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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第五章 知らない道の向こう

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第149話 泊まる条件

 食堂で魚を分け合った日から、三日が過ぎた。


 その間、俺はいつもどおり朝の稽古へ通い、日中は三人で町の仕事を探し、宿へ戻って夕食を食べていた。変わったことといえば、エルザの手帳に荷物の項目が少しずつ増えているくらいだろうか。


 今朝もその手帳を眺めていると、俺の向かいでヴェラが丸盾の革紐を締め直した。


「ノワール様。前に話していた、荷物を背負って剣を振る稽古はどうでしたか?」


「師匠に相談はしましたよ」


「何て言われたんです?」


「『まず普通に振れ』でした。おかげで三日間剣を振りっぱなしです」


 全然、剣を受ける稽古をさせてもらえなかった。


 エルザが手帳を閉じた。


「ずいぶん短いお返事ですね」


「饒舌な師匠は想像したくないです」


 荷物を背負う前に、剣を戻す手をどうにかしろ。要するにそういうことらしい。言われたことはもっともなので、今のところ反論の余地はない。いざとなったら荷物を降ろそう。


 女将に空いた皿を渡し、三人で〈鈍色亭〉を出た。今日はギルドへ寄ったあと、午後に受けられる仕事がないか見るつもりだ。


 ところが、受付へ向かうなりミラがこちらを見つけた。


「ノワールさん、エルザさん、ヴェラさん。ちょうどよかったです」


「おはようございます。何かありました?」


「先日の合同調査の件で、ラウルさんからお話があるそうです。今日、皆さんが来たら声を掛けてほしいと頼まれていて」


 エルザと顔を見合わせる。三日前に会った時は、まだ行程も組めないという話だった。


「もう、次の依頼が決まったんですか?」


「依頼の内容と条件はまとまりました。ただ、参加される方たちのお返事は、これからです」


 ミラが手元の紙を持ち上げる。


「お時間があれば、奥の卓で説明を受けていただけますか。受けるかどうかは、聞いてから決めてください」


「はい。お願いします」


 ヴェラも頷いた。エルザはすでに鞄から手帳を出している。


◆


 奥の卓には、前に見せてもらった第一層の地図と、新しい依頼書が置かれていた。


 ラウルは俺たちが座るのを待ち、地図と依頼書を重ねずに並べて見せてくれた。今日はマルタの姿はない。


「急に呼んですまんな。ようやくギルドと話がまとまった」


「いえ。何をする仕事になったんですか?」


「前に引き返した岩室の周りを、もう少し確かめたい。とくに、左から上った先の下り道だ。あれがどこへ続くのか、分かるところまで記録する」


 ラウルの指が、地図の細い線の終わりで止まった。


 前にエルザが、ここから先は描けないと言った場所だ。下り始めるところまでは見たが、その先へは入っていない。


「岩室の正面の割れ目も調べるんですか?」


「そちらは入口の状態を確かめる程度だな。二つ同時に奥まで入ろうとは思っていない。まずは上りの先を優先する」


「一度に全部ではないんですね」


「知らない道が二本あるからといって、二本とも進める理由にはならんだろう」


 それなら、前に通った道を案内する役も必要になる。俺がそう言うと、ラウルは頷いた。


「一度通ったから安全だと決めつけるつもりはないが、足を置いてはいけない場所を知っているのは助かる。前の調査と同じところを、また確認してもらいたい」


 エルザが依頼書に目を落とした。


「最大で二日間、ということですか」


「ああ。日帰りで奥へ入って、慌てて戻ることはしたくない。ただし、必ず一泊するという意味じゃない」


「どういうことでしょう」


 ヴェラが尋ねる。


「夜を越せる場所が確保できるなら、そこで休んで二日目に調べる。場所が見つからない、灯りや見張りを置けない、退路が悪くなった。そういう時は、一日目の帰還に間に合うところで引き返す」


