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テケテケの足|異常観測記録ファイル NINE 01  作者: 苔葉


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第二章 もう半分

人間の下半身だけが歩いている。

そんな話を調べながら、俺は仕事の選び方を少し反省していた。

風景や建物を撮っていれば、少なくとも撮影対象の上半分を探す必要はない。

頼まれたものを、頼まれたとおりに撮る。

それで生活が成り立つなら、何の問題もないはずだ。


ところが、誰にも頼まれていないことほど気になる。

まずは、テケテケの由来とされる事故を調べることにした。

上半身と下半身が別々に目撃されているとして、同じ事故へ辿り着くことはないだろうか。


図書館で古い新聞をめくり、伝承に出てくる地名や年代と照らし合わせてみる。

鉄道事故の記録はいくつも見つかったが、怪談とのつながりは見えてこない。

ある資料では昭和初期の出来事だったものが、別の資料では最近の話になっている。

場所も、亡くなった女性の名前も違っていた。


噂に名を挙げられた中には、実際に事故で亡くなった人もいる。

だが、事故があったことと、その人が怪異になったことは別だ。

名前と亡くなり方が似ているからといって、こちらの探している話に当てはめるわけにはいかない。

本人が訂正に来られないからといって、好きに書いていいことにはならないだろう。


三日目、俺は事故関係の資料を脇へ寄せた。

過去から辿れないなら、今、何が目撃されているのかを確かめる。

探すのは上半身ではなく、もう半分の方だ。


*


最初の手がかりは、あの掲示板の書き込みだった。

夜の駐車場に、下半身だけの人影が立っていた。

投稿者は逃げたが、追ってはこなかったという。

似た話を探して連絡を取るうちに、直接会って話を聞ける目撃者が一人見つかった。


夜間配送をしている運転手だ。

街道沿いの喫茶店に現れた男は、五十代ほどに見えた。

日に焼けた太い指でコーヒーカップを持ち、話し始める前に、少し困ったように笑う。


「幽霊なんか、信じちゃいなかったんですよ。今も、できれば信じたくないですけどね」


見たのは、配達を終えて車へ戻ろうとした午前一時過ぎ。

道路の向こうを、ふらつく人影が歩いていたという。

酔っ払いだろうと思ったのは、それが街灯の下へ出てくるまでのことだった。


「見間違いだった可能性は?」


「ありますよ。夜中でしたし、疲れてましたから」


男はあっさり頷いた。その返事をメモに書いていると、カップを置く音がした。


「でも、腰の上が空いてたんです。向こうの景色が見えてた。普通の人間だったって言われても、じゃあ、あれは何だったんだって」


車へ駆け戻ってドアを閉めたものの、鍵を回す手が震え、すぐにはエンジンをかけられなかったらしい。


「こちらへ来ましたか」


「いいえ。道路の途中で止まって、向きを変えました」


「どちらへ?」


「来た方です。何歩か戻って、また止まった」


俺はそこまで書き留め、顔を上げた。


「何かを探しているように見えましたか」


男はカップへ手を伸ばしかけ、そのまま少し考え込んだ。


「……そう言われると、そうも見えますね。ただ、そこまでは。こっちも、それどころじゃなかったんで」


「そうですよね」


頷きながら、俺は問いの横に小さく線を引いた。

進んで、止まり、戻った。男が見たのは、その動きまでだ。

「探していた」という意味をつけたのは俺で、今の質問では、その意味ごと相手に渡してしまう。


聞きたい答えがあると、質問にも出る。

気をつけているつもりでも、こういうところで顔を出すものらしい。


*


二人目は、夜勤明けの帰り道で見たという女性だった。

数年前に閉鎖された商業施設の駐車場で、靴を引きずるような音を聞いたらしい。

