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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第114話 切れるぞ?


 翌朝、職人区の稽古場へ入ると、ドランはいつもの腰掛けに座っていた。平らな石の上へ銅貨を三枚置く。


「おはようございます」


「おう」


 木剣を取る前に、昨日から聞こうと思っていたことを口にした。


「ドランさん。一つ聞いていいですか」


「何だ」


「魔法って、剣で斬れるんですか?」


 ドランがこちらを見る。


 少し間があった。


「切れるぞ?」


「本当ですか」


 思っていたより簡単に返ってきた。


「教えてもらえます?」


「お前には無理だ」


「はい?」


 聞きたくない言葉が聞こえた気がする。


「……切れるんですよね?」


「切れる」


「じゃあ――」


「お前には無理だ」


 ドランが庇の脇に立て掛けてあった木剣を一本取り、こちらへ放る。


「構えろ」


「話は終わりですか?」


「まだ始まってもいねえよ」


 木剣を受け取り、足を開いて柄を握った。


「振れ」


 言われた通り、正面へ振り下ろす。


「もう一度」


 二度目。


「もう一度」


 三度目。


 ドランは黙ったまま、俺の足元から肩まで順に見ている。


「止めろ」


 木剣を下ろす。


「今ので分かるんですか?」


「分かる」


「何が足りないんです?」


「色々だ」


「多いですね」


「多いから無理だと言ってる」


 ドランが立ち上がり、自分の木剣を片手に持って俺の正面へ立つ。


「もう一回振れ。今度は一歩入れろ」


「はい」


 右足を出しながら木剣を振る。


 振り切る前に、ドランの木剣が俺の右肩へ軽く当たった。


「肩が先だ」


「はい」


「もう一度」


 今度は肩から動かさないように、足を先に出す。


 木剣を振り下ろしたところで、ドランの剣先が俺の右足を示した。


「足が止まってる」


「足を出しましたよ」


「出しただけだ。そこで終わってる」


 前にも似たことを言われた。


 足が地面へ着いてから腕で剣を振っている。


 足から動かせ。


 足の勢いを、そのまま剣先へ乗せろ。


「もう一度」


 踏み出す。


 腰を回す。


 肩。


 腕。


 木剣。


 今度は少しだけ一つにつながった気がした。


 だが、振り終わったところで身体が前へ流れる。


 ドランの木剣が腹の前へ横向きに差し込まれた。


「これじゃ次がねえ」


「……はい」


「魔法を切る以前の話だ」


 木剣を戻し、足を置き直す。


「魔法って、そんなに速いんですか?」


「物による」


「じゃあ、遅い魔法なら今でも」


「無理だ」


「まだ最後まで言ってませんよ」


「聞くまでもねえ」


 容赦がない。


 ドランは木剣を肩へ担いだ。


「飛んできたもんへ剣を当てりゃいいと思ってるだろ」


「違うんですか?」


「当てるだけじゃ駄目だ。遅けりゃ間に合わん。剣筋が崩れてりゃ弾かれる。身体が遅れりゃ剣だけ持っていかれる」


「それは嫌ですね」


「なら余計なこと考えるな」


 ドランが木剣の先で俺の足元を軽く叩いた。


「まず足だ」


 またそこからだった。


◆


 何度目か分からない踏み込みを繰り返した。


 足を置く。


 腰をつなぐ。


 肩を遅らせない。


 腕だけで振らない。


 振った後に身体を流さない。


 一つを直すと、別のところが崩れる。


「遅い」


「はい」


「今度は肩が上がった」


「はい」


「握り込むな」


「はい」


「返事だけはいいな」


「そこは褒めてください」


「褒めるところじゃねえ」


 汗が額から落ちる。一度木剣を下ろして息を整えると、ドランが俺の前へ立った。


「貸せ」


 木剣を渡す。ドランは俺が使っていた木剣を両手で持ち、いつものように構えた。


「見てろ」


 一歩。


 木剣が落ちる。


 風を切る音が一度した。


 何度見ても速い。


 ただ、今日は剣先だけではなく、足を見た。


 踏み出した足。


 腰。


 肩。


 そこから剣。


 順番に動いているように見えるのに、途中で切れていない。


「今のが、魔法を斬る動きですか?」


「違う」


「違うんですか」


「いつもの素振りだ」


 木剣が返される。


「……同じ?」


「同じところから始まるってだけだ」


 受け取った木剣を見る。


「特別な振り方があるわけじゃないんですか?」


「あるかもしれんが、少なくともお前が今覚えるもんじゃねえ」


「魔法を斬る達人は、みんなこういう基礎を?」


「知らん。全員に聞いたことはねえ」


「そうですよね」


 そこまで知っているわけがない。


「ただな」


 ドランが俺の右足を木剣で示す。


「足がぐらついてる奴が、飛んでくる魔法だけ綺麗に切れると思うか?」


「……思いませんね」


「腰が遅れてる奴は?」


「無理そうですね」


「剣筋が毎回違う奴は?」


「もっと無理そうです」


「分かってんじゃねえか」


「言われれば分かります」


「なら最初からやれ」


 それができれば苦労しない。


 構え直す。


「でも、速さも必要なんですよね」


「ああ」


「身体を強くする魔法を覚えたら、少しは近づけますか?」


 ドランの目が少し細くなった。


「身体強化か」


「昨日、使えるかもしれないって聞きまして」


「適性は見たのか」


「まだです」


「なら先に見てこい」


 あっさり言われた。


「止めないんですね」


「使えるもんを使うのは勝手だ」


 ドランが木剣を持ち直す。


「ただし、速くなりゃ下手が消えると思うなよ」


「そこまでは思ってません」


「本当か?」


「……少しは期待してます」


「だろうな」


 否定しきれなかった。


 身体が速く動けば、今よりドランについていけるかもしれない。


 剣も速く振れるかもしれない。


 魔法だって、いつか斬れるかもしれない。


 まだ適性があるかどうかも分からないのに、考えることだけは増えていく。


「構えろ」


「はい」


「速くするのは後だ。今は崩さず振れ」


 足を置く。


 腰。


 肩。


 腕。


 剣。


 さっきより急がない。


 木剣を振り下ろす。


「遅い」


「急がないようにしたんですけど」


「遅くしろとは言ってねえ」


「難しいですね」


「だから稽古してるんだろうが」


 もう一度。


 今度は少し速く。


 足から。


 剣先まで。


 振り終わったところで、ドランが木剣の先を俺の胸元へ向けた。


「止まるな」


 すぐに構えへ戻る。


「そうだ」


 短い声だった。


 それだけで、もう一度やる気になる。


◆


 稽古が終わる頃には、両腕が重くなっていた。


 木剣を庇の脇へ戻す。


「ありがとうございました」


「おう」


 ドランは腰掛けへ戻りかけて、途中でこちらを見る。


「ノワール」


「はい」


「魔法を切るより先に、しっかり教えた型を覚えやがれ」


「覚えようとはしてますよ」


「足りねえ」


「知ってます」


 ドランが鼻で笑った。


「なら明日も来い」


「はい」


 板垣を出る。


 職人区の通りには、朝の仕事を始めた人たちが行き交っていた。右肩を回す。重い。手も少し疲れている。


 それでも、頭に残っているのは別のことだった。


 切れる。


 今の俺には無理。


 それから、身体強化。


 ギルドへ行けば、適性を見る水晶がある。


 今日は行かない、と昨日は言った。


 昨日は。

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