第八話 隣で、違う意見を言う
橋の全面再開から二か月が過ぎた。
その間、セオドアとは仕事のない日にも会うようになっていた。
茶店で互いに好きな本を持ち寄り、ほとんど話さず読んで終わった日もある。市場を歩けば、彼は私が見たい店を決めつけず、私は彼が甘い菓子を苦手と知りながら新作を半分だけ勧めた。帰宅後には、その日の感想を短い手紙で送り合った。
まだ恋人とは呼ばなかった。けれど、会える日を楽しみにする気持ちは、少しずつ確かなものになっていた。
冬を前に交易量は増え、工事中から積み上げた通行料による立替分の回収は、予定より早く半分を超えた。オルブライト領の共同倉庫にも仕事が生まれ、商人が滞在する宿や食堂まで賑わっている。
順調だからこそ、次の条件を考える時期だった。
管理会議の日、私は小口商人の通行料をさらに下げる案を出した。
「橋を使う便が安定し、徴収の事務費も減っています。手荷車や小型馬車で暮らしの品を運ぶ方には、今の半額でよいと思います」
出席者の多くが賛成する中、セオドアだけが資料を見たまま手を挙げた。
「私は、現時点での一律値下げには反対です」
室内が静かになる。
私も驚いたが、彼の反対そのものに腹は立たなかった。理由を聞かず、親しいから賛成してくれると思う方が、よほど危うい。
「根拠を伺えますか」
「春の雪解けに備える補修積立が、まだ目標へ届いていません。冬は橋板が凍り、監視員も増員する必要がある。今の回収速度だけを見て料金を下げれば、不測の修理を再び各家の立替に頼ることになります」
彼は維持費の試算を卓上へ出した。確かに、私の案では冬季の予備費が薄い。
「では、小口商人への負担を変えず、余裕ができるまで待つべきだと?」
「それも一案ですが、彼らの利益が大型商会より少ないことは事実です。区分の仕方を変えられないでしょうか」
反対して終わりではない。守りたいものを確認し、別の道を探そうとしている。
私は通行記録を見直した。
「大型馬車でも、生活用品を複数の小商人が共同で運ぶ便があります。車体の大きさだけで分けると、その方々まで高くなりますね」
「では、荷の所有者と販売量を基準にする?」
「毎回確認するには人手がかかりすぎます」
会議は、昼を過ぎても続いた。
私とセオドアは何度も互いの案へ異議を唱えた。けれど、相手を負かすためではない。小さな商いを守りながら、橋を次の季節にも残す。その二つを諦めないためだ。
最終的に、共同便へ登録した小口商人は通行料を半額とし、大量の商品を単独で運ぶ事業者は従来どおりと決めた。減る分は、橋の再開によって増えた共同倉庫と市場の収入から、ヴァルター家とオルブライト家が同じ割合で積立へ補う。
試算をやり直すと、春の予備費も確保できる。小口商人には登録の手間が増えるため、月に一度、まとめて更新できる窓口も設けた。机上で数字を合わせるだけでなく、実際に使える条件にするところまでが私たちの仕事だった。
「同じ額ではなく、同じ割合なのですね」
商務院の官吏が確認する。
「はい。収入が増えた分に応じて負担する方が、どちらか一方だけに無理がありません」
私が答えると、セオドアも署名した。
意見が違ったからこそ、一人では思いつかなかった案になった。
会議の後、古くから橋を使う商人が笑いながら言った。
「お二人は、もう夫婦のようですな。いっそ家まで一つになされば、会議も早く済むでしょう」
周囲から軽い笑いが起き、私は返答に迷った。
セオドアは笑って受け流さなかった。
「今日の案は、リディア嬢がオルブライト家の代表として考えたものです」
穏やかだが、よく通る声だった。
「私との関係で、その仕事を説明しないでいただきたい。それに、結婚は会議を便利にする契約ではありません。本人の望みなく決めることでもない」
商人は顔を赤くし、すぐに謝った。
「こちらこそ、出過ぎたことを申しました」
「悪意がないことは分かっています。ただ、大切なことですので」
「それに、セオドア様が私へ譲ったわけでもありません」
私も商人へ付け加えた。
「冬の予備費が必要だという反対があったから、今日の案になりました。どちらかが相手に従ったのではなく、二人で変えたのです」
セオドアが私を見る。その目に浮かんだ柔らかな喜びを見て、守られたのは私だけではないのだと分かった。
話はそこで終わった。
私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ジュリアンは、私の仕事を婚約者の務めと呼んだ。
セオドアは、まだ何の約束もない今から、それが私自身の仕事だと人前で告げてくれた。
◇
帰りの馬車を待つ間、セオドアが庭へ誘った。
冬枯れの薔薇を囲む小道には人影がなく、屋敷の窓からはよく見える。彼は私と距離を保ったまま、立ち止まった。
「先ほどは、余計なことを言いましたか」
「いいえ。嬉しかったです」
「それなら、よかった」
安堵した顔を見て、私は少し笑った。
仕事では迷いなく反対意見を言うのに、私的なことになると慎重すぎるほど慎重だ。
「ただ、結婚するつもりがないと宣言されたようにも聞こえました」
「違います」
セオドアが、珍しく間を置かずに答えた。
「むしろ、その逆です」
風が枯れ葉を一枚、二人の間へ運んだ。
「リディア嬢。橋の仕事とは別に、あなたと過ごす時間を増やしたいと思っています」
彼の表情は真剣だった。
「あなたが考えることを、仕事の議題だけでなく知りたい。嬉しかったことや、腹が立ったことも聞きたい。私のことも知ってほしい」
胸が速く打ち始める。
「それは、求婚でしょうか」
「いいえ。今ここで将来まで答えさせるつもりはありません。まず、私との交際を考えていただけませんか」
「私が断ったら、橋の仕事は?」
「何も変えません。会議では、これまでどおり必要なら反対します」
「そこは変えてくださらないのですね」
「変えた方がよいですか」
「いいえ」
私は笑い、今度は自分の気持ちを急がず確かめた。
婚約を終えた寂しさを埋めたいだけではない。私を評価してくれた相手へ寄りかかりたいのでもない。
セオドアが私の選択を待つこと。異なる意見を言っても、私の価値を下げないこと。彼自身の不器用な部分まで、もっと知りたいと思っている。
「お受けします」
「本当に?」
「ただし、私も必要なら反対します」
「望むところです」
「それから、交際していることを理由に、私の提案を特別扱いしないでください」
「約束します。あなたも、私が疲れて見えるからという理由で、誤った計算を見逃さないでください」
「それは難しい注文ですね。疲れているなら休ませます。その上で、計算は直していただきます」
「公平です」
真面目に答える彼が可笑しくて、二人で笑った。恋をすることは、相手へ判断を預けることではない。違う二人のまま、近づいていくことなのだ。
セオドアが差し出した手を、私は握った。
以前のように、歩くための支えではない。これから互いを知る約束として。
◇
翌日、私は自分からセオドアへ手紙を書いた。
――次の休日、書類を持たずにお茶をしませんか。今度は私が店を選びます。
昼には返事が届いた。
彼が自分で書いたと一目で分かる、少し右上がりの文字だった。
――喜んで。あなたに会える日を、楽しみにしています。
洗練された恋文ではない。
けれど、誰の言葉かを疑う必要のない手紙だった。
私は頬が緩むのを止められず、その便箋を仕事の書類とは別の引き出しへ大切にしまった。




