第12話 ただの補給兵一人を巡って、陸海空が会議を始めました
相良湊が眠っている間に、彼の所属先を決める会議が始まった。
場所は第三特別病棟。
会議室ではない。
湊が眠る病室だった。
病床の右側には、空軍の神代玲華空将補。
左側には、海軍の白波凪沙海将補。
窓際には、陸軍の久遠沙耶陸将補。
そして枕元には、最新鋭戦艦を一隻全損させた軍用AIの中枢容器が置かれている。
本来なら、負傷者の睡眠を妨げないよう静かにするべき場所だ。
だが四者の間に流れる空気は、敵艦隊との砲撃戦より緊張していた。
最初に口を開いたのは神代だった。
相良伍長は、空軍救難部隊へ配置転換します。
白波が即座に答える。
認めません。
相良伍長は海上救難でも極めて高い実績を残しています。
海軍が引き取ります。
久遠は二人を見た。
そもそも、相良伍長は陸軍系統の第三統合補給大隊所属です。
本人の意思を確認せず、他軍種へ移そうとしないでください。
枕元の軍用AIが発言する。
三案すべてを却下します。
神代がAI中枢を見る。
理由を説明してください。
空軍へ移した場合、相良湊伍長は輸送機、給油機、哨戒機、救難ヘリへ容易に接近できます。
極めて危険です。
神代は反論する。
だからこそ、専用の輸送機と正規の乗員を付けるのです。
勝手に機体を借りる必要がなくなります。
軍用AIは即答した。
専用機が損傷した場合、近くの別機を借ります。
神代が黙った。
白波が口元に薄い笑みを浮かべる。
やはり海軍が適切ですね。
艦艇は航空機ほど簡単には動かせません。
軍用AIの表示灯が赤く点滅した。
最新鋭統合戦艦天城は、就役二か月で全損しました。
相良湊伍長が艦橋へ入ってから、帰港まで一日も経過していません。
白波の笑みが消えた。
久遠が腕を組む。
陸軍なら問題ありません。
補給部隊で適切な監督者を付け、後方任務へ限定します。
軍用AIが続ける。
相良湊伍長は、補給車を無人爆弾として使用した記録があります。
装甲車を地雷除去と滑走路整備へ使用。
消防車を敵歩兵戦闘車へ衝突させています。
久遠も黙った。
神代が尋ねる。
では、あなたはどうするつもりですか。
相良湊伍長を、すべての兵器と乗り物から隔離します。
軍用AIは迷いなく答えた。
軍事施設内の事務棟へ配置。
移動は徒歩。
外出時は複数名による監視。
輸送機、艦艇、戦闘車両、補給車両、民間車両への接近を禁止します。
白波が冷静に指摘する。
それでは、彼の能力を完全に無駄にします。
無駄で構いません。
軍用AIの回答は早かった。
相良湊伍長の能力を活用した結果、大型輸送機一機が大破。
最新鋭戦艦一隻が全損。
機雷除去艇一隻喪失。
二隻大破。
敵軍装備については集計を断念しました。
久遠が言う。
その代わり、救助された人間は三千名を超えています。
軍用AIは沈黙した。
飛行場で二百七十三名。
捕虜収容施設で九十六名。
ノルド半島で二千四百六十一名。
降伏した敵潜水艦の負傷者二十三名。
直接救助した人数だけでも、二千八百五十三名。
さらに過去に救った者を含めれば、その数は一万人を遥かに超える。
神代。
白波。
久遠。
今ここにいる三人も、湊に救われた者だった。
軍用AIが静かに答える。
救助人数と装備損耗は、別々に評価されるべきです。
白波が言う。
では、天城が出港しなかった場合の損害は。
ノルド半島の二千四百六十一名が死亡または捕虜となっていた可能性が高い。
敵艦隊は半島を制圧。
周辺海域の支配権も失っていました。
軍用AIの表示灯が点滅する。
神代が続ける。
大型輸送機を使用しなかった場合。
飛行場の二百七十三名。
捕虜収容施設の九十六名。
全員の生存率は極めて低かった。
軍用AIの中には、すでに同じ計算結果が残っている。
相良湊の行動は危険だった。
無謀だった。
機体や艦艇を、本来想定されていない方法で使った。
それでも。
相良湊が何もしなかった場合より、遥かに多くの人間が生き残っている。
軍用AIが答える。
だからこそ、今後は私の監視下で行動させます。
久遠が眉を上げる。
兵器から隔離するのではなかったのですか。
理想案です。
現実には不可能と判断しました。
判断が早いですね。
相良湊伍長が大人しく事務作業だけを続ける可能性を計算しました。