「帰れる時刻を過ぎてから、寝る場所がないと分かるのは困りますね」


「だから、その時刻は出発前に決めておく。現地で無理に延ばさん」


 ラウルが依頼書の一行を指した。そこには、調査を途中で終えても、確認できた範囲を報告すれば依頼として扱うと書かれている。


 エルザはその行を指で押さえた。


「ここは大事ですね。戻ったから失敗、という扱いではないんですね」


「そうしてもらった。先を見たい気持ちで、戻る判断が遅くなっては困るからな」


「報酬は、日帰りになった場合と一泊した場合で違いますよね」


 エルザは依頼書に並んだ二つの金額を見比べ、下の方を指で示した。


「日数が違えば金額も変わる。そこはその時の状況次第だ」


「分かりました。必要な道具の費用は、どこまでこちらで持つんでしょう」


「自分の寝具や食料は各自だ。全員で使う物は、顔ぶれが揃ったところで分担を相談する。準備に無理があるなら、その時点で言ってくれ」


「ありがとうございます。そこも三人で確かめておきます」


 俺は地図へ目を戻した。前に立った岩室の広さは覚えているが、あそこに全員の寝る場所を作れるかと聞かれたら、答えようがない。魔物と戦った場所でもある。


「泊まれる場所の候補は、もうあるんですか?」


「候補を考えることはできる。だが、実際に使えると決めるのは当日だ。広いだけで寝られるわけじゃない」


「そこは、見てからですね」


「そういうことだ」


 ラウルが地図を横へ寄せ、今度は持ち物の欄を見せた。


◆


「水と食料、灯りの予備、休むための布。それに、いつもより荷物が増える」


「ラウルさん。この紙だと、人数分の寝る物と、全員で使う物が一緒になってませんか?」


 エルザが尋ねると、ラウルは紙を覗いた。


「確かに、分かりにくいな。自分で持つ物と、人数で分ける物に分けよう」


「前に私たちも、それを話していたんです」


 エルザが手帳を開く。『歩きながら使う物』『休む時に出す物』と書かれた欄には、すでにいくつかの印が付いていた。


「ほう。準備が早いな」


「まだ買ってない物ばかりですけど」


「買っていないなら、これから決めればいい」


 そう言ってもらえるのはありがたい。俺はここ数日、鍋の売り場を二度ほど通り過ぎている。


 ヴェラは依頼書を自分の方へ引き寄せた。


「マルタさんも参加されるんですか?」


「本人は行きたいと言っている。だが、向こうにも予定がある。まだ確定ではない」


 ヴェラは少し頷いた。肩の力が抜けたようにも見えた。


「ほかの方は?」


 エルザが聞く。


「こちらの仲間にも確認中だ。フィロスたちにも話はするつもりだが、返事はもらっていない。前回と同じ人数になるとは限らん」


 なるほど。十人分の鍋を今から選ばなくてよさそうだ。


「フィロスさんも来てくれるといいですね」


 俺が言うと、ラウルは頷いた。


「あいつの感知は、未知の道を調べる時に頼りになる」


「確かに」


「ただ、フィロスと険悪にならずに一緒に仕事ができる冒険者は、そう多くないんだ」


 エルザとヴェラが同時に頷く。少し笑ってしまった。


「……俺たちも、結構言い合ってますけど」


「言い合いはしても、必要な報告は止めなかっただろう。あいつも仕事の話なら聞いていた。そういう相手は貴重なんだよ」


「仲良くしているかと言われると、少し違いますけどね」


 エルザが手帳から顔を上げた。


「仲良しである必要はないさ。前の調査では、三人とも自分の役目を果たしてくれた。お前たちにまた声を掛けた理由の一つだ」


「でも、俺はまだ石ころなんですよね」


「そこはフィロス本人に言ってくれ」


 ラウルが笑った。


「ノワールは何かあるか?」


「俺ですか。水なら、いざという時に魔法で補えます。前にも話しましたけど」


「ああ、覚えている。使わずに済むなら、それが一番だ」


「もちろん、持っていく分は減らしません」


「それでいい」


