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5 奇人の不思議の術

寺子屋に現れた奇人――風来山人こと平賀源内。

派手な羽織に奇妙な髷。

そして、西洋蘭学の「不思議の術」。

子供たちは目を輝かせますが、鏡之介はどこか不機嫌そうです。

そんな中、源内はある頼みごとを口にするのでした。



 円を描くように集まっている男の子たちの中心にいるのは、派手な濃紫の羽織を身にまとった男だった。

 水絵が「変な髷」と、思わずつぶやいてしまった髷は、妙に大きい輪が、まるで前へ進もうとしているかのように突き出している。

 濃紫の羽織には、大きな流水紋が描かれ、着物は浅葱色――。

 奇天烈としか言いようのない光景に、水絵が身動きできずにいると、本堂の中からるいが水絵を呼んだ。


「水絵姉ちゃん、これ見て!」


 声のした方を見てみると、そこには女の子が固まっている。よく見ると、男を囲んでいるのは男の子だけで、女の子は別の場所に集まって、なにかを見ている様子だった。


「なにかな?」


 部屋に入って、るいたちの方に行く。


「ほら、これ、綺麗でしょ?」


 るいが差し出したのは、小さな箱に入った、透明な石。朝の陽光を受けて、きらきらと輝いている。


「石なのに、まるで氷みたいでしょ?」


「こっちも綺麗なの」


 千代が差し出したのは、紙のように薄い石。こちらは色がついているが、輝いているのは同じだ。


「これ、なんて言うのかな?」


 問われて水絵は考える。はじめて見る物だが、なにかの書物で読んだ気がする。

 思い出そうとしていると、男の子たちの声が耳に入った。


「ほんとだ。字が大きく見える!」


「すごい!」


 騒いでいるのは、主に新吉のようだ。

 その時、水絵は、透明な石の名前を思いついた。


「こっちは……『水晶』かもしれない」


「当たりだ」


 そう言ったのは鏡之介。いつの間にか、水絵のすぐ後ろに立っていた。風呂敷包みは、師匠が使う文机の上に乗っている。


「こちらは分かりますか?」


 水絵が問うと、鏡之介はこともなげに言った。


「『きらら』だな」


「雲に母と書く、きららですね」


 名前は知っていたが、どちらも実物を見るのははじめてだ。


「こんなに綺麗な物だったんですね」


 水晶や雲母に見とれていた時、子供のものではない声が言った。


「この硝子玉は、物を大きく見せるだけではないぞ。日輪を招き寄せることもできるのだ」


 鏡之介よりも少し高い、まるで役者のように通る声だった。


「ほうら、見てみろ」


 その時、鏡之介が寺子たちをかき分け、男の手から、なにか光る物を取り上げた。


「寺を燃やす気ですか?」


 男は、鏡之介を見上げると、にやりと笑った。


「久しぶりだな、(きょう)


 その言葉に、水絵は確信した。この男は、平賀源内だ。


 いつもは穏やかな鏡之介が、ひどく厳しい顔をしているのを見て、寺子たちは戸惑っていた。それに気づいた水絵は、にらみ合うふたりの間に入った。


「……あの、源内先生は、なにをなさろうとしていたんですか?」


 名前を呼ばれたことに、源内はちょっと驚いたようだったが、すぐに得意そうな笑顔に変わり、


「西洋蘭学の『不思議の術』を見せようと思ってな」


 と言った。子どもたちの目はきらきらと輝いたが、鏡之介は不機嫌そうな顔を崩さなかった。


「『不思議の術』ではなく、これは『窮理(きゅうり)』でしょう」


「相変わらず、頭が固いな。『不思議の術』と言った方が、面白いだろうが」


「ここは、見世物小屋じゃありません。寺子屋です。学問の場所だ」


 刺々しいやりとりに、きらきらと輝いていた子どもたちの目が曇り始める。千代などは、今にも泣きそうだった。水絵は再び、ふたりの間に入る。


「あ、あの、その『きゅうり』は、危険なものなんですか?」


「『不思議の術』な。別に危険じゃねえ」


 源内の目は、挑むように鏡之介を見ている。鏡之介は諦めたようなため息を吐いた。


「場所を選べと言っているんです」


 鏡之介の指示で、寺子たちは砂利庭に移動した。


「見てろよ」


 源内は得意そうに言うと、砂利の上に反古紙を置く。見立番付だ。そして、手に持った硝子玉をその上にかざす。すると、番付の中央、黒々と太く書かれた文字の上に白い点が現れる。やがて、そこから細い煙が立ち上り、それは程なく小さな炎となる。


「うわあっ!」


 という歓声が、子どもたちの中から沸き上がり炎が大きくなりかけた時――。

 バシャッ!! という音とともに、水がかけられ、火はあっという間に消えた。

 そこには、手水場の柄杓を手にした鏡之介がいた。

 源内が苦笑する。

 その時、新吉が源内の袖を引いた。


「おじさん、それ、よく見せて」


 新吉の手に、硝子玉を落としてやりながら、源内は鏡之介に、


「ちょっと無粋じゃねえか。あんなに早く消さなくても……」


 と言う。


「無粋でけっこう。俺は……」


 鏡之介は不意に言葉を切り、新吉に駆け寄った。新吉は、硝子玉を目に当て、空を見上げていた。


「駄目だ!」


 言うなり、新吉の手から硝子玉を取り上げる。


「なにすんだよう」


 不満そうな新吉に、鏡之介が諭す。


「硝子玉で日輪を見てはいけない。目が焦げる」


「ひっ」


 声にならない悲鳴を上げ、新吉が自分の目を押さえた。


「大丈夫だ。今見えているのなら、心配ない」


 新吉はおそるおそる手を外し、


「うん。見えてる」


 と、安堵の笑みを漏らした。

 鏡之介は、硝子玉を源内に返しながら、


「子どもに見せるのなら、もっと心配りをしてください」


 と釘を刺す。源内は、新吉の様子を見て、


「悪かった。気をつけていたつもりだったんだが……」


 と、驚くほど素直に謝った。だが、すぐに皮肉な笑みを浮かべた。


「まるで、寺子屋の師匠のようじゃねえか、鏡」


 と言った。


「寺子屋の師匠ですから」


 さらりと返して本堂に向かう鏡之介に、源内が呼びかける。


「鏡、頼みがある。話を聞いてくれ」


 その声はよく通り、寺子屋にいる全員が振り返った。

 水絵はひやりとしたが、鏡之介は動じなかった。


「今から手習いです。話があるなら、終わってからにしてください」


 冷たい物言いだったが、源内も怯まない。


「わかった。待ってるよ」


 その時、礼次が近寄ってきて、小さな声で源内に尋ねた。


「あの……昨日、寺子屋に判じ物を貼ったのは、おじさんですか?」


「ああ。解けたか、判じ物?」


 礼次が頷くと、源内はまた大声で言った。


「解けたか。さすが鏡だな」


 すると、鏡之介がくるりと振り向いた。

「解いたのは俺じゃない。そこにいる水絵先生(・・)だ」


 その時、水絵の脳裏に、判じ物の文章が浮かび上がった。


「きょう、たすけて」



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

寺子屋に現れた平賀源内は、子供たちに西洋の「不思議の術」を見せました。

けれど源内がここに来た本当の理由は、まだ語られていません。


「鏡、助けて」


その言葉の意味が、次回から少しずつ明らかになります。


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