第127話 帰る頃には
受付へ依頼札を出すと、ミラは内容を確かめてから俺たちに目を向けた。
「倉庫の資材整理ですね。三人で受けられますが、よろしいですか?」
「はい。お願いします」
「通路補修用の物資を整理する仕事です。倉庫の担当者の指示に従って、箱の仕分けと棚への移動をしていただきます。積み下ろしもありますので、無理な重さのものは一人で持たないでくださいね」
「分かりました」
ミラから依頼票を受け取り、倉庫の場所と帰還後の報告手順を聞く。エルザは依頼票の裏まで確認してから、鞄へしまった。
「屋内の仕事ですし、今日は早めに終わるといいですね」
「そうですね。魔物もいませんし」
「ノワール様、荷物は重いかもしれませんよ」
「そこは三人で何とかしましょう」
さっき、ダリオが資材箱を運んで腕が上がらなくなったと話していたのを思い出す。まあ、俺たちは三人いる。倉庫の中で片づけをするくらいなら、昼過ぎには終わるだろう。
そう思っていた。
◆
職人区の外れにある倉庫へ着くと、開け放たれた大扉から木箱を積んだ荷車が出てきた。すれ違うために道の端へ寄ると、車輪が敷石の継ぎ目を越えて、ごとんと大きな音を立てる。
中には油と乾いた木の匂いが満ちていた。入口近くの通路には大小の箱が寄せられ、縄の束や細長い木材も壁際に立てかけられている。奥へ行くほど棚が高くなり、棚の前に置かれた荷物で足元が狭かった。
「ギルドから来ました。〈コンパス〉です」
依頼票を見せると、袖をまくった中年の男性が奥の机から出てきた。
「ああ、来てくれたか。助かる。俺はここの担当だ。今、補修用の資材を入れ替えてるんだが、戻ってきた分と新しく届いた分が混じっちまってな」
男性は近くの箱を指し、それから倉庫の奥へ続く通路を示した。
「白墨と縄は右の棚、鉄杭と金具は左。封の札が赤いものは検品待ちだから、触らずここに残してくれ。木材は奥の置き場だ。棚の場所は俺か作業員に聞いてくれればいい」
「運ぶのは、この辺りの箱ですか?」
エルザが足元を見渡す。
「ここから奥までだな。通路に出てるのを片づけたら、向こうの置き場にある分も移してもらう」
男性が奥を指した。薄暗い通路の先にも、さらに箱が積まれている。
……思っていたより、ずいぶん広い倉庫だ。
「持ち上げにくいものは二人で運んでくれ。高い段にはこっちの者が積む。無理に背伸びして落とされても困るしな」
「分かりました」
「終わったところは札で確認する。じゃあ、頼むよ」
男性が作業員の方へ戻ると、俺たちは荷袋を作業の邪魔にならない壁際へ置いた。エルザは肩掛けを整え、ヴェラは袖を少し上げる。
「まず、通路を空けた方が動きやすそうですね」
「そうですね。札を見ながら分けましょう」
「私が奥へ運びます。お二人は、こちらの箱からお願いします」
ヴェラの提案で、入口側の軽そうな箱から手をつけた。
最初のうちは順調だった。
白墨の箱を右の棚へ運び、縄の束は札を確かめて隣へ置く。空いた場所に次の箱を動かせば、通路が少しずつ広くなる。エルザは棚の前に出されたものを仕分け、ヴェラと俺が奥へ運ぶ。運び終えた箱の札は、三人のうち誰かがもう一度確かめた。
「これ、鉄杭じゃありませんね」
ヴェラが木箱の持ち手を離す。
「どれです?」
「金具です。札が裏へ折れていました」
紐を指で直すと、確かに金具と書かれている。俺は箱をいったん床へ戻し、別の棚へ運び直した。
「危なかった。ありがとうございます」
「いえ。並べた後だと、探すのが大変ですから」
いつもならエルザが記録を取っているところだが、今日はその暇もない。箱を抱えたまま行き先を確認し、棚の前を行ったり来たりしている。
しばらくすると、入口の荷物はほとんど片づいた。
「思ったより早いですね」
「この調子なら、昼には終わるかもしれません」
俺がそう言った時、倉庫の男性が奥から戻ってきた。
「お、こっちは片づいたか。じゃあ次、奥の分を頼めるか」
見せられた先には、さっきより大きい箱が並んでいた。
