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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第五章 知らない道の向こう

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第152話 知らない側へ

「フィロスさんも来るんですね」


 そう言うと、向かいの席からじろりと睨まれた。


「来ては悪いのか、石ころ」


「いえ。むしろ、来てくれると助かります」


「……ふん」


 フィロスは鼻を鳴らして、卓の上の地図へ目を戻した。隣に座るミレイが俺へ会釈する。


「フィロス様も、今回は積極的に探索するおつもりです」


「ミレイ、余計なことは言わなくていい」


「はい。では、必要なことだけお話ししますね」


 言い方は丁寧なのに、ちっとも引いていない。


 昨日は三人で荷物を背負って町を歩いた。その翌日の午後、ラウルに呼ばれてギルドへ来てみれば、奥の卓には思った以上に顔が揃っていた。


 ラウルとマルタ、前の調査でも一緒だったラウルの仲間が二人。フィロスとミレイに、俺たち三人。九人だ。


「前より一人少ないんですね」


「ああ。こちらの一人は別の仕事が入った。残りの者とは予定を合わせられそうだ」


 ラウルはそう答えて、地図をこちらへ向けた。


 第二分岐の左奥、前回通った岩室からさらに上り、下りに転じたところで、地図の線は途切れていた。


「今回、確かめたいのはここだ」


 指が、何も描かれていない紙の上で止まる。


 地図の上では指一本ぶんの空白だ。けれど、実際にそこまで歩いてきたことを思い出すと、やけに遠く感じる。


「その先に、何があるか分かっている人は?」


 俺が尋ねると、ラウルは首を振った。


「少なくとも、今使っている記録にはない」


「じゃあ、本当に初めてなんですね」


 ヴェラが少し身を乗り出した。


「……楽しみです」


 声は小さかったが、卓にいたマルタがすぐに顔を上げる。


「私も。前はあそこで帰ったからね」


 マルタがヴェラの丸盾へ目をやった。


「ただし、今回は荷物もある」


「昨日、背負って試してみました」


「どうだった?」


「盾を引くと布包みに当たりました。でも、直せそうです」


「だったら、出発までに一度見せてよ。参考にしたいから」


「はい。ぜひ」


 話が早い。俺がドランに相談した時とはずいぶん違う。


◆


「石ころ」


 フィロスに呼ばれ、地図から顔を上げた。


「お前は、ダンジョンに何を求めてるんだ?」


「何を、ですか?」


「どうせ宝箱だの隠し部屋だのと言うんだろう」


「……どうして分かるんです?」


「フィロス様も最初の頃そんな感じでした」


 隣のミレイさんが口を挟んだ。


「そんなことない!」


 フィロスも同じ道を通っていたのか。


「でも、フィロスさんは魔物が気になるんじゃないですか?」


「当然だ。今までと違う魔物がいるなら、先に知っておく必要がある」


「新しい魔物って、少しわくわくしますよね?」


「……お前と一緒にするな。知らずに踏み込めば、誰かが死ぬ」


 思いがけず低い声だった。


 俺が口を閉じると、フィロスは地図の線の端を指で叩いた。


「だが、何がいるのか分からんからといって、いつまでも手前で止まっているわけにもいかん。見に行くからには、見て帰る。それだけだ」


「……そうですね」


「お前は、見つけた物へすぐ手を出すなよ」


「俺だけですか?」


「特にお前だ」


 隣でエルザが頷いた。昨日のことは、まだ覚えているらしい。


 ラウルが地図を畳みかけて、手を止めた。


「先へ行きたいのは俺も同じだ。ただし、戻れなくなるような進み方はしない。泊まるかどうかも現地で決める」


「それで、出発は?」


 マルタが尋ねる。


「三日後の朝を考えている。俺たちとフィロスたちは都合がついた。君たち三人はどうだ?」


 ようやく、出発の日が見えてきた。


