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69. 特権剥奪

69. Revoke Privileges


「卿よ。正攻法で、良いとは思わんかね?」


それは、初めからあった、あの狼が抱えていた落ち度だった。

神を神足らしめるのが、信仰であるのなら、貴方が降り立つべき場所は、僕の目の前なんかじゃない。


この国の意思そのものである、王の元にその名を知らしめるべきだったのだ。


「王道を、征けば良いのだ。」


彼一人を屈服させてしまえば、もうそれだけで、この国における貴方の地位は盤石になる。

そして、貴方がその真の姿を晒せば、それは簡単なこと。

そう思っていた。


僕は、一番大事なことを見落としていたんだ。

てっきり、貴方がそうしないのは、貴方の存在に後ろめたさがあって、無数の脅威から身を潜めながら、着実に根を伸ばしていくやり方を好んでいるからだとばかり思っていた。



「生憎だが、間に合っておるよ。」



こうも、あっさりと卑下される。

まるで、うざったい商売を跳ね除けるような一言で、彼の野望は潰えてしまうのだ。



王自身が、既に別の神の恩寵を受けているのなら、確かにあの狼の存在は既に不要という訳だ。

顔は覚えた。一刻も早く、Fenrir様に知らせなくては。



そう、 ”同業者” だ。



何故、そんな可能性さえ、予見できなかったんだ。


僕は、ヴェリフェラート最大勢力が信仰する神の前に、態々Fenrir様の尻尾を晒してしまったということになる。


この失態は、そうそう簡単には取り返せない。


せめて今の僕に出来ることは、貴方の存在を噯にも出さず、包み隠し通すことだ。

どんな拷問が待ち受けていようとも、異端審問にかけられようとも、白を切り続け、私の信仰する神の名を絶対に口にしない。


…できるだろうか?僕に?


想像しただけで、頭が真っ白になる。感覚を取り戻し切れていない身体が竦み上がる。

それが答えだ。先までの強固な忠誠心は腹を見せて転がり、条件反射的に、僕は従順になるだろう。


それが堪らなく恐ろしい、それが、手順、であることも。などと言ってみる。

そんな自己さえ、今は貴重な自己であるから、それを今は想像して縋るしかない。

考えられないことだが。


…玉座に腰掛ける傍観者を抜け出す意思が、こんな形で成就されることになるとは思わなかった。


当然の報いだと諦観を気取ることも叶わない。きっと、ぎゃあぎゃあと情けない喚き声を上げながら、どうにかして人間の形を保ったまま生き存えようと必死に媚び諂うだろう。


故に、初めに行われる尋問の形式こそが、重要だった。


初めから、声を奪われていたらどうしよう。

僕が、しっかりと調教されてから、口を聞くことが許されるような手順を経るなら、僕はもうどうしようもない。


身体の一部の欠損から始まり、もう助かることがないのは明白な状態から始まったらどうしよう。

二度と、今まで通りの生活を送ることは叶わない。歩くことができないだけなら、御の字で。目をつぶされ、耳を削がれた、外の世界から遮断された、口から苦悶の呻きだけを挙げる日々とは、自死の念に到底、堪え難い。


そうだ、エマは?

無事だろうか、などと愚問を垂らすつもりはない。僕と同じ目に遭っていることは明白だ。


ひょっとしたら、隣で仲良く、並んで横たわっているのかも知れない。


そうだとしたら、意思が伝搬してくれるようなことを願った。確かに、初めは被害者、Sebaの身代わりとして巻き込まれた側だったけれど、神様の遣いとして彼女に近づき、その地位を食い潰すばかりか、異教徒として失脚させられることになってしまったのだから、僕が巻き込んでしまったという自責の念が、今は優っている。


もし、彼女が先に拷問にかけられたなら、その場で良い顔をしたいが為に、僕はまた、違ったことをしでかすだろうか。

単に、見ていられない惨状をまざまざと見せつけられるというだけでも、十分にそれは僕の良心を穴だらけにするだろうと思った。


果たして、本当にそうか?いざその瞬間が見ものだ。そうせせら咲っても、それは相手も同じことだ。

結局、自分の心配をするのが、一番健全なのではないか。

でも、兄想いの、良い妹、だったよなあ。


そんなことを考えてしまったが最後、僕は尻尾を巻いて逃げ出した。


僕はもう少し、僕のことについて顧みる必要があるから。







今、僕の身体は、指をもぞもぞと動かせて、暗闇の中で瞬きができる程度のものだった。

そんな、内側を想像する行為のなんと乏しかったことか。


柔らかな氷の中に埋め込まれている。

僅かに力を込めて、抵抗を得られているだけで、どうにか、そこに身体があるということだけを、窺い知ることができた。

顔面も、ねっとりとした何かを分厚く貼り付けられている感覚がある。

息が、その内側で、延々と循環させられているような苦しさがあった。



翻って、その拘束を、外から眺めた姿を想像するのは、今の僕にとって酷く容易だった。

分厚い黒革を肌に直接、幾重にも巻き付けられ、身体の自由を完全に奪う、あの拘束。


暑さも、寒さも感じない。

外の世界の刺激も、何も伝わってこない。


空腹も、喉の渇きさえも。


これから、何が始まるんだろう。

それとも、ずっと、このままだろうか。


いいや、違うはずだ。



僕には、口を開く価値がある。

狼が、ヴァイキングの指導者を捕えたのと、同じ理由が、僕にもある。


僕には、神様との繋がりがあるんだ。


自分が同じような境遇の捕虜を前にしたなら、迷わず、同じことをする。


必ず、その時はやってくるんだ。

その時まで、どうにかして自我を保たなくてはならない。


せめて、死ぬ間際まで、神様に決して背かなかったと認められたい。

そうすれば、僕はせめてものお情けで、リフィアと同じ場所へ連れて行ってもらえる。


それだけが、今の僕がぶらさがっていられる紐だった。



けれど、僕は耐えられるだろうか。

特別な客だと自負している。どんな拷問が、僕を、どんなふうに変えてしまうだろうか、想像して時間を潰す危うさに身を投げてしまうのも、いっそ。




再び僕は、外の世界を覗き見た瞬間へ思いを馳せる。


思考は、延々と巡って繰り返す。


鮮やかに想像される拷問への恐怖と、朧げな自我を内側から対峙させられる恐怖を、代わり番こに享受する。


二度と、抜け出せない輪廻に嵌っていた。







しかし、ある日。

いや、数ヶ月。たった数刻だったのかも。


僕は、唐突に、ある当然の帰結に行き着いたのだ。




一つだけ残された疑問。それは光明となって僕の視界を照らす。


此処は、間違いなく、あの監獄だ。


人間からある種、全てを奪う形式で囚人を拘束する、このやり方が、地上でまかり通る筈がない。


であるとするならば。


僕を、捕え、幽閉した先。

それとは、僕の領地なのでは無いか?



その意味するところは、一つだけだ。



僕を見ているその誰かは、僕が知っている誰か。




「……。」




何か、聞こえる。


幻聴だと判別するだけの理性は、もう蕩けてしまっていない。




「……ぼ……」



「ぼ…ちゃ……」




声の主に、聞き覚えがあるというのも、縋りたい僕の、願望でしかない。







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