「……はい」
エルザの返事が、少しだけ遅れた。
◆
奥の置き場では、棚の組み替えが済んだばかりらしかった。床には木箱が二列になって積まれ、壁に立てかけた木材の束がその向こうまで続いている。
箱には、これから補修に出す物資が入っているという。空いている棚へ移し、重いものは下、先に出すものは手前へ置く。言葉にすると簡単だが、奥の棚までの距離がなかなかある。
鉄杭の入った箱を持ち上げたところで、腕にずしりと重さが掛かった。
「……おっと」
いったん床へ戻し、持ち手を握り直す。
身体強化を使えば、もう少し楽に持てそうだ。
魔力を動かしかけて、やめた。
先日も、使えるからと何度も身体強化を使って、後の動きが鈍くなったばかりだ。目の前には、まだ運ぶ箱が山ほど残っている。一箱だけ持ち上げて終わりというわけじゃない。
「ヴェラさん、こちらを一緒にお願いできます?」
「はい。反対側を持ちます」
ヴェラが向かいへ回り、声を合わせて持ち上げる。二人なら持てる重さだ。棚の前まで運ぶと、そこにいた作業員が置く段を指してくれた。
次は俺とエルザで持ち、ヴェラが通路の箱を寄せる。小さい箱は一人で、大きいものは二人で。人が通る時は作業を止め、荷車が来れば通路を空けた。
どれも大したことのない動作なのに、同じことを繰り返していると、少しずつ身体に効いてくる。箱の下へ手を入れるためにしゃがみ、持ち上げて歩き、棚の前でまた腰を落とす。腕だけでなく、太腿もじわじわ重くなってきた。
「ノワールさん、それは私が持ちます」
エルザが手を伸ばした。
「大丈夫ですよ。こっちの方が軽いですから」
「さっきから、同じ方の手で持ってますよね」
見れば、確かに右手ばかり使っている。言われて初めて気づいた。
「じゃあ、お願いします」
箱を渡すと、エルザは軽々と――とはいかなかった。両腕で抱え直し、下唇を少し引き結んで棚へ運んでいく。
小柄な身体で何度も運ぶのは、エルザだって疲れるだろう。それでも箱を置いたあと、次の札をちゃんと確かめている。
「エルザさんも、疲れてませんか?」
「少しだけです」
「本当に?」
「……少しより、もう少しです」
正直でよろしい。
ヴェラは木材の束を持つ作業員の手伝いに回っていた。先に行き先を確かめてから二人で運ぶので、こちらが箱を移し終えるたびに、向こうの通路も少しずつ空いていく。
ただ、戻ってきたヴェラは一度、壁に手を添えて背中を伸ばした。
「ヴェラさん、大丈夫ですか?」
「はい。怪我はありません。ですが……今日は、よく身体を使いますね」
「でしょうねえ」
俺が返すと、ヴェラは苦笑した。
「いつもは盾があるのに、今日はないから楽だと思ったんですけど」
「盾より箱の方が手強かったですか?」
「箱は、次々来ますから」
それは確かに。
昼になり、倉庫の担当者が作業を止めてくれた。戸口の外にある低い腰掛けへ三人で並び、水を飲む。さっきまで冷たかった風が、汗ばんだ首筋には気持ちよかった。
「……まだ、奥が残ってますね」
エルザが握っていた水筒を膝へ置く。
「見ました?」
「見ないようにしていました」
「エリカさんと一緒ですね」
エリカも仕事の書類の上へ布を被せて、見なかったことにしていた。消えなかったけど。
エルザも思い出したのか、表情を和らげる。
ヴェラは水を飲み終えてから、膝の上の手を開いたり閉じたりしていた。俺も真似をすると、指の付け根に箱の持ち手の跡が残っている。
リンはエルザの髪際で、こちらの顔を順に覗き込むように揺れていた。エルザが差し出した指にちょこんと止まると、そのまま動かなくなる。
休憩を終えた俺たちは、また倉庫へ戻った。
◆
午後は、奥の棚を埋めていく作業だった。
移動するものが減れば終わりが見えてくるかと思ったが、荷車が入るたびに棚の手前へ新しい箱が増える。今日の依頼は出し入れの途中にある資材を整理し、所定の場所へ戻すところまでだ。運ぶ箱が減る一方で増えるのは、なかなか気が滅入る。
