32.交渉人
「た、大変です。食堂で警備科の奴らとにらみ合いが起こっているみたいで」
ガネッシュが息を切らせて部屋に飛び込んできた。エミリオと絢斗は連れだってすぐに食堂に向かう。そこにはスラムのグループと思われるどこかで顔を見たことのある男たちと警備科の者たちが角を突き合わせていた。
「だからちゃんと食い物を寄越せって言ってんだよ!」
スラムグループの一人が警備科に詰め寄った。
「マーズを払えば食えるだろうが、無銭飲食は犯罪だっていうのはわかっているのか?」
「お前らが仕事を寄越さないから稼げないんだろうが!」
殴りかかろうとした男を仲間の者たちが羽交い絞めにして止めた。
「はっ、自分の無能を棚に上げて何言ってるんだ。どこもそんな感じで首になってきたんだろう?」
警備科の一人が挑発するが、こちらも仲間に止められている。何せスラムグループの人数は徐々に増えている。五人程度の警備科では多勢に無勢だ。激高した群衆に囲まれれば、その未来は自ずと想像ができる。及び腰になるのも仕方のないことだった。
「おい、解散しろって言ってんだよ。なに集まってきてるんだ」
警備科の一人が手を振って聴衆たちを解散させようとした。単なる野次馬かスラムグループの助っ人か見分けがつかない。警備科から見れば人数が集まるだけでも脅威なのだ。
「止めてこいよ、絢斗」
「いやいや、エミリオさん。みんなかなり温度が上がっているんですが」
「そこをなんとかするのが口先の魔術師たる絢斗さんの真骨頂だろ?」
「そんな二つ名、初めて聞いたぞ」
「今、付けたからな。だが、のんびりもしていられなさそうだ」
エミリオが顎で指した先には、食堂に駆けつける警備科の増員の姿が見えた。
「あー、ちょっといいかな。ここは俺たちに預からせてくれないか」
にらみ合いの中に割って入るのは、かなり度胸が必要だった。エミリオが隣にいなければ、投げ出したいところだ。だが、双方から注目を集めれば、意外に話を聞いてくれるようだ。少なくとも邪魔をするような動きはない。
「誰なんだよ? お前らは?」
警備科からは至極もっともな質問が挙がった。絢斗は苦笑しながら、なんと説明したものか考える。生徒たちを助ける活動はしてきたが、明確なポジションがあるわけではない。
「交渉の代理人ってとこかな?」
「胡散臭い奴だな」
客観的に見ても同意する意見なので、絢斗は反論しなかった。
――粗が出る前に勢いで押し切ってしまいたいな。
「こうしてにらみ合っていても仕方ないだろ。問題を解決するために話し合いをしたいんだ」
絢斗は努めて穏やかに語りかけた。
「わらわらと集まってくると迷惑なんだよ。先ず、お前らが解散しろよ!」
「もちろんこの場は解散するさ。慎也さんに話を通してくれればいい」
交渉相手は仲間に目を移しつつ、絢斗の提案について考えた。このまま騒ぎが大きくなった場合と慎也の手を煩わせた場合で自分の評価に影響があるか天秤にかける。
「下手に騒ぎを大きくするより、代表者同士で話し合った方がいいだろ?」
絢斗は交渉相手の迷いに乗じてダメ押しをした。
「場所と時間はこっちで決めさせてもらうぞ」
勝手な判断で事を大きくするより、慎也に丸投げした方が傷は浅いと判断したようだ。
「ああ、その条件で構わない」
「慎也さんには伝えておく。すぐに解散しろよ」
警備科の者たちはそう伝えると、足早に立ち去っていった。
「みんな聞いただろう。エインヘリャルと話をつけてくる。この場は解散してくれ」
集まっていた群衆の顔はまちまだ。騒ぎが大きくならなかったことに落胆している者、勝手に仕切られて不満げな者、警備科が大人しく立ち去ったことに安堵する者。彼らは絢斗たちの指示で三々五々食堂を後にした。
全員が納得していたかと問われれば、そうではないだろう。今は警備科との決定的な対立を避けるために結論を先延ばしにしたに過ぎない。
「絢斗、交渉と言っても何かアテがあるのか?」
エミリオが不安げな表情で声をかけてきた。
「まだ、人が残っている。後で話そう」
「お、何かいい案を思い付いたのか!?」
エミリオの曇り顔が一瞬にして晴れる。
絢斗はエミリオの目を見つめて小声で答えた。
「これからみんなで考えるんだよ」
エミリオの顔が百面相のように変わった。絢斗もエミリオに気を揉ませて、矢面に立たせた意趣返しをしたいわけではないが、すぐに名案が浮かぶようなら最初から交渉の舞台に立っている。なし崩し的な状況に流されていることにため息をついた。
「先輩、少し時間を取れませんか?」
絢斗たちに声をかけてきたのは、監視任務で顔を合わせたフリストスとトクタルの凸凹コンビだった。
「ああ、何か話があるのか?」
「ええ、僕たちだけでは手に余るというか……」
フリストスの言葉は歯切れが悪かった。
「とにかくここじゃ話し辛いんだ。先輩たちの部屋を使わせてもらえないか?」
トクタルが後を引き継いで提案した。
「構わないよな? エミリオ」
エミリオが首を縦に振ったのを見て、四人は食堂を後にした。
「勝手に騒ぎを起こして本当に良かったんですか?」
最初に食堂で騒ぎを起こした者たちの一人がラクウェルに問いかける。
「あなたたちだって現状の体制を変えたかったんでしょう?」
「それはそうですが……」
男は自分も納得して動いた結果とはいえ、その影響を測りかねて不安になっていた。
「私は早くあの人がリーダーになって欲しいの。きっと今よりもずっと良くなるわ」
ラクウェルの表情は全てを委ねた狂信者のように恍惚としていた。




