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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第105話 盾を持って


 数日後、昼を過ぎた頃に装具店から〈鈍色亭〉へ伝言が届いた。仮組みができたらしい。


 ヴェラは伝言を聞くと、自分の丸盾を取りに部屋へ上がった。戻ってきた時には、いつもの丸盾を手に持っていた。


「すぐ行きます?」


「はい」


 返事が早い。


 エルザが鞄を持ち上げ、俺も立ち上がった。


「楽しみにしてましたもんね」


「していました」


 ヴェラは否定しなかった。


 三人で〈鈍色亭〉を出る。午後の職人区には金属を打つ音が重なり、通りへ開いた工房からは木屑や革の匂いが流れていた。


 装具店へ入ると、前と同じ職人が奥から顔を出す。


「来たか」


 その視線が、すぐにヴェラの丸盾へ移った。


「持ってきたな」


「はい」


「なら奥へ来い」


 店の奥にある作業台の脇へ案内される。低い台の上には、見覚えのない脚具が置かれていた。


 革帯と金属の支えが組み合わされているが、表面はまだ仕上げられていない。留め具も仮のものらしく、完成品というより、これから形を合わせていく途中の物に見えた。


「これが?」


「仮だ」


 職人が答える。


「まだ持って帰る物じゃない。まず履け」


「はい」


 ヴェラが腰を下ろし、これまで使っていた脚具を外す。職人に言われるまま仮組みへ足を通すと、革帯が足首から脛へ順に留められていった。


 最後の一本を締める前に、職人がヴェラを見る。


「きついか」


「いいえ」


「痛いところは」


「ありません」


「立て」


 ヴェラが立ち上がり、その場で重心を移してから店の中を何歩か歩く。俺とエルザは邪魔にならないよう壁際へ寄った。


「歩く分にはどうだ」


「変な感じはあります」


「どこだ」


 ヴェラが右足を動かす。


「足首の外側です。痛くはありません。ただ、いつもより動きを止められている感じがします」


「分かった。盾を持て」


 ヴェラが丸盾を左腕へ通した。


 職人は店の奥に積まれた箱を二つ動かして、床を空けた。


「ノワール。そこへ立て」


「俺ですか?」


「仲間の前へ入るんだろ」


「そうでした」


 言われた場所へ移動する。


 ヴェラは俺から距離を取り、丸盾を身体の前へ構えた。


「右へ動いて、こいつの前へ入れ。速さはいつも通りでいい」


「はい」


 ヴェラがこちらを見る。


「行きます」


「どうぞ」


 右足が動く。丸盾が横へ移り、ヴェラの身体が俺の前へ入った。


 そこで足が止まる。盾の向こうから、ヴェラが自分の右足へ目を落とした。すぐには構えを解かない。


「……今、動きやすかったです」


「いつもより?」


「はい」


 ヴェラが盾を下ろし、もう一度右足を見た。


「右へ出る時に、足が残りませんでした」


 声がいつもより少し早い。


 職人はその様子を見ても表情を変えなかった。


「止まる時は」


 ヴェラが右足へ重さを移す。


「外側が当たります」


「痛いか」


「いいえ。ただ、押される感じがあります」


「脱げ」


「はい」


 脚具を外すと、職人は作業台へ持っていき、外側へ白墨で印をつけた。


 留め具の位置を変え、金属の支えを工具で調整していく。革を擦る音に混じって、硬い物を削る音が店の奥へ続いた。


 調整を終えた職人が、脚具をヴェラへ返す。


「もう一度だ」


 ヴェラが履き直して丸盾を構え、俺も同じ場所へ戻った。今度は右へ出たあとも足が残らず、そのまま俺の前で止まる。


 ヴェラは右足へ何度か体重を移す。


「さっきより止まりやすいです。当たりも弱くなりました」


「痛みは」


「ありません」


「じゃあ、そのまま盾へ重さを掛けろ」


 ヴェラが構え直し、右へ動いて俺の前へ入って止まる。そこから丸盾を前へ押し出すように身体を預けた。


 身体を預けたところで、右脚の外側に沿っていた脚具がわずかに外へずれた。ヴェラはすぐに盾を戻す。


「今のは?」


「脚具が動きました」


「どっちへ」


「外側です」


 職人がしゃがみ込み、革帯と支えの位置を確かめる。


「ここだな」


 ヴェラも自分の右脚を見る。


「直せますか?」


「そのための仮組みだ」


「お願いします」


「言われなくてもやる」


 職人が立ち上がった。


「今日はここまでだ。今のまま同じことをやっても、同じずれ方を繰り返すだけだ」


 ヴェラは頷いて丸盾を外し、脚具も脱いで職人へ返す。白墨の印が増えた仮組みは、また作業台の上へ戻った。


「次は?」


「外側の留め方を変える。止まって受けた時に動かないよう、下も見直す」


「また盾を持ってくればいいですか?」


「当然だ」


 職人がこちらを見る。


「お前も来い」


「俺もですか?」


「前へ入る相手が要る」


「役に立ってますね、俺」


「立ってるだけだ」


「思ったより簡単な役でした」


 ヴェラがこちらを見る。


「次もお願いいたします」


「もちろんです」


 エルザも頷いた。


「私も来ます」


「次も三人で来ましょう」


 俺が言うと、ヴェラは丸盾を持ち直した。


 ヴェラは店を出る前に、一度だけ作業台の方を振り返った。職人はもう仮組みを手に取り、さっき白墨をつけた場所へ工具を当てていた。


 通りへ出ても、金属を削る音がしばらく後ろから聞こえていた。


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