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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第113話 得意なこと

「本当に、もう少しだけですよ」


 後ろからエリカの声が飛んできた。


「分かってるって」


 シオンは笑いながら答えた。


「じゃあ、今度は数を増やしてみるか」


「お願いします」


「返事が早いなあ」


 シオンが右手を上げる。


 指先の少し上に、さっきと同じ淡い光が浮かんだ。


 それが残ったまま、今度は左の掌に小さな水の球ができる。


 足元では枯れ葉が二、三枚だけ動き始めた。


「……三つ同時ですか?」


「まだいけるぞ」


 シオンが言った直後、身体の前に薄い光の板が現れた。


 灯り。


 水。


 風。


 シールド。


 どれか一つを見るたび、ほかが消えていないか気になって目を動かす。


 光は浮いたまま。


 水の球も崩れていない。


 枯れ葉は石張りの上を小さく回り続け、薄い板もその場に残っている。


「全部、別々に動かしてるんですか?」


「一応な」


 シオンが左手を少し傾けると、水の球だけが細く伸びた。


 右手を動かせば、浮いていた光がその後を追う。


 足元の枯れ葉は動きを止めない。


「すごいですね」


「そうだろ?」


 素直に言うと、シオンが少し得意そうな顔をした。


 後ろでエリカが何も言わずこちらを見ている。


「戦う時も、これだけ同時に使われるのですか?」


 ヴェラが尋ねた。


「必要ならな。でも、ずっと四つも五つも維持してるわけじゃないぞ」


 シオンが指を鳴らす。


 光の板が消えた。


「守る時だけ出す。足を止めたい時だけ風を使う。相手を見づらくしたいなら光を動かす。必要な時に必要なものを足す感じだな」


「全部を出したまま戦うわけではないのですね」


「その方が疲れるし、細かいところが雑になる」


 水の球も消える。


 最後まで残っていた灯りが、指先の上で一度揺れてから消えた。


「細かいところ?」


 俺が聞くと、シオンが少し考える。


「俺は種類を増やしたり、まとめて使ったりする方が得意なんだよ。逆に、離れたところへ細かく狙って出すのはあんまり得意じゃない」


「離れたところ?」


 さっきまで魔法が出ていた場所を見る。


 どれもシオンの手元か、身体の近くだった。


 さっきリンを囲った時には、リンの周りへ魔法陣が出ていた。あれも、シオンからそれほど離れてはいない。


「もっと離れた場所にも、ああいう魔法陣を出せるんですか?」


「できる奴はできる」


「シオンさんは?」


「できなくはない」


 少し間があった。


「その言い方、あまり得意じゃないですね」


「察しがいいな」


 シオンが笑った。


「自分の近くならまだいいんだ。でも、離れた場所へ最初から魔法陣を出すのは苦手でね」


「そうなんですか」


「そういうのはエリカの方が上手い」


 急に名前を出されたエリカが眉を寄せた。


「私に振らないでください」


「いいじゃないか。一回だけ」


「もう少しだけと言ったのは、あなたの実演についてです」


「……エリカさんもできるんですか?」


 聞くと、エリカがこちらを見た。


「……一度だけですよ」


「ありがとうございます」


 シオンが場所を空ける。


 エリカは中庭を見回してから、壁際の長椅子へ目を向けた。


 長椅子までは数歩では届かない。


 エリカの手は下がったままだ。


 何をするのか待っていると、長椅子の横に淡い魔法陣が浮かんだ。


 次の瞬間、その中央に薄い光の板が現れる。


 人の顔ほどの大きさしかない。


「……今、何か飛ばしました?」


「いいえ」


 エリカが答える。


「あの場所で作りました」


 俺はエリカと光の板を見比べた。


 間には何もない。


 さっきシオンが自分の前へ出したものと見た目はほとんど同じなのに、魔法陣が出た場所はエリカから離れている。


「もう少し横へ動かせますか?」


「できますよ」


 光の板が長椅子の端から端へゆっくり移動した。


 俺は思わず一歩近づく。


「そこまでです」


 エリカが先に言った。


「まだ何もしてませんよ」


「十分近いです」


 足を止める。


 光の板が消えた。


 シオンが腕を組む。


「な? こういうのはエリカの方がうまい」


「シオンもできます」


「できるのと得意なのは別だろ? できるけど苦手なことはやりたくないよ」


 聖女様も似たようなことを言っていた気がする。


