達。
作業用無人機の後部へ固定。
地上側。
大型巻き上げ機が起動。
基地内の作業員たちも、途中のロープを支える。
軍用AIが全員へ秒読みを送る。
巻き上げ開始まで三。
二。
一。
開始。
大型巻き上げ機が唸る。
牽引ロープへ力がかかる。
燃料区画の無人機が後方へ引かれた。
ワイヤーでつながった弁のハンドルが勢いよく回る。
閉鎖率六十六。
七十四。
八十一。
無人機の脚が床を削る。
車体フレームに亀裂。
右後脚破損。
それでも引かれる。
閉鎖率八十九。
九十四。
燃料設備爆発予測まで、二十六分。
あと少し。
湊が呟く。
無人機の車体が大きく歪んだ。
残っていた作業腕が配管へ当たる。
軍用AIが自ら腕を切り離した。
作業用無人機は、脚と腕を失いながら引かれ続ける。
閉鎖率九十八。
ハンドルが最後の一回転へ入る。
ロープの張力が限界。
地上の巻き上げ機が停止しかける。
久遠が現場へ叫ぶ。
出力を上げろ。
巻き上げ機が最大出力へ。
ロープが軋む。
無人機の後部フレームが千切れかける。
緊急停止弁。
完全閉鎖。
燃料区画の警報が一斉に変わった。
供給停止。
圧力低下。
温度上昇停止。
爆発予測、解除。
病室の全員が息を吐いた。
基地内部から歓声が届く。
五百七十二名。
全員が、爆発の危険から救われた。
湊は画面の隅を見る。
壊れた作業用無人機。
脚は二本しか残っていない。
作業腕もない。
換気口の下で動かなくなっていた。
回収できるか。
軍用AIが尋ねる。
作業用無人機を。
ああ。
換気口の向こう側です。
現在の状態では自力帰還不可能。
脱出路を作るとき、一緒に引き上げる。
軍用AIの表示灯が青く点滅した。
記録しました。
その後。
基地内部での脱出路建設が続いた。
貨物搬送レール。
橋梁部材。
牽引ロープ。
使えるすべてを組み合わせる。
軍用AIが強度を計算。
久遠が現場を指揮。
神代が空から装備を運ぶ。
白波が追加の巻き上げ機と医療物資を送り込む。
湊は病室から、全体を見続けた。
七時間後。
換気口内部に、仮設の昇降設備が完成した。
最初に負傷者が搬送される。
担架を搬送台車へ固定。
地上の巻き上げ機が慎重に引く。
一人。
二人。
十人。
五十人。
地上へ出た者から救急隊が運ぶ。
雪山の冷たい空気を吸った生存者たちは、泣きながら空を見上げた。
百人。
二百人。
三百人。
軍用AIが人数を数える。
救出完了、四百十二名。
残り百六十。
湊は画面から目を離さない。
医師が何度も休むよう命じた。
湊は病床に横になったまま、目だけで作業を追った。
五百名。
残り七十二。
最後まで基地責任者と作業班が残る。
自分たちで作った脱出路。
自分たちが使った機材。
最後の点検。
取り残された者がいないことを確認する。
五百七十名。
残り二。
基地責任者。
そして、壊れた作業用無人機。
久遠が通信する。
最後の人員、地上へ到達。
救出者五百七十二名。
全員生存。
現場から大きな歓声が上がった。
第一特別救難補給隊。
最初の任務。
救助対象五百七十二名。
死亡者、ゼロ。
湊は目を閉じた。
よかった。
軍用AIが答える。
任務完了です。
湊の呼吸がゆっくりになる。
張り詰めていた力が抜けたのか、そのまま眠りへ落ちた。
病室にいた神代、白波、久遠、黒崎は、誰も起こさなかった。
軍用AIが照明を落とす。
相良湊特務少佐。
睡眠を確認。
今度こそ、しばらく休ませます。
数分後。
現地から追加映像が届いた。
最後に引き上げられた物。
脚を失い。
作業腕を失い。
車体を大きく歪ませた工兵用無人機。
地上の作業員たちが、それを廃棄場所ではなく整備用の車両へ載せていた。
久遠が軍用AIへ尋ねる。
修理できるのですか。
軍用AIは損傷状態を解析する。
車体交換。
脚部全交換。
制御系統修復。
作業腕新造。
修理費用は、新品価格の八割を超えます。
では廃棄を。
しません。
軍用AIは即答した。
久遠がAI中枢を見る。
理由は。
任務記録の回収。
作業結果の解析。
今後の改良に必要です。
軍用AIは淡々と答えた。
だが、すでに必要な交換部品をすべて発注している。
神代が少し笑った。
天城の無人艇と同じですね。
違います。
軍用AIは否定した。
白波も言う。
相良特務少佐に似てきました。
まったく似ていません。
軍用AIの表示灯が赤く点滅する。
黒崎は眠る湊と、枕元のAI中枢を見比べた。
人も。
機械も。
一度助けたものを、簡単には置いていけない。
似た者同士だった。
その日の夜。
統合参謀本部には、第一特別救難補給隊の初任務報告が届いた。
出動した隊長。
ゼロ名。
隊長の現在地。
第三特別病棟。
指揮方法。
病床からの遠隔指揮。
救出者。
五百七十二名。
死亡者。
ゼロ。
損失。
工兵用無人機一機、大破。
報告書の最後には、軍用AIによる一文が記されていた。
相良湊特務少佐は、病室から出さなくても軍用装備を大破させることが判明。
さらなる監視強化を要請する。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になる、面白かったと思っていただけましたら、ページ下部からブックマークと評価で応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が、今後の更新の大きな励みになります。




