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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第112話 見せてもらえませんか


「じゃあ、まずは簡単なものからにしようか」


 シオンは卓の端へ寄せた杯を見てから、俺たちの顔を順に見た。


「防御魔法なんてどうだ。危なくないし、見た目にも分かりやすい」


「防御魔法ですか」


 ヴェラが少し身を乗り出す。丸盾を使うせいか、俺より反応が早かった。


「シールド系ですね」


 エリカが答える。


「魔力を壁のような形に保って、飛んできたものや衝撃を受ける魔法です。形や強さは使い手によってかなり違います」


「こういうものです」


 シオンが軽く指を上げた。


 ほとんど同時に、エルザの髪際にいたリンの周りへ淡い魔法陣が浮かぶ。


 ちりん、と鈴が鳴った。


 魔法陣の内側に、淡い光が丸く広がる。


「え?」


 リンが前へ飛ぶ。こつ、と小さな音がした。見えにくい何かへぶつかったように、リンが少し後ろへ下がる。


「……今、ぶつかりました?」


「弱く張っただけだよ。痛くはないはずだ」


 シオンが笑う。リンはもう一度前へ進んだ。今度は途中で止まり、光の縁に沿うように横へ飛ぶ。上へ回り、下へ回る。それでも外へ出られず、鈴が続けて鳴った。


 ちりん。ちりん。


「怒ってませんか?」


「たぶん怒ってます」


 エルザの声が少し低い。


「シオン」


 エリカが静かに名前を呼んだ。


「はいはい」


 シオンが指を下ろすと、リンの周囲の光と魔法陣が消えた。次の瞬間、リンが一直線にシオンの顔の前まで飛んでいく。


「おっと」


 ちりん、ちりん、ちりん。


「悪かったって」


 シオンが両手を少し上げる。リンはしばらくその場で鳴ってから、ふいと向きを変えてエルザの髪際へ戻った。


「遊ばないでください」


 エリカがシオンを見る。


「説明だけより分かりやすいだろ?」


「相手の了承を取ってください」


「精霊に?」


「精霊にもです」


 エリカが真顔で返す。俺は笑いそうになるのをこらえながら、さっきリンを囲っていた場所を見る。もう何も残っていない。


「今のって、丸くする必要はあるんですか?」


 指先でリンを軽くなでながら、エルザが質問する。


「いや。板みたいにもできるし、狭い範囲だけ塞ぐこともできる。形を保つのが難しくなるけどな」


「形は、使う人によって変えられるんですか?」


「ある程度はな。基礎は同じでも、そこから先は工夫次第だ」


「そうなんですね」


 エルザはそれ以上聞かなかった。


◆


 応接室で続けるには狭いということで、俺たちは建物の裏手にある小さな中庭へ移った。石張りの地面の中央には低い植え込みがあり、壁際に長椅子が置かれている。人の出入りも少なく、エリカが周囲を確認してから頷いた。


「ここなら大丈夫でしょう。ただし、壊さないでくださいね」


「分かってるよ。今日は見せるだけ」


「お願いします」


 シオンは植え込みから少し離れた場所へ立ち、袖をまくった。


「じゃあ、次は何が見たい?」


「選べるんですか?」


「危なくない範囲ならな」


「……魔法を色々見せてもらえませんか」


 言ってから、少し欲張った気がした。シオンは一瞬黙り、それから口元を上げる。


「おまかせコースか、いいね。そういうのは嫌いじゃない」


 シオンは右手を上げた。指先の少し上に、淡い光が浮かぶ。灯りに使うものより小さい。けれど輪郭は崩れず、手を動かしても一定の距離を保ってついてくる。


「これは灯り。珍しくもないな」


「でも、手から離れてますね」


「近い範囲ならな」


 光が消える。次に、足元の枯れ葉が数枚だけ舞い上がった。強い風ではない。地面を這うように動き、俺の靴の前を回ってから植え込みの方へ散る。


「風も使えるんですか」


「少しな」


 今度は掌の上に小さな水の球が浮かんだ。俺が使うものよりずっと小さいが、表面がきれいに丸い。シオンが指を傾けると球も少し形を変え、細い輪になって指の周りを一周した。


「そんなことできるんですか」


「水を使うなら、これくらいは練習すればできるんじゃないか?」


「俺のは、もっと雑ですね」


「用途が違えば形も変わるさ」


 水の輪が掌へ戻り、小さな球になって消えた。続けて、シオンは自分の前へ薄い光の板を出した。人の胸元を覆うほどの大きさで、すぐ消える。


「今のもシールドですか?」


「そう。広げれば守れる範囲が増えるし、狭くすればその分だけ形を保ちやすい。何に使うかで調整するんだ」


「同じ魔法でも、使い方が違うんですね」


 エルザが呟く。


「そういうこと。基礎は入口だよ。そこから先は、その人が何に使うかで結構変わる」


 言いながら、シオンが俺たち三人を見る。


「君たちを見てると、ちょっと懐かしいな」


「懐かしい?」


「俺にも昔、君たちみたいに一緒に動いてた相棒がいたんだ」


 シオンはそれだけ言って、すぐに笑った。


「まあ、昔の話だ。今は魔法の方だな」


 何か聞こうとしたところで、シオンは自分の腕を軽く叩いた。


「火や水だけが魔法じゃない。身体を強くするのもある」


「身体強化ですか?」


「そう。全身の力や動きを底上げするやつだな。エルザちゃんも使えるんだよね?」


 エルザちゃん。聞きなれない呼び方だ。


 エルザは気にした様子もなく頷く。


 エリカも何も言わない。少なくとも、止めるほど変な呼び方ではないらしい。


「ノワール君も剣を使うなら興味あるんじゃないか?」


 俺はノワール君だった。むずがゆい。


「……ありますね」


 そうか。身体強化はエルザが使えるから、自分で覚える発想がなかった。でも、別に魔法を一つに絞る必要はないのか。エルザが何も言わず俺を見る。


「……試してみたいんですね」


「できることなら」


 シオンがまた笑った。


「覚えたいなら、まず適性を見ることだな」


「適性?」


「ギルドに判定用の水晶がある。反応があれば、対応する魔法書を買える。最初はそこからだ」


「シオンさんに教えてもらうだけじゃ駄目なんですか?」


「基礎魔法の最初だけは駄目だ。魔法書で入口を作る。それから先なら練習の仕方はいくらでも教えられるけどな」


 なるほど。俺は自分の手を見る。水魔法は最初から使えた。氷はその延長で形を変えてきた。まったく別の基礎魔法を増やすなら、同じようにはいかないらしい。


「ほかの魔法も、最初は同じなんですか?」


 俺が聞く。


「系統が違うなら、だいたい同じだな。試したいものがあるなら、まず適性を見る。反応がなければ、別の系統を考えることになる」


「なるほど」


 ヴェラが俺を見る。


「ノワール様は、試されるのですか?」


「ちょっと見てみたいですね」


「なら、まず適性だけ見ればいい」


 シオンが気軽に言う。


「反応を見るだけなら、覚えると決める必要はないからな」


「それなら、今度見てみたいです」


 俺は頷いた。色々な魔法を見ているだけでも面白かった。それが自分に使えるかもしれないとなれば、なおさらだ。


 シオンが俺を見て、少し笑う。


「まだ見るか?」


「いいんですか?」


「もちろん」


「じゃあ、もう少しだけお願いします」


 後ろで、腕を組んで立つエリカが小さく息を吐いた。


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