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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第118話 使う時だけ


 翌朝、職人区の稽古場へ着くと、ドランは木剣ではなく庭の端を指した。


「そこから、あそこまで歩け」


「本当に歩くところからなんですね」


「嫌なら帰れ」


 今度は稽古場の出口を指した。


「歩きます」


 昨日と同じ場所へ立ち、身体強化を使わずに往復する。戻ったところで、ドランが顎をしゃくった。


「強化しろ」


「はい」


 身体の内側へ魔力を流す。昨日よりは引っ掛からず、背中から腰、脚まで感覚が広がった。


「行け」


 歩き出す。


 昨日のように一歩目から大きく前へ飛び出すことはなかった。石の手前で少し早めに勢いを落とすと、その横で止まれた。


 ドランが足元を見る。


「昨日よりはましだ」


「ありがとうございます」


「仕事へ行け」


「もう終わりですか?」


「昨日やったことを、朝からもう一度全部やる気か」


「稽古って、そういうものでは?」


「普通はな……お前の稽古のやり方はこれだ」


 お。


「それって特別ってことですか?」


「そうだな特殊だ」


 なんかちょっと違う。


 どうやら、本当に終わりらしい。


 腰掛けの横に置かれた木剣へ目をやったが、ドランは取ろうともしなかった。


「身体強化、仕事で使ってもいいんですよね」


「好きにしろ」


「雑ですね」


「慣れてねえもんを、危ねえところで初めて試すな。それだけだ」


 昨日ここで歩いて、剣も振っている。そのための稽古だったらしい。


「分かりました」


「なら行け」


「はい」


 今日は二度目の「行け」だった。


     ◆


 冒険者ギルドへ着くと、エルザとヴェラはすでに依頼札を見ていた。エルザの髪際では、リンがいつものように静かに漂っている。


 二人のところへ行く。挨拶をすませると、ヴェラが一枚の札を指した。


「こちらはどうでしょうか」


 東門の外、街道沿いの柵を補修するための資材運びだった。


 昨夜の雨で街道脇の土が一部崩れ、獣避けの柵も何箇所か倒れたらしい。補修をする職人はすでに現地へ向かっていて、門の脇に置かれた支柱や縄、金具を運ぶ人手を募集している。


