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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第121話 二人で受ける


「今日はここまでだ」


「はい」


 木剣を庇の脇へ戻した。


 身体強化は使わなかった。足を置いて、振って、戻る。途中で何度か止められたが、昨日の続きを特別に教わったわけでもない。


 稽古場を出ると、朝から身体を動かした分だけ腹が減っていた。冒険者ギルドへ寄って、二人と合流してから何か食べよう。


     ◆


 ギルドへ入ったが、依頼板の前にエルザとヴェラはいなかった。


 受付の列にも見当たらない。


 少し待ってみたが、来ない。


 壁際へ寄って依頼板を見る。昨日残っていた札のいくつかがなくなり、代わりに新しい札が増えていた。


「ノワールさん」


 受付からミラに呼ばれた。


「はい」


「今日はお一人ですか?」


「今のところは。エルザさんとヴェラさん、まだ来てません?」


「もう来ましたよ」


「来たんですか?」


「はい。二人で一件、受けています」


 思わず依頼板からミラへ視線を戻した。


「二人で?」


「町の中の仕事ですよ」


 ミラが帳面をこちらへ向ける。


 南側の倉庫から染料屋へ布包みを運ぶ仕事だった。受け渡し先も王都の中で、昼前には終わる予定になっている。


「……俺、聞いてないですね」


「今朝決めたそうですから」


「なるほど」


 俺は朝から稽古へ行くと言っていた。二人がその間ずっと待っている理由はない。


 分かってはいる。


 それでも、二人だけで依頼を受けていると聞くと、少し意外だった。


「戻るのは昼前ですか?」


「その予定です」


「じゃあ、少し待ちます」


 ミラが依頼板へ目を向ける。


「待っている間に、見るくらいはできますよ」


「見てきます」


 一人で受けられそうな仕事もある。店の荷整理、短時間の配達、帳場で使う木札の仕分け。


 ただ、今から受ければ二人が戻る頃には終わらない。そこまでして別の仕事を入れたいわけでもなかった。


 一通り見てから食堂の端へ座る。


 朝食には遅く、昼食には少し早い時間だった。厨房から焼いたパンの匂いが流れてくる。


 腹が減った。


 水だけ頼んで、少しずつ飲みながら待つ。


     ◆


 昼が近くなった頃、入口の方からヴェラの声が聞こえた。


「戻りました」


 エルザと一緒だった。


 二人はそのまま受付へ向かう。エルザがミラへ何かを渡し、ヴェラも横から短く話していた。


 俺は席に座ったまま待った。


 報告を終えた二人がこちらへ来る。


「お疲れさまです」


「ノワールさん、もう終わっていたんですね」


「少し前に。二人は仕事だったんですね」


「はい」


 ヴェラが答えた。


「布を運んできました」


「ミラさんから聞きました」


 エルザが俺を見る。


「何か問題がありました?」


「ありません。ちょっと意外だっただけです」


「昨日、ノワールさんは朝から稽古へ行くと言っていましたから」


「はい」


「私たちも依頼板を見るつもりでした。ちょうど二人で終わる仕事があったので」


「なるほど」


 それだけ聞けば、本当に普通の話だった。


「荷物、重くなかったです?」


「一人でも持てる重さでした」


 ヴェラが答える。


「行きは私が持ちました。エルザ様には道と受け渡し先を確認していただきました」


「二人でもちゃんと分担してますね」


「二人でしたから」


 ヴェラが当然のように言う。


 エルザも特に補足しなかった。


「お昼にいたしましょうか」


「賛成です」


 三人で食堂の空いている席へ移った。


     ◆


 昼食は豆の煮込みと黒パンだった。


「染料屋の裏口が少し分かりにくかったです」


 ヴェラがパンをちぎりながら、朝の依頼について話す。


「一度、通り過ぎました」


 エルザが続けた。


「エルザさんでも迷うんですね」


「初めて行く場所ですから」


「ヴェラさんは?」


「私も分かりませんでした」


「二人ともですか」


「ですから戻りました」


 ヴェラは何でもないことのように言った。


「近くのお店の方に聞きました」


「それが一番早いですね」


「ノワール様なら、聞きませんか?」


「聞きますよ」


「すぐに?」


「……少しは探しますけど」


 エルザが俺を見た。


「そうだと思いました」


「なんで分かったんです?」


 聞くと、エルザはすぐには答えなかった。黒パンを煮込みへ浸してから、少し考える。


「なんとなくです」


「なんとなく?」


「ノワールさんなら、最初は自分で少し探すかなって」


 言われてみれば、その通りだと思う。


「そんなことまで分かるようになりました?」


「一緒にいる時間も長くなりましたから」


 エルザはそれだけ言って、煮込みを口へ運んだ。


 ヴェラは俺とエルザを交互に見ている。


「ヴェラさんも分かります?」


「ノワール様でしたら、まず私たちがいれば相談します」


「そうですね」


「そのうえで自力で何とか探そうとします」


「……はい」


「自力で探してから、見つからないと判断すればあっさりと誰かに聞くと思います」


 合ってる。


「……よくわかりますね」


 エルザがヴェラの言葉に続ける。


「そして時間をかけたことを私たちに謝ります」


「そんなことまで」


 エルザとヴェラが面白そうに笑う。


 二人ともすごいな。


 でも、以前みたいに「顔に出ている」と言われるより、少し違う気がする。


 表情を見て当てられたわけではない。


 俺ならどうするかを、二人が知っているらしい。


 黒パンをちぎる。


「じゃあ、俺も二人のこと結構分かるんですかね」


「さあ、それはどうでしょう」


 エルザの返事は早かった。


「そこは迷ってくださいよ」


「では、少し考えます」


「これは答える気がないエルザさんです」


「すごい。分かってますね」


 エルザが笑うとヴェラも笑った。


 昼食を続ける。


 朝、俺が知らない間に二人で仕事をしていた。それでも、戻ってくればこうして普通に同じ卓を囲んでいる。


「午後はどうします?」


 ヴェラが食事の手を止めた。


「私は、盾の革帯を一度拭いておきたいです」


「昨日、市場も歩きましたからね」


「はい」


 エルザは少し考えてから答えた。


「私は紙を買い足します。手帳の予備も見ておきたいです」


「一緒に行きます?」


「ノワールさんは?」


 聞かれて考える。


「俺は宿に戻ります」


「分かりました」


 エルザはそのまま頷いた。


「では、私はエルザ様と途中までご一緒します」


「はい」


 それで午後の予定が決まった。


     ◆


 二人と別れ、〈鈍色亭〉まで一人で歩く。


 珍しいことではない。稽古へ行く時も、買い物へ出る時も、一人で歩くことはある。


 通りの向こうで荷車が止まり、店先から木箱を抱えた男が出てくる。少し避けて横を通った。


 宿へ入ると、女将が帳場からこちらを見た。


「今日は一人かい」


「午後は」


「そうかい」


 それだけ聞いて、また帳面へ目を落とす。


 階段を上がり、部屋へ入った。


 剣を外し、荷袋を椅子の横へ置く。


 窓を少し開けると、通りの音が入ってきた。


 エルザは紙を見に行った。


 ヴェラは盾の手入れをするらしい。


 俺は特にすることがない。


 椅子へ腰を下ろした。


 少しして、下の食堂から皿の重なる音が聞こえた。

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