第120話 持っておくもの
冒険者ギルドへ着くと、エルザとヴェラは依頼板の前にいた。
エルザの髪際では、リンがゆっくり上下している。俺も二人の隣へ並び、依頼札を見る。
「今日はどうです?」
「急いで受けたいものはありませんね」
エルザが答えた。
近場の荷運び、店の手伝い、王都外の採取。受けられないものはないが、今から三人で受けたいものもなかった。
ヴェラがこちらを見た。
「稽古はいかがでしたか?」
「昨日のことを話したら、馬鹿と言われました」
「身体強化の使いすぎですか?」
「はい」
エルザは何も言わなかった。
「何ですか?」
思わず聞いてしまった。
「何も言ってませんよ?」
エルザは首を傾げる。
「何も言わないから聞きたくなりました」
依頼板へ向き直る。
今日は無理に札を取らなくてもいい気がした。
「エルザさん」
「はい」
「昨日の砂糖菓子って、どこで買ってるんです?」
エルザがこちらを見る。
「買うんですか?」
「持っておこうかと」
ヴェラも小さく頷いた。
「その方が良いと思います」
「ですよね」
「昨日は二つ食べましたからね」
「三つ目はもらえませんでしたけど」
「必要ありませんでしたから」
全然甘くない。
「お店は市場にあります。携行食を置いているところです」
「じゃあ、行ってみます」
依頼板から離れる。
ヴェラが後ろからついてきた。
「ヴェラさんも来るんです?」
「はい。今日はまだ何も決めておりませんので」
エルザも札を戻し、手帳を鞄へしまった。
「ついでに、次に使う物も見ておきましょうか」
「そうしましょう」
三人でギルドを出た。
◆
市場は朝の買い物客がまだ多かった。
野菜を積んだ籠の横を抜け、干した肉や豆の袋が並ぶ通りへ入る。少し先には旅人向けの水袋や火種、油、乾燥した食べ物を扱う店が並んでいた。
エルザがそのうちの一軒で足を止める。
「ここです」
店先には干し果物や固い焼き菓子、小さな紙包みが籠ごとに分けられている。
「砂糖菓子は?」
「そっちだよ」
店番の女性が棚の端を指した。
小指の先ほどの白い塊が、紙の上へいくつも並んでいる。形は揃っていない。表面も少しざらついていた。
「昨日の、これですか?」
「はい」
エルザが一つを見る。
「持ち歩くなら、こっちの硬い方がいいよ。柔らかいのは暑い日にくっつくから」
店番が別の籠を引き寄せた。
確かに、そちらは角がしっかりしている。
「どのくらい持ちます?」
「濡らさなきゃ結構持つよ。湿気たら食えなくなるわけじゃないけど、袋の中がべたべたになる」
それは困る。
「小さい袋もあります?」
「あるよ」
布を二重にした、小さな紐付きの袋が出てきた。
腰へ下げるほど大きくはない。荷袋の中へ入れておくにはちょうどよさそうだった。
「これと、砂糖菓子をお願いします」
「この袋に入るくらいでいいかい?」
「はい」
代金を自分の財布から払う。
店番が砂糖菓子を薄い紙で包み、小さな布袋へ入れてくれた。
手のひらに乗せる。
軽い。
これなら普段から持っていても邪魔にはならない。
「ノワールさんも、持っておくんですね」
「毎回もらう前提なのもどうかと思いまして」
エルザが小さく頷いた。
買ったばかりの袋を荷袋へしまう。
水筒の隣は濡れるかもしれない。布と予備の火種を避け、内側の小さな袋へ入れた。
「そこなら大丈夫だと思います」
「私もいただくかも知れないので、しっかり覚えておきます」
ヴェラに狙われてしまった。
◆
せっかく市場まで来たので、他の携行品も見て回った。
油はまだある。火種も足りている。白墨も前回補充した分が残っていた。
布は少し減っている。
「これは買っておきましょうか」
エルザが折り畳まれた布を手に取る。
「共同資金からでいいですか?」
「もちろんです」
ヴェラも頷く。
傷の処置だけではなく、汚れを拭いたり、包んだり、道具の間へ挟んだりする。使い道はいくらでもある。
必要な分だけ買い足した。
縄は今の物を確認してからでいい。保存食も、次に使う日が決まってから買うことにした。
三人で市場を歩き出す。
リンがエルザの髪際から少し離れ、通りの向こうへ流れた。
何かあるのかと思って目で追う。
焼き菓子の店だった。
「そっちですか」
ちりん。
エルザがリンを見る。
「今のは、ただ鳴いただけです」
「聞いてないですよ」
「聞かないから言いたくなりました」
朝も似たようなやり取りをした。
リンは焼き菓子の上を一度回ると、何事もなかったように戻ってきた。
「食べられないのに、気になるんですね」
「形でしょうか」
花や鳥を模した焼き菓子が並んでいる。
エルザも少し長く見ていた。
「買います?」
「……一つだけなら」
「リンじゃなくてエルザさんが買うんですね」
「リンは食べないから私が食べるんです。普通では?」
「普通です」
ヴェラが店先へ近づく。
「私は、こちらが良いです」
薄紫色の小さな砂糖が掛かった焼き菓子を指した。
「色で選びました?」
「はい」
迷いがなかった。二人ともわかりやすい。
俺も一つ選ぶ。
◆
昼前には〈鈍色亭〉へ戻った。
食堂の端の席を借り、今日買った物を簡単に確認する。
追加した布は共同の荷へ。
俺が買った砂糖菓子は、自分の荷袋へ戻した。
エルザが手帳を閉じる。
「今日はこれくらいですね」
「依頼、受けませんでしたね」
「毎日受ける必要はありませんよ」
「そうなんですけど」
「明日も稽古へ行くのですか?」
ヴェラが聞いた。
「行きます」
「その後は?」
「まだ決めてません」
エルザが頷く。
「では、明日また依頼板を見ましょう」
「はい」
荷袋の口を締める。
水、布、火種。
その奥に、砂糖菓子の小袋が一つ増えていた。
昨日までは、入っていなかった。




