第107話 これでお願いします
それから三日後、装具店から次の伝言が来た。今度は、仕上がったらしい。
「盾、持ってきます」
伝言を聞いたヴェラは、それだけ言って二階へ上がった。小走りで戻ってきた時には、左腕に丸盾を通していた。
「早いですね」
「待っていましたので」
「ですよね」
エルザも鞄を持ち上げた。リンが髪際から少し浮かび、白い光を揺らす。
三人で宿を出た。
◆
作業台に置かれていた脚具は、前に見た仮組みとは少し違って見えた。仮の留め具はなくなり、革の端はきれいに揃えられている。外側の金具も削った跡が消え、足首側に追加された留め具は他の部分と同じように仕上がっていた。白墨の印も残っていない。
「これで仕上げだ」
職人が脚具を持ち上げる。
「履いてみろ。問題がなけりゃ持って帰れ」
「はい」
ヴェラは丸盾を壁際へ置き、腰掛けへ座った。今まで使っていた脚具を外し、仕上がった方へ右足を通す。
前回までは職人が一つずつ締めていたが、今日は途中からヴェラ自身が革帯を留めていった。一番下、足首、脛の順に締めて、右足を床へ置く。
「きつくないか?」
「前回と同じです」
「痛み」
「ありません」
「歩いてみろ」
ヴェラが立ち上がった。店の奥から入口側へ歩き、向きを変えて戻ってくる。
途中で右へ曲がって止まり、左へ戻る。もう一度右へ。足元を見ずに同じ動きを繰り返した。
「どうだ」
「歩く分には大丈夫です」
「なら盾だ」
ヴェラが壁際の丸盾を取り、左腕へ通して構える。
職人が俺を見た。
「お前も」
「はい」
もう説明されなくても分かる。前回と同じ位置へ立つと、ヴェラが数歩離れた。
「行きます」
「どうぞ」
右へ踏み出した。丸盾が横から入り、そのまま俺の前で止まる。身体と右足がほぼ同時に止まった。
ヴェラは一度元の位置へ戻る。今度は少し速く、右へ出て止まった。俺の前へ盾が入る。
職人が顎を動かす。
「押せ」
俺はヴェラの前へ回った。
「行きますよ」
「はい」
丸盾へ両手を当て、軽く押す。それから少しずつ力を強める。
ヴェラの右膝が曲がり、身体が沈んだ。右足は動かない。脚具も外へずれなかった。
「そこまで」
職人の声で手を離す。
ヴェラは身体を起こし、右足へ体重を掛けた。
「痛みは」
「ありません」
「当たりはないか?」
「ありません」
「ずれは」
ヴェラが革帯へ指を触れる。
「ありません」
職人がしゃがみ込み、留め具と外側の金具を確かめた。
「斜めもやるぞ」
「はい」
前回と同じように、俺が盾の正面から少し右へずれた位置に立つ。斜めから力を掛けると、盾の面が少し傾き、ヴェラの身体もそれに合わせて動いた。
右足はその場からずれない。盾の角度を変えると俺の手が外へ流れ、ヴェラが身体を戻す。右足も一緒についてきた。
「どうだ」
「大丈夫です」
返事は早かった。
ヴェラは俺から距離を取り、自分でもう一度動いた。右へ出て止まり、身体を沈める。そこから後ろへ戻り、左へ一歩。もう一度右へ出て、最後に盾を身体へ引き寄せた。
しばらくそのまま立つ。
職人も何も言わない。
俺も待った。
ヴェラが自分の右足を一度見て、それから顔を上げる。
「これでお願いします」
職人が頷いた。
「分かった」
ヴェラはもう一度右足を動かした。
「今日から使っていいですか?」
「そのために作ったんだろ」
職人は軽く笑った。
「はい」
「ただし、最初から一日中無茶に使うな。新しい革は馴染むまで当たり方が変わる」
職人が足首の留め具を指した。
「休む時に外して、擦れてないか見ろ。痛みが出たらそのまま使うな」
「分かりました」
「緩み方も前のと違う。最初のうちは、休憩ごとに見ろ」
「はい」
「何か変なら持ってこい」
「お願いします」
ヴェラが深く頷いた。完成した脚具を履いたまま、今まで使っていた方を手に取る。
「これはどうすれば」
「まだ使えるんだろ」
「はい」
「なら捨てる理由はないと思うが」
「そうですね。持って帰ります」
ヴェラは古い脚具を布へ包み、鞄へ入れた。これまで右脚に着けていた物が、今は鞄の中に収まっている。
「終わりだ」
職人が言う。
「ありがとうございました」
ヴェラが頭を下げ、俺とエルザも続いた。
「ありがとうございました」
「また何かあったら来ます」
「壊してから来るなよ」
「気をつけます」
俺が答えると、職人がこちらを見る。
「お前じゃないぞ」
「すみません」
職人は片手をあげて店の奥に入っていった。
◆
店を出る。午後の職人区には、いつもの音が重なっていた。金属を打つ音や木を削る音に、荷車が石畳を転がる音が混じっている。
ヴェラの右足からも、小さく金具の音がした。聞き慣れていたものとは、少し違う。
最初の角を曲がったところで、ヴェラが言う。
「前の脚具と、やっぱり違います」
「違和感があります?」
「いいえ」
ヴェラは歩いたまま首を振った。
「身体を動かした時に、右足を待たなくていい感じです」
「待たなくていい?」
「はい。そのまま一緒についてきます」
「なるほど」
俺には、本人ほど細かい違いまでは分からない。
ヴェラはしばらく歩いてから、右脚へ一度目を落とした。
「次のダンジョンが待ち遠しいです」
エルザが少し笑いながら頷く。
「最初は、休憩の時に擦れと緩みを確認しましょう」
「はい」
「痛みや違和感が出たら、その時点で言ってくださいね」
「分かりました」
俺も頷いた。
「じゃあ、それで行きましょう」
「はい」
ヴェラの返事は迷わなかった。
しばらくして、ヴェラが俺たちを見る。
「次は、前に見つけた分岐ですか?」
地図にはなかった、二本に分かれた道。
「そうですね」
俺が答える。
「今度は、どちらへ行くか決めてから行きましょう」
「はい」
エルザも頷いた。
「一度、地図と手帳を見ながら決めましょうか」
「そうしましょう」
三人で市場通りへ入る。
ヴェラは新しい脚具で、そのまま俺たちと並んで歩いていた。