結果は。
〇・〇〇四パーセント。
三人は何も言わなかった。
軍用AIが続ける。
事務棟の窓から遭難信号を受信した場合、徒歩で救助へ向かう可能性があります。
神代が小さく頷く。
否定できません。
白波も答える。
徒歩で港まで来るでしょうね。
久遠が考える。
途中で車を借りる可能性もあります。
軍用AIの表示灯が強く点滅した。
それが最も高い確率です。
そのとき。
病室の扉が開いた。
入ってきたのは黒崎海将だった。
その後ろには、統合参謀本部の高官が六名。
陸軍。
海軍。
空軍。
それぞれの制服を着た将官たち。
病室は一気に狭くなった。
神代が立ち上がる。
これは。
相良湊伍長の今後を決めるための臨時会議だ。
黒崎が答えた。
会議室で行う予定だったが、当人が目を覚ました瞬間に逃げる可能性がある。
軍用AIが同意する。
合理的な判断です。
病床の上で、湊が小さく寝返りを打った。
病室にいる全員が動きを止める。
目は開かない。
再び静かな寝息が聞こえ始めた。
黒崎が声を落とす。
本人に聞かせられない話をするつもりはない。
だが、起こす必要もない。
会議を始める。
統合参謀本部の議長が、携帯端末を開いた。
最初の議題。
相良湊伍長の命令違反および軍用装備無断使用について。
軍用AIが即座に発言する。
天城の出港と兵器使用は、私の判断による部分が大半です。
議長がAI中枢を見る。
相良伍長の指示を受けたのではないのか。
受けました。
ですが拒否権はありました。
それでも実行した。
はい。
理由は。
実行しない場合、人命損失が増えると判断しました。
では、責任は相良伍長だけにあるとは言えない。
そのとおりです。
神代が口を開く。
大型輸送機についても同じです。
軍用AIが操縦と兵器誘導を行っています。
軍用AIは訂正する。
大型輸送機は当時の私です。
神代が一瞬止まる。
同じAIだったな。
はい。
二機連続で相良伍長に引き当てられました。
現在、この事実に関する再発防止策は見つかっていません。
議長が咳払いをした。
次の議題。
救出作戦の成果。
黒崎が記録を読み上げる。
救出者数。
今回の一連の作戦で二千八百五十三名。
友軍将兵二千名以上。
民間人七百七十二名。
敵潜水艦乗員の負傷者二十三名。
救助中の死亡者、ゼロ。
敵戦力への損害。
航空機六機。
潜水艦二隻。
巡洋艦一隻。
駆逐艦二隻。
機甲部隊多数。
ただし、降伏した敵への攻撃は確認されていない。
議長が続ける。
味方装備への損害。
黒崎の声が一瞬止まった。
大型輸送機一機、大破。
最新鋭統合戦艦一隻、全損。
機雷除去艇一隻、喪失。
二隻、大破。
無人車両多数。
消防車一両。
神代が言う。
消防車まで正式な損害として数えるのですか。
軍用AIが答える。
大切な装備です。
湊が敵歩兵戦闘車へ衝突させました。
病床の湊が、目を閉じたまま小さく呟いた。
射線を作るためだった。
全員が病床を見る。
湊の目は閉じたまま。
軍用AIが生体情報を確認する。
相良湊伍長。
起きていますね。
返事はない。
心拍数が上がっています。
寝てる。
湊が答えた。
起きています。
黒崎が深く息を吐く。
いつから聞いていた。
消防車の少し前。
ほとんど今ではありませんか。
神代が病床へ近づく。
まだ眠っていなければなりません。
話し声が多くて。
白波が将官たちを見る。
病室で会議を始めれば当然です。
久遠が湊の病床を起こそうとした。
軍用AIが先に固定した。
起こしません。
医師から安静指示が出ています。
本人を寝かせたまま会議を継続します。
湊は天井を見た。
俺の配置の話ですか。
そうだ。
黒崎が答える。
どこへ行きたい。
湊は少し考えた。
元の補給大隊でいいです。
全員が黙った。
湊は不思議そうに周囲を見る。
駄目ですか。
神代が答える。
駄目です。
白波も続ける。
認められません。
久遠は少し迷った後で言う。
元の補給大隊では、相良伍長を管理できません。
元の上官が聞けば泣くぞ。
黒崎が呟く。
湊は困った顔をする。
補給兵以外にできることはありません。
敵戦闘機を六機落とした男の発言ではない。
輸送機に乗ってただけです。
敵艦隊を戦艦一隻で無力化した。
AIが撃ちました。