夜はほとんど人の来ない場所なので、不審に思って足を止めたという。


女性は俺のカメラを見ると、首を横に振った。


「顔は映さないでください。職場にも話してないんです」


「分かりました。録音は大丈夫ですか」


頷くのを待ってカメラを鞄へ戻し、録音機を置く。

何を見たのか話してもらえれば、それでいい。

怯えた顔を撮るために来たわけではなかった。


「歩く音が、途中で何度も止まるんです。誰かいるのかなと思って、ライトを向けたら……」


言葉が途切れ、女性の視線が湯飲みへ落ちる。


「足だけがいたんです。腰のところで終わってて、その上には何もなくて」


俺は続きを待った。


「三歩くらい進んで止まって、向きを変えて。また歩くんです。どっちへ行きたいのか、分からないみたいでした」


「近づいてきましたか」


「いいえ。私の方へは来ませんでした」


聞こえたのは靴底の擦れるような音だけで、声などはなかったという。

俺がメモを見直し、次に何を聞くか考えていると、女性がふと顔を上げた。


「あれ、上がないのに倒れなかったんですよね」


ペンを止め、彼女を見る。


「腰が傾くんです。今にも倒れそうになって、それでも戻るんです。不安定なのに、立っていられる」


女性は湯飲みを置き、そこに添えていた指を離した。


「まるで、歩き方を忘れた人みたいでした」


*


事務所へ戻って録音を聞き直し、目撃地点を地図に移していく。

集めた話は、細部まで一致するわけではなかった。

服装や靴の形はまちまちで、裸足だったという話さえある。

同じものを見たとは限らないし、先に噂を聞いて、それに似せて書かれたものが混じっている可能性もある。


それでも、動きには似たところがあった。

夜、人の少ない場所を歩く。数歩で止まり、向きを変える。

そして、確認できた範囲では、誰も襲われていない。


場所の曖昧な古い情報を外すと、最近の目撃談は町外れの一角に集まった。

女性の話に出てきた閉鎖施設を中心に、北側の細い道路、南側の広い駐車場、その周辺へと印が並ぶ。

地図を少し引いて眺めると、施設の周りを囲んでいるようにも見えた。


同じ噂が、その辺りだけで広まっているのかもしれない。

近所の誰かが話せば、聞いた人間も、夜にそこを通る時には足元が気になるだろう。

俺も今、地図上の印を見て、何かの通り道を見つけたような気になっている。


「……散歩にしちゃ、ずいぶん狭いな」


確かなのは、見に行く場所ができたことだけだ。

地図を保存し、翌日の予定に「現地確認」と書き込んだ。


*


翌日の午後、車で町外れへ向かった。

住宅の間に空き地が増え、やがて道の片側が草地に変わる。

その先、道路から少し奥まったところに、錆びたフェンスに囲まれた建物が見えてきた。


建物へ通じる門には鎖がかかっている。

南側に広がる駐車場には一台の車もなく、薄れた白線の間から雑草が伸びていた。

道路脇に車を停め、カメラを持って外へ出る。


昼間に見ると、不気味というより、ただ長く使われていない場所だった。

風に押された草が揺れ、緩んだ金網が小さく鳴る。

建物の窓は内側から塞がれ、外壁には、看板を外した跡らしい色の違いが残っている。


道路側から建物と駐車場を撮ってみたが、歩く足など、どこにも見当たらない。


「……昼の部は、やってないか」


カメラを下ろして奥を見渡した。

街灯はあるものの、道路際だけだ。

夜になれば建物沿いは暗くなり、今見えている草や壁の染みも、ほとんど見えなくなるだろう。

そこで靴音を聞けば、誰がいるのか確かめようと、ライトを向けたくなる。


あの女性も、そうしたのかもしれない。

何となく、自分の足元を見た。

二本ともある。


見たところで何が変わるわけでもないのに、少し安心した。

取材先で自分の足を数えるようでは、先が思いやられる。


*


近くの住宅を訪ねると、七十代ほどの男性が話を聞かせてくれた。

