第121話 二人で受ける
「今日はここまでだ」
「はい」
木剣を庇の脇へ戻した。
身体強化は使わなかった。足を置いて、振って、戻る。途中で何度か止められたが、昨日の続きを特別に教わったわけでもない。
稽古場を出ると、朝から身体を動かした分だけ腹が減っていた。冒険者ギルドへ寄って、二人と合流してから何か食べよう。
◆
ギルドへ入ったが、依頼板の前にエルザとヴェラはいなかった。
受付の列にも見当たらない。
少し待ってみたが、来ない。
壁際へ寄って依頼板を見る。昨日残っていた札のいくつかがなくなり、代わりに新しい札が増えていた。
「ノワールさん」
受付からミラに呼ばれた。
「はい」
「今日はお一人ですか?」
「今のところは。エルザさんとヴェラさん、まだ来てません?」
「もう来ましたよ」
「来たんですか?」
「はい。二人で一件、受けています」
思わず依頼板からミラへ視線を戻した。
「二人で?」
「町の中の仕事ですよ」
ミラが帳面をこちらへ向ける。
南側の倉庫から染料屋へ布包みを運ぶ仕事だった。受け渡し先も王都の中で、昼前には終わる予定になっている。
「……俺、聞いてないですね」
「今朝決めたそうですから」
「なるほど」
俺は朝から稽古へ行くと言っていた。二人がその間ずっと待っている理由はない。
分かってはいる。
それでも、二人だけで依頼を受けていると聞くと、少し意外だった。
「戻るのは昼前ですか?」
「その予定です」
「じゃあ、少し待ちます」
ミラが依頼板へ目を向ける。
「待っている間に、見るくらいはできますよ」
「見てきます」
一人で受けられそうな仕事もある。店の荷整理、短時間の配達、帳場で使う木札の仕分け。
ただ、今から受ければ二人が戻る頃には終わらない。そこまでして別の仕事を入れたいわけでもなかった。
一通り見てから食堂の端へ座る。
朝食には遅く、昼食には少し早い時間だった。厨房から焼いたパンの匂いが流れてくる。
腹が減った。
水だけ頼んで、少しずつ飲みながら待つ。
◆
昼が近くなった頃、入口の方からヴェラの声が聞こえた。
「戻りました」
エルザと一緒だった。
二人はそのまま受付へ向かう。エルザがミラへ何かを渡し、ヴェラも横から短く話していた。
俺は席に座ったまま待った。
報告を終えた二人がこちらへ来る。
「お疲れさまです」
「ノワールさん、もう終わっていたんですね」
「少し前に。二人は仕事だったんですね」
「はい」
ヴェラが答えた。
「布を運んできました」
「ミラさんから聞きました」
エルザが俺を見る。
「何か問題がありました?」
「ありません。ちょっと意外だっただけです」
「昨日、ノワールさんは朝から稽古へ行くと言っていましたから」
「はい」
「私たちも依頼板を見るつもりでした。ちょうど二人で終わる仕事があったので」
「なるほど」
それだけ聞けば、本当に普通の話だった。
「荷物、重くなかったです?」
「一人でも持てる重さでした」
ヴェラが答える。
「行きは私が持ちました。エルザ様には道と受け渡し先を確認していただきました」
「二人でもちゃんと分担してますね」
「二人でしたから」
ヴェラが当然のように言う。
エルザも特に補足しなかった。
「お昼にいたしましょうか」
「賛成です」
三人で食堂の空いている席へ移った。
◆
昼食は豆の煮込みと黒パンだった。
「染料屋の裏口が少し分かりにくかったです」
ヴェラがパンをちぎりながら、朝の依頼について話す。
「一度、通り過ぎました」
エルザが続けた。
「エルザさんでも迷うんですね」
「初めて行く場所ですから」
「ヴェラさんは?」
「私も分かりませんでした」
「二人ともですか」
「ですから戻りました」
ヴェラは何でもないことのように言った。
「近くのお店の方に聞きました」
「それが一番早いですね」
「ノワール様なら、聞きませんか?」
「聞きますよ」
「すぐに?」
「……少しは探しますけど」
エルザが俺を見た。
「そうだと思いました」
「なんで分かったんです?」
聞くと、エルザはすぐには答えなかった。黒パンを煮込みへ浸してから、少し考える。
「なんとなくです」
「なんとなく?」
「ノワールさんなら、最初は自分で少し探すかなって」
言われてみれば、その通りだと思う。
「そんなことまで分かるようになりました?」
「一緒にいる時間も長くなりましたから」
エルザはそれだけ言って、煮込みを口へ運んだ。
ヴェラは俺とエルザを交互に見ている。
「ヴェラさんも分かります?」
「ノワール様でしたら、まず私たちがいれば相談します」
「そうですね」
「そのうえで自力で何とか探そうとします」
「……はい」
「自力で探してから、見つからないと判断すればあっさりと誰かに聞くと思います」
合ってる。
「……よくわかりますね」
エルザがヴェラの言葉に続ける。
「そして時間をかけたことを私たちに謝ります」
「そんなことまで」
エルザとヴェラが面白そうに笑う。
二人ともすごいな。
でも、以前みたいに「顔に出ている」と言われるより、少し違う気がする。
表情を見て当てられたわけではない。
俺ならどうするかを、二人が知っているらしい。
黒パンをちぎる。
「じゃあ、俺も二人のこと結構分かるんですかね」
「さあ、それはどうでしょう」
エルザの返事は早かった。
「そこは迷ってくださいよ」
「では、少し考えます」
「これは答える気がないエルザさんです」
「すごい。分かってますね」
エルザが笑うとヴェラも笑った。
昼食を続ける。
朝、俺が知らない間に二人で仕事をしていた。それでも、戻ってくればこうして普通に同じ卓を囲んでいる。
「午後はどうします?」
ヴェラが食事の手を止めた。
「私は、盾の革帯を一度拭いておきたいです」
「昨日、市場も歩きましたからね」
「はい」
エルザは少し考えてから答えた。
「私は紙を買い足します。手帳の予備も見ておきたいです」
「一緒に行きます?」
「ノワールさんは?」
聞かれて考える。
「俺は宿に戻ります」
「分かりました」
エルザはそのまま頷いた。
「では、私はエルザ様と途中までご一緒します」
「はい」
それで午後の予定が決まった。
◆
二人と別れ、〈鈍色亭〉まで一人で歩く。
珍しいことではない。稽古へ行く時も、買い物へ出る時も、一人で歩くことはある。
通りの向こうで荷車が止まり、店先から木箱を抱えた男が出てくる。少し避けて横を通った。
宿へ入ると、女将が帳場からこちらを見た。
「今日は一人かい」
「午後は」
「そうかい」
それだけ聞いて、また帳面へ目を落とす。
階段を上がり、部屋へ入った。
剣を外し、荷袋を椅子の横へ置く。
窓を少し開けると、通りの音が入ってきた。
エルザは紙を見に行った。
ヴェラは盾の手入れをするらしい。
俺は特にすることがない。
椅子へ腰を下ろした。
少しして、下の食堂から皿の重なる音が聞こえた。




