4 包んでこその風呂敷
判じ物の送り主は、風来山人。
その正体は、奇人として知られる平賀源内でした。
けれど鏡之介は、「からかわれているだけだ」と言います。
本当にそうなのでしょうか。
「……平賀源内」
水絵がつぶやくと、鏡之介はちょっと意外そうな顔をした。
「知らねえか?」
「いえ。名前は聞いたことがあります。ええと……瓦版で読んだんですけど、『物産会』とかいうのを開いたり……あ、あと、寒くなると赤くなる棒を作ったとか……?」
曖昧な記憶をたどって水絵が言うと、鏡之介がぷっと吹き出した。
「寒さで赤くなるんじゃない。赤い物が動いて、寒さが数でわかるんだ」
どんな物なのか、水絵には全く想像できないが、
「そんな物があるなら、見てみたいです」
とは、思った。
鏡之介は、「ふうん」と頷いただけで、それ以上、なにも言わない。
「それにしても、風来山人先生が、平賀源内って人だなんて、知りませんでした。戯作以外にも、色々やってるなんて……どんな人なんだろう」
あからさまに尋ねるのははばかられて、そんな風に言ったのだが、鏡之介はちゃんと答えてくれた。
「まあ、才人というのは確かだな。いろんなことに首を突っ込むが、下手の横好きに終わらない。本草学者、医者、蘭学者、戯作者、俳諧師……数え上げたらきりがない。ひと言で言えば……変わり者だ」
そんな風に言うのだから、かなり親しい間柄だったのではないかと、水絵は思う。
「おいくつくらいの方なんですか?」
「俺より十ばかり上だったから……」
今は、四十歳くらいか……という口調は、懐かしさを感じているようにも見えた。
鏡之介は「変わり者」と括ったが、「才人」であるとも言っていた。そんな才人が、「たすけて」と助太刀を請う相手が、鏡之介……。ただの浪人ではなかったのだなと、今さらながらに思い知らされた。
それでも……。
「どうするんですか? 平賀源内……先生は、鏡之介さんに助けを求めているんでしょう?」
「そう言われてもなぁ、俺は、今、源内さんがどこにいるのかも知らねえよ」
いつの間にか「あいつ」から「源内さん」に変わっている。ふたりの親しさが伝わってきて、水絵はなにか複雑な気持ちになった。
「でも、助けてって言ってるんですから」
力になってあげた方がいいんじゃないですか? と言うと、鏡之介は、ふんっと鼻で笑った。
「本当に困ってるなら、こんな判じ物で伝えたりしねえよ。俺のことをからかってるんだよ、源内さんは」
鏡之介はそう言って、最後の文机を片付けたが、水絵は「そうなのかな?」と思った。
平賀源内という人のことはよく知らないが、風来山人の戯作は色々読んでいる。あの作者なら、素直に「助けてくれ」と頭を下げに来たりはしないのではないか? 昔は親しくしていても、今は疎遠になってしまっている相手なら、なおさら……。
そんなことを考えていると、不意に鏡之介が言った。
「それにしても、往来物や草双紙が好きなのは知っていたが、談義本なんかも読むんだな、水絵は」
「貸本屋さんに勧められたんですよ。『面白いから』って」
「で?」
何を聞かれたのかわからず、黙っていたら、鏡之介は苦笑しながら訊いてきた。
「面白かったのか、『風流志道軒伝』は?」
「ああ……」
読んだ時のことを思い起こす。
「面白かったです。とても。普通は考えつかないような新しいことが、どんどん出てくるし。書いた人は、ずいぶん博識なんだろうなって、思ってました」
鏡之介が言った平賀源内の人となりを知れば、それもなるほどと思える。
「でも……」
言いかけて、水絵は口をつぐんだ。それ以上言うと、悪口になってしまいそうだったからだ。鏡之介が源内と知り合いなら、言わない方がいいだろう……水絵はそう思ったのに、鏡之介は、
「なんだ? 言いかけたんなら、最後まで言え」
と急かす。水絵は、覚悟を決めて続きを言った。
「確かに、博識な人だし、才もあるんでしょうけれど、その博識や才という風呂敷を、畳の上に広げて見せてる気がします。その……とてもとても大きな風呂敷を」
「広げるだけじゃあ、役に立たねえな、風呂敷は。物を包んでこその風呂敷だ」
自分が感じていたことを、鏡之介に見事に言い当てられ、水絵は嬉しいような、恥ずかしいような不思議な気持ちになった。
それでも、鏡之介が怒っていないことだけはわかったから、ほっと胸をなで下ろした。
――翌朝。
その日、水絵は、家を出るのが少し遅れてしまった。寺子たちはもう来ているかもしれない……と、水絵が眞性寺に駆けつけた時。
「……鏡之介さん」
鏡之介が、山門で所在なさげにたたずんでいた。その手には風呂敷包みがある。中身は一尺ほどの箱のようだった。水絵の視線に気づいた鏡之介は、その風呂敷包みをちょっと持ち上げて、
「包んでこその風呂敷だ」
と言った。中身は教えてくれそうにない。
「それにしても、なにしてるんです、こんなところで」
「いや、ちょっとな……水絵も、遅かったじゃねえか」
「出がけに、鳴門屋さんが来て、おっかさんに急ぎの仕事を頼んだんですよ。あんまり無茶な注文だったから、つい口を出しちゃって」
鳴門屋は、母に仕立物を頼んでいる呉服問屋だ。そう言った時、水絵はそれに気づいた。
「え? 今日は『かまわぬ』なんですか?」
「目ざといな」
鏡之介は苦笑した。
水絵の言った『かまわぬ』は、小紋の柄だ。鎌の絵と、丸印、そしてひらがなの『ぬ』。合わせて『かまわぬ』。
初対面の時着ていたのが『七転八起』の文字が描かれたいわれ小紋だったように、鏡之介は文字の意匠のいわれ小紋を好んで着ている。その文字は、「干支づくし」だったり、「寿」「三都――京、大坂、江戸」といった、どちらかと言えば縁起のいい物だったのだが……。
今、鏡之介が着ているのは、「かまわぬ」を染め込んだ藍色の袷。さらに深い藍色の羽織に、羽織紐は藍と濃茶の丸組。それは、丈の高い鏡之介には、恐ろしいほどに似合ってはいたが……。
「かまわぬ」という選択が、今、ここでたたずんでいることと、何か関係があるのだとしたら……?
そんなことを考えていたとき、寺の方から子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
「もう、みんな集まってるじゃないですか。急ぎましょう」
なんだか嫌そうなそぶりを見せる鏡之介を急き立て、水絵は寺子屋に向かった。
子供たちは、部屋の中心を取り巻くように集まっていた。その中心にいたのは……。
「変な形の髷……」
と、思わず水絵がつぶやいてしまうような、少し奇天烈な風体の男だった。
読んでくださり、ありがとうございます。
判じ物を書いた人物――風来山人こと平賀源内。
その奇人が、ついに寺子屋へ姿を現しました。
けれど、その風体は水絵が思わず「変な形の髷」とつぶやいてしまうほどで……。
次回、奇人登場です。




