第112話 見せてもらえませんか
「じゃあ、まずは簡単なものからにしようか」
シオンは卓の端へ寄せた杯を見てから、俺たちの顔を順に見た。
「防御魔法なんてどうだ。危なくないし、見た目にも分かりやすい」
「防御魔法ですか」
ヴェラが少し身を乗り出す。丸盾を使うせいか、俺より反応が早かった。
「シールド系ですね」
エリカが答える。
「魔力を壁のような形に保って、飛んできたものや衝撃を受ける魔法です。形や強さは使い手によってかなり違います」
「こういうものです」
シオンが軽く指を上げた。
ほとんど同時に、エルザの髪際にいたリンの周りへ淡い魔法陣が浮かぶ。
ちりん、と鈴が鳴った。
魔法陣の内側に、淡い光が丸く広がる。
「え?」
リンが前へ飛ぶ。こつ、と小さな音がした。見えにくい何かへぶつかったように、リンが少し後ろへ下がる。
「……今、ぶつかりました?」
「弱く張っただけだよ。痛くはないはずだ」
シオンが笑う。リンはもう一度前へ進んだ。今度は途中で止まり、光の縁に沿うように横へ飛ぶ。上へ回り、下へ回る。それでも外へ出られず、鈴が続けて鳴った。
ちりん。ちりん。
「怒ってませんか?」
「たぶん怒ってます」
エルザの声が少し低い。
「シオン」
エリカが静かに名前を呼んだ。
「はいはい」
シオンが指を下ろすと、リンの周囲の光と魔法陣が消えた。次の瞬間、リンが一直線にシオンの顔の前まで飛んでいく。
「おっと」
ちりん、ちりん、ちりん。
「悪かったって」
シオンが両手を少し上げる。リンはしばらくその場で鳴ってから、ふいと向きを変えてエルザの髪際へ戻った。
「遊ばないでください」
エリカがシオンを見る。
「説明だけより分かりやすいだろ?」
「相手の了承を取ってください」
「精霊に?」
「精霊にもです」
エリカが真顔で返す。俺は笑いそうになるのをこらえながら、さっきリンを囲っていた場所を見る。もう何も残っていない。
「今のって、丸くする必要はあるんですか?」
指先でリンを軽くなでながら、エルザが質問する。
「いや。板みたいにもできるし、狭い範囲だけ塞ぐこともできる。形を保つのが難しくなるけどな」
「形は、使う人によって変えられるんですか?」
「ある程度はな。基礎は同じでも、そこから先は工夫次第だ」
「そうなんですね」
エルザはそれ以上聞かなかった。
◆
応接室で続けるには狭いということで、俺たちは建物の裏手にある小さな中庭へ移った。石張りの地面の中央には低い植え込みがあり、壁際に長椅子が置かれている。人の出入りも少なく、エリカが周囲を確認してから頷いた。
「ここなら大丈夫でしょう。ただし、壊さないでくださいね」
「分かってるよ。今日は見せるだけ」
「お願いします」
シオンは植え込みから少し離れた場所へ立ち、袖をまくった。
「じゃあ、次は何が見たい?」
「選べるんですか?」
「危なくない範囲ならな」
「……魔法を色々見せてもらえませんか」
言ってから、少し欲張った気がした。シオンは一瞬黙り、それから口元を上げる。
「おまかせコースか、いいね。そういうのは嫌いじゃない」
シオンは右手を上げた。指先の少し上に、淡い光が浮かぶ。灯りに使うものより小さい。けれど輪郭は崩れず、手を動かしても一定の距離を保ってついてくる。
「これは灯り。珍しくもないな」
「でも、手から離れてますね」
「近い範囲ならな」
光が消える。次に、足元の枯れ葉が数枚だけ舞い上がった。強い風ではない。地面を這うように動き、俺の靴の前を回ってから植え込みの方へ散る。
「風も使えるんですか」
「少しな」
今度は掌の上に小さな水の球が浮かんだ。俺が使うものよりずっと小さいが、表面がきれいに丸い。シオンが指を傾けると球も少し形を変え、細い輪になって指の周りを一周した。
「そんなことできるんですか」
「水を使うなら、これくらいは練習すればできるんじゃないか?」
「俺のは、もっと雑ですね」
「用途が違えば形も変わるさ」
水の輪が掌へ戻り、小さな球になって消えた。続けて、シオンは自分の前へ薄い光の板を出した。人の胸元を覆うほどの大きさで、すぐ消える。
「今のもシールドですか?」
「そう。広げれば守れる範囲が増えるし、狭くすればその分だけ形を保ちやすい。何に使うかで調整するんだ」
「同じ魔法でも、使い方が違うんですね」
エルザが呟く。
「そういうこと。基礎は入口だよ。そこから先は、その人が何に使うかで結構変わる」
言いながら、シオンが俺たち三人を見る。
「君たちを見てると、ちょっと懐かしいな」
「懐かしい?」
「俺にも昔、君たちみたいに一緒に動いてた相棒がいたんだ」
シオンはそれだけ言って、すぐに笑った。
「まあ、昔の話だ。今は魔法の方だな」
何か聞こうとしたところで、シオンは自分の腕を軽く叩いた。
「火や水だけが魔法じゃない。身体を強くするのもある」
「身体強化ですか?」
「そう。全身の力や動きを底上げするやつだな。エルザちゃんも使えるんだよね?」
エルザちゃん。聞きなれない呼び方だ。
エルザは気にした様子もなく頷く。
エリカも何も言わない。少なくとも、止めるほど変な呼び方ではないらしい。
「ノワール君も剣を使うなら興味あるんじゃないか?」
俺はノワール君だった。むずがゆい。
「……ありますね」
そうか。身体強化はエルザが使えるから、自分で覚える発想がなかった。でも、別に魔法を一つに絞る必要はないのか。エルザが何も言わず俺を見る。
「……試してみたいんですね」
「できることなら」
シオンがまた笑った。
「覚えたいなら、まず適性を見ることだな」
「適性?」
「ギルドに判定用の水晶がある。反応があれば、対応する魔法書を買える。最初はそこからだ」
「シオンさんに教えてもらうだけじゃ駄目なんですか?」
「基礎魔法の最初だけは駄目だ。魔法書で入口を作る。それから先なら練習の仕方はいくらでも教えられるけどな」
なるほど。俺は自分の手を見る。水魔法は最初から使えた。氷はその延長で形を変えてきた。まったく別の基礎魔法を増やすなら、同じようにはいかないらしい。
「ほかの魔法も、最初は同じなんですか?」
俺が聞く。
「系統が違うなら、だいたい同じだな。試したいものがあるなら、まず適性を見る。反応がなければ、別の系統を考えることになる」
「なるほど」
ヴェラが俺を見る。
「ノワール様は、試されるのですか?」
「ちょっと見てみたいですね」
「なら、まず適性だけ見ればいい」
シオンが気軽に言う。
「反応を見るだけなら、覚えると決める必要はないからな」
「それなら、今度見てみたいです」
俺は頷いた。色々な魔法を見ているだけでも面白かった。それが自分に使えるかもしれないとなれば、なおさらだ。
シオンが俺を見て、少し笑う。
「まだ見るか?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ、もう少しだけお願いします」
後ろで、腕を組んで立つエリカが小さく息を吐いた。




