34.暴走の始まり
「最近のインフレ施策はどのような目的で行っているのですか?」
仮想通貨のインフレーションは完全にエインヘリャルのコントロール下で計画的に行われている。絢斗たちの資産を狙い撃ちにしたわけではないだろう。何か導入する目的があったはずだ。絢斗も先ずは答え易い質問から交渉に入った。
エインヘリャルでも散々、議論されていた内容なのだろう。クインはシアに目配せして説明役を代わった。
「外との連絡はまだ取れていないの。私たちは救助までの期間を二ヶ月と試算しているけれど、もし救助が少しでも遅れたら、食糧が枯渇して全員が死んでしまうわ。だから少しでも余裕があるうちに消費を抑えておきたいのよ」
「満足に栄養を摂れない人も出ています。これほど過酷な食糧制限が必要なのですか?」
「それは……、知らなかったわ。現状の25%程度の食糧を制限することが目的だったの」
シアは心苦しそうに視線を落とした。
――なるほど、人の良いシア先輩を盾にして乗り切ろうという算段か。
「シア先輩、食糧はどのくらい残っているのですか?」
「生徒全員が二ヶ月間は生存できる量が残っているはずよ」
シアは同意を求めるようにフィンの方に顔を向けた。
「ああ、その通りだ。もちろん君たちが宇宙港から回収してくれた物資も寄与している」
フィンは一時期の精神的な落ち込みを脱したようで、言葉にも力強さが戻りつつあった。
「食糧の備蓄は本当に大丈夫なのですか? 我々の生命線なのですから、横流しなどあっては困ります」
慎也の眉が一瞬上がったように見えた。クインはいつもと変わらない鉄仮面だ。交渉相手としてはやり難くて仕方ない。押しても引いても何一つ情報を与えてくれないからだ。
「もちろん食糧倉庫にきちんと保管されている。警備科が24時間見張っているのだ。不心得者はいないだろう」
「以前、食料の横流しを疑われたのはその警備科だったと思いますが」
絢斗は最も熱くなりそうな慎也を挑発してみた。
慎也が何か言おうとする前に、クインが片手を振って制した。
「あれは行き違いによる不幸な出来事だった。すでに容疑は晴れている」
「調査の過程も結果も全てブラックボックスじゃないですか」
「ほう、真実を知りたいという訳か。必ずしも正しいとは限らないぞ」
「当り前じゃないですか。何が正しいか決めるのは自分自身です」
クインの余裕のある態度を訝しく思いながらも、絢斗は問い続けるしかなかった。
「ダニロ・パボン、食料を横流ししていた生徒だ。彼がシフトに就いているときに、食堂から少なくない量の食糧が消えている。ちょうど同時期に彼はある女生徒に入れ揚げていた。彼女に渡すために、彼が大きな箱を用意しているのをルームメイトが目撃している」
――この話がどこにつながると言うんだ。クインは何が言いたい?
「彼がプレゼントを用意していた女生徒の名、ラクウェル・クルーズという」
絢斗たちに衝撃が走った。四人共がその名前を聞いて頭が真っ白になる。表情を隠すことも忘れてしまっていた。クインにとってはほくそ笑みたい状況だろう。
――ラクウェルが食糧の横流しに関わっていた? グループの資産が減っていたからか? いや時系列が合わない。活動を始めたのはずっと後だ。
クインは自分の発言がもたらした効果を再認識するように、ゆっくりと口を開いた。
「女生徒の名誉のためにも、私はそれ以上の調査を打ち切ったという訳だ」
「わかりました。しかし、現在、食料の備蓄がきちんと管理されているかは別問題です」
絢斗が負け惜しみのように食い下がったのは、単なる意地だったのかもしれない。
「私は警備科に全幅の信頼を置いているが、君の言うことももっともだ。備蓄している食糧は中央管制室のコンピューターで管理している。シーユウくんなら調べられるんじゃないかね?」
突然、話を振られたシーユウは、目を丸くして自分のことを指差している。クインは事前に絢斗たちのことを調べていたのだろう。各々の情報がかなり筒抜けのようだ。
確かにシーユウに頼んで、事前に中央管制室のコンピューターから情報を引き出していた。しかし、データに怪しい点は何もなく、調査は空振りに終わっていたのだ。
クインの言葉を聞いて、絢斗は思わずシーユウに視線を移してしまった。
「私、痕跡を残すようなヘマはしないから!」
シーユウがプライドを傷つけられたように、憤慨した様子で反論した。
――最悪だ。俺たちが探っていたことの確証をクインに与えただろう。
「我々には隠すようなことなど何もない。データなど好きに調べてくれればいい。だが、生き残るために必要なことは、これからも続けていかねばならない」
クインの毅然とした宣言で交渉の幕は下りた。絢斗たちの完敗と言っていいだろう。新しく得たものはなにもなく。譲歩さえも引き出せなかった。細い糸にすがるなら、フィンやシアが現状の認識を改めてくれて、行動を起こすことを望むぐらいだ。
「すまない、相手の真意を探るつもりが、動揺して逆に相手に情報を与えてしまったようだ」
絢斗は己の失態を認めて謝った。
「いや、攻めきれなかったのは、みんな同じだろ?」
「認めたくないけど、クインの方が一枚上手だったということね……」
「あの鉄仮面から情報を引き出せなかったのは、みんな同じだよ!」
エミリオとレーシャ、シーユウが三者三様に慰めの言葉をかけた。
「お前は失言しかしてないだろうが」
エミリオは両手でシーユウの頬をつねって引っ張り上げた。
「いひゃい、いひゃい」
「しかし、今後、どうするべきだろうな? 個人的には物資回収に行きたいんだが」
絢斗の問いは目下最大の問題だ。突発的な交渉の機会でブレイクスルーが起こるとは期待していなかったが、さらに厳しい状況に追い込まれている。少しでも状況を好転させたかった。
「今まで通り活動を続けるしかないと思うわ」
レーシャの案は消極的な現状維持だった。ついさっき痛い目にあったばかりだ。身をすくめて嵐が過ぎ去るのを待つのも一つの手だろう。
「隠されている物資があるんでしょう? みんなに配って有効に活用しようよ!」
シーユウの案は積極的な攻勢だった。元々、後ろ暗い手段を用いて確保された物資だ。相手は盗まれたことに気付いても公にできない。
「データ上は食糧の備蓄が足りているとしても、隠されている分もある。食糧倉庫に忍び込んで、実際にどれだけの食糧が備蓄されているか調べてみないか?」
エミリオの案は消極的とも積極的とも異なる。先ず情報を集めてから方針を決めたいようだ。
「……そうね、どんな方針を取るにしても現状の把握は必要だわ」
「いいね、潜入調査。私が監視カメラの画像データぐらい偽装しちゃうよ!」
レーシャとシーユウはエミリオの案に乗り気のようだ。
「だが、警備科の奴らが24時間見張っているそうじゃないか」
潜入の困難さを想像して絢斗は腰が引けている。
「騒ぎを起こして監視の目を引いている間に忍び込めばいいだろう?」
エミリオはいつもの楽観的な態度だ。作戦名は『いきあたりばったり』だろう。
「絢斗がやらないんだったら、私が行くわよ」
レーシャは少し前の萎れていた様子とは異なり、非常に攻撃的だ。
「はいはい、私も行く! ロックぐらい解除しちゃうよ」
シーユウからは面白そうなことに乗り遅れたくないとの思いが伝わってくる。
絢斗は長いため息をついて項垂れた。
「わかったよ」
「それじゃ、俺たちで食糧倉庫の潜入調査を行おう!」
エミリオのやる気に溢れた声が響いた。




