33.隠された真実
「我々はここで共に暮らす全ての学生たちの言葉に耳を傾ける用意がある。君たちに伝えたいことがあるなら聞かせてもらおう」
ブリーフィングルームに響き渡ったクインの言葉が開始の合図となった。
意外なことに慎也への言付けは正しく伝わったようだ。食堂での騒動から間をおかずに、エインヘリャルと会談の場が持たれることが決まった。参加者たちは全員が強張った表情をしている。誰もがこの交渉の困難さを理解しているからだ。
エインヘリャルからはクイン、慎也、シア、そしてメンタルダウンから復帰したフィンの四人が参加している。対して絢斗たちの顔ぶれはエミリオ、レーシャ、そしてシーユウの四人だ。エインヘリャルと人数を合わせた形になるが、ラクウェルを押しのけてシーユウが強引に参加を希望した。ガネッシュは頭をかかえていたが、当日までに何とか爆弾発言をさせないように言い聞かせますと、乾いた笑いを返していた。
「時間を割いていただいてありがとうございます。早速ですが、仮想通貨制が導入された後、学生の間では困窮する者が後を絶ちません。このシステムには欠陥があるのではないでしょうか?」
レーシャの指摘はエインヘリャルにいたときと変わらない。初めから策を弄しても仕方ないので、直球勝負になるが、まずは問題提起から始める。対するクインの返答もあまり代わり映えしなかった。
「仮想通貨制は学生たちの間で我々が斡旋する仕事に対して根強く残っていた不平等感を改善するために行った施策だ。現在、その問題はほとんど解消されていると自負している」
「しかし、現に食事もまともに食べられない者も出ています。新しい問題に対応すべきでは?」
レーシャはなおも食い下がった。今回は強制的に追い出されるような立場ではない。レインの失言を引き出してポイントを取りたかった。
「仕事さえすれば、最低限の生活は可能なように調整している。もちろんこの状況を理解してもらって、学生たちには自助努力を要請することにはなるが」
「自助努力で何とかなるレベルではないと思います」
「仕事さえも厭うようでは我々も手助けができない」
「仕事をしたくても、できない現実があるのです。学生たちに仕事を選べる自由があるとしても、仕事を回してもらえないような運用では、死ねと言っているようなものです」
前哨戦からレーシャは飛ばしていた。何の因果か、不満を持つ学生たちの代表としてここに立っているのだ。易々と引き下がっていては顔向けできない。
「なるほど、そのような事例があったのなら、内部調査を行って綱紀粛正を進めよう」
自分の失点を悟ってレーシャの顔が苦虫を噛み潰したように歪んだ。システム全体の問題点を指摘したつもりが、個人の問題までスケールダウンされてしまった。これでは辻褄合わせの内部調査の報告で煙に巻かれてしまうだろう。
「体調面の問題も残っているんじゃないか。働きたくても自分の意思じゃどうにもならないこともあるだろう?」
エミリオがレーシャの劣勢を察して助け舟を出した。
「そのために医療費は無料にして、大きな怪我や病気の場合は補助金を出している。ただし、診察しても原因不明のような場合は仮病と見分けがつかない。他の学生たちを納得させる説明ができない」
想定した問答の内容から外れていないのか、クインの回答には淀みがなかった。確かに仮病でさぼっているような者を助けていては、他の学生たちから不満の声が挙がるだろう。ただし、明確な病名の出ないアイシャのようなケースは救われないが。
エインヘリャルとの議論は平行線だ。このままではのらりくらりとかわされて、何も変わらないままだろう。何か突破口が欲しいところだった。絢斗は食堂での騒ぎの後でトクタルたちから相談された内容を思い返して、どのタイミングで彼らにぶつけることが最大の効果を得られるか考えていた。
「それで話したいことってなんだ?」
エミリオが口火を切った。かなり警戒している様子のトクタルたちの態度も気になったが、私室なら周囲に聞かれる心配もない。トクタルに視線で話し始めるように促した。
「俺たちは屋外作業に回されることが多かったんだ。元々、慎也さんが指揮していた班だし、警備科の奴らも多い。そこで聞いてしまったんだ」
「聞いた? 何をだ?」
「奴らが食糧を第12ブロックに隠しているって話をだ」
エミリオは驚きで二の句をつげないようだった。
「それは本当なのか?」
絢斗はショックから脱しきれないエミリオの後を継いで質問を続けた。
「ああ、例えここの食糧が無くなったとしても、俺たちだけは生き残れるって自慢気に話していたからな。それに……」
警備科の奴らならさもありなんと言えるほど彼らのことを知らないが、何とも間抜けな話だった。何かの罠かもしれないとも思ったが、タイミングとしては早過ぎる。
「それに?」
「俺とフリストスで屋外作業を抜け出して調べてきたんだ。第12ブロックに気圧が確保された部屋が残っている。連絡通路は事故の影響で通れないが、循環システムは生きているんだ。そこで奴らの話していた食糧を見つけた」
トクタルの話の信憑性がにわかに増した。となると次の疑問として挙がるは誰が何のためにといったところだろう。
「どこから運んだんだろうな」
「それはわからないが、物資を回収した倉庫からが最も近い」
「クインが把握しているかどうか、微妙なところだ。慎也の独断専行って線も捨てられない」
絢斗は得られた情報から想像の翼を広げてみたが、まだ確証が得られそうになかった。
「クインなら隠しておく必要もなさそうだけどな」
エミリオの意見が最も的を射てそうだった。
「とにかく貴重な情報をくれて助かったよ。ありがとう」
「いや、奴らのやっていることは許せないしな。それに、先輩たちなら隠された食糧を有効に使ってくれそうだ」
トクタルは口の端を上に歪ませた。
――貴重な情報だが、単なる事実の暴露では何も変わらないだろう。どうしたものか……。




