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2 浮かび上がった言葉

貼り出されていた判じ物は、ただの掛算ではありませんでした。

鏡之介が出した答えを手がかりに、水絵はそれを手習いの題材にします。

数字と七つの言葉――

その組み合わせが意味するものとは?


「えー、手習い? つまんねえよ。判じ物の続きしようよ」


 新吉が大声を上げる。

 すると、鏡之介が新吉の尻をぽんと叩きながら言った。


「話をよく聞け。水絵は『これを使って』と言っただろう? 判じ物を使って手習いしてくれるんだよ」


 新吉はきょとんとしていたが、鏡之介に追い立てられるように、部屋の中に入っていった。

 水絵は、判じ物に書かれた七つの言葉を、反古紙一枚ずつに大きく書き写した。それを並べて、寺子に問うた。


「この中で、読める字がある人」


 新吉が真っ先に手を上げた。


「これ、分かる! 鏡之介先生の『きょう』だ」


 すると、礼次が遠慮がちに口を開く。


「確かに『きょう』だけど、『かがみ』って読むんじゃないかな? その方が意味がはっきりするし」


 礼次は答えを求めるように、水絵を見た。


「そうね。どっちも読むから、ここは両方書いておきましょう」


 水絵は、「鏡」と書かれた紙の横に、「きょう」「かがみ」と書き添えた。ふと気になって顔を上げると、鏡之介は子供たちの背後で、並んだ紙を見つめていた。その表情に、いつもとは違う陰りを感じ、水絵の心にわずかな不安がわき上がった。

 けれども、今は「手習い」の時間だ――水絵が、不安を振り切った時、


「これ、なんて読むのか分からないけど、お寺でよく見る」


 そう言って、「経典」を指したのは、礼次の妹、るいだ。


「こっちも、お寺でよく見る」


 るいの真似をするように、千代が「法要」を指す。


「そうね、どっちもお寺に関係する言葉ね」


 水絵が言うと、少し大きい子たちが「きょうてん」「ほうよう」と口々に言った。


「その通り!」


 水絵は、小さい子たちのために言葉の意味を説明しながら、読み仮名を書き添えた。


「ほかには?」


 水絵が尋ねると、礼次が「忠信孝悌」を指した。


「おれ、これ分かる。『ちゅうしんこうてい』」


「ええ、その通りね」


 水絵がちょっと驚くと、鏡之介が感心した口調で言った。


「礼次は『論語』も読んでるのか?」


 こくりと頷くのを見て、水絵は首をかしげた。


「寺子屋に『論語』はないけど……」


 礼次は気まずそうに小声で言った。


「誠太郎さまにお借りして……」


「……ああ。そうなの」


 ふたりが仲良く草双紙を読んでいるのはよく目にしていたが、そこまでだとは思ってもみなかった。すると、後方から、礼次に問う声がした。


「意味は分かるか?」


「真心を尽くして偽りなく、父母や目上の人によく尽くすこと……です」


 礼次は、鏡之介をまっすぐに見上げて言い切った。

 鏡之介は一瞬あっけにとられ、それからかすかに微笑んだ。


「見事だ」


 鏡之介に褒められ、礼次はうれしそうに頬を染めた。


「後の言葉はなんて読むんだよー。早く判じ物を解こうよー」


 退屈した新吉が不満げに声を上げる。

 その後、「ほそゆき?」「はなかた?」などと声が上がったが、正解が出なかったので、水絵が答えを出した。


「これは、『ささめゆき』……こまかに降る雪のことね。こっちは『はながた』。綺麗で人気のある歌舞伎役者さんのこと」


「月之丞さんだ!」


 千代がうれしそうに叫んだ。


「そうね、月之丞さんみたいな人のこと」


 千代と一緒に初春狂言を見た新吉が自慢話をしそうになるのを遮って、水絵は続けた。


「これは『こうずけのすけ』。昔の人の名前ね」


 連想するのは「吉良上野介」だが、あえてそれは口にしない。

 全部の文字に読み仮名を振ると、水絵はそれを書かれていた順番に並べた。


 細雪    →ささめゆき

 経典    →きょうてん

 法要    →ほうよう

 花方    →はながた

 上野介   →こうずけのすけ

 鏡     →きょう・かがみ

 忠信孝悌  →ちゅうしんこうてい


「これに……さっき、鏡之介さんが解いてくれた掛算の答えを書いていくと……」


五 細雪    →ささめゆき

二 経典    →きょうてん

二 法要    →ほうよう

四 花方    →はながた

六 上野介   →こうずけのすけ

六 鏡     →きょう・かがみ

八 忠信孝悌  →ちゅうしんこうてい


「わかる?」


 水絵の問いに、答える寺子はいない。きょとんとしている者や、最初から諦めている者、真剣に考えている者……様々だったが……。


「分かった気がするけど、ひとつおかしい」


 と、口を開いたのは、やはり礼次だった。


「言ってみて」


 水絵が促すと、礼次は最初の「細雪」の紙を指して言った。


「多分、五という数字は、五番目の文字ってことだと思うんです。だから、『ささめゆき』なら『き』」


 水絵は筆をとり、「ささめゆき」の「き」に赤い丸印をつけた。


「だから、『きょうてん』は『よ』、『ほうよう』は『う』……」


 水絵は、礼次の言葉に合わせて、赤丸をつけていく。だが、「鏡」の所で、礼次の言葉が止まった。


「これだけおかしいんだ。「きょう」でも「かがみ」でも、六番目の文字がない」


「じゃあ、とりあえず、飛ばしましょう」


 水絵はそう言って、最後の「ちゅうしんこうてい」の「て」に丸をつけた。


五 細雪    →ささめゆき      →き

二 経典    →きょうてん      →ょ

二 法要    →ほうよう       →う

四 花方    →はながた       →た

六 上野介   →こうずけのすけ    →す

六 鏡     →きょう・かがみ

八 忠信孝悌  →ちゅうしんこうてい  →て


「き・よ・う・た・す・……て……?」


 新吉が大声で言う。


「この分からない文字はなんだと思う?」


 水絵が尋ねると、礼次がためらいがちに言った。


「多分、『け』。『たすけて』になると思う」


「そう、『助けて』」


 水絵は頷きながら、鏡之介の表情を見た。そこには、何の感情も見えない能面のような顔があった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

七つの言葉と七つの数字から浮かび上がった言葉は、

「助けて」。

ただのいたずらなのか、それとも本当に誰かの助けを求める声なのか――。

次回、鏡之介と水絵がこの判じ物の主を追います。

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