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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第120話 持っておくもの


 冒険者ギルドへ着くと、エルザとヴェラは依頼板の前にいた。


 エルザの髪際では、リンがゆっくり上下している。俺も二人の隣へ並び、依頼札を見る。


「今日はどうです?」


「急いで受けたいものはありませんね」


 エルザが答えた。


 近場の荷運び、店の手伝い、王都外の採取。受けられないものはないが、今から三人で受けたいものもなかった。


 ヴェラがこちらを見た。


「稽古はいかがでしたか?」


「昨日のことを話したら、馬鹿と言われました」


「身体強化の使いすぎですか?」


「はい」


 エルザは何も言わなかった。


「何ですか?」


 思わず聞いてしまった。


「何も言ってませんよ?」


 エルザは首を傾げる。


「何も言わないから聞きたくなりました」


 依頼板へ向き直る。


 今日は無理に札を取らなくてもいい気がした。


「エルザさん」


「はい」


「昨日の砂糖菓子って、どこで買ってるんです?」


 エルザがこちらを見る。


「買うんですか?」


「持っておこうかと」


 ヴェラも小さく頷いた。


「その方が良いと思います」


「ですよね」


「昨日は二つ食べましたからね」


「三つ目はもらえませんでしたけど」


「必要ありませんでしたから」


 全然甘くない。


「お店は市場にあります。携行食を置いているところです」


「じゃあ、行ってみます」


 依頼板から離れる。


 ヴェラが後ろからついてきた。


「ヴェラさんも来るんです?」


「はい。今日はまだ何も決めておりませんので」


 エルザも札を戻し、手帳を鞄へしまった。


「ついでに、次に使う物も見ておきましょうか」


「そうしましょう」


 三人でギルドを出た。


     ◆


 市場は朝の買い物客がまだ多かった。


 野菜を積んだ籠の横を抜け、干した肉や豆の袋が並ぶ通りへ入る。少し先には旅人向けの水袋や火種、油、乾燥した食べ物を扱う店が並んでいた。


 エルザがそのうちの一軒で足を止める。


「ここです」


 店先には干し果物や固い焼き菓子、小さな紙包みが籠ごとに分けられている。


「砂糖菓子は?」


「そっちだよ」


 店番の女性が棚の端を指した。


 小指の先ほどの白い塊が、紙の上へいくつも並んでいる。形は揃っていない。表面も少しざらついていた。


「昨日の、これですか?」


「はい」


 エルザが一つを見る。


「持ち歩くなら、こっちの硬い方がいいよ。柔らかいのは暑い日にくっつくから」


 店番が別の籠を引き寄せた。


 確かに、そちらは角がしっかりしている。


「どのくらい持ちます?」


「濡らさなきゃ結構持つよ。湿気たら食えなくなるわけじゃないけど、袋の中がべたべたになる」


 それは困る。


「小さい袋もあります?」


「あるよ」


 布を二重にした、小さな紐付きの袋が出てきた。


 腰へ下げるほど大きくはない。荷袋の中へ入れておくにはちょうどよさそうだった。


「これと、砂糖菓子をお願いします」


「この袋に入るくらいでいいかい?」


「はい」


 代金を自分の財布から払う。


 店番が砂糖菓子を薄い紙で包み、小さな布袋へ入れてくれた。


 手のひらに乗せる。


 軽い。


 これなら普段から持っていても邪魔にはならない。


「ノワールさんも、持っておくんですね」


「毎回もらう前提なのもどうかと思いまして」


 エルザが小さく頷いた。


 買ったばかりの袋を荷袋へしまう。


 水筒の隣は濡れるかもしれない。布と予備の火種を避け、内側の小さな袋へ入れた。


「そこなら大丈夫だと思います」


「私もいただくかも知れないので、しっかり覚えておきます」


 ヴェラに狙われてしまった。


     ◆


 せっかく市場まで来たので、他の携行品も見て回った。


 油はまだある。火種も足りている。白墨も前回補充した分が残っていた。


 布は少し減っている。


「これは買っておきましょうか」


 エルザが折り畳まれた布を手に取る。


「共同資金からでいいですか?」


「もちろんです」


 ヴェラも頷く。


 傷の処置だけではなく、汚れを拭いたり、包んだり、道具の間へ挟んだりする。使い道はいくらでもある。


 必要な分だけ買い足した。


 縄は今の物を確認してからでいい。保存食も、次に使う日が決まってから買うことにした。


 三人で市場を歩き出す。


 リンがエルザの髪際から少し離れ、通りの向こうへ流れた。


 何かあるのかと思って目で追う。


 焼き菓子の店だった。


「そっちですか」


 ちりん。


 エルザがリンを見る。


「今のは、ただ鳴いただけです」


「聞いてないですよ」


「聞かないから言いたくなりました」


 朝も似たようなやり取りをした。


 リンは焼き菓子の上を一度回ると、何事もなかったように戻ってきた。


「食べられないのに、気になるんですね」


「形でしょうか」


 花や鳥を模した焼き菓子が並んでいる。


 エルザも少し長く見ていた。


「買います?」


「……一つだけなら」


「リンじゃなくてエルザさんが買うんですね」


「リンは食べないから私が食べるんです。普通では?」


「普通です」


 ヴェラが店先へ近づく。


「私は、こちらが良いです」


 薄紫色の小さな砂糖が掛かった焼き菓子を指した。


「色で選びました?」


「はい」


 迷いがなかった。二人ともわかりやすい。


 俺も一つ選ぶ。


     ◆


 昼前には〈鈍色亭〉へ戻った。


 食堂の端の席を借り、今日買った物を簡単に確認する。


 追加した布は共同の荷へ。


 俺が買った砂糖菓子は、自分の荷袋へ戻した。


 エルザが手帳を閉じる。


「今日はこれくらいですね」


「依頼、受けませんでしたね」


「毎日受ける必要はありませんよ」


「そうなんですけど」


「明日も稽古へ行くのですか?」


 ヴェラが聞いた。


「行きます」


「その後は?」


「まだ決めてません」


 エルザが頷く。


「では、明日また依頼板を見ましょう」


「はい」


 荷袋の口を締める。


 水、布、火種。


 その奥に、砂糖菓子の小袋が一つ増えていた。


 昨日までは、入っていなかった。


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