 エリカは少しだけ考えてから頷いた。


「それは、そうですね」


「魔法って、同じものを覚えても結構違うんですね」


 俺が言うと、シオンが頷く。


「向いてることも違うし、何に使ってきたかでも変わる。俺は数と種類。エリカは細かい制御と、今みたいな使い方」


 エルザは何も言わず、さっき魔法陣が浮かんでいた長椅子の横を見ていた。


「ヴェラちゃんは、治癒が得意なんだよね?」


 シオンが今度はヴェラを見る。


「得意、と言えるかは分かりません」


「使えるだけでも十分だよ。治癒は誰でも覚えられるものじゃないからな」


「ありがとうございます」


 ヴェラが少し姿勢を正した。


「俺も適性があれば、身体強化を覚えられるかもしれないんですよね」


「そうだな。まず判定してからだけど」


「全身を強くするんでしたよね」


「最初はそのくらいでいい。歩く、走る、剣を振る。そういう普段の動きを少し底上げするところからだ」


 エルザの身体強化魔法を思い浮かべた。そして自分の足を見る。


 速く走りたいわけではない。


 剣を振る時に身体が遅れることはある。受けた時に押されることもある。


 使えるなら、試してみたい。ドランの動きについていけるかもしれない。剣で出来ることが増えるかもしれない。そう思っただけでわくわくした。


「適性を見るだけなら、すぐできますよね」


「さっそく行く気か?」


「今日は行きませんよ」


「今日は、か」


 シオンが笑った。


「剣士なら、ほかにも変なことする奴がいるぞ」


「変なこと?」


「魔法を剣で斬ったりな」


 聞き間違いかと思った。


「……魔法って斬れるんですか?」


 シオンが一瞬黙った。


 それから、にやっと笑う。


「やっぱり食いつくよな?」


「だって、斬れるんですよね?」


「何でもってわけじゃない。魔法の種類にもよるし、剣も腕も要る。俺はやらないから詳しくは説明できないけどな」


「いるんですか。実際に」


「いるよ」


 腰の剣へ手が伸びかけて、途中で止めた。


「格好いいですね」


「ノワールさん……」


 エルザの声が少し呆れている。


「いや、格好よくないですか?」


「……否定はしませんけど……そこまででは」


 ヴェラを見る。


「ヴェラさんは?」


「申し訳ございません。私には、魔法を剣で斬る必要がよく分かりません」


「そうですよね」


 現実的だ。ロマンがない。


「これは男同士にしかわからない領域かもな」


 シオンが笑う。


「興味があるなら、剣を教わってる相手に聞いてみればいい。できるかどうかも含めて、その方が確かだ」


「そうします」


 ドランの顔が浮かんだ。


 たぶん、聞けば答えてくれる。


 答えが俺の望むものかは分からないけれど。


「さて」


 エリカが手を叩いた。


「今度こそ終わりです」


「えー」


 思わず不満が漏れた。


「もう?」


 同じくシオンからも声があがる。


「……子供じゃないんですから」


 エリカとエルザは明らかに呆れた顔をしていたが、ヴェラだけは笑っていた。


 シオンが肩をすくめる。


 残念。


「まあ、見せるだけならこんなもんだな。適性を調べたら、何に反応したかくらいは教えてくれよ」


「いいんですか?」


「せっかくここまで興味持ったんだ。気になるだろ」


「ありがとうございます」


「エルザちゃんとヴェラちゃんもな。何か試したい魔法ができたら、まず適性からだ」


「はい」


「承知いたしました」


 エルザの髪際で、リンがちりんと鳴った。


 シオンがそちらを見る。


「リンには、次はちゃんと聞いてからにするよ」


 もう一度、ちりんと鳴る。


「許してくれたか?」


「それは分かりません」


 エルザがすぐに答えた。表情は柔らかい。


「厳しいなあ」


 シオンが笑う。


 俺たちは中庭を出て、エリカとシオンに礼を言って建物を後にした。


 通りへ出ると、さっきまで見ていた魔法の光はもうどこにもない。


 それでも、頭の中にはいくつも残っていた。


 身体強化。


 離れた場所に出す魔法陣。


 同時に使ういくつもの魔法。


 それから。


「魔法を斬る、か」


 口に出すと、隣を歩いていたエルザがこちらを見る。


「また増えましたね」


「何がです?」


「やってみたいことです」


 口調は淡々としているが、エルザの目は笑っていた。


「増えましたね」


 今度は否定しなかった。

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