第105話 盾を持って
数日後、昼を過ぎた頃に装具店から〈鈍色亭〉へ伝言が届いた。仮組みができたらしい。
ヴェラは伝言を聞くと、自分の丸盾を取りに部屋へ上がった。戻ってきた時には、いつもの丸盾を手に持っていた。
「すぐ行きます?」
「はい」
返事が早い。
エルザが鞄を持ち上げ、俺も立ち上がった。
「楽しみにしてましたもんね」
「していました」
ヴェラは否定しなかった。
三人で〈鈍色亭〉を出る。午後の職人区には金属を打つ音が重なり、通りへ開いた工房からは木屑や革の匂いが流れていた。
装具店へ入ると、前と同じ職人が奥から顔を出す。
「来たか」
その視線が、すぐにヴェラの丸盾へ移った。
「持ってきたな」
「はい」
「なら奥へ来い」
店の奥にある作業台の脇へ案内される。低い台の上には、見覚えのない脚具が置かれていた。
革帯と金属の支えが組み合わされているが、表面はまだ仕上げられていない。留め具も仮のものらしく、完成品というより、これから形を合わせていく途中の物に見えた。
「これが?」
「仮だ」
職人が答える。
「まだ持って帰る物じゃない。まず履け」
「はい」
ヴェラが腰を下ろし、これまで使っていた脚具を外す。職人に言われるまま仮組みへ足を通すと、革帯が足首から脛へ順に留められていった。
最後の一本を締める前に、職人がヴェラを見る。
「きついか」
「いいえ」
「痛いところは」
「ありません」
「立て」
ヴェラが立ち上がり、その場で重心を移してから店の中を何歩か歩く。俺とエルザは邪魔にならないよう壁際へ寄った。
「歩く分にはどうだ」
「変な感じはあります」
「どこだ」
ヴェラが右足を動かす。
「足首の外側です。痛くはありません。ただ、いつもより動きを止められている感じがします」
「分かった。盾を持て」
ヴェラが丸盾を左腕へ通した。
職人は店の奥に積まれた箱を二つ動かして、床を空けた。
「ノワール。そこへ立て」
「俺ですか?」
「仲間の前へ入るんだろ」
「そうでした」
言われた場所へ移動する。
ヴェラは俺から距離を取り、丸盾を身体の前へ構えた。
「右へ動いて、こいつの前へ入れ。速さはいつも通りでいい」
「はい」
ヴェラがこちらを見る。
「行きます」
「どうぞ」
右足が動く。丸盾が横へ移り、ヴェラの身体が俺の前へ入った。
そこで足が止まる。盾の向こうから、ヴェラが自分の右足へ目を落とした。すぐには構えを解かない。
「……今、動きやすかったです」
「いつもより?」
「はい」
ヴェラが盾を下ろし、もう一度右足を見た。
「右へ出る時に、足が残りませんでした」
声がいつもより少し早い。
職人はその様子を見ても表情を変えなかった。
「止まる時は」
ヴェラが右足へ重さを移す。
「外側が当たります」
「痛いか」
「いいえ。ただ、押される感じがあります」
「脱げ」
「はい」
脚具を外すと、職人は作業台へ持っていき、外側へ白墨で印をつけた。
留め具の位置を変え、金属の支えを工具で調整していく。革を擦る音に混じって、硬い物を削る音が店の奥へ続いた。
調整を終えた職人が、脚具をヴェラへ返す。
「もう一度だ」
ヴェラが履き直して丸盾を構え、俺も同じ場所へ戻った。今度は右へ出たあとも足が残らず、そのまま俺の前で止まる。
ヴェラは右足へ何度か体重を移す。
「さっきより止まりやすいです。当たりも弱くなりました」
「痛みは」
「ありません」
「じゃあ、そのまま盾へ重さを掛けろ」
ヴェラが構え直し、右へ動いて俺の前へ入って止まる。そこから丸盾を前へ押し出すように身体を預けた。
身体を預けたところで、右脚の外側に沿っていた脚具がわずかに外へずれた。ヴェラはすぐに盾を戻す。
「今のは?」
「脚具が動きました」
「どっちへ」
「外側です」
職人がしゃがみ込み、革帯と支えの位置を確かめる。
「ここだな」
ヴェラも自分の右脚を見る。
「直せますか?」
「そのための仮組みだ」
「お願いします」
「言われなくてもやる」
職人が立ち上がった。
「今日はここまでだ。今のまま同じことをやっても、同じずれ方を繰り返すだけだ」
ヴェラは頷いて丸盾を外し、脚具も脱いで職人へ返す。白墨の印が増えた仮組みは、また作業台の上へ戻った。
「次は?」
「外側の留め方を変える。止まって受けた時に動かないよう、下も見直す」
「また盾を持ってくればいいですか?」
「当然だ」
職人がこちらを見る。
「お前も来い」
「俺もですか?」
「前へ入る相手が要る」
「役に立ってますね、俺」
「立ってるだけだ」
「思ったより簡単な役でした」
ヴェラがこちらを見る。
「次もお願いいたします」
「もちろんです」
エルザも頷いた。
「私も来ます」
「次も三人で来ましょう」
俺が言うと、ヴェラは丸盾を持ち直した。
ヴェラは店を出る前に、一度だけ作業台の方を振り返った。職人はもう仮組みを手に取り、さっき白墨をつけた場所へ工具を当てていた。
通りへ出ても、金属を削る音がしばらく後ろから聞こえていた。