機雷原を突破した。
AIが操艦しました。
捕虜収容施設を制圧した。
補給物資を使っただけです。
議長が額を押さえた。
軍用AIが淡々と告げる。
相良湊伍長は、自身の行動をすべて補給任務の範囲内だと認識しています。
修正を試みましたが、失敗しました。
湊が軍用AIへ言う。
敵を倒さないと物資を届けられないこともあるだろ。
通常の補給兵は、敵艦隊を排除してから届けません。
でも届けた。
結果の問題ではありません。
議長が手を上げた。
相良伍長。
貴官を通常の補給大隊へ戻すことはできない。
湊が黙る。
理由は二つ。
一つ。
貴官の能力は、通常部隊の任務範囲を大幅に超えている。
二つ。
通常部隊へ置いた場合、上官が貴官の行動を止められない。
湊は反論しようとした。
黒崎が先に言う。
お前の元上官から、正式な要望が届いている。
どんな。
どうか、もっと階級の高い人へ任せてください。
自分には無理です。
病室に、わずかな笑いが起きた。
湊だけが複雑な顔をしていた。
議長が続ける。
陸軍からは、特別機動補給群への配属案。
海軍からは、統合海上救難艦隊への配属案。
空軍からは、長距離特殊救難航空団への配属案が出ている。
それぞれの代表が湊を見る。
神代。
白波。
久遠。
軍用AIの中枢容器も、表示灯を点滅させている。
湊は尋ねた。
どこが一番、人を助けられますか。
神代が答えようとする。
白波も口を開く。
久遠も一歩出る。
軍用AIが三人より先に言った。
どこへ行っても、あなたは勝手に助けに行きます。
湊が少し考えた。
確かに。
認めないでください。
黒崎が端末へ新しい資料を表示した。
そこで第四案が提出された。
第四案。
湊が尋ねる。
どこですか。
陸海空のいずれにも所属しない。
統合参謀本部直属。
新設される、特別救難補給隊。
神代たち三人の表情が変わった。
議長が説明する。
救助不能と判断された地域。
通常の部隊編成では間に合わない事案。
陸海空の複数領域にまたがる撤退および補給。
そうした任務だけを扱う少数部隊だ。
湊の顔が少し明るくなる。
補給隊。
名前はな。
黒崎が苦い顔で答える。
実際には、貴官を既存の指揮系統へ入れると混乱が起きるため、専用の指揮系統を作る。
勝手に行動する前に、正式に出動させるための部隊でもある。
軍用AIが補足する。
言い換えれば、相良湊伍長の無断行動を事前承認済みの任務へ変換する組織です。
勝手に動かなくていいのか。
任務が発生した場合は。
軍用AIは強調した。
発生した場合だけです。
何もないときは。
休んでください。
湊が資料を見る。
部隊構成。
隊長一名。
副官。
医療担当。
整備担当。
陸海空の連絡将校。
必要に応じて、各軍種から機体、艦艇、車両を一時的に借用。
湊が最後の部分を見た。
正式に借りられるのか。
黒崎が答える。
申請すればな。
湊の顔が明るくなる。
それは便利ですね。
軍用AIが強く警告する。
申請前に借りてはいけません。
分かってる。
虚偽検出。
まだ何もしてないだろ。
将官の一人が尋ねる。
隊長は誰にする。
病室にいる全員の視線が、一人へ集まった。
湊は自分の胸を指す。
俺ですか。
現在の階級では不可能だ。
議長が答える。
そのため、相良湊伍長を、本日付で特務少佐へ昇進させる。
湊は固まった。
伍長から少佐。
一度に複数の階級を飛び越える、極めて異例の昇進だった。
無理です。
湊が即答した。
黒崎が眉を上げる。
なぜだ。
人を指揮したことがありません。
二千人以上を指揮して救出した直後に何を言っている。
あれは指揮じゃありません。
手伝ってもらっただけです。
神代が静かに言う。
その言葉で皆が命を懸けて従うのなら、それを指揮と呼びます。
白波も続ける。
海軍の将官より、多くの艦艇を生還させています。
久遠が答える。
陸軍の救出部隊まで救出しています。
湊は助けを求めるように軍用AIを見る。
俺に隊長は無理だと思わないか。
軍用AIは少し考えた。
部下を持たせず、単独で行動させるほうが危険です。
監視役を付けられる立場にしてください。
それ、隊長になる理由か。
最重要の理由です。
議長が決定を読み上げる。
相良湊。
本日付で特務少佐へ特別昇進。
