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私の恋文を聖女へ贈った婚約者へ、最後の手紙です  作者: 九葉(くずは)


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8/10

第八話 隣で、違う意見を言う

橋の全面再開から二か月が過ぎた。


その間、セオドアとは仕事のない日にも会うようになっていた。


茶店で互いに好きな本を持ち寄り、ほとんど話さず読んで終わった日もある。市場を歩けば、彼は私が見たい店を決めつけず、私は彼が甘い菓子を苦手と知りながら新作を半分だけ勧めた。帰宅後には、その日の感想を短い手紙で送り合った。


まだ恋人とは呼ばなかった。けれど、会える日を楽しみにする気持ちは、少しずつ確かなものになっていた。


冬を前に交易量は増え、工事中から積み上げた通行料による立替分の回収は、予定より早く半分を超えた。オルブライト領の共同倉庫にも仕事が生まれ、商人が滞在する宿や食堂まで賑わっている。


順調だからこそ、次の条件を考える時期だった。


管理会議の日、私は小口商人の通行料をさらに下げる案を出した。


「橋を使う便が安定し、徴収の事務費も減っています。手荷車や小型馬車で暮らしの品を運ぶ方には、今の半額でよいと思います」


出席者の多くが賛成する中、セオドアだけが資料を見たまま手を挙げた。


「私は、現時点での一律値下げには反対です」


室内が静かになる。


私も驚いたが、彼の反対そのものに腹は立たなかった。理由を聞かず、親しいから賛成してくれると思う方が、よほど危うい。


「根拠を伺えますか」


「春の雪解けに備える補修積立が、まだ目標へ届いていません。冬は橋板が凍り、監視員も増員する必要がある。今の回収速度だけを見て料金を下げれば、不測の修理を再び各家の立替に頼ることになります」


彼は維持費の試算を卓上へ出した。確かに、私の案では冬季の予備費が薄い。


「では、小口商人への負担を変えず、余裕ができるまで待つべきだと?」


「それも一案ですが、彼らの利益が大型商会より少ないことは事実です。区分の仕方を変えられないでしょうか」


反対して終わりではない。守りたいものを確認し、別の道を探そうとしている。


私は通行記録を見直した。


「大型馬車でも、生活用品を複数の小商人が共同で運ぶ便があります。車体の大きさだけで分けると、その方々まで高くなりますね」


「では、荷の所有者と販売量を基準にする?」


「毎回確認するには人手がかかりすぎます」


会議は、昼を過ぎても続いた。


私とセオドアは何度も互いの案へ異議を唱えた。けれど、相手を負かすためではない。小さな商いを守りながら、橋を次の季節にも残す。その二つを諦めないためだ。


最終的に、共同便へ登録した小口商人は通行料を半額とし、大量の商品を単独で運ぶ事業者は従来どおりと決めた。減る分は、橋の再開によって増えた共同倉庫と市場の収入から、ヴァルター家とオルブライト家が同じ割合で積立へ補う。


試算をやり直すと、春の予備費も確保できる。小口商人には登録の手間が増えるため、月に一度、まとめて更新できる窓口も設けた。机上で数字を合わせるだけでなく、実際に使える条件にするところまでが私たちの仕事だった。


「同じ額ではなく、同じ割合なのですね」


商務院の官吏が確認する。


「はい。収入が増えた分に応じて負担する方が、どちらか一方だけに無理がありません」


私が答えると、セオドアも署名した。


意見が違ったからこそ、一人では思いつかなかった案になった。


会議の後、古くから橋を使う商人が笑いながら言った。


「お二人は、もう夫婦のようですな。いっそ家まで一つになされば、会議も早く済むでしょう」


周囲から軽い笑いが起き、私は返答に迷った。


セオドアは笑って受け流さなかった。


「今日の案は、リディア嬢がオルブライト家の代表として考えたものです」


穏やかだが、よく通る声だった。


「私との関係で、その仕事を説明しないでいただきたい。それに、結婚は会議を便利にする契約ではありません。本人の望みなく決めることでもない」


商人は顔を赤くし、すぐに謝った。


「こちらこそ、出過ぎたことを申しました」


「悪意がないことは分かっています。ただ、大切なことですので」


「それに、セオドア様が私へ譲ったわけでもありません」


私も商人へ付け加えた。


「冬の予備費が必要だという反対があったから、今日の案になりました。どちらかが相手に従ったのではなく、二人で変えたのです」


セオドアが私を見る。その目に浮かんだ柔らかな喜びを見て、守られたのは私だけではないのだと分かった。


話はそこで終わった。


私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。


ジュリアンは、私の仕事を婚約者の務めと呼んだ。


セオドアは、まだ何の約束もない今から、それが私自身の仕事だと人前で告げてくれた。


    ◇


帰りの馬車を待つ間、セオドアが庭へ誘った。


冬枯れの薔薇を囲む小道には人影がなく、屋敷の窓からはよく見える。彼は私と距離を保ったまま、立ち止まった。


「先ほどは、余計なことを言いましたか」


「いいえ。嬉しかったです」


「それなら、よかった」


安堵した顔を見て、私は少し笑った。


仕事では迷いなく反対意見を言うのに、私的なことになると慎重すぎるほど慎重だ。


「ただ、結婚するつもりがないと宣言されたようにも聞こえました」


「違います」


セオドアが、珍しく間を置かずに答えた。


「むしろ、その逆です」


風が枯れ葉を一枚、二人の間へ運んだ。


「リディア嬢。橋の仕事とは別に、あなたと過ごす時間を増やしたいと思っています」


彼の表情は真剣だった。


「あなたが考えることを、仕事の議題だけでなく知りたい。嬉しかったことや、腹が立ったことも聞きたい。私のことも知ってほしい」


胸が速く打ち始める。


「それは、求婚でしょうか」


「いいえ。今ここで将来まで答えさせるつもりはありません。まず、私との交際を考えていただけませんか」


「私が断ったら、橋の仕事は?」


「何も変えません。会議では、これまでどおり必要なら反対します」


「そこは変えてくださらないのですね」


「変えた方がよいですか」


「いいえ」


私は笑い、今度は自分の気持ちを急がず確かめた。


婚約を終えた寂しさを埋めたいだけではない。私を評価してくれた相手へ寄りかかりたいのでもない。


セオドアが私の選択を待つこと。異なる意見を言っても、私の価値を下げないこと。彼自身の不器用な部分まで、もっと知りたいと思っている。


「お受けします」


「本当に?」


「ただし、私も必要なら反対します」


「望むところです」


「それから、交際していることを理由に、私の提案を特別扱いしないでください」


「約束します。あなたも、私が疲れて見えるからという理由で、誤った計算を見逃さないでください」


「それは難しい注文ですね。疲れているなら休ませます。その上で、計算は直していただきます」


「公平です」


真面目に答える彼が可笑しくて、二人で笑った。恋をすることは、相手へ判断を預けることではない。違う二人のまま、近づいていくことなのだ。


セオドアが差し出した手を、私は握った。


以前のように、歩くための支えではない。これから互いを知る約束として。


    ◇


翌日、私は自分からセオドアへ手紙を書いた。


――次の休日、書類を持たずにお茶をしませんか。今度は私が店を選びます。


昼には返事が届いた。


彼が自分で書いたと一目で分かる、少し右上がりの文字だった。


――喜んで。あなたに会える日を、楽しみにしています。


洗練された恋文ではない。


けれど、誰の言葉かを疑う必要のない手紙だった。


私は頬が緩むのを止められず、その便箋を仕事の書類とは別の引き出しへ大切にしまった。

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