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明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第四章 札がなくても

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第103話 札がなくても


 翌朝の冒険者ギルドは、人の出入りが多かった。入口近くでは、泥のついた外套を着た男たちが荷袋を床へ下ろしている。受付の奥から紙をめくる音が続き、依頼板の前にも何人かが並んでいた。


 俺たちは少し離れたところで順番を待ち、人が減ってから札を見ていく。荷運びや町の外れまでの護衛、倉庫の整理、第一層入口付近での資材回収。受けられそうなものはいくつかある。


 ただ、第一分岐左側の続きを確認する札はなかった。


「今日は出ていませんね」


 エルザが板の下まで見て言った。


「区切って確認しているのでしたね」


「はい。次の区間はまだなんでしょう」


 昨日歩いた場所を思い出す。細かな石の多い坂を下り、その先で平らになった石床まで行った。


 俺たちはそこで引き返した。依頼は、そこまでだったからだ。


 その先にも道は続いていた。


「昨日の先、行ってみませんか」


 二人がこちらを見る。少し間があった。


「依頼はありませんよ」


 ヴェラが言う。


「はい」


「それでも、ですか?」


「行ってみたいです」


 言ってから、もう一度依頼板を見る。


 前にも、依頼を受けずに潜っている人はいた。ここに札が出るまで待たなければならないわけではない。


「私は反対ではありません」


 エルザが答えた。


「ただ、再確認中の場所です。先へ入っても問題ないかは、確認しておきたいです」


「そうですね」


 ヴェラも頷く。


「私も、行ってみたいです」


 それで三人とも依頼板から離れた。リンはエルザの髪際に留まったまま、小さく揺れていた。


◆


 ミラは俺たちの話を聞くと、受付の下から地図を取り出した。


「第一分岐の左側。昨日の確認地点より先ですね」


「はい」


「今日は依頼ではなく、自主探索で入ろうと思っています」


 ミラが地図を広げる。第一分岐から左へ伸びた線は、曲がり角を越えて傾斜へ続いている。昨日まで確認した範囲は、その途中までだった。その先にも以前の記録は残っている。


「現在、封鎖はされていません」


 ミラの指が、昨日の終点で止まる。


「ですから、ここから先へ入ること自体に問題はありません。ただ、この先は今の状態をまだ再確認していない区間です」


「地図通りとは限らない」


「はい。そこは昨日までと同じです」


 ミラが俺たちを見る。


「自主探索なら、入口で氏名と人数、おおまかな行き先、帰還予定を登録してください」


「ガイルさんに伝えればいいんですね」


「ええ」


 地図の端が、窓から入った風でわずかに浮いた。ミラが手を置いて押さえる。


「それと、今回はギルドの依頼ではありません。怪我をしても、依頼中の治療費補助はありません」


「自前ですね」


「そうなります。それでも行きますか?」


 ミラが俺たちを見た。


「はい。三人で決めました」


 ミラは軽く息をつくと頷いた。


「わかりました」


「通路の状態が大きく変わっていたら、戻った時に教えていただけると助かります」


「分かりました」


 義務というより、知ったことがあれば知らせてほしいということらしい。


 俺は地図を見る。


 昨日までは、依頼に終点があった。


 今日はない。


「戻り始める時間を先に決めておきませんか」


 俺が言うと、エルザが腰の小袋から懐中時計を取り出した。蓋を開き、針を確かめる。


「朝から入るなら、昼より前には戻り始めたいですね」


「そのくらいが良いと思います」


 ヴェラが地図へ目を落とす。


「道が分かりにくくなりそうなら、その先へは進まないようにしたいです」


「そうしましょう」


「魔物も、避けられるなら避けます」


 エルザが答える。


「今日は何かを倒しに行くわけではありませんから」


 三人で確認するのは、それだけにした。


 時間になれば戻る。


 道が分からなくなりそうなら進まない。


 必要のない戦闘は避ける。


「その予定なら、こちらから止める理由はありません」


 俺たちの話を黙って聞いていたミラが地図を畳む。


 エルザが懐中時計へ目を落とした。


「では、今日は準備だけにして、明日の朝からにしましょう」


「そうですね」


 ヴェラも頷く。


「その方が時間に余裕があります」


「俺も賛成です」


「無理はしないでくださいね」


 ミラが言う。


「分かりました」


「リンさんも無理しないでくださいね」


 ちりん。


「ふふ……明日は気をつけてくださいね」


 ミラに礼を言うと、俺たちは受付を離れた。


 エルザが懐中時計をしまおうとしたところで、蓋の表面が目に入る。小さな花の模様が入っていた。


「エルザさん、その懐中時計、可愛いですね」


 エルザの指が止まった。


「……これ、ですか?」


「はい。前にも見てましたけど、模様までは気づいてませんでした」


 エルザは時計へ一度目を落とした。


「……気に入って選んだものです」


「そうでしたか」


 それだけ答えると、エルザは蓋を閉じて小袋へ戻した。口元が少しだけ緩んでいた。


◆


 ギルドを出たあと、足りない物だけを買い足して〈鈍色亭〉へ戻った。昼にはまだ早く、食堂の窓から入った光が空いている卓の端まで伸びている。


 水と簡単に食べられる物、予備の灯り、それに布。前の探索で使った分を確認しながら、それぞれの荷物へ収めていく。


 昨日、脚具代を払ったばかりだ。共同資金には依頼に必要な分が残っているが、必要のない物まで増やす理由もない。


「食べ物はこれで足りますね」


 エルザが包みを一つ俺へ渡す。


「はい」


 ヴェラが自分の荷物へ水筒を収め、口を締めた。俺も受け取った包みを袋へ入れる。


「明日は、入口で登録してからですね」


 ヴェラが言う。


「はい」


「昨日の平らな場所までは同じ道です。その先は、見て決めましょう」


 エルザが頷いた。


 これで、明日の準備は終わりだった。


 窓の外では荷車が通り、車輪の音が石畳を転がっていく。遠くでは、職人区の方から槌の音も聞こえていた。


 明日の朝、〈灰石の口〉で行き先と帰還予定を登録する。


 その先は、自分たちで決める。


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