第14話『継承する者』
「――まぁ、おいでなんし。会うのはこれで三度目でありんすねぇ。ふふ……そんなに通い詰めて、一体わっちをどうするおつもりかえ」
ある町は夏の盛り。栞座よりも、いくらか小さな劇場の舞台に立った男に、観客は酒と煙草臭い溜息をほうと漏らした。
「おお……」
「なんと妖艶な……」
熱っぽい視線が一点に集まる劇場。その座布団のひとつに胡座をかいた少年が、隣の男に口を寄せた。
「師匠、あいつは?」
「彼かい? 彼は、栞屋氷蔵さんだ。今の歌舞伎は、栞屋一強と言われてるんだけど……彼は、その栞屋を牽引する役者さんなんだ。今は、二十九だったかな」
「へー。男なのにあんな色っぽいんだ。やっぱり江戸の人って凄いっすね。俺とまるで違う生き物みたい……よくこんな田舎町まで来てくれたなぁ」
少年がそう呟くと、男は隣の座布団からぐっと詰め寄って、
「そう、そうなんだよ! 凄いんだあの人は! 感情の込め方とか、踊りとか立ち回りとか……俺もう、あの人の舞台が大好きで。最初は俺も、俺の師匠に連れられて、遥々江戸まで見に行ったんだよ」
「お、おぉ……」
大きくのけぞった少年は、唾を飛ばす男の顔を押しのけ、驚いたように目を丸くした。
「あの、酒浸りの爺さんが? てっきりあの人、酒にしか興味がないのかと……」
「うーん。腰を悪くしてなければ、今もきっと見に来ていたと思うんだけどね……あのボロボロの体じゃ、座布団で半日座っているのは厳しいから。だからね、俺、あの人の分まで楽しむことにしてるんだ。ほら、お酒も用意してる」
男は少年に、徳利を見せつけた。劇場の建物の中にある、芝居茶屋で頼んだものだった。少年は納得したような顔で、
「さっき注文してたのはそれか……でも、やめたほうがいいっすよ。師匠、あの爺さんと違って酒弱いんだから。ほら、預かった」
「あっ……」
徳利を取り上げられ、情けない声を上げる男。一方舞台には、二人の小さな役者が上がっていた。年は十二、三歳くらいだろうか。
「姐さん姐さん、お部屋の支度ができんした」
「おいでなんし、お客様。わっちらが案内いたします」
「……! へー、凄いっすね。子供も舞台に立つんすか? 俺よりも小さそうだけど……あれも『栞屋なんとか』なんですか?」
「あぁ、そうだね。確か、さっきの氷蔵さんの弟子らしいよ。同じ家に住んでるとか……氷蔵さんも結婚する気配がないし、将来は氷蔵さんの養子になるんじゃないか、って言われてる。お前と同じだね」
男は少年の頭を撫で回した。少年は少し赤くなると、ぱっと手を払い除けてそっぽを向く。
「……俺とあの子たちは、多少似てるかもしれませんけど……鍛冶屋の煤だらけ職人と、江戸から来た凄い役者を、ちゃっかり同列に並べないでください。恥ずかしい」
「あ……バレた? えへへ……」
「はぁ。嫁を貰いそびれた師匠と違って、あの人はきっと、女なんか選り取りみどりなんですから。結果が同じってだけで、まるで違いますからね」
少年がじろりと横目で見やると、こっそり徳利を奪い返そうと伸びていた男の手が跳ねた。
「う……痛いとこをつくね……けど、氷蔵さんについては、ひとつ面白い話があってさ。確かに十年くらい前までは、あの人を囲おうとした人が何人もいたんだ。女の人も、男の人も。けど……」
「けど?」
「氷蔵さんに求愛した人は、必ずこう言われるらしい。『僕には可愛い犬がいるから、御前さんの相手は出来ないんだ、御免ね』って。犬は多分、彼の雇ってる護衛か、愛人のことだって言われてるけど……」
男は徳利を諦めて、舞台の上の華やかな花魁に目を向けた。あの日と同じ真っ直ぐな目で。恋焦がれるように熱く。
「なんにせよ、犬には噛まれたくないからさ。栞屋の常連さんは、新参の人にこう言うんだ。――って」