途中からは作業員が小さな手押し車を一台貸してくれた。数箱まとめて載せれば往復は減る。ただし積み過ぎると曲がり角で扱いづらいので、押すのは一人、前を確かめるのは一人、棚に下ろすのはもう一人と自然に役割が分かれた。
「ノワールさん、そこで止めてください」
「はい」
「その先、出庫の荷車が来ます」
ヴェラの声で手押し車を壁際へ寄せる。大きな車輪が通り過ぎるのを待つ間、エルザが荷の札を直した。
続いて、今日最後の搬入だという荷車が入ってきた。作業員に頼まれ、俺とヴェラで荷台から箱を受け取り、エルザが札を見て行き先ごとに寄せる。全部下ろし終わると、担当者が扉を見て頷いた。
「これで今日の搬入は終わりだ。残りを棚へ戻したら上がってくれ」
「あと、この列だけだそうです」
「……それは朗報ですね」
「ノワールさん、声に元気がありませんよ」
「元気はあります。腕にないだけです」
エルザが笑いかけて、すぐ息をついた。
「私も、そろそろ腕が怪しいです」
「じゃあ、この箱は私が」
ヴェラが手を伸ばすと、エルザは首を振った。
「ヴェラさんも、さっきから運びっぱなしです。これは軽いので私がやります」
「……分かりました。では、次の箱を一緒に持ってください」
「はい」
ヴェラもさっきから忙しく動いていた。次の箱を取りに行く前に、俺は一度腕を下ろして指を開く。掌を広げると、指の付け根がじんとした。
最後の箱を棚へ収めると、倉庫の男性が通路を歩いて確かめた。棚札を見て、出庫予定の箱と検品待ちの箱が分かれていることを確認し、依頼票に終了の印を押す。
「よし。助かった。ここまで片づくとは思わなかったよ」
「……こちらも、ここまで運ぶとは思いませんでした」
つい本音が出た。
「はは。悪かったな。今日は特に荷が重なっててな。報酬は依頼のとおり出るから、ギルドで受け取ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
俺が答えると、隣でエルザが小さく会釈した。ヴェラも頭を下げたが、いつもより動作がゆっくりだ。
荷袋を取りに行くだけで、妙に遠く感じる。肩へ掛け直すと、普段は気にならない重さがのしかかってきた。
倉庫を出てすぐ、エルザが壁際の空いた腰掛けを見つけた。
「……少し、座りませんか」
「賛成です」
即答したのは俺だ。ヴェラも黙って頷く。
三人で腰を下ろし、しばらく誰も喋らなかった。外からは荷車の音と通行人の声が聞こえてくる。手を膝に載せると、腕がようやく休まった気がした。
「こんなに疲れるとは、思いませんでした」
ヴェラがぼそりと言った。
「私もです。帰ったら、今日は早く休みたいですね」
エルザがそう答え、背中を壁へ預ける。髪をまとめた淡い黄色の紐が、肩に落ちかけていた。
「俺は、まずご飯が食べたいです」
「ノワールさんは、いつもどおりですね」
「いつもより切実です」
ヴェラが笑ったが、途中でふうっと息を吐いた。笑うのにも体力がいるらしい。
その頭上を、リンが軽やかに横切った。
エルザの肩へ寄り、次にヴェラの前へ降りて、今度は俺の周りをくるりと回る。三人とも、顔だけを動かしてその行方を追った。
「……元気ですねえ」
「ちりん」
リンは返事のつもりなのか、もう一度俺たちの周りを飛び回った。ヴェラが手を出すと、今度はそこにちょこんと止まり、すぐにまた宙へ浮かぶ。
「リン、私たちはもう動けませんよ」
エルザが言うと、リンはちりりんと楽しそうな音を鳴らした。
「……リンに置いて行かれるわけにもいきませんしね」
俺が腰を上げようとすると、ヴェラから声がかかる。
「ノワール様、せーので立ちませんか」
「それがいいですね」
「私も混ぜてください」
三人で顔を見合わせる。
「せーの」
声を揃えて立ち上がったところで、リンだけが先に通りの方へ飛んでいった。
「待ってください、リン」
エルザが呼ぶと、リンは少し先でくるりと振り返り、鈴を鳴らす。
俺たちは揃って歩き出した。足は重いが、リンの方はまだまだ遊び足りないようだった。




