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私の恋文を聖女へ贈った婚約者へ、最後の手紙です  作者: 九葉(くずは)


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9/10

第九話 今度の恋文は、私だけのもの

セオドアと交際を始めてから、三か月が過ぎた。


私たちは会えない日にも手紙を交わした。


橋の収支や倉庫の契約については、これまでどおり公文書で。個人的な手紙には、仕事の結論を持ち込まないと決めた。


彼から届く私信は、驚くほど飾り気がなかった。


朝寝坊をして朝食を逃したこと。視察先で勧められた菓子が甘すぎて、私にも食べさせて反応を見たくなったこと。会議で私に反対された日は悔しかったが、帰宅して資料を読み直したら、やはり半分は私が正しかったと思ったこと。


私も書いた。


商人から初めて「オルブライト嬢へ相談したい」と名指しされた喜び。父が私の執務机を大きなものへ替えようとして、扉を通らず二人で困ったこと。セオドアが会議中、考え込むとペンを指で回す癖があること。


優れた文章でなくても、手紙は楽しかった。


上手に見せるためではなく、相手へ自分を少しずつ渡すものだと、初めて知った。


会うたびに、手紙で知ったことが本当の姿になった。セオドアは雨の日には古傷のある右肩をかばい、私が気づくと大丈夫だと強がる。私は考えに迷うと便箋の左下へ小さな点を打つらしく、彼に指摘されて初めて知った。


完璧だから惹かれたのではない。互いの不器用さを隠さず、笑ったり心配したりできる時間を、私は愛し始めていた。


冬の終わり、セオドアから厚い封書が届いた。


書き出しは、いつものように不器用だった。


――何度書き直しても、交渉案ほど整いません。整わないまま、伝えます。


続く文章には、私にしか意味の分からないことが並んでいた。


初めて橋の足場で手を取ったとき、私が礼を言うより先に亀裂を見たこと。意見が対立した会議の夜、悔しさよりも、明日も隣で議論できることを嬉しいと思ったこと。私が香辛料のきいた茶を飲むと、最後の一口だけゆっくりになること。


――私は、役に立つあなたを妻にしたいのではありません。


――仕事が順調な日も、何も決めたくない日も、あなたがあなたである限り、共に暮らしたい。


――私と結婚していただけませんか。


読み終えても、しばらく便箋を置けなかった。


嬉しかった。


同時に、怖かった。


ヴァルター侯爵家の嫡男と結婚すれば、いずれ私は侯爵夫人になる。社交も家政も、領地での役目も増えるだろう。私の仕事が再び「夫を支える務め」と呼ばれ、私の名が彼の陰へ隠れない保証はない。


セオドアをジュリアンと同じだとは思っていない。


それでも、一度失いかけた自分の名を、信頼だけで預けることはできなかった。


けれど、独りでいられることを証明するために、愛する人まで遠ざけるのも違う。自立とは、誰も必要としないことではない。必要な条件を語り、相手の条件も聞いた上で、自分の意思で共に生きることを選べることだ。


私は一晩考え、父へ手紙を見せた。


「断りたいのか」


「いいえ。断りたくないから、怖いのです」


父は私の答えを急かさなかった。


「ならば、怖いものを一つずつ言葉にしてみなさい。言葉にできれば、二人で扱える」


私は新しい紙を広げた。


恋文ではない。結婚した後も私が私でいるための、婚姻契約の草案だった。


双方の婚前財産と事業収入は、それぞれが管理する。共同の支出は、金額にかかわらず記録を共有する。橋と倉庫の契約では、私はリディア・オルブライトの名を用いる。夫婦のどちらかが相手の書状や署名を使うときは、その都度承諾を得る。家政、社交、領務を一方の無償の義務とせず、分担または報酬を伴う職務として決める。


