37.隠遁生活
「どうやら行ったようだな」
「絢斗、取り敢えず助かったことには礼を言っとくが、これからどうしたものか、なあ?」
エミリオの問いはもっともだった。こんな状況でなければ、絢斗も問いただしたい。誰に問いかければいいかわからないが、エミリオはその筆頭と言っていいだろう。
「……さ、寒いよ」
シーユウは身体をがたがたと震わせていた。絢斗たち三人は冷凍倉庫の中にいるのだから当然のことだろう。絢斗とエミリオはシーユウを間に挟んで、少しでも冷気が届かないように身を寄せ合った。その内に外で作業しながら様子を窺っているガネッシュから連絡が入るだろう。
絢斗は食糧倉庫に追い詰められて、クインたちに捕まる寸前だったときのことを思い出していた。
絢斗がメールを送った相手はフリストスだった。トクタルからフリストスの雑学好きを聞いていた絢斗は、その知識を頼ったのだ。フリストスからの返事は簡潔だった。
『冷凍倉庫に二重底を作って隠れてください』
――なるほど、こういうトリックはシンプルな方が失敗は少なそうだ。
エミリオと一緒に冷凍倉庫に保管されていた箱を少し手前に移動させて、壁のように見せかけた。奥の壁との間には人一人が入れる程度の幅しかない。外からは自然に見えるよう慎重に箱を積んだ。さらにダクトの蓋を緩めて、如何にもそこから脱出したように装った。
――騙されてくれるかは五分五分だが、やれることはやっておこう。
こうして絢斗たち三人は冷凍倉庫の中に隠れていたのだった。
「出て来ても大丈夫ですよ。警備科の奴らは他の場所に探しに行きました」
ガネッシュの囁くような声が冷凍倉庫に響いてきた。
絢斗たち三人は壁にしていた箱を移動させて隠れていた奥のスペースから出ると、発覚を遅らせるために壁を元に戻した。
「ガネッシュゥゥ、凍え死ぬところだったよぉぉ。ありがとぉぉ」
両手で身体を抱きながら足踏みしているシーユウが感謝の意を表した。
「危ないところでしたが、まだ安心できませんよ。これからどうするつもりです?」
ガネッシュは抱き着こうとするシーユウを片手で制して絢斗とエミリオに問いかけた。
「まあ、警備科の奴らに見つかれば拘束されるだろうな。どこかに隠れるしかない」
エミリオは失敗したとしても潜入がバレて捕まる程度で、まさか撃ち合いが起こるほど騒ぎが大きくなるとは想定していなかった。
「と言っても、警備科の奴ら施設中を大掃除する勢いで探していますよ」
「こんな時だけ勤労精神を発揮しなくてもいいだろうに」
「生活圏は限られていますからね。素直に自首するのが一番かもしれません」
エミリオは腕組みをしてガネッシュの提案について考えた。
「……仕方ないか、これ以上は意地の問題かもしれないな。流石に命までは取られないだろう」
「向こうには慎也もいるんだ。そう、甘くはないかもしれないぞ」
絢斗の懸念はエミリオにも理解できた。シーユウを連れてきたのは失敗だったかもしれない。
「このままここに住み着くか。少なくとも餓死はしない」
「その前に凍え死ぬわよ!」
エミリオの軽口にシーユウが噛みついた。よっぽど寒さが堪えたのかもしれない。
「逃亡先がないわけじゃない。使えるかどうか試してみてもいいかもな」
「絢斗、どこのことを言っている?!」
絢斗の言葉に三人は目を丸くした。恐らくスラムに隠れたとしても片っ端から家探しされるのが落ちだろう。火星の地にジワタネホは存在しないのだ。
「第12ブロックにある物資の隠し場所だ。トクタルたちに教えてもらっただろう」
「だが、あそこは警備科の奴らが物資を隠しているんだぞ?」
「ここの物資が枯渇するまでは手を付けないさ。その間は誰も来ないんじゃないか?」
絢斗はいたずら好きの子供みたいな笑みを見せた。
「……その案、悪くないな。ガネッシュ、使われていないエアロックから宇宙服を三着持って来てくれないか。絢斗、シーユウ、当初の計画通りここに備蓄されている食糧を記録するぞ」
エミリオは矢継ぎ早に指示を出すと、自分も食糧倉庫のコンテナを数え始めた。
「やはり足りないな。正確な数ではないとしても、データに記録されている数とかなり開きがある」
挙がってきた調査結果を見て、絢斗は考え込んだ。備蓄されている食糧がこれだけ少ないとなると、クインたちの行っている施策は全て切り捨てのためなのだろう。どこかでクインの独裁を止めなければならない。そして学生たち全員を救うためには、どこかで食糧を確保しなければならない。
――隠遁しながらどこまで現状をひっくり返すことができるのやら……。
ガネッシュが宇宙服を抱えて戻ってきたことで、絢斗の思索は打ち切られた。
「さて、俺たちはここから尻尾を巻いて逃げ出す。準備はいいな」
エミリオが三人の顔を見て、モチベーションの上がらない宣言をした。
「ああ、嵐が起きる前に逃げ出した船員みたいな気分だけどな」
「あとのことは頼んだよ、ガネッシュ!」
これから起こるであろう様々な困難を想像して、ガネッシュの顔が盛大に歪んだ。
――これ絶対、しんがりを守って死んでいくパターンじゃないですか!?