 エルザが手帳を開いたが、すぐに書くのをやめて俺たちを見た。


「大丈夫そうですか?」


「俺は行けます」


「私も大丈夫です」


 ヴェラの返事は早かった。エルザも頷き、ラウルへ向き直る。


「では、私たち三人とも参加します」


「ありがとう。なら、三日後の朝で決まりだ。受付の方は俺から通しておく。明日のうちに分担だけ相談させてくれ」


「分かりました」


 俺はもう一度、畳まれる前の地図を見た。


 線の先は、やっぱり白いままだった。


◆


 三日後。


 〈灰石の口〉の前に立つと、いつもの朝と少しだけ景色が違って見えた。


 入口脇ではガイルが木札を並べている。集まったのは、あの日ギルドの卓にいた九人だ。


 俺の背中にも、今までより重い背嚢がある。


「ノワールさん、今日はちゃんと戸柱を避けられましたね」


「もうその話はいいでしょう」


 エルザは何も答えず、俺の肩越しに背嚢を見た。


 横ではヴェラが丸盾を構え、左へ少し引いてから戻していた。布包みは以前より中央へ寄せてある。盾の縁は当たらない。


「大丈夫そうですか?」


「はい。マルタさんにも見てもらいました」


「全員、揃ったな」


 ラウルに呼ばれ、九人が入口の前へ集まる。


「前の調査で通れた道でも、今日は同じとは限らない。何かあれば、その場で声を掛けてくれ」


「分かった。まずは行こう」


 フィロスが応じると、ミレイが横から笑みを向けた。


「フィロス様。木札をまだ受け取っていませんよ」


「……今、受け取るところだった」


 ガイルが差し出した札を、フィロスは何事もなかったように受け取る。


 俺も自分の札を受け取り、番号を確かめた。いつもと同じ木の手触りなのに、今日は帰ってくるまでが少し長くなるかもしれない。


 それを鞄へしまったところで、エルザが隣へ並ぶ。


「緊張してます?」


「少し。楽しみでもありますけど」


「私もです」


 エルザはそれだけ言い、先に入口へ目を向けた。


 岩の向こうから冷たい空気が流れてくる。


◆


 第一層の第三道標を過ぎ、最初の分岐を左へ進む。


 白墨の印が灯りに浮かぶ。曲がり角を抜けるたび、前に通った道だと思い出した。


 第二分岐の左側へ入ると、前回魔物と戦った場所に近づいた。先頭のラウルが立ち止まり、奥を見渡す。


「ここで一度、後ろを確かめる」


 後ろから返事が届いた。狭い場所は前回と同じように、何人かが広い方に残って順に進む。


 岩室に入ると、岩の割れ目が見えた。


 あちらもまだ調べていない。けれど、今日向かうのはその左側だ。


 上りへ入る前に、背嚢の重みを肩で支え直す。町で背負った時とは違い、足元は平らではない。


 慎重に進む。上りを抜けると、道は緩やかな下りへ変わる。


 ここまでは知っている。


 ラウルが足を止める。エルザの灯りが届くのは、下り道が右へ曲がるところまでだった。


「この辺りで前回は引き返したな」


「ああ」


 ラウルの言葉に、フィロスが短く応じた。


 俺は後ろを振り返った。ヴェラの丸盾、その隣のマルタ、少し奥に残る仲間たちの灯りが、曲がり角の向こうまで続いている。


 さっきまで普通に話していた人たちが、今は誰も無駄な声を出さない。


「……進むぞ」


 ラウルが足を踏み出す。


 一歩、二歩。


 エルザが灯りを少し前へ送った。下りの先から、濡れた石の匂いが漂ってくる。


「待て」


 フィロスの声に、ラウルはすぐ足を止め、片手を上げた。俺たちもその場で立ち止まる。


「この先に魔物がいる」


 俺は灯りの先へ目を凝らした。曲がり角の向こうまでは見えず、物音も聞こえない。


「何か聞こえたんですか?」


 俺が尋ねると、フィロスは短く答えた。


「いや。だが、いる」


 その時、暗い奥の方で何かが小さく鳴った。


 石が転がるような音だった。ひとつだけで終わり、あとは何も聞こえない。


 俺は剣の柄へ手を添えた。


 音のした場所は、まだ見えなかった。


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