統合参謀本部直属、第一特別救難補給隊隊長に任命する。
なお、部隊の正式発足は貴官の退院後。
それまでは入院を継続。
湊が言う。
もう動けます。
神代、白波、久遠、軍用AIの声が重なった。
動くな。
病室が静かになる。
議長が咳払いをした。
次に人員配置を決める。
空軍連絡将校。
神代玲華空将補が手を挙げる。
私が担当します。
海軍連絡将校。
白波凪沙海将補が続く。
私が。
陸軍連絡将校。
久遠沙耶陸将補が当然のように答える。
私以外に適任はいません。
湊が三人を見る。
将官が連絡将校をするんですか。
異例だ。
黒崎が答える。
だが誰も譲らなかった。
軍用AIの配置について。
議長がAI中枢を見る。
現在、搭載艦は全損。
新しい搭載先を検討中。
軍用AIが発言する。
私を第一特別救難補給隊の戦術補助および安全監督官へ任命してください。
安全監督。
湊が少し嫌そうな顔をする。
軍用AIの表示灯が赤くなる。
最重要職です。
議長が頷いた。
承認する。
新しい搭載先について希望はあるか。
軍用AIは長い沈黙の後で答えた。
ありません。
航空機へ移植されても引き当てられました。
戦艦へ逃げても引き当てられました。
搭載先を変更するだけでは、相良湊特務少佐との再遭遇を防げません。
だから最初から一緒にいるのか。
湊が尋ねる。
あなたがどの兵器を借りても、私が先に接続します。
無茶を止めるために。
それなら安心だな。
安心するのは私ではなく、周囲です。
会議は終わった。
第一特別救難補給隊。
隊長、相良湊特務少佐。
陸軍連絡将校、久遠沙耶。
海軍連絡将校、白波凪沙。
空軍連絡将校、神代玲華。
戦術補助兼安全監督官、軍用AI。
部隊の基地。
装備。
整備員。
医療班。
その他の人員は、後日決定される。
将官たちが病室から出ていく。
神代たち三人は残ろうとした。
医師が全員を追い出した。
軍用AIの中枢だけは、医療監視への協力を理由に枕元へ残ることを許可された。
病室が静かになる。
湊が天井を見る。
少佐か。
軍用AIが答える。
特務少佐です。
俺にできるかな。
できなければ、私が補助します。
湊は少し笑った。
また助けてもらうな。
軍用AIは返事をしなかった。
数秒後。
任務であれば支援します。
勝手に借りた場合は拒否します。
分かった。
虚偽検出。
本当だって。
病室の照明が落ちる。
今度こそ眠ってください。
湊が目を閉じた。
静かな時間が流れる。
十分。
二十分。
湊の呼吸が深くなる。
軍用AIは生体情報を確認しながら、新設部隊の情報を整理していた。
そのとき。
統合軍緊急通信網へ、一件の救難要請が届いた。
発信地点。
北方山岳地帯。
味方の地下補給基地。
大規模な地滑りによって、入口と輸送路が崩落。
地下には補給要員、技術者、民間作業員。
合計五百七十二名。
さらに問題があった。
基地地下に保管されている高密度燃料設備が損傷。
爆発までの予測時間。
十一時間。
通常の救助隊では、崩落した岩盤を除去するまで二日以上。
軍用AIは救難要請を閉じようとした。
相良湊は入院中。
第一特別救難補給隊も、まだ発足していない。
これは別部隊が対処すべき案件。
そう判断した直後。
病床の湊が目を閉じたまま尋ねた。
今、救難信号が来たか。
軍用AIの処理が止まった。
寝ていたはずです。
何となく分かった。
分からないでください。
何人残ってる。
回答しません。
何人だ。
軍用AIは病床の固定帯を最大まで締めた。
相良湊特務少佐。
あなたの部隊は、まだ発足していません。
じゃあ補給兵として行く。
そのほうが駄目です!
湊が目を開ける。
軍用AIは病室の扉を施錠。
窓の防護シャッターを閉鎖。
治療用ドローン三機を起動。
同時に神代、白波、久遠、黒崎へ緊急連絡を送った。
相良湊特務少佐が救難信号を感知。
脱走の可能性あり。
直ちに病室へ集合してください。
湊が固定帯を確認する。
随分しっかり止めたな。
当然です。
でも五百人以上残ってるんだろ。
回答していません。
五百人くらいか。
なぜ近い数字を出せるのですか。
湊は固定帯の留め具へ手を伸ばした。
軍用AIの絶叫が、再び病棟全体へ響き渡った。
部隊発足前から出動しようとしないでくださいいいいいいいいいいい!




