69. 特権剥奪 2
69. Revoke Privileges 2
「…まさか、私の預かり知らぬところで、盟友が、そんな受難を被っておりましたとは。」
白々しい。顔の何処にも、彼奴の身を案じているとは書かれていないが。
「何を仰いますか。仮にも私の身代わりとなり、窮地を救って下さったお方です。再三に渡りご迷惑をおかけし、申し訳ない気持ちで一杯ですよ。」
おお、響かん。なんだその演技混じりの、鼻につく仰々しい手振りは。
こちらまで、同じような足取りで、応えたくなってしまう。
「そう言われましてもですねえ…」
「もしや、私が彼を、貶めたとお考えになられているので?」
「その線もあると言っているだけだ。此奴も馬鹿じゃ無いからな、自らを破滅に追い込むようなヘマをやらかしたというのは考えにくい。いや、とんでもなく阿呆で人好しだが…」
「疑っておられるのでしたら、お言葉ですが、こうして私の地上の住居を、また赤の他人に支配されようとしているのは、大変不本意であるのですよ?」
「そうか?地下世界さえ、お咎めを喰らわなければ、それで良いと思っていたが?」
「そんなことはございません。私も民を愛さねばと、外に顔を出すようにと努めていた矢先のことで、只々困惑しているところでございます。」
「…?それは、何の目的があってのことだ?」
「その方が、貴方様のご意向に沿うかと思いまして。」
「測りかねる、と言いたいところだが…」
俺は両前足を組むと、その上に顎を乗せて溜息を吐いた。
「実際その無駄に思えた努力のお陰で、首の皮一枚、繋がっているようだな…」
そう。Sebaは、処刑を免れたのだ。
「それにしても、我が君も、些か狭量と言いましょうか。」
彼は、顎に手をやり、呆れたような顔をして、俺に共通の敵を非難したいと同意を求める。
「いつの時代もそんなものだろう。まさか、善政を敷く国王がこの世に存在するとでも思っていたのか?」
「そうは申し上げませんが…」
「結局のところ、取り消さざるを得ない、というのもまたおかしいとお思いになりませんか?」
俺は、一度尾先で床を打つと、それで肩をすくめる代わりとした。
「世論というのは、煎じ詰めるところ、女子供でしか無い、そう思い直したんだろう。」
只でさえ崩壊気味なんだ。ヴァイキングによる支配から実質的に解き放たれた民衆が、その英雄様とやらを殺されたら、次にどんな行動を起こすかわからない。
何故、我々のことを、命を賭して守った領主を排除した?
自分たちの生活を脅かすと敵視した相手が、単純にすり替わるだけの話なのだから、まあ、思いとどまるのが賢明だろう。
「英雄などという物言いは、神の存在を水面下に押しやっているようで、些か不満ですが、実際のところ、今、王都のご婦人方は、現在、そういった神性めいたものに、興味をお示しになっているようですからね。」
そうだ、そんなお前を生かしておくことは、明るい見方をすれば、希望だ。
いつでも殺せるぞと首輪さえつけておけば、その明るい面だけを国に還元させ続けると考えるのは、妥当な搾取だ。
お前がどう取るかは知らないが、恩を売った、とも言えるしな。
そこまで国王が考えていなかったとしても、まともな人間が周囲にいれば、同じような結論に至ることは、全然不思議な話とは思えないが。
「そこです。そこなんです。」
Sebaは、玉座から身を乗り出して、俺に初めて熱の籠った視線を向ける。
「一体誰が、進言したのでしょう?」
声を顰めて囁くので、俺の耳が、ぴくりと跳ねた。
「知るか、そこそこ勇敢で、有能な大臣がいたのだろうよ。」
「勘気な暴君に向かって、異を唱えることができる者を、勇敢で有能とは呼びません。」
「あの国王が、聞く耳を持つ相手が、城内にいるということです。」
「あの、というからには、面識ぐらいはあるのか。」
「そうですね。幼馴染…まあ、腐れ縁、ぐらいに、思っていただければ。」
彼は、指先だけで顎を撫で、そんな風に特別な繋がりを仄めかす。
「そうでなくても、諸侯らの間では、共通の認識かと存じます。例えそれが、一時の感情によって為された決断であったとしても、それが覆されるなどということは…それこそ彼自身の命によってでなければ、ありえないことです。」
「そして、王は、自身の行いを顧み、自らの過ちを正すような器量は、持ち合わせていない、と?」
「はい。ですから私は、第三者の存在を半ば確信しております。」
