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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第111話 紹介したい人


 朝食の席で、ヴェラが俺の方を見た。


「ノワール様、今日の午後はエリカ様のところへ伺う予定です」


「覚えてますよ」


 答えてから、昨日もらった紙を取り出して見せた。折り目のついた紙には、たしかに三人で来てほしいと書かれている。


「ほら」


「はい」


 ヴェラは安心したように頷いたが、隣のエルザは俺の手元を見ていた。


「それ、ずっと腰の袋に入れていたんですか?」


「そうですよ」


「……ずっと入れっぱなしにして紙をぐちゃぐちゃにする人ですか?」


「なんでわかるんですか?」


 子供のころからそうだった。


 エルザは深いため息をついた。


 ヴェラが笑いながら焼いたパンをちぎる。


 昨日の探索で持ち帰った話は、朝になっても変わらなかった。地図にない左の道。その奥の広い場所。そして、一度きりの音。


 気にはなるが、今日はそこへ戻る日ではない。


「そういえば、脚具はどうでした?」


 俺が聞くと、ヴェラが自分の右脚へ目を落とした。


「昨日の夜に外して確認しました。赤みも痛みもありません」


「良かったです」


 エルザが頷く。


「しばらくは、休憩のたびに確かめていきます」


「それにしても、紹介したい人って誰でしょうね」


 俺が聞くと、エルザは首を傾げた。


「エリカさんの知り合いなのは間違いないと思いますけど」


「それはそうですね」


「何のお話かも聞いていませんから、行ってみるしかありません」


 ヴェラはすでに食事を終えている。二人のやり取りを聞いてから、静かに口を開いた。


「手土産は必要でしょうか」


「お呼ばれしただけですし、そこまでしなくてもいいんじゃないですか」


「では、時間に遅れないようにしましょう」


 その言葉には、俺もエルザも素直に頷いた。


◆


 午後の王都は、朝より人通りが増えていた。


 通りの向こうから荷車が来ると、三人で店先へ寄って道を譲る。車輪が石畳の継ぎ目を越えるたび、積まれた木箱が小さく鳴った。


 エルザはいつもの鞄を肩に掛けている。リンは髪際に留まり、ときどき通りを見回しては鈴を鳴らした。


「今日は剣も盾も必要なさそうですね」


「そういう日の方がいいですよ」


 俺が言うと、ヴェラは腰の短槍の位置を見た。


「持っている方が落ち着きます」


「それは分かります」


 結局、俺も普段の剣を帯びている。王都で暮らすようになってから、外す方が落ち着かなくなった。


 エリカに指定された場所へ着くと、案内を受けて中へ通された。以前にも来た建物だが、用事のたびに通る部屋は少し違う。


 今日の応接室には、窓際に小さな卓が置かれていた。椅子は五脚。卓には水差しと杯が用意されている。


「三人とも、来てくれたんですね」


 エリカが立ち上がって迎えてくれた。


「お呼びいただきましたので」


「急にすみません。昨日のうちに伝言が届いてよかったです」


「ミラさんから受け取りました」


 エリカに勧められて腰を下ろす。ヴェラが椅子を引く間、エルザはリンが髪に引っ掛からないよう少し首を傾けた。


「紹介したい方がいらっしゃるとか」


「ええ。もうすぐ来るはずです」


「冒険者の方ですか?」


「冒険者でもありますが、魔法の種類によっては、私よりずっと詳しい人ですよ」


 思わず顔を上げた。


「エリカさんより?」


「分野によって、ですよ」


 そう訂正したエリカが、扉の方を見る。


 軽いノックがした。


「どうぞ」


 入ってきたのは、俺より背の高い男だった。外套の留め金を外しながら、こちらの三人を順に見る。手ぶらに見えたが、腰には使い込まれた小さな鞄があった。


「お、もう来てたのか」


「あなたが最後です」


「約束の時間には間に合ってるだろ?」


「それはそうですけど」


 男はエリカの返事を聞いて笑った。


「悪い悪い。こっちの仕事がちょっと長引いてな」


 言いながら俺たちへ向き直る。


「初めまして。シオンといいます」


 俺たちも立ち上がり、順に名乗った。エルザが〈コンパス〉の名を告げると、シオンはすぐに頷いた。


「君たちが〈コンパス〉か。話は聞いてるよ…って呼んだんだから当たり前だけどな」


 シオンはそう言って人懐っこい笑顔を浮かべる。