 ラウルが水の欄に小さく印を付ける。自分にもできることが一つあるのは、やはり嬉しい。


 その下には、火を使う道具の欄もあった。


「食事は、温められる場所が見つかればいいですね」


「火を使えるかは、空気の流れも含めて確かめてからだ。まずは火が使えなくても食べられる物を持っていく」


「分かりました」


 やっぱり鍋は、まだ先だな。


 エルザがこちらを見て、何も言わずに手帳の『鍋』に丸を付けかけた鉛筆を止めた。


「今、付けようとしました?」


「いいえ」


「絶対付けようとしてましたよね」


「ノワールさんが見ているからですよ」


 俺のせいになった。


◆


 依頼書の最後まで目を通してから、ラウルが俺たちを見た。


「どうだろう。まだ顔ぶれは揃っていないし、出発もすぐではない。無理なら断ってくれて構わん」


「三人で、少し話してもいいですか?」


 ヴェラが先に尋ねた。


「もちろんだ」


 ラウルは依頼書を卓に残し、少し離れた別の卓へ移った。俺たちは顔を寄せるほどでもない距離で、声を落として話した。


「俺は、行きたいと思ってます。前に見たところの先が気になりますし」


「私もです」


 エルザが頷く。


「ただ、行程が決まってから荷物を試して、無理だったら相談し直せることは確認しておきたいです」


「それはそうですね。ヴェラさんは?」


 ヴェラは依頼書をもう一度読み、休憩と帰還の条件が書かれたところを指でなぞった。


「私も行きたいです。ただ、荷物は試してから決めたいです」


 ヴェラの言葉に頷いた。


「じゃあ、参加したいという返事はして、荷物と当日の条件は改めて確認する、でどうです?」


「私はそれでいいと思います」


「私もです」


 ラウルが戻ってくると、エルザが代表して三人の返事を伝えた。


「参加したいです。ただ、具体的な荷物を決めてから一度、実際に背負って確かめたいと思っています」


「構わん。無理に持たせるつもりはない。分担は全員の顔ぶれが決まってから相談しよう」


「夜営できないと判断した時は、予定どおり戻るんですよね」


 今度はヴェラが尋ねる。


「ああ。そこは変えない」


「分かりました」


 ラウルはヴェラに頷いてから、俺へ視線を移した。


「ノワールもいいか?」


「はい。お願いします」


「ありがとう。正式な受付は、全員の予定と持ち物を確認してからだ。出発日が決まったら、またミラさんを通して知らせる」


 参加の意思は伝えたが、まだ日付も人数も決まっていない。まずは荷物を背負ってみないことには、どうにもならない。


 依頼書を返そうとしたところで、ラウルが一つ付け加えた。


「そうだ。今度は、荷物を背負った状態で歩いてもらうことになる。普段と違う重さで動く練習はしておいてくれ」


「はい。ちょうど、師匠に相談しているところです」


「それなら安心だ」


「安心するのはまだ早いかもしれません。普通に振れるようになってから来いと言われましたので」


 ラウルが声を立てて笑った。


「まあ、まずは普通に振れるようになってくれ」


 師匠の味方が増えた。


◆


 ギルドの外へ出ると、ヴェラが肩に掛けた背嚢を一度持ち上げた。


「明日は、この中身を少し入れ替えて試してみたいです」


「私も手伝います。休む時に使う物は、まだ全部揃ってませんけど」


「重さを合わせるだけなら、今ある物で試せると思います」


 ヴェラが言った。


「私はまず、背嚢が盾に当たらない位置を探したいです。ノワール様も、剣が抜けるか確かめた方がいいと思います」


「そうですね。師匠にまた怒られそうですけど」


「怒られない日があるんですか?」


 思い出してみるとないかも。


 何も言い返せずにいると、ヴェラが俺たちの間で小さく笑った。


 明日はまず、荷物を入れた背嚢を背負ってみよう。剣を振るのは、それから師匠に相談することにした。


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