38.砂漠の針
絢斗たちが廃棄された第12ブロックでの隠遁生活を始めて、すでに一週間が経っていた。警備科の奴らは執拗に絢斗たちの行方を追っていたが、逃亡先を見つけられずに諦めたようだ。残してきたレーシャやガネッシュは相当しつこく尋問されたらしいが、結局、警備科は決定的な証拠を見つけられなかった。
絢斗たちは隠遁生活を続けながら、トクタルとフリストスに頼んで、隠されていた食糧を施設内に密かに運び込んでもらっている。レーシャやガネッシュが目立たない程度に必要な人に配っているが、エインヘリャルのインフレ施策はさらに厳しさを増していて、運び込んでいる量では焼け石に水だった。
「しかし、ここにいると本格的に引きこもりになりそうだ」
エミリオは日課となっているサーキットトレーニングを終わらせるなり、ため息をついてぼやいた。
「基本、やれることは限られているからなあ」
絢斗はシーユウが中央管制室のコンピューターからサルベージしてきたデータを調べていた。保存された膨大なデータから決定的な証拠を探すのは、砂漠に落とした針を探すようなもので、何か取っかかりがないと見つかりそうにない。それでも有り余る時間を使ってできることは、データを漁ることぐらいだった。
――クインたちを止めるためには、学生たちを一枚岩にまとめるしか対抗策はない。なにか彼らを焚きつけるきっかけとなる証拠が必要だが。
「そっちは何か見つかりそうか?」
エミリオは絢斗の手元の端末を覗き込んだ。
「物資のデータに齟齬はないと言っていいな。几帳面なクインらしい管理の仕方だ」
「こっちも慎也や警備科との通信記録では、ごく当たり前な指示しかない。何かの符号らしきものもなさそうだな」
「うーん、証拠はクインの頭の中だけっていうことか……」
絢斗は腕組みをして考え込んだ。もし本当にそうだとしたら正直お手上げだった。
「奴らが素直に吐いてくれれば、いいんだけどな。そんなタマでもないだろう」
「このままでも食糧がなくなれば、いつかはクインの嘘が明らかになる日がくるだろうけどな」
「その時には多くの犠牲と腹を空かせて反抗心も湧かない生徒たちで溢れているだろうよ」
エミリオの予言はいつも正しい。少なくとも備蓄された食糧が残っている内に、クインの独裁を止めなければ、奴らの逃げ切りを許してしまう。ポイント・オブ・ノーリターンは迫りつつあるのだ。
――相変わらず問題が山積みだ。何一つ片付いちゃいない。
問題と言えば、ラクウェルの件はなんとなく禁句になっている。問題を先送りにしているとも言う。あまり藪を突いてもグループの結束にひびを入れてしまうことになりそうで、絢斗は二の足を踏んでいた。エミリオは何かを知っていそうだったが、ずけずけとプライバシーにまで踏み込んでいっていいものか躊躇われた。
――個人でやっていたことなら大した量でもないんだろうが、グループに投資していたマーズの出所は十中八九、そういうことなんだろうな。
自分を慕ってくれている愛くるしい後輩とのイメージのギャップに絢斗は懊悩した。知ってしまったからには以前と同じように接することができるか自信がない。ラクウェルが何を考えて行動しているのか、共感できる点がないと化け物じみて見えてしまうのだ。
――他人が何を考えているかなんて、全てを理解できると己惚れているわけでもないけど。
「やったわ、私ってば天才!」
シーユウが絢斗たちの部屋に駆け込んできた。
第12ブロックの気圧が確保されているエリアにはいくつか部屋があった。曲がりなりにもシーユウは女の子なので別の個室をあてがったのだが、一週間としない内に持ち込んだ荷物で散らかり放題となっていた。部屋の中の惨状を目にした絢斗とエミリオは、使える部屋に余裕があったことに心底、感謝したものだった。
「監視カメラの膨大な映像データをAIで人物ごとに分類して、クインと慎也の二人が映っている映像をピックアップしたの」
「なんだかCSIみたいなことを言いだしたな」
「シーユウ、引きこもり過ぎて頭がおかしくなったか?」
「これから私のことをQu35tって呼んでくれてもいいよ」
シーユウが薄い胸を張って誇らしげに言った。
「ちょっと何言ってるのか、わかりませんね」
「俺たちの年代だと、流行り病みたいなものだよ」
恥ずかしさに耐えられなくなったシーユウがエミリオの胸を両手で叩きだした。
「はいはい、俺たちが茶化し過ぎたよ。悪かった」
エミリオの心のこもっていない謝罪を受けて、一先ずシーユウは矛を収めた。
「……まあ、いいわ。とにかくディープラーニングを使って画像認識を行ってみたの。データベースはサーバーの未使用領域を間借りさせてもらっているわ。処理は複数のコンピューターをパラレルに繋いで……」
「あー、技術的なことは聞いてもわからん。で、何を見つけたんだ?」
エミリオが技術サポートを呼び出したクライアントみたいなことを言って、シーユウの話をさえぎった。
「クインと慎也の会話よ! あいつら自身が食糧制限の理由を語っているわ」
絢斗とエミリオは顎が外れるほど大口を開けて固まった。
「……マジか、シーユウ!?」
「マジマジ、これを見てよ」
シーユウは持ってきた端末に映像を映して見せた。
中央管制室に二人の男が映っている。映像は鮮明で人物の見分けは簡単だ。クインと慎也で間違いない。音質も聞き取ることに問題がないレベルだった。
『段階的なインフレーションを起こすつもりだ。物資が不足している状況では当然のことだな』
『食糧を制限せざるを得ない状況に持っていくわけか』
『理解が早くて助かる。脱落する者は多数出るだろう。そこで君たちの力が必要になる』
『不満を抑え込むのが俺たちの仕事ってわけか、忙しくなりそうだ』
『最終的に半分残れば御の字だ』
『半数まで減れば統制も取り易い、いいことずくめだな』
ある程度、予想していた内容だったが、改めて言葉にされると、かなりひどい内容だ。切り捨てられる半分に入っている学生たちが聞けば、クインの独裁を止めるために立ち上がることを躊躇する者はいないだろう。
エミリオは映像をみてひとしきり笑うと、絢斗とシーユウの肩に手を回した。
「さあ、反撃の狼煙を上げるか!」
エミリオの決意を込めた言葉を聞いて、絢斗の全身を電気が走るような震えが襲った。