「どんな話でしょう」


「仕事をきちんと持って帰ってくる三人だってさ」


 思っていたより地味な紹介だった。


「……戦いが強いとか、そういう話ではないんですね」


「そっちがよかった?」


「ちょっとだけ」


 シオンが声を出して笑った。エルザは呆れたように首を振っている。


「ノワールさん。実体のない評価を求めないでください」


「……そんなことありませんよ」


「……本当に残念そうですね」


 エリカまでこちらを見るので、俺は座り直した。


◆


「シオンは、私と長く一緒に仕事をしている魔法師です」


 全員が席に着くと、エリカが改めて説明してくれた。


「扱える魔法の種類が多くて、特に実戦では頼りになります……普段はこんなですけど。それで、今日は皆さんに会いたいと言われまして」


「シオンさんが、ですか?」


「そうそう。実は、君たちと一緒にいる精霊に興味があってね」


 シオンの目がエルザの髪際へ向いた。リンがちりんと鳴る。


「リンのことですか?」


「女神像で食事をする精霊がいるって聞いたんだよ。一度見てみたくてさ」


「……それが目的ですか?」


「気になるだろ? 女神像の上で飯を食う精霊なんて、俺は初めて聞いたぞ」


 言われてみれば、たしかに変わった話だ。こちらは何度か見ているので、もう驚かなくなっていたけれど。


「リン。ご挨拶できますか?」


 エルザが声をかけると、リンは髪際から浮かび上がった。シオンの前まで飛んでいき、差し出された指の周りを一度回る。


「おお、本当に小さいな。よろしくな、リン」


 ちりん、と返事のような音がして、リンはエルザのところへ戻った。


 エルザは戻ってきたリンを少し見つめていた。


「わざわざ呼んでもらって悪かったな。よろしく頼むよ」


「よろしくお願いします」


 シオンが気軽に片手を上げる。


「魔法の種類が多いんですか」


「まあ、それなりには。得意なものを一つ磨く人もいるけど、俺は色々使う方が好きでね」


「それは、ちょっと羨ましいですね」


「ノワールは剣を使うって聞いたぞ。魔法も?」


「水魔法を少し。それと、氷も使えるようになりました」


「へえ。二つ扱うんだ」


 シオンの視線が俺の腰の剣へ移る。


「剣士で魔法も使うのか。忙しそうだな」


「実際、忙しいですよ」


「だろうな、全く違う事を一緒にやる感じだもんな」


 それから、シオンはエルザとヴェラにも普段の役割を尋ねた。


 エルザが短剣と身体強化魔法を使い、灯りや記録も担当していること。ヴェラが丸盾と短槍で前に立ち、治癒魔法も使うこと。シオンは途中で何度か聞き返したが、試すような質問はしなかった。


「三人で、ちゃんと役割が分かれてるんだな」


「まだ失敗も多いですけどね」


 俺が言うと、ヴェラが静かに頷いた。


「前に立つ時、うまく動けなかったこともあります。今は新しい脚具を使い始めたところです」


「そうなのか。今日は具合は?」


「昨日、ダンジョンで使いました。痛みはありませんでした」


「そりゃよかった」


 シオンはそれ以上、脚具のことを詮索しなかった。


 水差しに手を伸ばしたところで、リンがまた髪際から少し浮かび上がった。シオンの腰にある小さな鞄が気になったのか、その近くまで寄っていく。


「おっと。こっちにも興味があるのか?」


「気になるものがあると、すぐ見に行くんです」


 エルザが少し笑う。リンは鞄の留め金の前で一度鳴くと、何事もなかったように戻ってきた。


「随分、人懐っこいな。女神像のところでも、あんな感じなのか?」


「食べている時は、もっと夢中ですよ」


 俺が答えると、シオンは楽しそうに笑った。


 それから卓の上の空いた場所へ目を向けた。


「そうだ。魔法はどのくらい見慣れてる?」


「え?」


「ちょっと見せたら、面白がってくれるかなと思って」


「シオン」


 エリカが名前を呼ぶ。


「ここで危ないものは使いませんよ」


「そういう意味だけで言ったわけではありません」


「分かってるって」


 シオンがまた笑う。


 俺は思わず身を乗り出した。


「見せてもらえるんですか?」


「お、興味ある?」


「あります」


「即答だな」


 隣でエルザが小さく息を吐いた。ヴェラは俺とシオンを見比べている。


 シオンが空の杯を卓の端へ寄せた。


「じゃあ、まずは簡単なものからにしようか」

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