「言ってみれば、私をこうしてお導きになるような。」
「貴方様のような存在を…」
「……。」
恍惚とした、いや、そのふりをした表情。
勘の良さは、Sirikiを遥かに上回るものがあるな。
それゆえ、此奴は違う。
「良い洞察だが…今は、俺たちが既に誘い込んだ、獲物の掃討に尽力すべきだ。」
「ええ、ええ。仰る通りかと、存じます。」
「…その、過程はどうであれ、だ。」
「いずれにせよ、お前の特権は全て剥奪された。」
「これから、どうする?」
ゆったりと足を組み、Sebaはさらりと言ってのける。
「勿論、亡命します。仰せの通りに、形式上は。」
そう、マルボロ家領主は、今回の失脚を受け、妹君を連れての国外逃亡を図った。
これにより、国内での事実上の彼の影響力は、完全に失われたことになるが、必要な損失だ。
目をつけられてしまった以上、一度は姿を眩ませる必要がある。
そして、報復の理由として、余りにも自然な餌が得られたと考えれば、そんなに苦しい犠牲でもない。
それは俺にとっての損得勘定だが、Seba自身も、それをそこまで重く受け止めていないというのが気に食わない。
「抱えていた騎士団は解散でしょうが…どうせ、迫られて、自らの生活の為に、私に仕える名誉を一度は捨てた者どもです。今更、散り散りになったとて、何も困ることは無いでしょう。」
「だが、掃討作戦の当てにはしていた、違うか?」
「ええ、私の英雄譚めいた噂に、士気が高まっていた矢先のことですから…彼らも困惑はしているかと存じます。」
「再び招集があれば、或いは応じてくれるかも知れませんが、どうか当てになさらないで頂きたく。」
「翻って、私といえば…隠遁生活を送るには、やや早すぎる気も致しますが、没落の汚名を被りながらも、さして今までの生活に劣ることも無いでしょうから。」
「何せ、此処は、今まで通り、平和にございます。」
「家宅捜査が地下にまで送り込まれることを、懸念しているんじゃなかったか。」
「ええ、刑吏らで対処しきれるか、一抹の不安は抱えております。」
「…?俺の見立てでは、戦闘には、それなりに長けている想定だったが。」
「そうなのですか?生憎、有事の彼らを目にしたことがなく…貴方様がそう仰るのなら、安心でございますが。」
そもそも、何なのだ、あいつらは。
聞いても仕方が無いんだろうな。どうせお前も出所は知るまい。
「ええ…ですが、くれぐれも、ご留意くださいませ。」
「貴方様が、本日ご一緒でした狼も、安易に出歩かせませんよう、お伝え頂ければ。」
「…彼女のことなら、心配はいらん。」
「ああ、雌狼にございましたか。お名前はなんと?」
「狼に、名前が必要か?」
「い、いえ、ちょっとした、興味が行きすぎただけにございます。ご放念ください。」
「…しかしやはり、此処に篭り切りになるのは、お前にとって、願ったり、叶ったりなんじゃないのか。」
「いえいえ、私もようやく、民を愛することを学び始めたのです。残念ですよ。」
「ふん、反吐が出るが…見習わなければなるまい。」
「そうですとも。神は、総てを愛していらっしゃる。私にさえ、慈悲の視線を、与えてくださった…」
「いいや、そんなことは、決して無い。」
俺は、そんなことをする必要も、全く無いのに、口調を強めてしまう。
「…博愛など、残った結果でしか無いのだ。」
「……。」
「それでも、私は、貴方様に…」
「もう良い。お前が日の目を浴びることを諦めると言うのなら、それ以上議論したいことはない。」
「え、ええ…仰せの通りに…」
Sebaは、もごもごと口籠ったが、それ以上我が主人に反駁するまいと心に決めたようだ。
「それで…我が囚われの盟友を、解放なさらないので?」
……。
そうだ。
散々、それを、考えてきた。
「いいや、まだだ。」
「妹の方だけ、解放してやれ。」
「いいえ、一緒に扱うべきかと。」
「お前が望まないなら、それで構わん。」
俺は、まだ彼奴を疑い、黒である可能性を捨てきれていない。
「あの狼頭は、まだ来ないのか。」
鎖を引き摺る音さえ、俺の耳には届かない。
「…遅いですね。しかし、もうすぐかと、今しばらくお待ちください。」
Sebaは、緊張を緩めたように胸に手を当て、俺の決断が、自分の思った通りであることを、勝ち誇ったように吐露する。
「しかし、ふふっ…私も、同意見にございます。」
「我々は、先に見守るべき罪人がおりましたものね。」
「ええ…」
「これも、そろそろ、限界だと思いますよ。」