「戦闘の仕事ではないんですね」


「はい。ただ、城外ですので武装は必要です」


 エルザが札の下まで目を通す。


「補修そのものは職人の方が行います。私たちは資材を届けて、外した古い木材や金具を持ち帰るところまでですね」


「これにしましょうか」


 二人が頷く。


 依頼札を外し、受付へ持っていった。


     ◆


 東門脇の資材置き場には、長い木材が壁へ立て掛けられていた。


 今回運ぶのは、人の背丈より少し長い支柱が二本。それと短い横木、縄束、鉄の留め具だった。


 門番から受け取った一覧と数を合わせる。


「一本は俺が持ちます」


「では、もう一本は私が」


 エルザが支柱へ手を伸ばした。


「持てます?」


「持てますよ」


 そのまま持ち上げる。


「身体強化、使ってます?」


「いいえ、使ってません」


「普通に持てるんですね」


 意外に力持ちだ。


「ノワールさんも、持ってみてください」


「そうします」


 支柱へ両手を掛けて持ち上げる。想像していたより重かったが、持てないほどではない。肩へ担ぎ直すと、木の硬さが服越しに当たった。


「……これを持って歩くのか」


「嫌になりました?」


「身体強化が役立ちそうなので良かったと思っています」


 ヴェラが縄と金具の入った荷を背負い、短い横木をまとめて持った。


 三人で門へ向かう前に、身体強化を掛ける。


 全身へ魔力が回ると、支柱を支えるのが一気に楽になった。木そのものの重さは変わっていないはずなのに、肩や腕に掛かる負担が随分違う。


「おお」


「歩幅には気をつけてくださいね」


「分かってます」


 東門を出る。


 雨上がりの土はところどころ色が濃く、轍にはまだ浅く水が残っていた。荷車の通った跡を避けながら、三人で街道の端を進む。


 身体強化を使っていると、支柱を担いだままでも歩くのが楽だった。昨日ほど足が前へ出すぎることもない。


 しばらく進んだところで、エルザがこちらを見た。


「ノワールさん、まだ身体強化を使っていますか?」


「使ってます。楽なので」


 エルザは少しだけ間を置いた。


「私は、ずっとは使いませんよ。魔力が減るので」


「……あ」


 足は止めず、そのまま歩く。


 魔法なのだから、使っている間は魔力を使う。当たり前のことなのに、身体そのものが楽になるせいか、水魔法よりも使い続けている感覚が薄かった。


 魔力を流す意識を解く。


 支柱の重さが肩へ戻った。


「重い……」


「最初からその重さでしたよ」


「思い出したくなかったですね」


 エルザは何も言わなかった。


 少し先を歩く肩が、わずかに動いた。


     ◆


 補修場所には、二人の職人がいた。


 街道から少し外れた斜面に古い木の柵が続き、そのうち二本の支柱が傾いている。横木も片側が外れ、流れてきた土や枝が根元へ溜まっていた。


「ギルドからです」


 声を掛けると、作業着の男が手を上げた。


「助かる。そこへ置いてくれ」


 運んできた木材を指定された場所へ下ろす。もう一人の職人が一覧を受け取り、数を確認した。


「全部あるな。古い方を外すまで少し待ってくれ。持って帰ってもらう木が出る」


「手伝えることはありますか?」


「じゃあ、その横木の端を少し持ち上げてくれ。下へ木を噛ませたい」


「分かりました」


 地面へ落ちた横木の端へ回る。


 濡れているせいか、見た目より重そうだった。


 両手を掛ける前に、身体強化を使う。全身へ魔力が回るのを待ってから、腰を落とした。


「上げます」


「ああ。ゆっくりな」


 持ち上げる。


 思ったより簡単に上がった。そのまま勢いで高くしそうになり、腕を止める。


「そこだ。そのまま」


「はい」


 職人は横から短い角材を差し込み、横木の下へ噛ませた。俺が手を離しても動かないことを確かめてから、絡んだ枝と土を道具で掻き出していく。


 少しして、もう一度横木を持つよう頼まれた。


「ほんの少し上だ」


 ゆっくり上げる。


「そこ」


 止める。


 さっきより動かす幅は小さかった。


 作業が済むと、今度は地面へ落とさないようにゆっくり下ろす。土へ触れる直前に速度を落とすと、横木は大きな音も立てずに収まった。


「それでいい」


「はい」


 職人はもう次の作業へ移っていた。


 俺も邪魔にならない場所へ下がる。


     ◆


 その後は、古い木材や外した金具をまとめるのを手伝った。


 重い物を持ち上げる時だけ身体強化を使い、終われば切る。最初はいちいち掛け直すのが面倒だったが、さっきの街道を思い出せば、掛けっぱなしにする理由もなかった。


 最後の古材を縄でまとめていると、結び目を押さえた指先がわずかに震えた。


 一度手を離し、握り直す。


 まだ少し震えている。


「ノワールさん?」


 エルザが気づいて近づいてきた。


「少し待ってください」


 しゃがんで自分の手を見る。冷たくはない。汗もひどくない。ただ、さっきから妙に腹が減っていた。


 今朝の稽古でも身体強化を使った。ここへ来る途中では、必要もないのに長く掛けっぱなしにしていた。その後も作業のたびに何度か使っている。


「魔力を使いすぎたかもしれません」


「気分は?」


「空腹なのと、手が少し震えるくらいです。ふらつきはないです」


 ヴェラも持っていた荷を置いた。


「私が治癒を使った時と似ていますか?」


「ああ」


 以前、ヴェラが治癒魔法を使った後にも似たことがあった。


「似てますね」


「でしたら、休みましょう」


「はい」


 素直に地面へ腰を下ろす。


 エルザが鞄から小さな包みを出した。


「どうぞ」


「持ってるんですね」


「依頼ですから」


 中には砂糖菓子が入っていた。


 一つ受け取り、口へ入れる。


 甘い。


 水も飲んで、しばらく休む。


「低血糖に似てるんですよね」


「ていけっとう?」


 ヴェラが首を傾げた。


「向こうで、食べなかった時なんかに似た症状が出ることがあるんです」


「同じものなのですか?」


「それは分かりません。ただ、似てるなと思っただけです」


 エルザが俺の手を見る。


「震えは?」


 指を開いてみる。


「さっきよりは落ち着きました」


「今日は、もう身体強化を使わない方がいいと思います」


「そうします」


 古材を見る。


 行きに運んだ支柱ほど重くはない。


 これなら普通に持てる。


 立ち上がる前に、砂糖菓子をもう一つ取った。


「それは必要ですか?」


「念のためです」


 エルザが包みを閉じようとする。


「あと、美味しいので」


 一瞬止まった後、包みはそのまま閉じられた。


 三個目はなかった。


     ◆


 帰り道は、身体強化を使わなかった。


 古材の重さが肩へ掛かる。楽ではないので途中で一度荷を下ろし、水を飲んだ。


 東門が見えてくる頃には、指先の震えもなくなっていた。


 門脇の資材置き場へ古材と金具を返し、受領の印をもらう。そのままギルドへ戻って、ミラへ作業内容を報告した。


「資材は全部届けました。古材と外した金具も門の倉庫へ戻してあります」


「補修作業で問題は?」


「ありません。ただ、俺が身体強化を使いすぎました」


 ミラの筆が止まった。


「体調は?」


「少し手が震えました。休んで砂糖菓子を食べたら落ち着いて、帰りは使ってません」


 ミラはエルザとヴェラにも目を向けた。


 二人が頷く。


「では今日は、これ以上魔法を使う仕事は避けてください」


「そうします」


 報告を終え、依頼完了の処理を待つ。


 受け取った報酬を共同資金へ入れてギルドを出ると、ヴェラが俺の持つ袋を見た。


「帰りは、使わなくても大丈夫でしたね」


「はい」


 肩は少し重い。


 けれど、それだけだった。


「明日、ドランさんにもお話ししますか?」


 エルザに聞かれる。


「します」


 迷わず答えた。


「たぶん、先に怒られると思いますけど」


「その後で、何か教えていただけると思います」


「先に教えてほしいんですよね」


 エルザがこちらを見る。


「それでは、ドランさんではなくなってしまいます」


「それもそうですね」


 三人で〈鈍色亭〉へ向かう。


 今日はもう、身体強化を使う理由はなかった。


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