書きながら、自分でも厳しすぎると思う箇所があった。


けれど、愛されるために曖昧にするより、まずすべてを見せたかった。


私はセオドアへ返事を出した。


――お答えする前に、橋でお会いしたいです。話し合いたい条件があります。


    ◇


待ち合わせの日、川辺には早春の風が吹いていた。


セオドアは石板の前で待っていた。私が契約書の束を差し出すと、驚きはしたものの、笑いもしなければ不機嫌にもならなかった。


「ここで読んでも?」


「お願いします」


彼は一枚ずつ、急がずに読んだ。


「反対の条項はありますか」


「大半は賛成です。むしろ、私にも同じ権利があると明記したい」


「同じ権利?」


「私の私信や署名も、あなたは承諾なく使えない。私の仕事も、妻を支える当然の務めとはされない。片方だけを守る契約では、対等とは言えません」


私は用意してきたペンで、条文へ「双方」と書き加えた。


セオドアは居住地の項目で手を止めた。


草案には、橋に近いオルブライト領を生活の本拠とすると記してある。


「ここは、もう少し話したい」


胸が緊張した。


「ヴァルター領へ住むべきだと?」


「いいえ。橋の近くに共同の家を持つことには賛成です。ただ、冬の治水期には私が領内へ長く滞在する。あなたが望むなら同行でき、望まないなら本宅に残れるようにしたい。反対に、オルブライトの仕事であなたが滞在するとき、私にも同じ選択がほしい」


「居場所を一つに縛るのではなく、二人で本拠を持ち、必要な場所へそれぞれ動けるようにするのですね」


「はい。離れて働く日があっても、家を失うわけではありません」


風で紙が飛ばないよう橋の管理所へ移り、窓辺の机で文言を直した。顔を上げれば、私たちが出会うきっかけになった橋が見える。


報酬のない仕事を断ったことで愛情を疑わないこと。病気や事故で片方が働けないときは、貸し借りではなく共同生活の責任として支えること。公平を装って、弱っている側へ同じ負担を求めないこと。契約だけでは測れない日々についても、私たちは言葉を足した。


すべての未来を紙で防げるわけではない。それでも、話しにくいことから目をそらさずに始めることはできる。


求婚の答えを待たせたまま契約を議論するなど、ロマンチックではないかもしれない。


けれど私は、意見を言うたびに安心していった。


セオドアは私の条件を、愛情への疑いとは受け取らなかった。二人の未来を現実にするための約束として、一緒に考えてくれた。


最後の条文を直し終え、書類を鞄へ収める。私たちは再び橋の中央へ戻った。そこで彼が息を吐いた。


「これで、答えを伺ってもよいでしょうか」


「その前に、私からも渡すものがあります」


私は鞄から、もう一通の封書を取り出した。


契約書とは別に、昨夜書いた手紙だった。


――セオドア様。


――あなたは、私の代わりに答えを出そうとせず、私が違う意見を言う場所を守ってくださいました。


――私は、何もかもうまくできるあなたを夫にしたいのではありません。朝寝坊をして、甘い菓子に困り、私と意見が違えば本気で悩むあなたと、明日も話し合いたいのです。


――私と結婚してください。


読み終えたセオドアは、目元を押さえた。


「私が先に求婚したはずなのですが」


「私からも選びたかったのです」


「では、答えは?」


「はい。あなたと結婚します」


「私も、はい。あなたと結婚します」


二人で同じ答えを口にすると、可笑しくなって笑った。


セオドアが一歩だけ近づく。


「抱きしめても?」


「はい」


腕の中は温かく、力は私が離れようと思えば離れられるほどだった。


やがて彼が少し身を引き、さらに緊張した声で聞く。


「口づけても、よいですか」


私は彼の上着をつかみ、自分から顔を上げた。


「それも、はい」


触れた唇は短く、優しかった。


橋の上には、私たちのほか誰もいない。


今度の恋文も、今の答えも、誰かから借りたものではない。


彼だけへ贈り、彼から私だけへ返されたものだった。

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