施設は何年も使われておらず、今では時々、管理をするらしい人間が来る程度だという。


「夜になると、歩く音がするんだよ。誰もいないはずなのにな」


「確かめに行ったことは?」


「行かんよ。夜中にあそこまで出ていくほど、若くない」


俺もそのくらいの年になれば、まともな断り方を覚えるのだろうか。

できれば、今からでも覚えたい。

男性は笑い、施設の方へ顎を向けた。


「ただ、見たって人はいる。腰から下だけで歩いてるってな。昔からある話だが、近頃また聞くようになった」


「ご自身では、姿は見ていない?」


「ああ。音だけだ」


姿の話と音の話を分けて書き留めていると、男性が思い出したように続けた。


「そういえば、呼ぶ方法があるって聞いたな。若い連中が試したらしい」


「どうやって?」


「夜、駐車場で石を拾って、地面を叩くんだと」


指先で、足元を叩く仕草をする。


「それで、『迎えに来た』って三回言う。すると、足だけの女が出るらしい」


「女なんですか」


「噂じゃな。顔もないのに、どうして分かるのかは知らん」


「試した人たちは?」


「逃げたってよ。怖かったんだろう」


俺はペンを止めた。

迎えに来たと言っておきながら、本当に出てきたら逃げる。


「……ずいぶん勝手な迎えだな」


「何か言ったかい?」


「いえ、こっちの話です」


男性に礼を言い、家を辞した。


*


帰る前に、もう一度施設の前へ車を寄せた。

西日を受けたフェンスの影が、駐車場へ長く伸びている。

建物沿いにはもう日が当たらず、昼間は見えていた壁の下の方が、暗く沈み始めていた。


撮った映像を確認しても、建物と草地しか映っていない。

風に金網が鳴る音も入っているが、靴音と間違えるようなものではなかった。

カメラの画面を閉じると、女性の言葉が頭に浮かんだ。


歩き方を忘れた人みたいだった。

数歩進んでは止まり、向きを変える。

人を追うでもなく、施設の周りを歩いている。

何かを探しているのか、それとも、どこかへ行こうとして行けずにいるのか。


迎えを待っている、と考えたのは、さっきの話を聞いたからだろう。

呼びかけの言葉を知っただけで、見てもいない相手の事情まで、それらしく思えてくる。

俺はカメラを鞄へ収め、駐車場から目を離した。


今夜、もう一度来てみる。

呼び出し方は悪戯かもしれない。何も出ない可能性の方が高いだろう。

それでも、地図と証言を眺めているだけでは、これ以上は進めなかった。


「……迎えに来た、か」


口にしてみると、妙な言葉だった。

誰なのかも知らない。どこへ連れていくのかも決めていない。

それなのに、以前から約束していたような顔をして呼びかける。


もし俺が待っている側なら、あまり信用したくない迎えだ。

首を振り、車へ戻った。

まだ、ただの噂でしかない。


*


車を出した時、バックミラーの端で何かが動いた。

駐車場の奥。建物の影の中に、細長いものが二本、並んで見えた。

ブレーキへ足を移しかける。その間に車の向きが変わり、ミラーにはフェンスと道路だけが映った。


草だったのかもしれない。影の重なりを、さっきまで考えていたものに見立てただけかもしれない。

カメラは鞄の中だ。あとから見返せる映像もない。

俺はミラーをもう一度見て、それから前へ目を戻した。


アクセルに戻した右足と、床に置いた左足が、急に気になった。


「……悪いな。帰りも使うんだ」


冗談のつもりだったが、笑えなかった。

足だけのものが本当に現れたら、俺はどうするのだろう。

迎えに来たと言っておきながら逃げた連中を、さっきは勝手だと思った。

だが、自分なら逃げないと、言えるわけでもない。


信号が赤に変わり、俺はブレーキを踏んだ。

車が止まってからも、しばらく足裏に力が入っていた。

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